「感染症で社員が出勤停止になったら?中小企業が今すぐ作るべき対応マニュアルの全手順」

新型コロナウイルス感染症が2023年5月に感染症法上の5類へ移行してから、「もうコロナ前の対応に戻せばいいのでは」と考えた経営者も少なくないはずです。しかし実際には、インフルエンザ・ノロウイルス・RSウイルスなど、企業の生産性に大きな影響を与える感染症は他にも多数存在します。感染拡大が起きてから慌てて対応しようとしても、代替要員の確保や賃金処理のルール、従業員への情報共有など、判断すべきことが山積みになり、現場は混乱します。

中小企業の場合、産業医や保健師が常駐していないケースがほとんどです。感染症対策の担当者が明確でなく、誰かが罹患するたびに「どう対応すればよいか」と一から調べる、という状況に陥っている企業は多いのではないでしょうか。本記事では、法律上の義務を整理しながら、中小企業でも実践できる感染症対策と健康管理体制の構築ポイントを解説します。

目次

企業が感染症対策で押さえるべき法律の基本

感染症対策に関連する法律は複数にまたがっており、それぞれが定める義務の内容も異なります。まず全体像を把握することが、適切な対応の第一歩です。

労働安全衛生法が定める事業者の責務

労働安全衛生法の第3条は、事業者が労働者の安全と健康を守る責任を負うことを定めています。感染症対策もこの「健康を守る」義務の範囲に含まれると解されています。同法第68条では、感染症にかかった疑いのある労働者に対して就業禁止措置を取る義務が事業者に課されており、単に「本人任せ」にしておくことは法的に問題のある対応となり得ます。

また同法第66条に基づく健康診断は、一般定期健康診断(年1回)の実施が義務付けられており、未実施の場合は50万円以下の罰金が科される可能性があります。健康診断の実施率を100%に近づけることは、感染症に限らず健康管理体制の基盤となります。

感染症法による分類と就業制限の関係

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(通称:感染症法)は、感染症を危険度や感染力に応じて1類から5類等に分類しており、分類ごとに就業制限や届出義務の内容が異なります。

  • 1類・2類感染症(エボラ出血熱、結核など):就業制限・入院措置の対象。事業者は当該従業員を就業させてはなりません。
  • 3類感染症(腸チフス、コレラなど):飲食物に関係する業務への就業制限があります。
  • 4類・5類感染症(インフルエンザ、COVID-19など):医師の届出義務はありますが、感染症法上の就業制限はありません。

2023年5月以降、COVID-19は5類感染症に移行しました。これにより、感染症法上の法的な就業制限はなくなりました。ただし、就業制限がないことと「出勤させてよい」こととは別の話です。労働安全衛生法上の安全配慮義務は依然として存在するため、企業が独自のルールとして就業制限基準を設けることは合理的かつ推奨される対応です。

食品関連業種が注意すべきノロウイルス対応

食品製造業や飲食業では、食品衛生法の観点からノロウイルスへの対応が特に重要です。ノロウイルスは感染症法上は5類に分類されますが、食品衛生法上は、罹患している従業員を食品を直接取り扱う業務に就かせることは許されません。これを見落として「5類だから大丈夫」と判断してしまうと、食中毒事故や行政処分につながるリスクがあります。業種の特性に応じた対応基準を別途定めることが必要です。

「休ませるかどうか」の判断と賃金処理の正しい考え方

感染症対応で経営者・人事担当者が最も悩むのが、「感染疑いの従業員を休ませてよいか」「その際の賃金はどうなるか」という問題です。ここを整理しておかないと、後になってトラブルの原因になります。

会社命令による休業と休業手当の関係

労働基準法第26条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合、事業者は平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければならないと定めています。

感染症を理由に会社が命令として休業を指示した場合、この「使用者の責に帰すべき事由」に該当するかどうかが問題になります。行政の解釈では、労働者本人や同居家族が感染したことによる休業であっても、会社が自主的に(法的な就業制限がない状況で)休業命令を出した場合は、使用者側の判断による休業とみなされ、休業手当の支払い義務が生じるとされています。

一方、感染症法上の就業制限対象疾患(1類・2類など)による場合は、法的義務に基づく休業となるため扱いが異なります。また、従業員本人が体調不良を理由に自ら申し出て休む場合は、有給休暇(本人希望の場合)や欠勤扱いになります。

