人手不足が深刻化するなか、多様な人材を活かす「ダイバーシティ推進」は、多くの中小企業にとって避けて通れない経営課題になっています。しかし、「必要性はわかっているが、何から手をつければよいかわからない」「大企業向けの事例ばかりで参考にならない」という声が現場では後を絶ちません。
女性・外国人労働者・障害者・高齢者・育児中の従業員など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が増えるほど、労務管理の複雑さも増します。法改正への対応、職場環境の整備、既存社員との摩擦解消——これらを限られた人員と予算で同時進行させなければならないのが、中小企業の現実です。
本記事では、ダイバーシティ推進を「かけ声だけ」で終わらせないために、中小企業の経営者・人事担当者が押さえておくべき法律の要点と実務上の対応策を、具体的にわかりやすく解説します。
ダイバーシティ推進をめぐる主な法律と2024年以降の変化
ダイバーシティ推進に関連する法律は複数にわたり、近年も改正が相次いでいます。まず、それぞれの概要と中小企業への影響を整理しておきましょう。
女性活躍推進法・育児介護休業法
女性活躍推進法は、常時雇用する労働者が101人以上の企業に対し、行動計画の策定・届出・公表を義務付けています(2022年4月から適用拡大)。100人以下の企業は努力義務にとどまりますが、採用競争力や補助金申請の観点から、自社の状況を把握しておくことが望ましいといえます。
育児・介護休業法は2022年・2023年の改正により大きく変わりました。産後パパ育休(出生時育児休業)の創設、育休取得に関する個別周知・意向確認の義務化は企業規模を問わず全企業が対象です。「うちは小さいから関係ない」という認識は通用しません。育休取得状況の公表義務は1,000人超の企業に限られますが、制度の周知義務はすべての事業主に課せられています。
障害者雇用促進法と合理的配慮の義務化
障害者の法定雇用率は2024年4月に2.5%へ引き上げられ、2026年7月にはさらに2.7%となる予定です。常用労働者40人以上の企業が対象となります。未達成の場合は障害者雇用納付金として不足1人あたり月額5万円の納付が求められます(一定規模以下の企業は当面猶予あり)。
さらに2024年4月からは、合理的配慮の提供が民間事業主にも義務化されました。合理的配慮とは、障害のある従業員や求職者から申し出があった場合に、業務上の支障を取り除くための調整や変更を行うことを指します。過重な負担にならない範囲で対応することが求められており、対応したプロセスを記録に残しておくことが重要です。
外国人労働者・高齢者雇用に関するルール
外国人労働者を雇用する際は、在留資格の種類によって就労できる業務の範囲が異なります。在留資格を確認せずに採用すると不法就労助長罪に問われるリスクがあるため、必ずパスポートと在留カードで確認し、採用・離職時にハローワークへ届出を行う義務があります。
高齢者雇用については、65歳までの雇用確保が義務、70歳までの就業機会確保が努力義務となっています(高年齢者雇用安定法)。再雇用制度を設けている企業は多いものの、処遇設計が不明確なまま運用されているケースも見られます。同一労働同一賃金の観点からも、正社員と嘱託・再雇用者の待遇差については合理的な説明ができるよう整備しておく必要があります。
中小企業が陥りやすい「ダイバーシティ推進の落とし穴」
法律への対応と並行して、実務でよく見られる失敗パターンを知っておくことも重要です。
採用だけして環境整備をしない
「ダイバーシティ推進=多様な人を採用すること」と捉えてしまうのは最もよくある誤解です。女性や外国人労働者を採用しても、受け入れ側の職場環境が整っていなければ、早期離職やトラブルにつながるリスクが高まります。たとえば外国人労働者に対して日本語のみの就業規則しか用意していない、障害者を採用したものの合理的配慮の相談窓口が存在しない、といったケースは珍しくありません。
育児・介護中の社員への業務集中と不満の連鎖
