新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、多くの企業がテレワーク(在宅勤務やモバイルワークなど、オフィス以外の場所で働く形態)を導入しました。しかし、感染症対策として急遽始めたケースでは、制度や仕組みの整備が追いつかないまま運用が続いているという声が少なくありません。
特に中小企業では、専任の労務担当者がいないことも多く、「従業員がきちんと働いているかわからない」「残業代の計算が合っているか不安」「就業規則を何も変えていない」といった悩みを抱えたまま、手探りで対応している実態があります。
テレワークは、従業員の働きやすさや採用競争力の向上につながる一方で、労務管理を怠ると未払い賃金の遡及請求や労働基準監督署の是正勧告といった深刻なリスクを招きかねません。本記事では、テレワーク導入時に経営者・人事担当者が押さえるべき労務管理の要点を、法律の根拠とともに体系的に解説します。
テレワークでも労基法は適用される——基本的な法律知識の整理
まず前提として確認しておきたいのは、テレワーク中も労働基準法(以下、労基法)のルールはすべて適用されるという点です。「在宅だから自由に働ける」「管理が難しいから残業代は払わなくていい」という考え方は法律上誤りであり、トラブルの原因になります。
労基法が定める法定労働時間(1日8時間・週40時間)はテレワークでも変わりません。法定時間を超えた時間外労働、深夜労働(午後10時〜翌午前5時)、休日労働に対しては、所定の割増率による割増賃金の支払いが義務付けられています。これはオフィス勤務とまったく同じ扱いです。
また、2018年の働き方改革関連法による労働安全衛生法改正(2019年4月施行)により、使用者には客観的な方法で労働時間を把握する義務が明確に課されています。「従業員が自己申告しているから把握している」という対応だけでは不十分な場合もあり、PCのログイン・ログオフ記録や勤怠管理システムの活用が推奨されています。
厚生労働省は2021年に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を改定し、労働時間管理・費用負担・安全衛生など幅広い実務指針を提示しています。中小企業の経営者・人事担当者にとっても必読の内容ですので、まだ確認していない場合は厚生労働省の公式サイトからダウンロードすることをお勧めします。
テレワーク導入で最も多いトラブル——労働時間管理の落とし穴
テレワーク導入後に企業が直面するトラブルの中で、件数・リスクともに最も大きいのが労働時間の管理不備です。特に次の3つのケースには注意が必要です。
落とし穴①:サービス残業の見えない蓄積
オフィス勤務であれば、上司が部下の残業を目視で確認できます。しかしテレワークでは、従業員が深夜まで仕事をしていても周囲には見えません。「終業時刻に退勤報告をしたが、その後も仕事を続けていた」「チャットへの返信を深夜まで続けていた」——こうした状況が積み重なり、後から未払い賃金として請求されるケースが報告されています。労基法上、賃金請求権の時効は原則3年(2020年4月の改正労基法施行後の経過措置)とされており、遡及請求された場合の金額は相当な規模になり得ます。
落とし穴②:事業場外みなし労働時間制の安易な適用
「事業場外みなし労働時間制」とは、労働者が事業場の外で働き、使用者が労働時間を算定しにくい場合に、あらかじめ定めた時間を労働時間とみなす制度です(労基法第38条の2)。一見するとテレワークに適用できそうですが、要件は非常に厳しく設定されています。
具体的には、「情報通信機器が使用者の指示によって常時通信可能な状態に置かれていないこと」「随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと」の両方を満たす必要があります。スマートフォンやPCで常に連絡が取れる状態にある現代のテレワーク環境では、これらの要件を満たさないと判断されるリスクが高いと指摘されています。安易に同制度を適用してしまうと、後の労働基準監督署の調査で問題となる可能性があります。
落とし穴③:中抜け時間の取り扱いのあいまいさ
