新型コロナウイルス感染症をきっかけに急速に普及したテレワーク(在宅勤務・リモートワーク)は、今や多くの企業で恒常的な働き方として定着しつつあります。通勤負担の軽減や人材確保の面でのメリットが注目される一方、中小企業の経営者・人事担当者の間では「社員がちゃんと働いているかわからない」「健康状態の把握が難しくなった」といった悩みが増えています。
実際、厚生労働省が公表している「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(2021年改定)では、労務管理・費用負担・安全衛生・人事評価など多岐にわたる指針が示されています。しかし、十分なリソースを持たない中小企業にとって、こうした指針をすべて読み解き、自社の実態に合わせて整備することは容易ではありません。
本記事では、テレワーク時代における労務管理と健康管理の課題を整理し、法律上の義務を踏まえたうえで、中小企業でも取り組みやすい実践的な対応策をご紹介します。
テレワーク労務管理の法的根拠:まず押さえるべき3つの義務
テレワーク中であっても、労働基準法(以下「労基法」)をはじめとする各種法律は原則としてそのまま適用されます。「在宅だから多少の管理が甘くても大丈夫」という認識は、重大な法令違反につながるリスクをはらんでいます。
① 労働時間の客観的な把握義務
労働安全衛生法第66条の8の3では、使用者がすべての労働者(管理監督者を含む)の労働時間を客観的な方法によって把握することを義務づけています。テレワーク中の社員も当然この対象です。
「客観的な把握方法」として推奨されているのが、PCのログイン・ログオフの記録や、業務用システムへのアクセス履歴の活用です。単純な自己申告のみに頼る運用は「客観的」とはみなされにくいため、ICT(情報通信技術)ツールを活用した記録の保持が実務上は求められます。もし自己申告制を採用する場合でも、申告時間と実態のログに大きな乖離がないかを定期的に確認する仕組みを設けることが必要です。
② 時間外・深夜・休日労働の割増賃金の支払い義務
テレワーク中に法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて働かせた場合、時間外労働として25%以上の割増賃金を支払う義務があります。深夜(午後10時〜午前5時)や法定休日の労働についても同様です。「在宅だから残業代は不要」という扱いは法律違反です。
なお、テレワークで適用できる労働時間制度には、通常の労働時間制・フレックスタイム制・事業場外みなし労働時間制などがあります。このうち事業場外みなし労働時間制(所定労働時間を働いたとみなす制度)は、「労働者が情報通信機器を自らの裁量で切断できる」などの要件を満たさない限り適用できないため、運用には注意が必要です。
③ 安全配慮義務(自宅の作業環境への配慮)
労働契約法第5条が定める安全配慮義務(使用者が労働者の生命・身体・健康を守るために必要な配慮をする義務)は、テレワークにおいても適用されると解されています。自宅の机や椅子、照明環境が業務に適していない場合に生じた健康被害については、使用者が一定の責任を問われる可能性があります。
また、月80時間を超える時間外労働が発生した場合には、医師(産業医等)による面接指導を実施することが義務づけられています。テレワークによって長時間労働が見えにくくなっている今、労働時間の正確な把握はこうした義務履行の前提にもなります。
テレワーク規程の整備:就業規則に何を書くべきか
多くの中小企業では、既存の就業規則がオフィス勤務を前提に作られており、テレワークへの対応が不十分なままになっています。テレワークを恒常的に実施する場合は、「テレワーク勤務規程」を別規程として整備するか、就業規則に必要事項を追記することが法令上も推奨されています。
規程に明記すべき主な事項は以下のとおりです。
- 対象者・対象業務の範囲:全従業員か一部職種か、また業務の性質によって適用の可否を明確にする
- 勤務場所の定義:自宅のみか、サテライトオフィスや喫茶店等も含むかを明記する
- 労働時間制度の種類と管理方法:フレックスタイム制を採用する場合はコアタイムの設定等も記載する
