「相談窓口は一応設けているが、実際に使われているのかどうかわからない」「窓口を作ったら義務は果たせたと思っていたが、労働局から運用実態を確認された」——中小企業の経営者・人事担当者から、こうした声を耳にする機会が増えています。
2022年4月、労働施策総合推進法の改正により、パワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置が中小企業にも義務化されました。それ以前から、セクシュアルハラスメントは男女雇用機会均等法第11条により、マタニティハラスメントは同法第11条の3および育児・介護休業法第25条により、相談窓口の設置と適切な対応がすでに義務とされていました。つまり現在、従業員を一人でも雇用している事業主であれば、複数種類のハラスメントに対する相談対応体制を整えることが法律上求められているのです。
しかし「設置する」と「機能させる」の間には大きな隔たりがあります。本記事では、ハラスメント相談窓口を形式だけのものにせず、実際に相談者が利用でき、会社として適切に対応できる体制を整えるための考え方と実務的な手順を解説します。
なぜ「設置しただけ」では不十分なのか
相談窓口を設置することは、法令が定める「雇用管理上必要な措置」のうちの一つに過ぎません。都道府県労働局の行政指導においても、窓口が存在するかどうかだけでなく、実際に機能しているかどうかが確認されます。具体的には、従業員が窓口の存在を知っているか、利用しやすい環境が整っているか、相談を受けた後の対応フローが明確かどうかといった点が問われます。
措置が不十分と判断された場合、労働局による指導・勧告の対象となります。さらに、相談者が「窓口に相談したが何もしてもらえなかった」と感じると、労働基準監督署への申告や、民事訴訟に発展するリスクがあります。こうした事態になれば、企業の信頼失墜や損害賠償請求といった深刻な結果につながりかねません。
また、「設置した」という安心感が、かえって実態の確認を怠らせることもあります。年に一度は窓口の利用状況、担当者の習熟度、対応フローの妥当性を見直す機会を設けることが重要です。
窓口設計の基本:社内だけに頼らない体制づくり
中小企業が相談窓口を設計するうえで最も難しいのが、匿名性と中立性の確保です。従業員数が少ない職場では、相談者と行為者(加害者とされる人物)が日常的に顔を合わせており、「誰が相談したかすぐにわかる」「担当者と加害者が親しい」という状況が生じやすくなります。こうした環境では、そもそも相談自体をためらう従業員が多く、問題が潜在化してしまいます。
この課題に対応するために有効なのが、社内窓口と社外窓口を併設する複数ルートの設計です。
- 社内窓口の例:人事部門の担当者、産業医(産業医が選任されている場合)、管理職以外の信頼できる社員
- 社外窓口の例:社会保険労務士、弁護士、外部のEAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)機関
EAPとは、従業員のメンタルヘルスや職場の問題に対して、専門家によるカウンセリングや相談対応を提供するサービスのことです。外部機関であるため中立性が担保されやすく、相談者が社内に知られることを恐れずに利用できます。月額料金制のサービスが多く、従業員規模によりますが数万円程度から導入できる事業者もあります。
また、匿名での相談を受け付ける仕組みも設けることが望まれます。Webフォームや投書箱を活用することで、対面では話しにくい内容を拾い上げることができます。ただし、匿名相談は事実確認が難しいため、受け付けた後の対応方針(どこまで調査するか、どう回答するかなど)をあらかじめ定めておく必要があります。
担当者の選定と育成:誰に任せるかで窓口の信頼性が決まる
相談窓口の担当者の選び方は、窓口が機能するかどうかを大きく左右します。「人事担当者が兼務すればよい」と安易に考えると、いくつかの問題が生じる可能性があります。人事担当者は経営者と近い立場にあるため、従業員から「会社側の人間」と見られやすく、相談のしにくさにつながることがあります。また、経営者や管理職がハラスメントの行為者である場合、人事担当者だけでは中立性の確保が困難です。
担当者を選ぶ際には、以下の点を考慮してください。