有給休暇の「強制消化」は原則として認められない

「休んでほしいが休業手当を払いたくない。有給を使ってもらえばいい」と考える経営者もいますが、使用者が一方的に有給休暇を取得させることは、労働基準法上原則として認められていません。有給休暇は労働者が自ら請求するものであり、会社側が「有給扱いにする」と決めることはできないのが原則です(計画年休制度を就業規則・労使協定で定めている場合は例外)。

本人が自ら有給取得を希望するなら問題ありませんが、その場合も強要にならないよう配慮が必要です。傷病手当金(健康保険から支給)の活用についても、従業員に案内できるよう情報を整理しておくとよいでしょう。

感染者情報の取り扱いと個人情報保護の壁

職場で感染者が出た際、「誰が感染したか」を周囲に知らせるべきかどうかに悩む人事担当者は少なくありません。ここには個人情報保護法上の重要なルールがあります。

健康状態に関する情報、とりわけ感染症の罹患情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当します。これは、本人の同意なく取得・第三者提供することが原則禁じられた、特に慎重に扱うべき情報です。

職場内への情報共有については、次のような考え方を基本とすることが望ましいとされています。

  • 個人が特定される形での告知は原則避ける:「〇〇部の〇〇さんが感染した」という形での情報共有は慎重に。
  • 共有範囲は必要最小限にとどめる:感染者の上長や直属の関係者など、業務上必要な範囲に限定する。
  • 本人の同意を得た上で公表する:本人が職場への周知を希望する場合は、本人同意のもと必要な情報のみ共有する。
  • 感染の事実と関係なく、接触者への注意喚起は行う:「感染者が出た可能性があるため、健康観察をお願いします」という形での周知は個人が特定されない範囲で可能です。

個人情報の適切な管理と、職場の安全確保のバランスを取ることが求められます。

今すぐ整備すべき感染症対応マニュアルの作り方

感染症対策において、もっとも優先度が高い実務的な取り組みの一つが、感染症対応マニュアルの整備です。「マニュアルは存在するが形骸化している」という企業も多いですが、実際に機能するものにするためには、次のポイントを押さえる必要があります。

発症時の対応フローを明確にする

従業員が感染または感染疑いの状態になった際に、誰が何をどの順番で行うかを明確にしておくことが重要です。具体的には以下の流れを文書化することを推奨します。

  • 報告ルートの明示:本人→直属上司→人事・総務担当者→経営者という報告ラインを明確にする
  • 休業・就業制限の判断基準:症状の程度・感染症の種類・感染症法上の分類に応じた判断基準を明記する
  • 職場の消毒・清掃の手順:感染者が使用していたスペースの消毒方法と担当者を事前に決めておく
  • 復帰基準の明確化:「解熱後〇日経過」「医師の診断書の提出」など、復帰条件を就業規則と整合させて定める

感染症の種類によって対応内容が異なる点にも注意が必要です。インフルエンザ・COVID-19・ノロウイルスでは、感染力・潜伏期間・症状の推移がそれぞれ異なるため、種類ごとの対応表を別紙として用意することが実用的です。

毎年流行前に見直し・周知を行う

マニュアルは作成して終わりではなく、毎年10〜11月(インフルエンザ等の流行前)に内容を見直し、全従業員に周知する機会を設けることが重要です。特に法令の改正や行政ガイドラインの更新があった年は、必ず内容を確認・修正してください。

中小企業でも実践できる健康管理体制の強化ポイント

産業医や保健師が常駐していない中小企業でも、日常的な健康管理体制を整えることは可能です。以下の取り組みは、特別なコストをかけずに実践できるものを中心に紹介します。

法定健康診断の受診率を高める仕組みをつくる

労働安全衛生法第66条に基づく定期健康診断は、事業者に実施義務があるだけでなく、労働者にも受診義務があります(ただし罰則は事業者側に設けられています)。未受診者が毎年一定数発生している企業では、以下のような管理の仕組みが有効です。

  • 受診期限の1か月前・2週間前にリマインド通知を行う
  • 直属上司が未受診者に声がけする仕組みをつくる
  • 受診結果の提出を義務化し、人事で管理する

日常的な体調確認の継続

出勤時の検温や体調申告シートの活用は、コロナ禍以降に多くの企業が導入しましたが、5類移行後に廃止してしまったケースも見受けられます。異常の早期発見という観点では、継続的な体調確認の仕組みを維持することが望ましいといえます。ただし、従業員の負担感にも配慮し、簡便な運用方法を検討してください。