- 費用負担の取り扱い:通信費・光熱費・備品等の実費相当分をどう清算するかを規定する(在宅勤務手当として支給する場合も就業規則への明記が必要)
- 情報セキュリティルール:私用端末の利用可否、VPN(仮想プライベートネットワーク)の使用義務などを定める
- テレワークの許可・取消条件:業務上の必要や規程違反があった場合の出社命令の根拠を明確にする
規程の整備は社会保険労務士などの専門家に相談しながら進めると、法的リスクを最小化できます。就業規則の変更・新設は、10人以上の事業場では労働基準監督署への届出も必要になります。
テレワーク中の労災・通勤災害:知っておくべき認定の考え方
テレワーク中に発生した事故が労働災害(労災)として認定されるかどうかは、多くの経営者・人事担当者が疑問に思うポイントです。
基本的な考え方として、就業時間中に業務に起因して発生した事故は労災認定の対象となります。たとえば、テレワーク中にパソコン作業をしていて転倒した場合や、業務用の荷物を運ぼうとして腰を痛めた場合などは、業務遂行中の事故として労災と認められる可能性があります。
一方、就業時間中であっても私的な行為(家事や育児など)の最中に起きた事故は対象外です。また、休憩時間中の事故については、オフィスでの取り扱いと同様に原則として労災の対象外となります。「自宅にいるから何でも労災になる」わけでも、「自宅だから労災は認められない」わけでもないことを正確に把握しておく必要があります。
通勤災害については、テレワーク勤務日は自宅が「就業場所」として扱われるため、その日にサテライトオフィスへ移動する場合などは通勤災害の対象となり得ます。ただし、ケースごとの判断が必要となるため、疑問がある場合は労働基準監督署や社会保険労務士に確認することをお勧めします。
テレワーク社員の健康管理:見えない不調をどう把握するか
テレワークが健康管理に与える影響は、身体面・精神面の両方に及びます。通勤がなくなることで身体活動量が大幅に減少し、運動不足や生活習慣の乱れが生じやすくなります。また、自宅の作業環境が整っていない場合、腰痛や眼精疲労が増加することも報告されています。
しかし、より深刻なのはメンタルヘルス面の問題です。オフィスであれば表情や様子から不調のサインに気づけますが、テレワーク環境では孤立感・疎外感を抱えていても周囲が気づきにくい状況が続きます。こうした孤独感はエンゲージメント(仕事への意欲・会社への帰属意識)の低下や、最終的には離職につながるリスクがあります。
定期的な1on1面談の実施
上司と部下がオンラインでも定期的に1対1で話す機会を設けることは、業務の進捗確認だけでなく、心身の状態を把握するうえでも効果的です。週次または隔週を目安に短時間でも実施し、「最近どうですか?」と声をかける文化を意識的に作ることが重要です。
セルフチェックシートの活用
週次または月次でセルフ申告シートを提出させる仕組みも有効です。業務の負荷感・睡眠状況・体調・悩みなどを簡単に記入できる形式にすることで、文字コミュニケーションが中心のテレワーク環境でも状態変化を把握しやすくなります。
ストレスチェック・産業医面談の活用
50人以上の事業場では年1回のストレスチェックが義務づけられていますが、テレワーク者を含むすべての労働者が対象です。ストレスチェックの結果を適切に活用し、高ストレス者に対しては産業医(企業の医療・健康管理をサポートする産業保健の専門医)による面接指導を早期に実施することが、メンタルヘルス不調の重症化防止につながります。産業医サービスを外部委託として活用することで、小規模事業場でも専門的なサポートを受けやすくなります。
また、社員が気軽に相談できる環境として、メンタルカウンセリング(EAP)(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)の導入も選択肢の一つです。EAPは外部の専門機関がカウンセリング窓口を提供するサービスで、社員が上司や人事に知られることなく専門家に相談できる仕組みとして、テレワーク時代のメンタルヘルス対策に有効です。
今日から始められる実践ポイント:中小企業向け優先対応リスト
「すべてを一度に整備するのは難しい」という中小企業の実情を踏まえ、優先度の高い対応から着手することが現実的です。以下に、比較的取り組みやすいものから順に整理しました。
