「産業医・EAP・社内窓口の守秘義務、どこまで守られる?」中小企業が知るべき情報管理の法的ルール

従業員がメンタルヘルスの悩みを打ち明けてくれた。しかし、その情報をどう扱えばいいか判断できず、対応に苦慮しているという声を、中小企業の経営者や人事担当者からよく耳にします。「上司に伝えてよいのか」「記録はどこに保管すればいいのか」「緊急事態のときはどこまで動いていいのか」——こうした疑問は決して珍しくなく、多くの企業が手探りの状態で対応しているのが現実です。

メンタルヘルス相談の場面では、守秘義務・個人情報保護・安全配慮義務という三つの要請が複雑に絡み合います。情報を守りすぎれば、必要な支援が届かずに重大な事態を招くリスクがあります。一方で、安易に情報を共有すれば、従業員の信頼を損ない、法的責任を問われる可能性もあります。

本記事では、中小企業の実務担当者が直面しやすい課題を整理しながら、メンタルヘルス相談における守秘義務の正しい理解と情報管理の実践方法を解説します。

目次

守秘義務は「誰に」かかるのか——主体と法的根拠を整理する

まず押さえておきたいのは、守秘義務は「相談を受けた全員に一律に課される」わけではなく、職種や立場によって根拠法が異なるという点です。

産業医の守秘義務

産業医は医師であるため、刑法第134条(秘密漏示罪)に基づく守秘義務を負います。業務上知り得た秘密を正当な理由なく漏らした場合、6ヶ月以下の懲役または10万円以下の罰金が科される可能性があります。産業医は会社に雇用されている立場でもありますが、医師としての職業倫理と法的義務が優先されます。「産業医に話せばすべて会社に報告される」と誤解している従業員も少なくありませんが、それは正確ではありません。産業医が会社に伝えるのは、就業上の配慮が必要かどうかという判断や意見であり、相談内容の詳細をそのまま開示するものではありません。

公認心理師・カウンセラーの守秘義務

公認心理師法第41条により、公認心理師には明文の守秘義務が定められており、違反した場合は1年以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。EAP(従業員支援プログラム)のカウンセラーとして配置されている公認心理師も同様の義務を負います。

社内相談窓口の担当者(人事・総務など)

人事担当者や総務担当者は、医師法や公認心理師法のような職業法上の守秘義務を直接は負いません。ただし、個人情報保護法上の義務は適用されます。健康情報は「要配慮個人情報」に分類され、取得・利用・第三者への提供には原則として本人の同意が必要です。また、就業規則や雇用契約の中で守秘義務が規定されている場合は、それに従う義務が生じます。担当者の「守秘義務の有無」について社内で認識が曖昧なケースが多く見受けられますが、少なくとも個人情報保護法の遵守は全員に求められると理解してください。

情報共有の「可否」を判断する——情報の階層と共有ルール

守秘義務があるからといって、すべての情報を完全に秘匿すればよいわけではありません。従業員の健康を守るためには、必要な情報を適切な範囲で共有することも重要です。重要なのは、どの情報を、誰に、どの条件で共有するかを事前に整理しておくことです。

厚生労働省が定めた「労働者の心の健康の保持増進のための指針」でも、個人情報の保護に配慮しつつ、就業上の措置に必要な情報は「最小限の範囲」にとどめることが明記されています。

  • 疾患名・診断内容:原則として共有不可。本人の書面による同意がある場合のみ例外的に共有を検討できます。
  • 就業上の配慮事項(例:残業制限、業務軽減):必要最小限の範囲で上司や人事に共有可能。この際も、疾患名を開示する必要はありません。「医師の判断により負荷軽減が必要」という機能的な情報のみを伝えるのが適切です。
  • 相談内容の詳細:本人の同意なしに共有することはできません。
  • 緊急性のある危機状況(自傷・他害リスクなど):安全確保を最優先として、例外的に最小限の関係者への連絡が許容される場合があります(後述)。

