2023年4月、育児・介護休業法の改正により、常時雇用する労働者が101人以上の企業には、男性労働者の育児休業取得率を毎年公表する義務が課されました。「義務があることは知っているが、具体的に何をすればよいかわからない」「取得率が低くて公表したくない」——多くの中小企業の経営者・人事担当者から、こうした声が聞かれます。
本記事では、公表義務の対象となる企業の判定方法から、正確な計算式、公表の手順、そして取得率を実際に引き上げるための実践的な対策まで、実務に直結する情報を体系的に解説します。人事担当者が一人で抱え込まずに済むよう、できるだけ具体的にお伝えします。
まず確認:自社は対象企業か?「常時雇用労働者数101人以上」の判定
公表義務の対象となるのは、常時雇用する労働者が101人以上の企業です(育児・介護休業法第22条の2)。ここでいう「常時雇用」とは、雇用形態に関わらず、実態として継続的に雇用されている状態を指します。パートタイマーやアルバイト、契約社員なども一定の条件下でカウントされます。
一方で、派遣労働者については取り扱いに注意が必要です。自社が雇用する派遣元社員は対象に含まれますが、他社から受け入れている派遣社員は原則としてカウントしません。従業員数が100人前後の企業では、この判定を誤るケースが少なくないため、雇用契約の実態を正確に把握した上で確認してください。
従業員規模の判定時点は各事業年度の当初です。年度の途中で101人を超えた場合には、翌事業年度から義務の対象となります。「自社は100人ちょうどだから大丈夫」と判断していても、期中の採用によって翌年度から対象となるケースもあるため、毎年度初めに改めて確認する習慣をつけましょう。
なお、2025年4月からは300人超の企業に対して公表義務がさらに強化される予定であり、規模の大きい企業は今後より厳しい対応が求められます。
正確に計算できていますか?取得率の算出方法と集計期間
公表する指標は、以下の2種類から自社で選択できます。
- 指標①(育休等取得率):育児休業または産後パパ育休(出生時育児休業)を取得した男性労働者数 ÷ 配偶者が出産した男性労働者数 × 100
- 指標②(育休等+育児目的休暇取得率):育休等の取得者数+育児目的休暇の取得者数 ÷ 配偶者が出産した男性労働者数 × 100
指標②を選ぶことで、自社独自の育児目的休暇(配偶者出産休暇など)の取得者も分子に含められるため、数値が高くなる傾向があります。ただし、指標②を使うには育児目的休暇の制度が社内に存在していることが前提です。制度がないまま②を選択することはできません。
実務上、最初の壁となりやすいのが「配偶者が出産した男性労働者数」(分母)の把握です。この情報は人事部門が自然に把握できるわけではなく、従業員に申告してもらう仕組みがなければ正確な集計は困難です。入社時の書類、年度初めのアンケート、または慶弔申請のフローと連動させるなど、定期的に把握できる体制を整備することが重要です。
集計対象期間は、公表日の属する事業年度の直前の事業年度です。たとえば3月決算の企業であれば、前年度(4月〜翌3月)の実績を対象に計算します。
また、育休の取得日数は問われません。1日でも取得していれば「取得した」としてカウントできます。これは実務上、意外と見落とされがちなポイントです。取得日数が短いからカウントしなかった、という誤りは避けてください。
なお、集計対象期間中に配偶者が出産した男性が一人もいない場合は、分母がゼロとなります。この場合は無理に算出する必要はなく、「該当者なし」として公表することが認められています。
どこに、いつ、何を公表するか?公表手順の具体的な進め方
取得率を算出したら、次は公表の手続きです。公表にあたっては以下の3点を押さえてください。
公表場所
厚生労働省が運営する「両立支援のひろば」への登録が、実質的に必須とされています。このサイトは求職者や就活生が企業の子育て支援状況を調べる際によく利用されており、採用広報の観点からも重要な掲載先です。
自社のウェブサイトに掲載する場合は、トップページからリンクをたどってアクセスできる場所に設置することが求められます。深い階層に埋もれていては「公表している」とみなされない可能性があります。