時短勤務や育休取得者が増えると、残った社員に業務が集中し、職場全体の不満が高まることがあります。これは制度の問題というより、業務の属人化や配分の見直しが追いついていないことが根本原因です。特定の人に頼り切りにならない業務設計と、支援する側へのインセンティブや評価の仕組みを合わせて検討する必要があります。
形式的なハラスメント研修で終わらせてしまう
パワーハラスメント防止法(労働施策総合推進法)は、2022年4月から中小企業にも義務化されています。相談窓口の設置など必要な措置を講じないと是正指導の対象となります。しかし、年1回の座学研修だけで終わっている企業は少なくありません。管理職が多様な部下をマネジメントする場面では、意図せずハラスメントが生じやすくなります。研修は事例ベースで行い、「自分ごと」として考えられる内容にすることが効果的です。
職場のメンタルヘルスや対人関係の問題が深刻化している場合は、外部の専門家によるサポートも有効です。メンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、従業員が安心して相談できる環境を整えることができます。
中小企業がダイバーシティ推進を進めるための優先順位
人員も予算も限られている中小企業が、すべての施策を一度に実行しようとすると必ず行き詰まります。取り組みには優先順位をつけることが重要です。
ステップ1:現状の可視化から始める
まず自社の従業員構成(性別・年齢・雇用形態・国籍・障害の有無など)を整理し、現状を「見える化」します。どの層が早期離職しやすいか、どの層の声が反映されにくいかを把握するだけで、課題の優先度が明確になります。アンケートや面談を活用し、現場の声を定期的に収集する仕組みを作りましょう。
ステップ2:法定義務の対応を確実に行う
理想的な施策より先に、法律で定められた義務への対応を確実に済ませることが基本です。育休の個別周知・意向確認、障害者雇用率の把握と合理的配慮の相談フローの整備、外国人雇用届出の徹底、ハラスメント相談窓口の設置——これらは「やっておけばよかった」ではなく「やっておかなければならない」事項です。
ステップ3:柔軟な働き方制度を横断的に整備する
フレックスタイム・時短勤務・テレワークといった柔軟な働き方制度は、育児・介護・障害・高齢など、さまざまな事情を抱える従業員に共通して効果を発揮します。特定の人材区分のためだけに制度を作るより、全員が利用できる制度として設計することで、既存社員の不満も抑えやすくなります。
就業規則も合わせて見直し、宗教上の理由による休暇取得や食事制限への配慮、障害特性に応じた勤務調整など、多様な事情を想定した柔軟な規定へのアップデートを検討してください。
ステップ4:管理職の意識と行動を変える
現場での軋轢や早期離職の多くは、管理職の対応に起因しています。「多様性マネジメント研修」は優先度の高い取り組みのひとつです。部下の多様な事情を理解し、個別に対応できるマネジャーが増えれば、制度が実際に機能するようになります。研修は一度きりではなく、継続的に行うことが重要です。
同一労働同一賃金と多様な雇用形態への対応
多様な人材が増えるほど、正社員・パート・契約社員・派遣・業務委託といった雇用形態の混在が進みます。この状況で見落とされがちなのが同一労働同一賃金への対応です。
パートタイム・有期雇用労働法は中小企業にも2021年4月から適用されており、正社員と非正規社員の間で不合理な待遇差を設けることが禁止されています。基本給・賞与・各種手当・福利厚生など、待遇差が生じている項目があれば、合理的な理由を説明できるよう整理しておく必要があります。従業員から「なぜ待遇が違うのか」と質問された際に説明できない状態は、法的なリスクに直結します。
また、業務委託契約で働くフリーランスとの関係についても、実態として指揮命令関係がある場合は労働者性が認められるケースがあります。雇用形態の区分を明確にし、契約内容と実態を一致させることが、労務トラブルの予防につながります。
