従業員が病気やけがで長期間働けなくなったとき、経営者や人事担当者が最初に直面するのが「給与はどうすればよいか」「社会保険料はどう処理するのか」という疑問です。しかし、これらの取り扱いは法律で細かく定められているわけではなく、会社ごとの規程や複数の制度が複雑に絡み合っています。
特に中小企業では専任の人事担当者がいないケースも多く、休職が発生するたびに「どうすればよかったか」と慌てて調べる状況になりがちです。その結果、従業員との認識のズレやトラブル、手続きの抜け漏れが起きやすくなります。
この記事では、休職期間中の給与・社会保険・住民税の取り扱いについて、法的根拠を踏まえながら実務レベルで解説します。正しい知識を持ち、事前に備えておくことが、会社と従業員の双方を守ることにつながります。
休職中の給与支払い義務はあるのか
結論から言えば、私傷病(業務外の病気やけが)による休職中の給与支払いは、労働基準法上の明文規定がありません。つまり、法律が「支払わなければならない」と定めているわけではなく、支払いの有無や金額は就業規則・休職規程の定めによります。
実務的には、次のような設定をしている会社が多く見られます。
- 最初の一定期間(例:1〜3ヶ月)は有給扱いまたは一部支給し、その後は無給とする
- 休職開始から全期間を無給とする
- 年次有給休暇の消化後に休職扱いとする
重要なのは、就業規則や休職規程にこの取り扱いを明確に記載しておくことです。規程がなければ「もらえると思っていた」という従業員との認識のズレが生じ、退職時のトラブルに発展するケースもあります。
一方、業務上の病気やけが(労災)が原因の休業については、労働基準法第76条により、平均賃金の60%を休業補償として支払う義務があります。私傷病と労災は制度の根拠が全く異なるため、混同しないよう注意が必要です。
傷病手当金の仕組みと会社の役割
私傷病による休職で給与がゼロになった従業員が利用できる主な公的給付が、健康保険の傷病手当金です。この制度を正しく理解しておくことは、従業員への適切な案内という意味でも、会社にとって重要です。
支給要件と支給額
傷病手当金が支給されるには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
- 療養のために休んでいること(自宅療養も含む)
- 労務不能の状態であること(医師の証明が必要)
- 連続して3日間の待機期間が完成していること
- 賃金の支払いがないこと(一部支払いがある場合は差額のみ支給)
支給額は標準報酬日額(健康保険料の算定基準となる月額を30で割った額)の3分の2です。たとえば、標準報酬月額が30万円の従業員であれば、1日あたり約6,667円が支給されます。
支給期間は、同一傷病について通算1年6ヶ月です。2022年1月の法改正により「通算」方式に変更されたため、支給を受けながら一時的に復職した期間があっても、その日数分は消費されません。
一部給与が支払われている場合の取り扱い
「有給で一定額を支払いながら休職させる」という会社の場合、給与支給額が傷病手当金の額を下回っていれば、その差額分だけ傷病手当金が支給されます。逆に、傷病手当金以上の給与が支払われている間は傷病手当金は支給されません。制度上は「傷病手当金>支払給与」の場合のみ差額が補填される仕組みです。
会社が果たすべき役割
傷病手当金はあくまで健康保険組合または全国健康保険協会(協会けんぽ)から直接支給されるもので、会社が立て替えたり補填したりするものではありません。ただし、申請書の「事業主記入欄」は会社が証明を行う義務があり、正当な理由なく拒否することはできません。
中小企業の人事担当者としては、休職が始まった段階で従業員に対して傷病手当金制度の存在を案内し、初回申請のタイミングや医師の診断書が必要であることを伝えることが求められます。申請期限は支給対象となった日の翌日から2年以内ですが、本人がこれを知らないまま期限を過ぎてしまうケースもあるため、情報提供が重要です。
社会保険料の取り扱いと実務対応
休職中も健康保険・厚生年金の被保険者資格は継続します。育児休業や産前産後休業中は申請により社会保険料が免除されますが、私傷病による休職はこの免除の対象外です。ここは非常に重要なポイントで、「休職中は保険料も免除されるのでは」と誤解している担当者が少なくありません。