公表タイミング
事業年度終了後おおむね3か月以内に公表することが目安とされています。3月決算企業であれば6月末頃が目安です。早期に公表することが望ましく、遅延すれば都道府県労働局による指導・勧告の対象となりえます。
公表内容に含める情報
公表の際には、数値だけでなく、集計対象期間(○年度)と選択した指標の種類(指標①または②)を明記することが必要です。これがないと、数字の意味が読み手に正確に伝わりません。
罰則について
現時点では、公表義務違反に対する直接的な罰則規定はありません。ただし、虚偽の内容を公表した場合は育児・介護休業法違反として20万円以下の過料の対象となります。また、未公表や不適切な公表については、都道府県労働局による指導・勧告が行われる可能性があります。「罰則がないから後回しにしていい」という判断は、今後の法改正動向を踏まえると非常にリスクが高いといえます。
取得率が低い企業こそ取り組むべき:職場環境の整備と業務体制の見直し
「取得率が低いから公表したくない」という声は理解できますが、取得率が低い状態を放置することのほうが、採用・離職・従業員満足度の観点から長期的なリスクとなります。数値を改善するための具体的な施策を整理します。
管理職・上司への意識啓発とパタハラ防止
男性が育休を取得しない最大の理由のひとつは、「職場の雰囲気」です。上司が取得を歓迎しない姿勢を示したり、「男が育休を取るなんて」という発言をしたりすることは、パタニティハラスメント(パタハラ)として問題視されます。パタハラとは、育児参加を阻害する言動や嫌がらせのことを指します。
管理職向けの研修を通じて、育休取得を妨げる言動がハラスメントにあたりうることを周知し、「取得を当然のこととして受け入れる職場文化」を醸成することが重要です。
個別周知・意向確認義務との連動
2022年10月の改正により、すべての企業に、育休取得に関する個別周知と意向確認が義務付けられました。男性従業員の配偶者が出産した際、または出産予定が判明した際に、育休制度の内容を本人に説明し、取得意向を確認することが求められています。
この意向確認のフローを整備することは、取得率向上にも直結します。「制度があることを知らなかった」「聞かれなかったから申し出なかった」というケースをなくすことができるからです。公表義務の対応と並行して、このフローの整備状況も点検してください。
代替要員確保と業務の再設計
中小企業にとって最も切実な課題が「人手が足りない」という現実です。育休取得者の業務をだれかが担わなければならない以上、事前の業務分担設計と引き継ぎ計画が不可欠です。
具体的には、育休取得予定者が早めに申し出やすい環境を整え、取得開始の少なくとも1か月前には業務の棚卸しと引き継ぎ先の確定を行うことを社内ルール化することが効果的です。また、厚生労働省の「両立支援等助成金」の中には、育休取得促進や代替要員確保に活用できるメニューもあります。助成金の活用も積極的に検討する価値があります。
職場環境の整備や従業員の心理的安全の確保については、メンタルカウンセリング(EAP)を活用することも有効です。育休取得前後の不安や職場復帰時のメンタルサポートを外部専門家と連携して行うことで、取得をためらう従業員の後押しにもなります。
実践ポイント:今日から始められる4つのステップ
ここまでの内容を踏まえ、実務担当者が今すぐ着手できる対応を4つのステップに整理します。
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ステップ1:自社の対象確認と分母把握フローの整備
まず「常時雇用労働者数」を正確にカウントし、101人以上であることを確認します。同時に、配偶者が出産した男性労働者を把握する社内フロー(申告書式、アンケート、慶弔申請との連動など)を整備してください。この仕組みがないと、翌年度以降も正確な集計ができません。
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ステップ2:前事業年度の取得率を算出・確認
選択する指標(①または②)を決め、前事業年度の実績で計算します。分子(取得者数)と分母(対象男性労働者数)の根拠となる記録を残しておくことも重要です。将来的に労働局から確認を求められた際に対応できるよう、計算根拠は書面で保管してください。
