ストレスチェックを毎年実施しているにもかかわらず、「高ストレス者が誰も面接を申し出てこない」という状況に困っている経営者・人事担当者の方は少なくありません。制度としては整っているのに、肝心の面接指導が機能していない——これは中小企業において特に深刻な課題です。
面接指導は、メンタルヘルス不調の早期発見・早期対処のための重要な仕組みです。放置すれば、従業員が休職・離職に至るリスクが高まるだけでなく、最悪の場合、労災認定や損害賠償請求といった法的リスクにも直結します。しかし、「どうすれば従業員が申し出やすくなるのか」「面接後に就業上の措置をどう判断すればよいのか」という実務的な疑問に答えた情報は、意外なほど少ないのが現状です。
本記事では、労働安全衛生法の規定を踏まえつつ、高ストレス者への面接指導を実効性あるものにするための進め方を、実務の視点から丁寧に解説します。
そもそも「面接指導」とは何か——法的根拠と事業者の義務
面接指導とは、ストレスチェックで高ストレスと判定された従業員が申し出た場合に、医師(主に産業医)が実施する個別面談のことです。労働安全衛生法第66条の10により、常時50人以上の事業場に対してストレスチェックの実施が義務付けられており、高ストレス者への面接指導もこの条文に根拠を持ちます。
重要なのは、面接指導は「本人が申し出た場合」にのみ義務が発生するという点です。事業者が高ストレス者を特定して直接呼び出すことは、法の趣旨に反するだけでなく、プライバシーの侵害にもなりかねません。あくまで本人の自発的な意思を尊重した設計になっています。
法律上、事業者には以下の義務があります。
- 申出があった場合、おおむね1か月以内に医師による面接指導を実施すること(労働安全衛生規則第52条の16)
- 面接指導に要する費用は事業者が負担すること
- 面接後、医師から意見を聴取すること
- 必要と判断された場合は就業上の措置を実施すること
- 面接指導を申し出た労働者への不利益取扱いを禁止すること(同法第66条の10第3項)
- 面接指導結果を5年間保存すること
なお、面接指導を実施できるのは医師のみであり、保健師や看護師は法定の面接指導を行うことができません。嘱託産業医(非常勤の産業医)しかいない中小企業では、この点が実務上のボトルネックになりやすいため、あらかじめ対応方法を整えておく必要があります。
申し出が少ない本当の理由——従業員の不信感を解消する
高ストレス者と判定された従業員が面接を申し出ない理由は、単なる「面倒くさい」ではありません。多くの場合、「申し出ると人事評価や昇進に影響するのではないか」「上司に知られてしまうのではないか」という不信感や恐れが背景にあります。
この問題を解決せずに申出窓口だけ整備しても、利用率は改善しません。従業員の信頼を得るためには、以下のような具体的なアクションが必要です。
「不利益取扱い禁止」を繰り返し周知する
法律では面接指導の申出を理由とした不利益取扱いが明確に禁止されていますが、多くの従業員はこの事実を知りません。社内規程への明文化はもちろん、ストレスチェック結果の通知に添付する文書・社内掲示・イントラネットなど、複数の機会と手段で繰り返し周知することが重要です。一度伝えただけでは記憶に残らないことを前提に、定期的に発信し続ける姿勢が求められます。
申出窓口を複数化し、上司を経由しない仕組みを作る
直属上司を通じてしか申し出られない仕組みでは、申出のハードルが極めて高くなります。人事部門への直接申出、産業医への直接連絡、外部の相談窓口(EAP:従業員支援プログラム)の活用など、複数のルートを設けることで、申し出やすい環境が整います。特に、上司との関係や職場の人間関係がストレス要因になっているケースでは、社外の第三者に相談できるメンタルカウンセリング(EAP)の存在が有効です。
「任意面談」制度を設けて、面接指導の「特別感」を薄める
高ストレス者だけが面接を受ける制度設計では、「申し出ること=問題がある人」というレッテル貼りが起きやすくなります。高ストレス者以外の従業員も気軽に相談できる任意面談制度を設けることで、面接を受けること自体のハードルが下がります。相談しやすい文化が職場全体に根付けば、申出率の向上にもつながります。
面接指導の実施ステップ——産業医との連携を円滑に進める手順