特によくある失敗として、「業務上の目的があれば人事に伝えても問題ない」という誤解があります。健康情報が人事評価や人事異動の判断材料に使われてしまうと、不当な取り扱いとして法的問題につながるリスクがあります。就業措置に必要な情報と、診断や相談内容そのものを混同しないよう注意が必要です。

また、本人の同意を取得する際は口頭だけでは不十分です。後日「そんなことは言っていない」というトラブルを防ぐために、書面または電子記録の形で同意を残すことが強く推奨されます。

緊急時の「例外開示」——守秘義務と安全配慮義務が衝突するとき

守秘義務を守ることと、従業員の安全を確保することが衝突する場面があります。典型的なのは、自傷・自殺・他害のリスクが具体的に示された場面です。

事業者は労働契約法上の安全配慮義務を負っており、従業員の心身の健康を守ることが求められます。危険な状態にある従業員の情報を知りながら何もしないことは、安全配慮義務違反とみなされる可能性があります。

このような場面での判断基準として、以下の点を参考にしてください。

  • リスクが具体的・切迫しているか(漠然とした不安ではなく、明確な計画や行動がある状態)
  • 本人の同意を得る努力をしたか
  • 共有する相手は最小限か(産業医・主治医・緊急連絡先として登録された家族等)
  • 対応後に記録として残しているか

緊急時に誰が・どのような手順で動くかを事前に定めておかないと、いざというときに「誰かが動くだろう」という思い込みによる対応の遅れが生じます。緊急時フローチャートをあらかじめ作成し、担当者全員が手順を把握しておくことが重要です。

こうした危機対応の判断に迷う場面では、専門的な知見を持つ産業医サービスを活用することで、適切な判断軸と対応手順を整備することができます。

相談記録の保管と廃棄——情報管理の実務ルール

相談記録の取り扱いについても、多くの中小企業でルールが整備されていません。「紙に書いたものを引き出しにしまっている」「担当者のパソコンにそのまま保存している」という状況は、情報漏洩リスクや担当者交代時のトラブルにつながります。

保管方法

相談記録は、施錠できる保管庫またはアクセス制限が設定されたシステムで管理することが基本です。アクセス権限は「その情報を必要とする最低限の担当者」に限定します。特定の担当者にのみ情報が集中する小規模組織では、担当者の退職や異動時に記録が放置されるリスクがあるため、引き継ぎルールも明確にしておく必要があります。

保管期間

明確に定めた法律がない場合でも、労働安全衛生法における各種記録の保存年限(多くが3〜5年)を参考に、5年以上を目安とすることが一般的に推奨されます。退職後も同様の管理を継続することが求められます。

廃棄方法

紙の記録はシュレッダーによる裁断、電子データは完全削除(単なるゴミ箱への移動ではなく、復元できない状態への削除)を行います。廃棄の記録を残しておくと、後日のトラブル対応に役立ちます。

中小企業が今すぐ整備すべき実践ポイント

法律の内容を理解したうえで、実際の職場に落とし込むための実践的な取り組みを整理します。

①メンタルヘルス情報取扱規程を作成する

誰が・誰に・どの情報を・どのような条件で伝えられるかを文書化します。就業規則の別規程として整備するか、既存のプライバシーポリシーに追加する形でも構いません。重要なのは、担当者が迷ったときに立ち返れる「判断基準」が明文化されていることです。

②入社時・相談開始時に従業員への説明と同意取得を行う

どのような情報が、どのような場合に、誰に共有される可能性があるかを従業員に事前に説明し、書面で同意を取得します。「相談したら何もかも会社に筒抜けになる」という不信感を払拭することで、従業員が安心して相談できる環境を整えることができます。

③社内相談窓口担当者へのトレーニングを実施する

担当者が守秘義務の範囲と限界を正確に理解しているかどうかは、組織の情報管理の質に直結します。研修の内容としては、守秘義務の法的根拠・情報共有の可否判断・緊急時の対応フロー・記録の保管方法などが挙げられます。また、相談を受ける立場の担当者自身が精神的な負担を抱えやすいため、担当者自身のメンタルヘルスケア(二次受傷防止策)も考慮する必要があります。