換気・消毒などのハード面の整備

換気については、厚生労働省等の資料では1時間に2回以上、数分間の換気を行うことが目安とされています。エアコンによる空気循環は換気にはならないため、窓開けや換気扇の活用が基本です。手洗い・消毒設備については、補充管理の担当者を明確に定めておくことが継続運用の鍵になります。

インフルエンザワクチン接種への費用補助

インフルエンザワクチンの接種費用を企業が補助する取り組みは、従業員の健康管理と欠勤減少の双方に効果が期待できます。法的な義務ではありませんが、福利厚生の一環として就業規則や社内規程に明記しておくことで、取り組みが継続しやすくなります。接種の強制は個人の意思を尊重する観点から避けるべきですが、機会と費用補助を提供することは有意義な対策です。

BCPに感染症対応を組み込む重要性

BCP(事業継続計画)とは、災害や感染症の流行など、企業活動に重大な影響を与えるリスクが発生した際に、事業をどのように継続・早期復旧させるかを事前に計画したものです。多くの中小企業では、自然災害を想定したBCPは作成していても、感染症対応が盛り込まれていないケースがあります。

感染症流行時の特徴として、従業員の20〜30%が同時期に欠勤する可能性があります。これは地震などの自然災害とは異なり、数週間から数か月にわたって断続的に続く可能性があるという点が特徴的です。

BCPに感染症対応を組み込む際は、次の要素を含めることを検討してください。

  • 業務の優先順位付け:人員が半減した場合でも継続すべき業務とその担当者を事前に決める
  • 代替要員・応援体制:他部署からの応援、派遣活用など代替要員の確保方法を検討しておく
  • 取引先・顧客への連絡フロー:納期遅延や営業停止が生じた場合の連絡先・連絡方法・担当者を明確にしておく
  • 在宅勤務・時差出勤の制度整備:現場作業が必要な職種では全員の在宅勤務は難しくとも、一部の管理業務のリモート化で感染リスクを下げることができる場合があります

実践ポイントのまとめ:今週からできる5つの行動

感染症対策と健康管理体制の整備は、一度に完璧なものを目指す必要はありません。まずは以下の5つの取り組みから着手することをお勧めします。

  • 感染症対応の担当者を決める:人事や総務の担当者を明確にし、情報収集・判断・連絡の窓口を一本化する
  • 就業制限と復帰基準を文書化する:「何の症状があれば休んでもらうか」「どの条件が整えば復帰できるか」を明記し、就業規則と整合させる
  • 賃金処理のルールを事前に確認・整備する:会社命令による休業と本人申し出による欠勤・有給の違いを整理し、トラブルを未然に防ぐ
  • 健康診断の未受診者管理の仕組みをつくる:法定義務の遵守を確実にするため、フォローアップの手順を具体化する
  • 感染症対応マニュアルを1枚でも作成・更新する:完璧なものでなくてよい。発症時の報告先・判断基準・消毒手順を1枚のシートにまとめるだけでも、現場の混乱は大幅に減らせます

感染症対策は「感染が起きてから動く」のではなく、「起きる前に備える」ことが本質です。法的義務を正確に理解したうえで、自社の規模・業種・体制に合った実践的なルールを整えることが、従業員を守り、事業を安定させることにつながります。今できる一歩から、着実に取り組みを進めてください。

よくある質問

Q1: COVID-19が5類に移行した後、感染者を出勤させることは問題ないのですか?

感染症法上の就業制限はなくなりましたが、労働安全衛生法の安全配慮義務は依然として存在します。企業が独自のルールとして就業制限基準を設けることは合理的かつ推奨される対応です。

Q2: 感染疑いで従業員を休ませた場合、賃金はどのように扱うべきですか?

会社が自主的に休業命令を出した場合は、使用者側の判断による休業とみなされ、平均賃金の60%以上の休業手当の支払い義務が生じます。有給休暇の強制消化は原則として認められません。

Q3: 食品関連業でノロウイルスに感染した従業員は、感染症法で5類なら業務復帰できますか?

食品衛生法上、感染症法の分類に関わらず、ノロウイルス罹患者を食品を直接取り扱う業務に就かせることは許されません。業種の特性に応じた対応基準を別途定める必要があります。

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