テレワーク中は、育児や介護などで一時的に業務から離れる「中抜け時間」が発生しやすくなります。この時間の取り扱いについて明確なルールがないと、「その時間も労働時間とみなされるのか」という問題が生じます。厚生労働省のガイドラインでは、中抜け時間を休憩時間として取り扱うか、終業時刻に反映するかを、あらかじめ就業規則等で定めることを推奨しています。
就業規則とテレワーク規程——制度の土台をつくる
テレワークを継続的に運用するうえで、就業規則やテレワーク勤務規程の整備は欠かすことができません。口頭や慣行によるルール運用は、トラブル発生時に「そんな取り決めはなかった」と否定されやすく、紛争リスクを高めます。
就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する事業場では作成・届出が義務付けられており(労基法第89条)、テレワーク導入に伴って就業規則の内容を変更する場合には、所轄の労働基準監督署への届出が必要です。また、常時10人未満の事業場でも、就業規則に準じたルールを文書化しておくことで、後々のトラブルを予防できます。
テレワーク勤務規程に盛り込むべき主な事項は以下の通りです。
- 対象者の要件(職種・雇用形態・本人申請の有無など)
- 勤務場所の範囲(自宅のみか、カフェ・コワーキングスペース等も認めるか)
- 申請・承認手続き(上長の承認が必要か、事前か事後か)
- 始業・終業時刻の報告方法(チャット、メール、勤怠システムなど)
- 中抜け時間の取り扱い
- 費用負担のルール(通信費・光熱費の補助内容と計算方法)
- 情報セキュリティに関する遵守事項(私用PCの使用可否、VPNの利用義務など)
規程の新設・変更に際しては、労働者代表の意見聴取が必要です(就業規則に不利益な変更を行う場合はさらに厳格な手続きが求められます)。社会保険労務士に依頼して作成するか、厚生労働省が公開しているモデル規程を参考に作成することを検討してください。
費用負担と情報セキュリティ——見落としやすい二つの課題
通信費・光熱費の補助と課税問題
テレワークでは、従業員が自宅の通信環境や電気代を業務に使用することになります。この費用を会社がどう負担するかについて明確なルールを設けていない企業が、依然として多く見られます。
費用負担の方法としては、「実費精算」と「一律手当の支給」の2つが一般的です。どちらの方法を採用するにしても、国税庁が示す計算方法に基づいて非課税限度額を確認することが重要です。ルールを設けずに費用を補助してしまうと、後から全額が給与として課税対象とみなされるケースがあります。
国税庁は在宅勤務手当の非課税となる計算方法について通達を出しており、在宅勤務日数に応じた按分計算の方法を示しています。詳細は国税庁の公式サイトや顧問税理士に確認することをお勧めします。
情報セキュリティポリシーの整備
テレワーク環境では、社外のネットワークを使用することで情報漏洩のリスクが高まります。情報セキュリティポリシー(社内の情報管理に関するルールをまとめた方針書)が未整備のまま運用している場合、万一の情報漏洩時に会社の責任が問われる可能性があります。
最低限整備しておきたい項目としては、次のものが挙げられます。
- 業務用PCと私用PCの使い分けに関するルール
- VPN(仮想プライベートネットワーク)の使用義務の有無
- 書類や電子データの持ち出しに関する制限
- 公共Wi-Fiの使用可否
- 画面の覗き見防止策(プライバシーフィルターの使用など)
安全衛生管理とメンタルヘルス——見えにくいリスクへの備え
テレワークにおいて見落とされがちなのが、従業員の健康管理です。使用者には、労働安全衛生法に基づく安全配慮義務(労働者の健康や安全に配慮する義務)があり、これはテレワーク中も変わりません。定期健康診断やストレスチェック(常時50人以上を使用する事業場では実施義務がある)の実施も、テレワーク導入後も継続が必要です。
また、テレワーク環境ではオフィスと異なり、作業姿勢や照明などの環境が整っていないケースがあります。厚生労働省は「自宅等においてテレワークを行う際の作業環境を確認するためのチェックリスト」を公開しており、これを活用して従業員自身に作業環境を点検させる取り組みが効果的です。
さらに深刻なのがメンタルヘルスの問題です。テレワーク開始後、上司・同僚との接点が減ることで孤立感を覚える従業員が出やすくなります。コミュニケーション不足はモチベーションの低下だけでなく、うつ病などのメンタル不調につながるリスクがあります。従業員のメンタルヘルスに懸念がある場合は、産業医や専門医への相談を検討してください。