【短期:まず着手すべき対応】
- 労働時間の把握方法を明確化する:PCのログ記録や勤怠管理ツールを活用し、自己申告のみに頼らない仕組みを整える。無料・低価格の勤怠管理クラウドサービスも増えており、中小企業でも費用を抑えて導入できる
- テレワーク中の連絡ルールを設ける:業務時間外の連絡を原則禁止するルールや、応答が必要な時間帯(コアタイム)を明確にすることで、長時間労働の防止と休息の確保を図る
- 1on1面談を週次または隔週で実施する:管理職向けに「傾聴の姿勢で行う短時間面談」の重要性を共有し、組織全体に浸透させる
【中期:体制整備として取り組む対応】
- テレワーク勤務規程を整備する:既存の就業規則にテレワーク関連の条項を追記するか、別規程として作成する。社会保険労務士への相談が効率的
- 作業環境チェックリストを整備する:自宅の机・椅子・照明・通信環境が業務に適しているかをセルフチェックさせ、必要に応じて備品の支給や手当の検討を行う
- ストレスチェックの結果を積極的に活用する:集団分析(部署ごとの傾向把握)を活用し、職場環境改善のPDCAに組み込む
【長期・継続:仕組みとして根づかせる対応】
- 人事評価制度をプロセス・成果ベースに見直す:「見えている」ことが評価に影響しないよう、目標管理制度(MBO)や行動評価軸を明確にする
- 産業医・EAPとの連携体制を構築する:高ストレス者や長時間労働者への面接指導が義務を超えた予防的なサポートとして機能するよう、体制を整える
- 情報セキュリティ教育を定期的に実施する:私用端末の管理ルール・VPN利用・フィッシング詐欺対策など、テレワーク特有のリスクに対する意識を継続的に高める
まとめ
テレワークは、正しく管理されれば生産性向上・人材確保・従業員満足度の改善に大きく貢献します。しかし、労務管理・健康管理の両面での整備が不十分なまま運用を続けると、労働基準法違反・過重労働による健康被害・メンタル不調による離職など、深刻なリスクが顕在化します。
まずは「労働時間の客観的な把握」と「テレワーク規程の整備」という2点を最優先に取り組み、そのうえで1on1面談や産業保健体制の充実へとステップアップしていくことが現実的な道筋です。
法律の要件を満たしつつ、社員が安心して働ける環境を整えることは、中長期的な企業の競争力にも直結します。今一度、自社のテレワーク運用を見直す機会としていただければ幸いです。
よくある質問(FAQ)
テレワーク中の社員の労働時間はどのように管理すればよいですか?
労働安全衛生法第66条の8の3に基づき、使用者はすべての労働者の労働時間を客観的な方法で把握する義務があります。PCのログイン・ログオフ記録や業務システムのアクセス履歴を活用することが推奨されています。自己申告のみに頼る場合は、申告内容とログの乖離を定期的に確認する仕組みを設けることが必要です。また、フレックスタイム制を導入することで、一定の柔軟性を確保しながら適切な時間管理を行うことも可能です。
テレワーク中の社員がメンタル不調になった場合、会社はどのような対応をすべきですか?
まず、上司による定期的な1on1面談を通じて早期に状態変化をキャッチすることが重要です。不調のサインがある場合は、産業医(産業保健の専門医)への相談や面接指導につなぐことが望ましい対応です。50人以上の事業場では年1回のストレスチェックが義務づけられており、高ストレス者への医師面接指導も義務です。社員が上司や人事に知られることなく専門家に相談できるEAP(従業員支援プログラム)を導入することも、早期対応に有効な選択肢となります。
テレワーク中に社員が自宅で怪我をした場合、労災になりますか?
就業時間中に業務に起因して発生した事故であれば、テレワーク中でも労働災害として認定される可能性があります。ただし、就業時間中であっても家事や育児など私的な行為中に発生した事故は対象外です。また、休憩時間中の事故はオフィスでの取り扱いと同様、原則として労災の対象外となります。ケースごとに判断が異なるため、具体的なケースについては労働基準監督署や社会保険労務士に確認することをお勧めします。
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