2024年4月、障害者雇用促進法に基づく法定雇用率が2.3%から2.5%に引き上げられ、さらに2026年7月には2.7%への引き上げが予定されています。同時に雇用義務が生じる企業規模の基準も「常時雇用43.5人以上」から「40人以上」へと拡大されました。これにより、これまで雇用義務の対象外だった規模の中小企業も新たに法的な対応を求められる状況になっています。
「障害者を採用したいが、何から手をつければいいかわからない」「納付金を払い続けた方がコスト的に楽なのでは」「精神障害や発達障害への対応に自信がない」――こうした声は、中小企業の経営者・人事担当者から特に多く聞かれます。制度の変化が速く、情報が整理されないまま時間だけが過ぎてしまうケースも少なくありません。
本記事では、障害者雇用率引き上げへの実務的な対応策を、法律の正確な理解から採用・定着・支援制度の活用まで、段階的に整理してお伝えします。
まず押さえたい:法改正の内容と自社への影響
障害者雇用促進法は、一定規模以上の企業に対して常時雇用労働者数に占める障害者の割合(法定雇用率)の達成を義務付けています。2024年4月時点の主な変更点は以下のとおりです。
- 法定雇用率:2.3%→2.5%に引き上げ(2024年4月~)
- 法定雇用率:2.5%→2.7%に引き上げ予定(2026年7月~)
- 雇用義務が生じる企業規模:常時43.5人以上→40人以上に変更(2024年4月~)
たとえば常時雇用者が45人の企業であれば、2024年4月以降は45人×2.5%=1.125人、つまり少数点以下を切り捨てて1人以上の障害者雇用が義務となります。2026年7月以降は45人×2.7%=1.215人で同様に1人以上が必要です。小数点の扱いは端数処理の規定があるため、自社の人数規模をもとにハローワークや専門機関で正確に確認することをお勧めします。
また、雇用率のカウント対象となる障害者は、身体障害者手帳・療育手帳(知的障害)・精神障害者保健福祉手帳の所持者です。精神障害者については2018年から雇用義務の対象となりました。なお、週所定労働時間が20時間以上であることがカウントの前提条件となり、重度障害者は1人を2人分としてカウントできる特例もあります。
雇用率が未達成の場合、常時雇用者が100人を超える企業は不足1人につき月額5万円の障害者雇用納付金を支払う義務があります。100人以下の企業は納付金の徴収対象外ですが、雇用義務や毎年6月1日を基準とする雇用状況報告の義務は課せられます。未報告・虚偽報告は企業名公表の対象になる可能性があるため、規模を問わず法的義務への対応は不可欠です。
「納付金を払えばいい」では済まない理由
「雇用に踏み切るより納付金を払い続けた方がコストが低いのでは」と考える経営者は少なくありません。しかし、この判断にはいくつかの見落としがあります。
まず、2026年7月以降は雇用率がさらに2.7%に引き上げられ、不足人数が増えるほど納付金の総額は増加します。加えて、雇用率達成企業には達成した人数に応じて月額2.9万円の調整金(常時100人超の企業向け)や報奨金が支給される仕組みがあります。つまり、適切に雇用している企業は収支面でもメリットを受けられる制度設計になっています。
さらに見逃せないのが、合理的配慮の提供義務です。2024年の法改正により、合理的配慮の提供が民間企業に対しても「努力義務」から「義務」へと格上げされました。合理的配慮とは、障害者から申し出があった場合に、過重な負担にならない範囲で職場環境や業務の進め方を調整することを指します。正当な理由のない拒否は差別的取り扱いとして問題視される可能性があり、企業リスクの観点からも対応が求められます。
採用・定着に向けた取り組みを先送りにするほど、制度対応のコストと法的リスクは積み上がっていく構造になっています。
採用前に整えるべき「受け入れ体制」の構築
障害者雇用で多くの企業がつまずく最大の原因は、採用活動を先行させてしまい、受け入れ体制が整わないまま入社を迎えることです。環境が整っていなければ、障害者本人も既存社員も混乱し、早期離職につながります。採用の前に以下の準備を整えることが定着率向上の鍵となります。
業務の切り出し(ジョブカービング)
ジョブカービングとは、既存の業務をタスク単位に細分化し、障害の特性に合わせた担当業務を設計することです。「障害者に何をしてもらうか」を具体化せずに求人を出しても、採用した後に業務の割り当てで困ることになります。
