従業員が突然の体調不良やメンタルヘルス不調で休職することになった場合、中小企業の経営者・人事担当者が直面する課題は一様ではありません。「誰が引継ぎをするのか」「休職中に連絡してよいのか」「いつまで雇用を継続するのか」といった判断が次々と迫られます。特に小規模な組織では、一人の離脱が業務全体に大きな影響を与えることも多く、現場が混乱するケースは珍しくありません。
しかし、焦りや業務上の必要性から、休職者への連絡や業務依頼を続けてしまうことは、法的リスクを高めるだけでなく、本人の回復を妨げる可能性もあります。本記事では、休職中の業務引継ぎと雇用契約の継続について、法律の観点と実務の両面から整理し、適切な対応のポイントをご説明します。
休職制度は法律で義務づけられていない——就業規則整備が最初の一歩
多くの経営者が見落としがちな点として、傷病による休職(傷病休職)は労働基準法や労働契約法で定められた法定制度ではないという事実があります。育児・介護休業法に基づく育児休業や介護休業は法定制度として会社に付与義務がありますが、病気やケガによる休職制度は各企業が就業規則において任意に設ける制度です。
労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、就業規則の作成と労働基準監督署への届出を義務づけています。休職に関する事項は「相対的必要記載事項」(定めをする場合には必ず記載しなければならない項目)に該当するため、休職制度を設ける場合は就業規則への記載が必須です。
就業規則に休職規定がない状態で従業員を休職させると、以下のようなトラブルが生じやすくなります。
- 休職期間の上限が不明確なまま、いつまでも雇用継続が続く
- 期間満了後に退職・解雇を求めようとしても、法的根拠が曖昧で無効と判断されるリスクがある
- 本人が「いつまで休めるか」を把握できず、復職の見通しが立てにくくなる
労働契約法第16条が定める解雇権濫用法理(客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない解雇は無効とされるルール)の観点からも、休職期間満了に伴う自然退職や解雇が有効とされるためには、就業規則に明確な規定が存在することが重要な前提となります。
就業規則の休職規定には、少なくとも以下の項目を盛り込むことが推奨されます。
- 休職事由(傷病、私的事由、刑事事件への関与など)
- 休職期間の上限(勤続年数に応じた段階設定も可)
- 休職中の賃金の取扱い(無給か有給か)
- 復職の要件(医師の診断書の提出など)
- 期間満了時の取扱い(自然退職とするか、解雇手続きを経るかなど)
休職中の業務引継ぎ——「強制」は違法リスクを招く
休職が発令されると、原則として労働者の労務提供義務は停止します。これは、休職制度が「療養に専念させる」ことを目的としているためです。この点を理解せずに、休職中の従業員に業務連絡を送ったり、引継ぎ対応を求め続けたりすることは、休職の趣旨に反する行為となる可能性があります。
特にメンタルヘルス不調(うつ病、適応障害など)による休職の場合、不用意な業務連絡が本人の状態を悪化させるだけでなく、「ハラスメント」や「嫌がらせ」として労働紛争に発展するリスクもあります。労働契約法第5条が定める安全配慮義務(使用者が労働者の生命・健康を守るために必要な配慮をする義務)の観点からも、心身への影響を十分に考慮した対応が求められます。
また、育児・介護休業中の従業員への業務連絡や引継ぎ強要は、育児・介護休業法において不利益取扱いに該当すると判断される可能性があります。
では、引継ぎはいつ、どのように行えばよいのでしょうか。基本的な考え方は次のとおりです。
- 引継ぎは休職前に完了させることを原則とする
- 本人の体調・状態を確認したうえで、無理のない範囲での協力をお願いする(義務として課さない)
- 休職開始後に連絡が必要な場合は、緊急性と必要性が明確な場合に限定し、本人の同意を得た上で行う
- 休職中の連絡窓口は直属の上司ではなく人事部門とし、頻度や方法についても事前に双方で合意しておく
日常業務の属人化(特定の個人にしかわからない業務状態)は、休職に限らず退職・異動でも組織に打撃を与えます。引継ぎマニュアルや業務フローの整備、バックアップ担当制の導入といった属人化を防ぐ仕組みを平常時から構築しておくことが、最大のリスク対策です。
休職期間中の給与・社会保険料——経営負担の実態と制度の活用
休職中の経営コストは、多くの中小企業にとって無視できない負担です。給与支給の有無にかかわらず、社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者資格は休職中も継続するため、会社・本人双方に保険料負担が生じ続けます。
ただし、業務外の傷病による休職の場合、健康保険制度の「傷病手当金」を活用できます。傷病手当金は、連続する3日間の待機期間(療養のために仕事を休んだ日)を経過した後、最長1年6ヶ月間にわたり、標準報酬日額(保険料計算の基準となる日額)のおおむね3分の2が支給される制度です。
傷病手当金を利用するうえで注意が必要な点は、休職中に会社から給与を支払うと、その額に応じて傷病手当金が減額または不支給となる場合があることです。休職中の賃金の取扱いについては、就業規則に明示したうえで、本人への説明と理解を丁寧に行うことが重要です。
また、給与がゼロまたは大幅に減額された場合、本人が保険料を納付できないケースも生じます。この場合、保険料の立替払いや猶予制度の活用など、個別の対応策を検討する必要があります。社会保険労務士や社会保険事務所への相談も有効です。
復職・退職の判断——曖昧な対応が後のトラブルを招く
休職期間中に最も判断が難しいのが、「いつ、どのように復職・退職の判断を行うか」という点です。この判断を先送りすることで、本人・会社双方に不利益が生じるケースが多く見られます。