申出があってから面接指導を完了するまでの流れを、実務的な視点で整理します。特に、月に1回程度しか来社しない嘱託産業医と連携している中小企業では、事前の段取りが重要です。
STEP 1:申出の受付と記録
申出書の様式をあらかじめ整備しておき、申出があった日付を必ず記録します。おおむね1か月以内という期限を守るためにも、申出日の管理は不可欠です。申出書の保管は施錠できる場所に限定し、アクセスできる担当者を最小限に絞ります。
STEP 2:産業医との日程調整
嘱託産業医の場合、来社日が月1回に限られているケースが多く、1か月以内の対応が難しい場合があります。この問題への対策として、産業医との契約時点で「面接指導が必要な場合は追加訪問または遠隔面接に対応できる」旨を取り決めておくことを推奨します。近年は、オンライン(ビデオ通話)による面接指導も厚生労働省のガイドラインで認められており、中小企業でも活用しやすくなっています。
STEP 3:面接指導の実施
面接は、プライバシーが確保できる個室で実施します。医師は面接の中で、主に以下の事項を確認します。
- 仕事の量・質・裁量度、職場でのサポート状況
- 睡眠の状態、身体的な自覚症状、精神的な疲労感
- プライベートでのストレス要因
- これまでの受診歴や現在の服薬状況
- 本人が必要と感じているサポートの内容
人事担当者は面接に同席しないことが基本です。医師と従業員が率直に話せる環境を確保することが、面接の質を高めます。
STEP 4:医師からの意見聴取と就業上の措置
面接後、医師は事業者に対して就業上の措置に関する意見を提供します。事業者はこの意見を踏まえ、必要な措置を遅滞なく講じる義務があります。医師の意見を無視して措置を行わなかった場合、後の労災認定において事業者の安全配慮義務違反が問われるリスクがあります。
就業上の措置の判断基準——「何をすればよいか」を具体的に理解する
面接指導後に最も迷いやすいのが、就業上の措置の内容と判断基準です。医師の意見をどう経営判断に落とし込むか、主なケースごとに整理します。
- 就業場所の変更:ハラスメントや人間関係の問題が主要因と判断された場合に検討します。異動先の確保が難しい中小企業では、業務内容の変更や担当顧客の変更といった形で対応するケースもあります。
- 労働時間の短縮・残業の制限:長時間労働が複合的なストレス要因になっている場合に有効です。医師が「残業を月○時間以下に制限することが望ましい」と意見した場合、その旨を上司にも周知し、実際に制限される体制を整えます。
- 深夜業の回数制限:夜勤を伴う職種で睡眠障害が疑われる場合に対応します。
- 療養・受診勧奨:すでにメンタルヘルス不調の兆候が見られる場合、医師から専門医への受診を勧奨することがあります。この場合、事業者は速やかに受診環境を整えるサポートが求められます。
措置の実施にあたっては、本人との合意形成が重要です。「会社が一方的に決めた」という印象を与えると、不信感やモチベーション低下につながりかねません。措置の目的と内容を丁寧に説明し、本人の意向を確認しながら進めることが、実効性ある対応につながります。
また、措置を講じたあとはフォローアップ面談を設けることが推奨されます。数か月後に状態を確認し、措置の効果を検証するとともに、必要であれば内容を見直します。
情報管理とプライバシー保護——漏洩リスクを防ぐ実務対策
高ストレス者情報のプライバシー管理は、制度への信頼を支える根幹です。情報が漏れれば従業員の申出意欲は一気に失われ、制度の形骸化が一層進みます。以下の点を徹底して管理体制を整えましょう。
- 面接指導の結果は産業医が保管:事業者(人事部門)には、就業上の措置の判断に必要な最小限の情報のみ提供します。「高ストレスだった」「医師が残業制限を勧めている」といった情報で十分であり、面接の詳細な内容を人事が知る必要はありません。
- 本人同意を原則とした情報提供:医師から事業者への情報提供は、原則として本人の同意を得たうえで行います。このルールを明文化し、従業員に周知しておくことが信頼醸成につながります。
- 書類の厳格な管理:高ストレス者に関連する書類は施錠管理し、電子データはアクセス権限を設定します。担当者が交代する際の引継ぎルールも規程として整備しておきましょう。
- 5年間の保存義務:面接指導結果の記録は法律上5年間の保存が義務付けられています。保管場所と管理担当者を明確にしておきます。