切り出しやすい業務の例としては、データ入力・帳票整理・封入・仕分け・備品管理・清掃・コピー・簡単な検品作業などが挙げられます。これらは手順が明確で、マニュアル化やチェックリスト化がしやすく、繰り返しの作業を得意とする方に向いている場合があります。業務マニュアルを文字だけでなく図や写真で視覚化することが、特に精神障害・発達障害のある方の定着率向上に効果的とされています。
障害別の配慮ポイントの基礎知識
障害の種別によって必要な配慮は異なります。一律の対応ではなく、個別の状況に応じたアプローチが求められます。
- 身体障害:車椅子対応のスペース確保、段差解消、トイレ・昇降設備の整備など物理的な環境整備が中心になることが多い
- 知的障害:業務指示をシンプルかつ具体的に伝える工夫、手順の視覚化、ゆっくりとした説明と反復確認が有効
- 精神障害:体調の波があることを前提に、無理のない勤務時間の設定、定期的な面談による状態確認、ストレスとなる環境要因の把握と調整が重要
- 発達障害(ASD・ADHDなど):曖昧な指示を避けて具体的に伝える、業務の優先順位を明示する、感覚過敏への配慮(照明・騒音など)が必要になるケースがある
特に精神障害・発達障害のある方の雇用に不安を感じている担当者は多いですが、後述する支援機関を積極的に活用することで、専門家のサポートを受けながら対応を学ぶことができます。体調悪化時の休職・復職対応のルールをあらかじめ社内規程に整備しておくことも、双方にとって安心につながります。メンタルヘルス面での相談窓口としてメンタルカウンセリング(EAP)を社内に導入することも、障害者・既存社員双方のサポート体制の充実に役立ちます。
採用チャネルと助成金の活用で「コスト」を抑える
ハローワーク以外の採用チャネル
障害者求職者とのマッチングはハローワークだけではありません。以下のチャネルを組み合わせることで、自社に合った人材と出会える可能性が広がります。
- 就労移行支援事業所・就労継続支援事業所との連携:就職に向けたトレーニングを受けている障害者を継続的に紹介してもらえる関係を構築できる。実習(トライアル)から始めることも可能
- 障害者専門の人材紹介・求人サービス:民間の障害者雇用特化型の転職サービスや求人メディアを活用することで、幅広いスキル・背景を持つ求職者にアプローチできる
- 特例子会社・グループ雇用:大企業向けの制度ではあるが、中小企業でも業界団体を通じた事例研究は参考になる
活用したい主な助成金・支援制度
障害者雇用に関連する助成金・支援制度は複数あります。申請が複雑に見えますが、支援機関を活用することで手続きの負担を軽減できます。
- 特定求職者雇用開発助成金:ハローワーク等を通じて障害者を雇用した場合、賃金相当額の一部を助成。支給額・期間は障害の程度や雇用形態によって異なる
- 障害者雇用安定助成金:職場定着支援や雇用管理改善にかかる費用の一部を助成
- 障害者作業施設設置等助成金:バリアフリー設備や専用機器の整備費用を一部助成(上限額あり)
- トライアル雇用助成金(障害者):最長3か月の試行雇用期間中に、月額最大4万円(精神障害者等は月額最大8万円)の助成を受けられる(金額・条件は変更の可能性あるため最新情報を確認のこと)
- ジョブコーチ(職場適応援助者)派遣制度:専門の支援者が職場に訪問し、障害者本人と職場の双方を支援する。企業負担なしで利用可能な公的助成の仕組みがある
- 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED):無料の専門家派遣や相談支援を提供。地域障害者職業センターも同様に無料で相談できる
産業保健の観点から障害者の職場定着をサポートする体制を整える場合は、産業医サービスの活用も有効です。産業医が社内の健康管理や復職支援のルール整備に関与することで、体調変動のある障害者社員へのより適切な対応が可能になります。
採用後の「定着」を高めるための実践的な管理体制
障害者雇用において採用はゴールではなく、スタートに過ぎません。採用後の定着支援こそが、長期的な雇用継続の鍵を握ります。
定期的な面談と早期のサイン把握
採用後の初期段階(入社後1か月・3か月・6か月など節目ごと)に担当者との定期面談を設定し、本人の状態・困りごと・配慮事項の変化を把握する仕組みを作ることが重要です。特に精神障害・発達障害のある方は、体調や環境への適応に時間差が生じることがあるため、早期にサインをキャッチして対応することが離職防止につながります。
既存社員との関係調整