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ステップ3:「両立支援のひろば」への登録と自社ウェブサイトへの掲載
事業年度終了後3か月以内を目安に、「両立支援のひろば」に登録し、取得率・集計期間・指標の種類を公表します。自社ウェブサイトにも、アクセスしやすい場所に同様の情報を掲載してください。
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ステップ4:管理職研修・意向確認フローの整備と体制強化
管理職向けのパタハラ防止研修を実施し、育休取得の個別周知・意向確認フローを社内で標準化します。あわせて、取得予定者の業務引き継ぎ計画をルール化し、現場の不安を軽減する体制を整えます。
取得率の向上は一朝一夕には実現しません。しかし、公表義務への対応を「やらなければならないコスト」ではなく、「職場改善の契機」として捉えることで、採用力の強化や従業員の定着率向上にもつながります。
また、産業保健の観点から従業員の健康管理や職場環境整備を継続的に支援する仕組みとして、産業医サービスの導入も選択肢のひとつです。育休取得推進を含む職場環境全体の改善を専門家と連携して進めることで、実効性のある対策が期待できます。
まとめ
男性育休取得率の公表義務は、常時雇用労働者101人以上の企業にとって、2023年4月から既に施行済みの法的義務です。取得率が低くても公表義務は免れませんが、まずは正確な計算・適切な公表手続きを確実に行うことが最初のステップです。
そのうえで、管理職の意識改革、業務引き継ぎ体制の整備、助成金の活用などを組み合わせることで、取得率の実質的な改善につなげることが可能です。「公表したら低い数字がバレてしまう」と後ろ向きになるのではなく、現状を可視化することを改善の出発点として活用してください。
法改正の動向も踏まえ、今後は300人超企業への義務強化も控えています。早めに対応の土台を整えておくことが、企業としての信頼性と競争力を守ることにつながります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 男性育休取得率が0%でも公表しなければなりませんか?
はい、取得率が0%であっても公表義務は免除されません。「恥ずかしいから公表しない」という判断は法令違反となりえます。0%という数値をそのまま公表することは制度上問題なく、むしろその後の改善取り組みを対外的に示すことで採用・定着面でのプラス評価につながる場合もあります。
Q2. 「両立支援のひろば」への登録は必須ですか?自社ホームページだけでは不十分ですか?
法令上は公表場所を特定していませんが、厚生労働省は「両立支援のひろば」への登録を強く推奨しており、実務上は実質必須と捉えるべきです。自社ウェブサイトのみの掲載は、アクセスしやすい場所であれば一定の要件を満たしますが、「両立支援のひろば」との併用が対外的な信頼性の観点からも望ましいといえます。
Q3. 育休を1日しか取得しなかった男性も「取得者」として計算に含めていいですか?
はい、取得日数は問われません。産後パパ育休(出生時育児休業)や育児休業を1日でも取得していれば、分子にカウントすることができます。「数日しか取っていないから取得者に入れなかった」という誤りは取得率を不当に低く見せることになるため、正確に集計してください。
Q4. 事業年度中に従業員数が100人から101人に増えた場合、いつから公表義務が生じますか?
従業員規模の判定は各事業年度当初の時点で行います。期中に101人を超えた場合は、翌事業年度から公表義務の対象となります。年度初めに改めて従業員数を確認し、対象企業かどうかを毎年確認する運用が必要です。
Q5. 集計対象期間中に配偶者が出産した男性労働者がいなかった場合はどうすればよいですか?
分母がゼロとなる場合は、取得率を算出する必要はありません。「当該年度は対象となる男性労働者が存在しませんでした(該当者なし)」として公表することが認められています。この場合も、公表行為自体は行う必要があります。