④産業医やEAPとの役割分担を明確にする

産業医・カウンセラー・人事担当者がそれぞれ何をする役割なのかを整理し、情報の流れを可視化します。「産業医に話せばすべてが解決する」「人事が全部把握していれば大丈夫」という思い込みは、役割の混同と情報管理の失敗につながります。外部のメンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、社内では対応しきれない相談を専門家に委ねつつ、情報管理の責任を明確に分担する体制をとることも有効です。

まとめ

メンタルヘルス相談における守秘義務と情報管理は、「知らなかった」では済まされない法的義務を含むテーマです。同時に、正しいルールを整備することで、従業員が安心して相談できる職場環境を構築することができます。

重要なポイントを改めて整理すると、以下のとおりです。

  • 守秘義務の主体と法的根拠は職種ごとに異なる。産業医・公認心理師・人事担当者をひとくくりにしない。
  • 共有できる情報は「就業上の配慮に必要な最小限のもの」に限定し、疾患名や相談内容の詳細は本人同意なしに共有しない。
  • 同意取得は書面または電子記録で行い、口頭のみに頼らない。
  • 緊急時の例外開示基準と手順をあらかじめ定め、担当者全員に周知しておく。
  • 相談記録は施錠・アクセス制限のある環境で管理し、保管期間・廃棄方法もルール化する。
  • 情報取扱規程の整備、担当者研修、専門機関との連携を組み合わせて体制を構築する。

特に中小企業では、担当者が少ない分、一人ひとりの理解と行動が組織全体の情報管理の質を左右します。「まず規程を一本作る」「担当者に研修を受けさせる」といった小さな一歩から取り組みを始めることが、従業員と会社の双方を守る第一歩となります。

よくある質問(FAQ)

産業医はメンタルヘルス相談の内容をそのまま会社に報告するのですか?

産業医は医師法・刑法第134条に基づく守秘義務を負っており、相談内容の詳細をそのまま会社に報告することはありません。産業医が会社(事業者)に伝えるのは、就業上の配慮が必要かどうかという意見や判断であり、診療内容や相談の詳細は開示されません。産業医と会社の役割を混同しないことが重要です。

EAPのカウンセラーに相談した内容は、上司や人事に伝わりますか?

EAPのカウンセラー(公認心理師等)には公認心理師法第41条による守秘義務があり、本人の同意なしに相談内容を第三者(上司・人事を含む)に伝えることは原則としてできません。ただし、自傷・他害のリスクが具体的・切迫している場合など、緊急性が高い状況では例外的な開示が行われることがあります。EAP利用開始時に情報の取り扱いルールを確認・説明しておくことが大切です。

社内相談窓口の人事担当者には守秘義務がありますか?

人事担当者は医師や公認心理師のような職業法上の守秘義務を直接は負いませんが、個人情報保護法上の義務は適用されます。従業員の健康情報は「要配慮個人情報」に該当するため、取得・利用・第三者提供には原則として本人同意が必要です。また、就業規則や雇用契約で守秘義務が規定されている場合はそれに従う義務が生じます。社内担当者に「守秘義務はない」という誤解が広まると、情報漏洩リスクが高まるため、研修による正確な理解の徹底が求められます。

メンタルヘルスの相談記録はどのくらいの期間保管すればよいですか?

メンタルヘルスの相談記録の保管期間を直接定めた法律は現時点では存在しませんが、労働安全衛生法における各種記録の保存年限(多くが3〜5年)を参考に、5年以上を目安とすることが一般的に推奨されています。退職後も同様の管理が必要であり、廃棄時は紙ならシュレッダー、電子データは完全削除を行い、廃棄の記録を残しておくことが望ましいです。

監修・運営:INTERMIND株式会社

産業医紹介・EAPサービス(外部メンタルカウンセリング)を提供する産業保健の専門会社。精神科専門医・心理士・保健師からなるスペシャリストチームが、中小企業の職場メンタルヘルス課題を支援しています。

公式サイト産業医紹介サービスメンタルカウンセリング(EAP)

目次