- 守秘義務を理解し、実行できる人物であること:相談内容を他者に漏らさないことが大前提です。漏洩した場合には個人情報保護法上の問題となり得るほか、企業としての信頼が失われます
- 傾聴スキルを持つ、または習得する意欲があること:相談者は感情的になっていることが多く、まず話を受け止める態度が求められます
- 行為者と利害関係がないこと:とくに小規模な職場では、担当者と行為者の個人的な親しさが中立性を損なうリスクがあります
- 可能であれば複数名・異なる性別で配置すること:相談者が担当者の性別を選べる体制が望ましく、とくにセクシュアルハラスメントの相談においては重要です
選定後は、担当者への定期的な研修が不可欠です。ロールプレイを取り入れた傾聴スキルの訓練、ハラスメントと業務指導の違いについての知識、法令の基礎知識などを継続的に学ぶ機会を設けましょう。
さらに見落とされがちなのが、担当者自身のメンタルケアです。深刻なハラスメント事案の相談を繰り返し聞くことで、担当者が精神的な負担を蓄積し、いわゆる「二次被害(支援者が相談内容に巻き込まれることで受ける心理的ダメージ)」を受けることがあります。担当者が相談できる上位の相談先(産業医や外部の専門家によるスーパービジョンという仕組み)を設け、定期的に担当者の状態を確認する体制を整えることが、窓口の持続的な運営に不可欠です。
相談受付から対応完了までの標準フロー
相談を受けた後に「どうすればいいかわからない」という状態になることが、中小企業における相談窓口の最大の弱点の一つです。あらかじめ対応の流れを文書化し、担当者が迷わず動けるようにしておくことが重要です。以下に標準的な対応フローを示します。
ステップ1:相談受付と初期対応
相談があった際は、まず相談者の話をさえぎらずに聞き、記録を取ります。この段階では事実の正誤を判断しようとしないことが大切です。相談者が希望する対応(調査してほしい、話を聞いてほしいだけ、など)を確認し、対応の進め方について合意を得てから次のステップに進みます。口頭での相談も必ず記録化し、内容を相談者に確認してもらいましょう。
ステップ2:事実確認と調査
調査は必ず当事者双方から個別にヒアリングを行います。相談者から話を聞いただけで行為者を断定したり、逆に行為者の主張だけで「誤解だろう」と処理したりすることは、どちらも重大な問題を引き起こします。必要に応じて目撃者や関係者からも事情を聴取します。この際、誰が誰に何を聞いたかという情報が漏れないよう、ヒアリング対象者には守秘義務について事前に説明します。
ステップ3:事実の評価と判定
収集した情報をもとに、ハラスメントに該当するかどうかを判断します。この判定は担当者一人で行うのではなく、複数の関係者(経営者・人事責任者・必要に応じて外部専門家)が関与する形が望ましいです。ここで重要なのが、ハラスメントと業務上の指導との線引きです。業務指導であってもその態様(言葉の内容、頻度、他の従業員の前での叱責など)によっては、パワーハラスメントに該当すると判断される場合があります。判定に自信が持てない場合は、社会保険労務士や弁護士に相談することを検討してください。
ステップ4:対応措置の実施
ハラスメントが認定された場合は、行為者への指導・処分、配置転換などの措置を迅速に行います。相談者に対しては不利益が生じないよう配慮し、相談したことを理由とした解雇・降格・異動は法律で禁止されていることを、経営者・管理職も含め全員が認識しておく必要があります。
ステップ5:フォローアップ
対応が一段落した後も、相談者・行為者の双方に対して定期的な面談を行い、職場環境が改善されているかを確認します。対応完了で終わりではなく、再発防止と関係者の状況確認が継続的に必要です。なお、自殺リスクや深刻なメンタルヘルス不調が疑われる案件については、産業医や医療機関と連携するルートをあらかじめ定め、緊急時に迷わず動けるようにしておきましょう。
記録管理と情報の取り扱いに関するルール
相談内容の記録は、保存期間の目安を5年間として管理することが推奨されます。これは、労働問題に関連する民事上の時効期間などを考慮したものです。記録には相談日時、相談内容の要旨、対応経過、判定結果、措置の内容などを含め、後から第三者が見ても経緯を追えるようにしておきます。
記録の管理においては、アクセス権限を厳格に限定することが重要です。相談窓口担当者と経営幹部など、必要最低限の人物だけが閲覧できる専用のファイルまたはシステムを用意し、一般の業務データと混在させないようにします。個人情報保護法に基づく適切な管理が求められており、相談内容の第三者への漏洩は法的リスクとなります。