給与支払いがゼロの場合でも労使双方の保険料負担は発生し続けます。会社負担分は通常通り納付が必要です。問題になるのは従業員本人の負担分をどのように徴収するかという点です。主な方法としては次の3つが考えられます。
- 毎月現金で納付してもらう:本人の経済的負担は早期に確定するが、納付が滞るリスクがある
- 復職時に一括精算する:本人の負担を先送りできるが、長期化すると金額が大きくなる
- 会社が立替え、退職時に精算する:本人への即時負担がないが、退職時のトラブルになりやすい
いずれの方法を選択するにしても、休職開始前に「保険料の支払い方法に関する同意書」を取得し、書面で合意しておくことが不可欠です。口頭での取り決めは後日の証明が難しく、紛争の原因になります。また、退職時に未精算の保険料がある場合に備え、退職金や最終給与から一括控除できる旨を就業規則に明記しておくことも有効です。
なお、標準報酬月額の随時改定(月変)については、休職中で報酬がゼロになっても原則として随時改定の対象外となります。休職前の標準報酬月額が保険料の算定基準として継続します。
長期にわたる休職では保険料の未払いリスクも高まるため、定期的に本人と連絡を取り、支払い状況を確認する体制を整えておくことが望まれます。メンタルヘルス不調による休職の場合は、社員の状態把握や復職に向けた関わりも重要です。こうした対応に課題を感じる場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の活用も検討に値します。
住民税・雇用保険の取り扱いと見落としやすいポイント
住民税の特別徴収
住民税は前年の所得に対して課税されるため、休職中であっても納税義務は継続します。通常は給与から天引きする「特別徴収」という方法がとられますが、給与がゼロや少額になった場合は天引きができず、放置すると滞納が発生します。
この場合、従業員が自分で納付する「普通徴収」への切替え手続きが必要です。具体的には、市区町村へ「給与所得者異動届出書」などを届け出て、特別徴収から普通徴収に変更する手続きを行います。この手続きを怠ると、会社側での徴収不足・未納が生じ、後から精算が必要になります。
復職した際には特別徴収を再開する手続きも必要になりますので、休職開始・終了のどちらでも忘れずに対応することが重要です。
雇用保険について
雇用保険については、休職中も被保険者資格は継続しますが、給与の支払いがない期間は雇用保険料も発生しません。雇用保険料は実際に支払われた賃金に対して計算されるため、無給の期間には保険料の控除も不要です。傷病手当金は健康保険からの給付であり、雇用保険とは関係のない別の制度です。
休職規程の整備と復職・退職時の手続き
休職規程がない会社が最初にすべきこと
多くの中小企業では、休職規程が整備されていないか、あっても内容が不十分なケースが見受けられます。休職が発生してから慌てて対応する「場当たり的な運用」は、従業員ごとに対応が異なる結果を招き、公平性の問題やトラブルの原因になります。
休職規程には最低限、以下の項目を盛り込むことが求められます。
- 休職を命じる事由(私傷病・メンタルヘルス不調など)
- 休職期間の上限(勤続年数に応じて設定するケースも多い)
- 休職中の給与の取り扱い(無給・一部支給の条件)
- 社会保険料の負担方法と精算のルール
- 復職の条件(主治医・産業医の意見書の提出など)
- 休職期間満了時の取り扱い(自動退職か解雇か)
規程の整備に加えて、休職開始時に休職通知書と確認書を取り交わし、双方が同じ内容を認識していることを文書で確認することが重要です。
復職時の手続き
復職にあたっては、主治医の診断書だけでなく、産業医による就業可否の判断を確認してから復職を認める流れを作ることが望ましいとされています。特にメンタルヘルス不調による休職では、主治医が「復職可」と判断しても職場環境への適応に時間がかかるケースがあります。産業医サービスを活用することで、復職判断の根拠を明確にし、段階的な職場復帰を支援する体制を整えることができます。
手続き面では、給与計算の再開と住民税の特別徴収再開、それまでの保険料未精算分の処理を速やかに行います。
休職満了・退職時の手続き