実践ポイント——中小企業が今日からできること
リソースが限られた中小企業では、すべてを一度に整備しようとすると途中で頓挫しがちです。優先度の高いものから、段階的に取り組むことを推奨します。
- まず周知の見直しを:「不利益取扱いは禁止されている」「申し出ても人事評価には影響しない」という事実を、ストレスチェックの実施時期に合わせて従業員全員に文書で配布します。コストをかけずにすぐに着手できる対策です。
- 申出窓口を複数設ける:人事担当者への直接申出だけでなく、産業医や外部相談窓口への申出ルートを明示します。社外の相談窓口として産業医サービスや外部EAPを活用することで、上司や社内人員を介さずに相談できる環境を整えることができます。
- 嘱託産業医との事前取り決めを確認する:面接指導の申出があった場合の対応方法(追加訪問・オンライン対応の可否)を産業医と確認し、契約書や覚書に明記しておきます。
- 就業上の措置の基準を規程化する:医師の意見を受けてどのような措置を検討するかの基本的な考え方を、社内規程として文書化しておきます。担当者が変わっても対応が属人化しない体制を作ることが、長期的な制度の安定運用につながります。
- 集団分析結果を職場にフィードバックする:個人情報を特定しないかたちでの集団分析結果の開示は、職場全体のストレス要因を可視化し、組織改善のきっかけになります。「会社が職場環境を改善しようとしている」という姿勢を示すことが、従業員の信頼感を高め、申出率の向上にも寄与します。
まとめ
高ストレス者への面接指導は、ストレスチェック制度の中で最も重要でありながら、最も機能しにくい部分でもあります。その原因の多くは制度設計の不備ではなく、従業員の不信感と、申し出やすい環境の未整備にあります。
法律が定める「不利益取扱いの禁止」をしっかり周知し、複数の申出ルートを確保し、産業医との連携体制を整えること——これらの地道な取り組みの積み重ねが、制度の形骸化を防ぎ、従業員の心身の健康を守る実効性ある仕組みを作り上げます。
面接指導は、メンタルヘルス不調を未然に防ぐための最前線です。「申し出がないから問題ない」ではなく、「申し出たくなる環境が整っているか」を問い直すことが、経営者・人事担当者に求められる視点です。制度の運用体制に不安がある場合は、専門家のサポートも積極的に活用しながら、実効性ある運用を目指してください。
よくある質問(FAQ)
高ストレス者が面接を申し出ない場合、会社から声をかけてよいですか?
法律上、面接指導は本人の自発的な申出を前提としており、事業者が高ストレス者を特定して直接呼び出すことは、プライバシーの侵害になるおそれがあります。ただし、「面接を申し出ることができる」という案内を全員に周知したり、任意の相談窓口を設けて申し出やすい環境を整えたりすることは推奨されています。個別に呼び出すのではなく、申し出やすい仕組みづくりに注力しましょう。
嘱託産業医が月1回しか来社しない場合、1か月以内の面接指導は可能ですか?
月1回の訪問のみでは、申出のタイミングによっては1か月以内の対応が困難になることがあります。対策として、産業医との契約時点で追加訪問やオンライン面接に対応できるか確認・取り決めておくことが重要です。厚生労働省のガイドラインでは、一定の要件を満たせばオンラインによる面接指導も認められています。契約内容を見直し、緊急時の対応フローを事前に整備しておきましょう。
面接指導の結果を上司や人事部門に伝えてよいですか?
面接指導の詳細な内容は、原則として産業医が保管し、人事部門には就業上の措置の判断に必要な最小限の情報のみ提供します。情報提供にあたっては本人の同意を得ることが原則です。「申し出ると上司に筒抜けになる」という不信感が申出率を下げる大きな要因になるため、情報管理のルールを明文化し、従業員に周知しておくことが信頼確保の観点からも重要です。
50人未満の事業場でもストレスチェックや面接指導は必要ですか?
常時50人未満の事業場は、現在のところストレスチェックの実施は努力義務(義務ではなく努力を求める規定)にとどまっており、罰則はありません。ただし、従業員のメンタルヘルス対策としての重要性は事業規模にかかわらず変わりません。実施が難しい場合でも、任意の相談窓口を設けるなど、できる範囲からメンタルヘルスケアの環境整備に取り組むことが望まれます。