予防策として有効なのが、定期的な1on1面談(上司と部下が1対1で行う定期的な対話)の設定です。業務の進捗確認だけでなく、体調や職場環境について話す機会を意識的につくることで、不調の早期発見が可能になります。チャットツールを活用する場合も、「業務連絡専用」にするだけでなく、雑談できる場を設けるなど、コミュニケーションの設計を工夫することが求められます。
実践ポイント——今日から取り組める優先順位
テレワークの労務管理を整備するにあたって、何から始めればよいか迷う経営者・人事担当者も多いでしょう。以下に、優先度の高い順に実践ポイントを整理します。
ステップ1:勤怠管理の仕組みを整える
最初に着手すべきは、労働時間を客観的に記録できる仕組みの構築です。クラウド型の勤怠管理システム(KING OF TIME、マネーフォワードクラウド勤怠、freee人事労務など)は、月額数百円〜数千円程度から利用できるものもあり、中小企業でも導入しやすくなっています。PCのログイン・ログオフ記録と併用することで、より客観性の高い記録が残せます。
勤怠システムの導入と同時に、始業・終業時刻の報告ルールを明確にし、全従業員に周知することが重要です。チャットツールやメールでの報告を補助的に活用することも有効です。
ステップ2:テレワーク勤務規程を整備する
勤怠管理の仕組みと並行して、就業規則へのテレワーク規定の追加、またはテレワーク勤務規程の新設に取り組みましょう。規程が存在するだけで、トラブル発生時の対応が大きく変わります。社会保険労務士への相談を積極的に活用してください。
ステップ3:費用負担のルールを明文化する
通信費・光熱費の補助方法と計算方法を文書化し、従業員に周知します。課税問題を避けるために、国税庁の通達に基づく計算方法を確認した上でルールを設定することを強くお勧めします。
ステップ4:メンタルヘルス対策と情報セキュリティを整える
1on1面談の定期実施と作業環境チェックリストの活用を制度として組み込みます。あわせて、情報セキュリティポリシーを文書化し、従業員への教育・周知を行います。
まとめ
テレワーク導入は、従業員の働きやすさや企業の採用競争力を高める有効な施策である一方、制度や仕組みの整備を怠ると労務トラブルの温床になりかねません。
重要なのは、「テレワークだから管理が難しい」という発想から「テレワークだからこそ仕組みで管理する」という発想に転換することです。労基法上の義務は働く場所に関わらず適用されます。労働時間管理・就業規則整備・費用負担のルール化・安全衛生管理の4つの柱を順番に整えていくことで、法的リスクを抑えながら、従業員が安心して働ける環境をつくることができます。
すでにテレワークを運用中で「制度が追いついていない」と感じている場合は、現状の運用と法律上の義務との間にギャップがないか、社会保険労務士などの専門家に相談しながら点検することをお勧めします。制度を一度整えてしまえば、その後の運用は大幅に楽になります。今がまさに整備に取り組む好機です。
よくある質問
Q1: テレワーク中でも労働基準法が適用されるというのは本当ですか?
はい、テレワーク中も労働基準法のすべてのルールが適用されます。法定労働時間(1日8時間・週40時間)や残業代、深夜労働の割増賃金などはオフィス勤務と同じ扱いとなり、「在宅だから管理が難しい」という理由で支払い義務を免れることはできません。
Q2: 『事業場外みなし労働時間制』を使えば、テレワークの労働時間管理が簡単になるのではないでしょうか?
一見簡単に見えますが、この制度の適用には非常に厳しい要件があります。スマートフォンやPCで常に連絡が取れる現代のテレワーク環境では、要件を満たさないと判断されるリスクが高く、安易な適用は労働基準監督署の調査で問題になる可能性があります。
Q3: テレワーク中に育児や介護で一時的に仕事を離れた『中抜け時間』はどのように扱えば良いですか?
中抜け時間の扱いについては、あらかじめ就業規則やテレワーク勤務規程で、休憩時間とするか終業時刻に反映するかを明確に定めておく必要があります。厚生労働省のガイドラインでも、事前のルール定めを推奨しており、あいまいなままにするとトラブルの原因になります。
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