復職判定のプロセス
復職の可否は、主治医(本人のかかりつけ医)の診断書と、産業医(企業が選任する医師)の意見の両方を踏まえて判断することが推奨されます。主治医は本人の治療を担う立場から復職可能と判断することがありますが、職場環境や業務内容を踏まえた判断は産業医の専門領域です。
復職支援においては、産業医サービスを活用することで、医学的な視点から復職のタイミングや条件を適切に判断するサポートを受けることができます。産業医との連携は、復職後の再発防止にも大きな効果が期待できます。
就業規則または復職支援プランには、以下の内容を明記しておくと安心です。
- 復職申請の手続き(診断書の提出先・提出期限など)
- 復職判定の流れ(産業医面談・職場復帰支援プランの策定など)
- 段階的復職の仕組み(短時間勤務・業務限定の期間と条件)
- 試し出勤(リハビリ出勤)の取扱い
休職期間満了時の対応
休職期間が満了しても復職が難しい場合、就業規則の規定に基づき自然退職または解雇の手続きを行うことになります。この場面では、事前に本人への十分な通知と確認を丁寧に行うことが、後のトラブル防止につながります。
特に注意が必要なのは、休職期間の延長を一切考慮せず機械的に退職扱いとした場合、「解雇権の濫用」として訴訟に発展したケースが過去にあるということです。期間満了前に本人の状況を確認し、必要に応じて延長や配置転換の可能性を検討したうえで最終判断を行う姿勢が求められます。
実践ポイント:中小企業が今すぐ取り組める5つの対策
① 就業規則に休職規定を整備する
休職事由・期間・賃金・復職要件・満了時の取扱いを明確に規定し、全従業員に周知します。既に就業規則がある場合も、休職に関する記載が不十分であれば速やかに見直しましょう。
② 引継ぎは休職前に完了させる仕組みをつくる
業務マニュアルの整備やバックアップ担当制を平常時から導入し、特定の個人に業務が集中しない体制をつくります。休職が見込まれる段階で、無理のない範囲での引継ぎを早期に開始することも重要です。
③ 休職中の連絡ルールを明文化する
連絡の頻度・方法・窓口を、休職開始時に本人と合意のうえで決定します。「月1回、人事から近況確認のみ」といったシンプルなルールが有効です。メンタルヘルス不調の場合は特に、連絡の頻度と内容に十分な配慮が必要です。
④ 傷病手当金の活用を本人に案内する
休職開始時に、本人が傷病手当金を受給できる可能性がある場合は、制度の概要と申請方法を案内します。給与支給との関係についても事前に説明しておくことで、誤解やトラブルを防ぎます。
⑤ 産業医・EAPとの連携体制を整える
メンタルヘルス不調による休職が増えている現状を踏まえ、従業員が気軽に相談できる体制を整えることが予防にもつながります。メンタルカウンセリング(EAP)を導入することで、休職に至る前の早期支援が可能になり、復職後のフォローアップにも活用できます。
まとめ
休職中の業務引継ぎと雇用契約の継続は、法的な知識と人事実務の両面から丁寧に対応することが求められるテーマです。特に中小企業では「なんとなくの対応」が続きがちですが、就業規則の整備不足や休職中の不適切な連絡が、後に深刻なトラブルへと発展するリスクがあります。
大切なのは、仕組みを平常時から整えることです。属人化の防止、引継ぎマニュアルの整備、休職規定の明文化、連絡ルールの事前合意——これらは、休職が起きてから慌てて整備するのではなく、いつ誰が休んでも組織が機能し続けられる体制づくりとして位置づけることが重要です。
また、休職者の回復と職場への円滑な復帰を支援することは、経営上のリスク管理であると同時に、組織全体の心理的安全性(安心して意見を言えたり、挑戦できたりする職場環境)を高めることにもつながります。法律を守りながら、休職者にも職場にも配慮した対応を積み重ねることが、長期的な人材定着と組織の安定につながるのです。
よくある質問
休職中の従業員に業務の引継ぎを依頼することはできますか?
休職が発令されると、原則として労働者の労務提供義務は停止します。そのため、休職中に業務対応を強制することは、休職の趣旨に反し違法となる可能性があります。引継ぎは休職前に完了させることを原則とし、休職後に連絡が必要な場合は、本人の同意を得たうえで緊急性・必要性が明確な場合に限定して行うことが適切です。
就業規則に休職規定がない場合、どのような問題が生じますか?
傷病休職は法定制度ではなく、就業規則の規定があって初めて成立します。規定がない場合、休職期間の上限や満了後の取扱いが不明確となり、期間満了後に退職・解雇を求めようとしても法的根拠が曖昧なため、解雇無効と判断されるリスクがあります。少なくとも休職事由・期間・賃金・復職要件・満了時の取扱いを就業規則に明記することが必要です。
傷病手当金を受給している従業員に、会社から給与を支払うことはできますか?
傷病手当金は、業務外の傷病により仕事を休み、給与の支払いがない(または減額されている)場合に支給される制度です。休職中に会社から給与を支払った場合、その額に応じて傷病手当金が減額または不支給となるケースがあります。休職中の賃金の取扱いは就業規則に明記し、本人に事前に丁寧な説明を行うことが重要です。
休職期間が満了した場合、すぐに退職・解雇の手続きを進めてよいですか?
休職期間満了に伴う自然退職や解雇は、就業規則に明確な規定がある場合に有効とされやすいですが、機械的な対応は「解雇権の濫用」と判断されるリスクがあります。満了前に本人の状況を確認し、期間延長や配置転換の可能性を検討したうえで最終判断を行う姿勢が求められます。また、本人への事前の十分な通知と確認が不可欠です。
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