休職期間が満了しても復職できない場合は、退職または解雇の手続きに移行することになります。この際、健康保険の任意継続被保険者制度(退職後2ヶ月以内に申請することで最大2年間、在職時と同様の健康保険を継続できる制度)や国民健康保険への切替えについて、従業員に案内することが会社の親切な対応といえます。
また、退職後も一定の条件を満たせば傷病手当金の継続受給が可能です。具体的には、資格喪失の前日まで継続して1年以上被保険者であり、資格喪失時点で傷病手当金を受給しているか受給できる状態にある場合、退職後も支給が継続されます。この制度を知らないまま退職する従業員もいるため、案内しておくことを検討してください。
実践ポイント:担当者がすぐに取り組むべき3つのこと
ここまでの内容を踏まえ、中小企業の経営者・人事担当者がすぐに着手できる実践的なポイントを整理します。
- 休職規程を整備する:規程がない場合はまず作成し、既存の規程は内容を確認・更新する。給与の取り扱いと社会保険料の負担方法を必ず明記する。
- 書面・同意書のひな形を用意する:休職通知書、社会保険料の支払い方法に関する同意書、復職申請書など、必要な書面を事前にテンプレートとして準備しておく。
- 従業員への案内フローを決めておく:休職開始時に「傷病手当金の概要・申請の流れ・住民税の切替え手続き・保険料の支払い方法」を一括して説明できるチェックリストを作成する。
これらの準備は、休職が発生してから行うのでは遅く、休職が起きる前の平時に整えておくことが、トラブルを未然に防ぐ最善策です。
まとめ
休職期間中の給与・保険の取り扱いは、法律が個別に細かく定めているわけではなく、会社の規程と複数の制度が組み合わさって構成されています。重要なポイントを改めて整理します。
- 私傷病による休職中の給与支払い義務は法律上なく、就業規則・規程の定めによる
- 健康保険の傷病手当金は会社が支払うものではなく、標準報酬日額の3分の2が通算1年6ヶ月支給される
- 私傷病休職中の社会保険料は免除されず、本人負担分の徴収方法を事前に書面で取り決める必要がある
- 給与がゼロになる場合は住民税の普通徴収への切替え手続きが必要
- 休職規程の整備と書面での合意取得がトラブル防止の根本的な対策になる
休職対応は、従業員の健康と生活を守りながら会社の運営も安定させるという、双方にとって重要な局面です。制度の正確な理解と事前準備を整えることで、担当者の負担を軽減しながら適切な対応が可能になります。不安な点がある場合は、社会保険労務士や産業医などの専門家に相談することも積極的に検討してください。
よくある質問(FAQ)
Q. 休職中の従業員に対して給与を支払わなくても法律違反にはならないのですか?
私傷病(業務外の病気やけが)による休職中の給与については、労働基準法に支払いを義務づける規定はありません。そのため、就業規則や休職規程に「無給」と定めていれば、法律違反にはなりません。ただし、規程に定めがない場合や不明確な場合は、従業員との間でトラブルになる可能性があります。事前に規程を整備し、休職開始時に書面で確認することが大切です。なお、業務上の病気やけが(労災)の場合は、労働基準法第76条に基づき平均賃金の60%以上の休業補償が必要です。
Q. 傷病手当金は会社が申請するのですか?会社の費用負担はありますか?
傷病手当金は従業員本人(または代理人)が健康保険組合または協会けんぽに申請するものです。会社は申請書の「事業主記入欄」に休業の事実を証明する義務がありますが、これを拒否することはできません。支給される傷病手当金は健康保険の給付であり、会社が費用を負担するものではありません。会社の金銭的な負担は発生しませんが、申請書への証明対応という事務的な役割が生じます。
Q. 育児休業と私傷病休職では、社会保険料の取り扱いが違うのですか?
はい、大きく異なります。育児休業および産前産後休業中は、会社が申請することで社会保険料(健康保険・厚生年金)が労使双方とも免除されます。一方、私傷病による休職はこの免除制度の対象外です。休職中も社会保険料の支払い義務は継続しており、給与が支払われない場合でも会社負担分・本人負担分ともに発生します。本人負担分の徴収方法については、休職開始前に書面で合意を取っておくことが重要です。