また、行為者に対しては「相談があった」という事実を開示する場合であっても、相談者が特定される情報を必要以上に伝えないよう注意が必要です。「誰が相談したかすぐにわかった」「担当者から行為者に話が筒抜けになった」という事態は、中小企業で実際に起きているケースであり、窓口への信頼を根本から崩してしまいます。
実践ポイント:機能する相談窓口にするために今日からできること
以上の内容をふまえ、実際に取り組む際のポイントを整理します。
- まず現状を点検する:現在の窓口が従業員に周知されているか、利用実績があるか、対応フローが文書化されているかを確認します。就業規則またはハラスメント防止規程に窓口が明記されているかも確認してください
- 複数の相談ルートを確保する:社内だけに頼らず、外部の社会保険労務士・弁護士・EAPなど、少なくとも一つの社外窓口を設けることを検討します
- 担当者の守秘義務を明文化し、研修を行う:口頭での申し合わせではなく、書面で守秘義務を定め、年1回以上の研修を実施します
- 対応フローを文書化し、関係者で共有する:相談受付から解決までの手順を明文化し、担当者・経営者・人事責任者が共通認識を持ちます
- 全従業員へ年1回以上、窓口の存在と利用方法を周知する:周知方法は書面配布・社内掲示・研修など複数の手段を組み合わせることが効果的です
- 相談実績を匿名・統計の形で報告する仕組みをつくる:「相談しても何も変わらない」という不信感を防ぐため、窓口の利用状況と対応結果を定期的に従業員に共有します(個人が特定されない形で)
- 担当者のケア体制を整える:相談を受ける担当者自身が相談できる環境を設け、担当者の精神的健康を定期的に確認します
まとめ
ハラスメント相談窓口は、設置することがゴールではありません。従業員が実際に「ここに相談すれば安全に話を聞いてもらえる」と信じられる体制を整え、相談後に適切な対応が行われることではじめて、法令の求める「雇用管理上必要な措置」が果たされたといえます。
中小企業においては、人員や予算の制約がある中での運用が求められます。しかし、外部機関の活用や対応フローの文書化、担当者への継続的なサポートなど、取り組みの優先順位を明確にすれば、段階的に体制を強化することは可能です。
ハラスメントが放置された職場では、優秀な人材の離職、生産性の低下、組織全体の士気の低下といった経営上の損失が積み重なります。相談窓口の実質的な機能強化は、リスク管理の観点からだけでなく、働きやすい職場環境を守るための経営上の投資として捉えていただければ幸いです。不明点がある場合は、都道府県労働局の無料相談窓口や、ハラスメント対応に詳しい社会保険労務士・弁護士への相談も積極的に活用してください。
よくある質問
Q1: 相談窓口を設置しただけでは、なぜ法的に不十分なのですか?
法律は「窓口を設置する」ことだけでなく、実際に「機能する」ことを求めています。労働局の行政指導では、従業員が窓口の存在を知っているか、利用しやすい環境か、相談後の対応フローが明確かといった実運用が確認されます。窓口が機能していないと判断された場合、指導・勧告や訴訟といった深刻な事態に発展するリスクがあります。
Q2: 中小企業で匿名性と中立性を確保するにはどうしたらよいですか?
社内窓口(人事担当者や信頼できる社員)と社外窓口(社会保険労務士、弁護士、外部EAP機関など)を併設する複数ルートの設計が有効です。外部機関は中立性が担保されやすく、相談者が社内に知られることを恐れずに利用できます。さらにWebフォームや投書箱など、匿名での相談を受け付ける仕組みも合わせて整備することが望まれます。
Q3: 相談窓口の担当者を人事担当者だけにしてはいけない理由は何ですか?
人事担当者は経営者に近い立場にあるため、従業員から「会社側の人間」と見られやすく、相談しづらくなることがあります。また、経営者や管理職がハラスメント行為者の場合、人事担当者だけでは中立性の確保が困難です。そのため、守秘義務を理解し傾聴スキルを持ち、行為者と利害関係がない複数の担当者を配置することが重要です。
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