「社員がうつ病で休職したら労災になるの?中小企業が知っておくべき認定基準と会社のリスク」

従業員がメンタルヘルス不調で突然休みがちになり、やがて「業務が原因だ」と訴えてくる——中小企業の経営者や人事担当者にとって、こうした事態への対応は年々難しくなっています。厚生労働省の統計によると、精神障害による労災申請件数は増加傾向にあり、2022年度には過去最多水準を更新しました。しかしながら、多くの中小企業では「とりあえず休職させれば大丈夫」「労災申請されると保険料が上がる」といった誤解から、初動対応を誤るケースが後を絶ちません。

本記事では、メンタルヘルス不調による休職と労災の関係を整理し、会社として何をすべきか、何をしてはいけないかを法律・制度の根拠とともに解説します。難解な専門用語にはその都度説明を加えていますので、初めてこの問題に直面する方にも参考にしていただける内容です。

目次

精神疾患が労災と認められるための3つの要件

「業務が原因でうつ病になった」という訴えがあっても、すべてが労災(労働災害)として認定されるわけではありません。厚生労働省が定める「業務上の心理的負荷による精神障害の認定基準」では、以下の3要件をすべて満たすことが必要とされています。

  • 要件1:対象疾病の発病 ICD-10(国際疾病分類)のF2〜F4等に該当する精神疾患(うつ病、適応障害など)を発病していること
  • 要件2:業務による強い心理的負荷 発病前おおむね6か月以内に、業務による強い心理的負荷(ストレス)があったこと
  • 要件3:業務以外の要因が主因でないこと 私生活上の問題や個人の体質・素因が主な発病原因とは認められないこと

この3要件を判断するうえで中心的な役割を果たすのが、心理的負荷評価表と呼ばれるストレス評価の仕組みです。業務上の出来事を「強・中・弱」の3段階で評価し、「強」と判断されれば業務起因性(業務が原因であること)の有力な根拠となります。

特に注目すべきなのが、月80〜100時間を超える時間外労働です。こうした極度の長時間労働は、単独で「強」の評価を受ける可能性があります。タイムカードや勤怠システムのデータは、会社側にとっても従業員側にとっても重要な証拠となるため、記録を正確に保持しておくことが不可欠です。

また、2023年9月の認定基準改定では、カスタマーハラスメント(顧客による著しい迷惑行為)やセクシュアルハラスメントが認定基準に明示的に追加されました。ハラスメントが絡む事案では、認定のハードルが下がる可能性があることを、経営者・人事担当者はあらかじめ認識しておく必要があります。

休職と労災申請は「同時並行」で進められる

休職制度と労災申請の関係について、多くの企業で誤解が見られます。最も典型的なのが、「まず休職させて様子を見てから労災申請を考えればよい」という対応です。しかし、この考え方には重大な落とし穴があります。

そもそも休職制度は労働基準法上の義務ではなく、就業規則に基づく会社独自の制度です。一方、労災保険(労働災害補償保険)は国が運営する公的保険であり、要件を満たせば従業員が申請する権利を持ちます。この2つは制度の根拠がまったく異なるため、休職させながら同時に労災申請を進めることはまったく問題ありません。

重要なのは、従業員から「業務が原因だ」という申し出があった時点で、会社は労災申請の可能性を説明する義務があるという点です。この説明を怠ったり、申請を妨げたりすることは、労働基準法違反となるリスクをはらんでいます。

さらに、会社が労災申請に必要な証明書類(様式16号等)への記名・捺印を拒んだとしても、従業員は「会社の証明が得られない」旨を記載して申請を行うことができます。会社が協力しなければ申請できないと思い込んでいるケースもありますが、それは誤りです。むしろ、会社が申請を妨害した事実が後から問題視されるリスクの方が深刻です。

傷病手当金と労災給付——複雑な給付調整の仕組み

休職中の従業員の生活補償に関わる給付として、傷病手当金(健康保険)休業補償給付(労災保険)の2種類があります。この2つは重複して受給することができず、調整の仕組みを理解しておかないと、後から精算が必要になる事態が生じます。

状況別に整理すると、以下のようになります。

  • 業務外の疾病と判断された場合(休職中) 健康保険から傷病手当金が支給される。支給開始日から通算1年6か月が上限。
  • 業務上の疾病と判断された場合(労災認定後) 労災保険から休業補償給付(給付基礎日額の60%)と休業特別支給金(20%)が支給される。合計で給付基礎日額の80%相当。
  • 労災申請中・認定前の状態 認定結果が出るまでの間は、いったん傷病手当金を受給することができる。労災認定後は差額調整が行われ、重複受給分を返納する仕組みになっている。

この調整の仕組みを知らないまま放置すると、従業員が誤った受給状態に陥り、後になって健康保険組合や労基署から返納を求められるケースもあります。人事担当者としては、休職開始時点からどの給付制度を使っているかを記録し、労災認定の結果が出た時点で速やかに給付の切り替えと調整手続きを確認することが重要です。

「労災申請させると保険料が上がる」は誤解——中小企業が知るべき保険料の仕組み

中小企業の経営者から「労災認定されると保険料が大幅に上がるので、できれば申請させたくない」という声を聞くことがあります。しかし、この認識は多くの場合において誤りです。

労災保険料には、業務災害の発生状況に応じて保険料率を増減させるメリット制(正式名称:労災保険料率のメリット制度)という仕組みがあります。ただし、この制度が適用されるのは主として常時使用する労働者数が100人以上の事業場です。常時20人未満の事業場は原則として適用対象外であり、20〜99人の事業場については一部適用されるものの、その影響は限定的です。