実践ポイント:今日から動けるアクションリスト
以下に、中小企業が取り組みやすい具体的なアクションを整理します。すべてを一度に実施する必要はありませんが、できるものから着手することが重要です。
- 従業員構成の現状把握:性別・年齢・雇用形態・育休取得状況などのデータを整理し、課題を可視化する
- 育休に関する個別周知・意向確認フローの整備:出産予定の従業員(本人・配偶者含む)に対して、制度説明と取得意向の確認を行う手順を文書化する
- 障害者雇用率の確認と合理的配慮の相談窓口設置:自社の法定雇用率達成状況を確認し、配慮の申し出があった際の対応フローを整備する
- 外国人労働者の在留資格・届出確認:雇用している外国人の在留カードを確認し、ハローワークへの届出が適切に行われているかチェックする
- ハラスメント相談窓口の設置と周知:内部窓口の担当者を決め、従業員に周知する。外部委託も検討する
- 就業規則の見直し:多様な事情(育児・介護・障害・宗教等)に対応できる柔軟な規定になっているか確認する
- 管理職向け研修の実施:多様性マネジメントとハラスメント防止を組み合わせた研修を計画する
- 同一労働同一賃金の待遇差確認:正規・非正規間の待遇差の合理的説明ができるか確認する
産業医が関わる健康管理体制の整備も、多様な従業員が安心して働き続けるための重要な基盤です。特に障害者雇用や高齢者雇用が増えている企業では、産業医サービスを活用した職場環境のアセスメントが効果的です。
まとめ
ダイバーシティ推進は、「やりたいこと」ではなく、すでに「やらなければならないこと」になっています。法律上の義務は年々増え、対応が遅れるほど法的リスクと人材流出リスクの両方が高まります。
中小企業にとって重要なのは、大企業の事例を無理に模倣することではありません。自社の規模・業種・従業員構成に合わせて、優先順位をつけながら着実に積み上げていくことが、持続可能なダイバーシティ推進の第一歩です。
まずは現状把握と法定義務の確認から始め、管理職の意識改革、柔軟な制度整備へと段階的に進めてください。多様な人材が本来の力を発揮できる職場環境は、採用力の向上・離職率の低下・生産性の改善といった経営上のメリットに直結します。「人が集まり、定着する会社」をつくるためのダイバーシティ推進に、今日から取り組んでいただければ幸いです。
よくある質問
従業員数が少ない中小企業でも、女性活躍推進法の対応は必要ですか?
行動計画の策定・届出・公表の義務は、常時雇用する労働者が101人以上の企業に課せられています。100人以下の企業は現時点では努力義務にとどまります。ただし、採用競争力の強化や助成金・認定制度の活用という観点から、小規模でも自社の状況を把握し、女性が働きやすい環境整備を進めることは実質的なメリットがあります。義務対象外であっても、取り組みの記録を残しておくことをお勧めします。
外国人労働者を雇用する際に最も注意すべきことは何ですか?
最も重要なのは在留資格の確認です。在留資格の種類によって就労できる業務の範囲が異なり、確認を怠ると不法就労助長罪に問われるリスクがあります。採用前にパスポートと在留カードで在留資格・有効期限・就労制限の有無を確認し、採用後はハローワークへの外国人雇用状況の届出を行ってください。また、労働基準法や最低賃金法は国籍を問わず適用されるため、処遇面でも日本人社員と同等の基準で対応することが必要です。
合理的配慮の義務化(2024年4月)への対応として、まず何をすればよいですか?
まず、障害のある従業員や求職者から申し出があった際の「相談・検討・対応プロセス」を明文化しておくことが先決です。具体的には、誰が窓口になるか、どのように検討するか、過重な負担の判断基準はどう設定するか、を整理したうえで就業規則や内部マニュアルに反映させます。また、対応した内容を記録として残す習慣を組織内に定着させることで、後のトラブル防止にもつながります。特別に大きなコストをかける必要はなく、まずは「相談しやすい雰囲気と仕組みづくり」から着手することをお勧めします。