「障害者だけ特別扱いされている」と既存社員が感じるケースは、職場環境の悪化につながります。合理的配慮の考え方を社内に丁寧に説明し、「個人の特性に応じた対応は、誰に対しても行われるものである」という認識を組織全体で共有することが大切です。特定の社員だけが対応を抱え込む構造を避けるため、担当者を分散させる・チームで情報を共有するといった体制設計も有効です。
障害者手帳の確認と個人情報管理
雇用率のカウントには障害者手帳の確認が必要です。採用時に手帳のコピーを取得・保管することは雇用管理上適切ですが、取得した個人情報は目的外の使用が禁止されており、適切なアクセス管理が求められます。手帳の有効期限や更新状況も定期的に確認し、雇用率の報告(毎年6月1日基準)に正確に反映させる運用ルールを整えておきましょう。
実践ポイント:中小企業が今すぐ始められる5つのステップ
- ステップ1:自社の現状把握
常時雇用者数と現在の障害者雇用数を確認し、2024年・2026年の基準と照らし合わせて不足人数を算出する - ステップ2:業務の洗い出しと切り出し
社内のタスクを棚卸しし、障害者が担当できる業務を具体的にリスト化。マニュアル・チェックリストの整備を並行して進める - ステップ3:支援機関への相談
地域障害者職業センターやJEEDへの無料相談を活用し、採用チャネル・助成金申請・ジョブコーチ派遣について情報収集する - ステップ4:試行雇用(トライアル)の活用
いきなり正式採用に踏み切るのではなく、最長3か月のトライアル雇用制度を活用して双方のマッチングを確認する - ステップ5:社内体制と規程の整備
担当者の役割分担・定期面談の仕組み・休職復職ルールを文書化し、既存社員への説明も行う
まとめ
障害者雇用率の引き上げは、対応を先送りにするほど企業の負担が増す構造になっています。一方で、適切な準備と支援機関の活用によって、中小企業でもコストを抑えながら持続可能な雇用体制を築くことは十分に可能です。
大切なのは「採用すること」よりも「定着させること」です。業務の設計・環境整備・社内体制の構築を先行させ、合理的配慮の考え方を組織全体に浸透させることが、障害者にとっても既存社員にとっても働きやすい職場づくりにつながります。
法改正の内容は今後も変更が加えられる可能性があります。最新の情報については、ハローワーク・JEED・厚生労働省の公式資料を定期的に確認するとともに、専門機関への相談を積極的に活用してください。
よくある質問(FAQ)
Q. 常時雇用者が40人台の中小企業でも、障害者雇用の義務はありますか?
はい、2024年4月以降は常時雇用者が40人以上の企業に雇用義務が生じます。従来は43.5人以上が対象でしたが、基準が引き下げられたことで新たに義務対象となる企業が増えています。まず自社の常時雇用者数を正確に把握し、必要な雇用人数を確認することをお勧めします。
Q. 納付金を支払えば、障害者を雇用しなくてもよいのでしょうか?
納付金はあくまで雇用率未達成に対するペナルティ的な負担金であり、「納付すれば雇用義務を免除される」という性格のものではありません。また、納付金の対象は常時雇用者が100人を超える企業であり、100人以下でも雇用義務と報告義務は課せられます。2026年7月には雇用率がさらに2.7%に引き上げられる予定であり、早期に実雇用体制の整備を進めることが企業にとって合理的な対応といえます。
Q. 精神障害・発達障害のある方を雇用する際、特に注意すべき点はありますか?
精神障害・発達障害のある方は体調や状態に波があることが多く、採用後の定期的な面談による状態確認が特に重要です。業務指示は具体的・明確に伝え、曖昧な表現を避けることが基本です。また、ジョブコーチ(職場適応援助者)の派遣制度を活用することで、専門家のサポートを無料で受けることができます。休職・復職のルールを事前に整備しておくことも、双方の安心につながります。
Q. 障害者雇用で使える助成金はどこに申請すればよいですか?
助成金の種類によって申請先が異なります。特定求職者雇用開発助成金やトライアル雇用助成金はハローワーク(公共職業安定所)が窓口となるケースが一般的です。障害者雇用安定助成金や作業施設設置等助成金については、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の都道府県支部が相談・申請窓口になります。まずは最寄りのハローワークまたはJEEDに相談し、自社の状況に合った助成金を確認することをお勧めします。