つまり、従業員数が数十人規模の中小企業であれば、労災認定を受けても保険料率が直接増加するケースはほとんどないといえます。「保険料が上がるから申請させない」という理由で労災申請を妨害することは、保険料節約の効果がほとんどない一方で、労働基準法違反や安全配慮義務違反として訴訟リスクを高める行為です。

労働契約法第5条は、使用者が労働者の安全に配慮する義務(安全配慮義務)を負うことを明記しています。メンタルヘルス不調の事案においてこの義務を怠った場合、過去の判例(電通事件など)を参考に、多額の損害賠償を命じられる可能性があります。短期的な保険料を惜しんで、長期的に大きなリーガルリスクを抱える選択は避けなければなりません。

初動から復職まで——人事担当者が押さえるべき実践ポイント

初動対応:証拠保全と産業医連携

従業員がメンタルヘルス不調を訴えた初期段階から、以下の対応を速やかに行うことが重要です。

  • 産業医面談の早期設定 業務との関連性や状態の重さを専門的な視点で確認し、記録を残す。産業医がいない場合は地域産業保健センターを活用することも検討する。
  • 証拠保全 労働時間の記録(タイムカード・勤怠システム)、業務日報、メール、ハラスメント相談の記録などを速やかに保全する。証拠が失われると、後の対応が著しく困難になる。
  • 本人への制度説明 労災申請制度の存在と申請権利について、本人に丁寧に説明する。説明を行ったことを記録に残しておくことも重要。

休職中の対応:定期的なフォローと情報管理

休職中の従業員に対しては、定期的な連絡を行い、状況を把握することが必要です。ただし、頻繁な連絡が本人のストレスになる場合もあるため、接触の頻度や方法は産業医の助言を参考に設定してください。

また、主治医(主に治療を担当する医師)から届く診断書の内容を確認するとともに、産業医とも情報共有を行い、復職時期の見通しを早期に把握しておくことが、業務上の計画にも役立ちます。

復職判断:主治医と産業医の双方の確認が必須

復職のタイミングについて、主治医が「復職可能」という診断書を発行しても、それだけで復職を決定することは望ましくありません。主治医は日常生活が送れる状態を基準に判断する一方、産業医は実際の業務遂行能力という観点から評価を行います。この2者の意見を合わせて判断することが、復職後のトラブル防止につながります。

就業規則に試し出勤制度(リハビリ出勤)を定めておくことも有効です。段階的に業務に慣れる期間を設けることで、本人の回復を確認しながら正式な復職へ移行できます。

復職後も、業務量の軽減やフォローアップ面談など、継続的な配慮が必要です。復職直後の無配慮な対応が再発を招き、その後の訴訟リスクを高めるケースは少なくありません。安全配慮義務は、復職後も継続して求められることを忘れないでください。

ハラスメントが絡む事案の特別な注意点

パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントが背景にある場合、会社の対応次第で法的責任が大きく変わります。2023年9月の認定基準改定でカスタマーハラスメントも明示されたことを踏まえ、相談があった段階から記録を残し、事実調査を速やかに行う手順を社内で整備しておくことが重要です。ハラスメントの事実が認定されれば、労災認定の可能性が高まるとともに、会社の安全配慮義務違反も問われやすくなります。

まとめ

メンタルヘルス不調による休職と労災の関係は、複数の法制度が絡み合うため、対応が難しいと感じる経営者・人事担当者が多いのは無理もありません。しかし、本記事で解説した基本的な考え方を押さえておくだけで、対応の誤りを大幅に減らすことができます。

整理すると、重要なポイントは次のとおりです。

  • 精神疾患の労災認定には3要件があり、業務起因性の判断には心理的負荷評価表が用いられる
  • 休職と労災申請は同時並行で進められ、会社は申請を妨げることができない
  • 傷病手当金と労災給付は重複受給できないが、申請中はいったん傷病手当金を受給し、認定後に調整する仕組みがある
  • 中小企業への保険料影響は限定的であり、申請を妨害することは違法リスクを高めるだけである
  • 復職判断には主治医と産業医の双方の確認が必要であり、復職後の継続的な配慮も安全配慮義務の範囲に含まれる

もし具体的な事案への対応に迷う場面では、社会保険労務士や産業医、地域の労働基準監督署に早めに相談することをお勧めします。適切な初動対応が、従業員の回復を支え、企業のリスクを最小限に抑える最善の方法です。

よくある質問

Q1: 労災申請されると会社の保険料が上がるというのは本当ですか?

これは誤解です。記事では「労災申請されると保険料が上がる」という誤った認識が初動対応を誤らせていると指摘していますが、実際には労災保険は国の公的保険であり、従業員の申請により会社の保険料が直接上がる仕組みではありません。むしろ、申請を妨害することの方が労働基準法違反となるリスクが高いです。

Q2: 労災認定前に傷病手当金を受け取っていた場合、後からどうなるのですか?

労災認定前は傷病手当金で生活を補償できますが、後に業務上の疾病と認定された場合は、受け取った傷病手当金と労災給付の重複分を返納する差額調整が行われます。つまり、二重取得はできないという仕組みになっているため、注意が必要です。

Q3: 会社が労災申請の書類に捺印しなかった場合、従業員は申請できないのですか?

いいえ、従業員は会社の署名や捺印がなくても労災申請を進めることができます。「会社の証明が得られない」旨を記載して申請することが可能であり、むしろ会社が申請を妨害した事実の方が後から法的問題となるリスクが高いです。

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