健康診断の結果が出るたびに、「要観察」の判定を受けた従業員が増えていく。そのたびに「どうすればいいのか」と頭を抱える経営者・人事担当者の方は少なくありません。声をかけるべきかどうか迷い、個人情報の問題もあり、フォローの仕組みもなく、結局そのまま放置してしまう——こうした状況は、多くの中小企業で起きています。
しかし、「要観察」は「まだ大丈夫」ではありません。放置すれば生活習慣病や重篤な疾病へと進行するリスクが高まる状態であり、むしろ早期に介入できる最良のタイミングです。本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が実践できる、要観察者への個別保健指導のコツを、法律の基礎知識から具体的な面談手法まで体系的に解説します。
「要観察」とは何か——判定区分の違いと優先順位づけ
保健指導を始める前に、まず「要観察」という判定の意味を正確に理解しておくことが重要です。健康診断の判定区分は、機関によって多少の違いはありますが、一般的に以下のように区別されています。
- 異常なし(A):今回の検査では問題が認められない状態
- 要観察(B・C相当):基準値を外れているが軽度であり、生活習慣の改善によって正常化が見込める状態
- 要精密検査(D):詳しい検査で疾病の有無を確認する必要がある状態
- 要治療(E):すでに治療が必要な状態、または治療中
対応の優先順位は、原則として「要治療>要精密検査>要観察」となります。要治療・要精密検査の従業員については、まず受診の確認と医療機関への受診勧奨を確実に行うことが先決です。
一方、要観察は「放置しても今すぐ問題が起きるわけではない」と誤解されがちです。しかし実際には、要観察の段階での生活習慣改善が最も効果的であり、疾病への進行を防ぐ重要な介入機会です。特に複数の検査値で要観察の判定が出ている場合や、前回の健診より数値が悪化している場合は、リスクが高い状態と考えてください。
また、40歳以上75歳未満の従業員については、健康保険組合などが特定保健指導を実施する義務を負っています(高齢者の医療の確保に関する法律に基づく)。メタボリックシンドローム(内臓脂肪型肥満に加え、血圧・血糖・脂質の異常が重なった状態)の判定と連動しているため、健康保険組合と情報を共有しながら役割分担することが重要です。
会社はどこまで関与すべきか——法律上の立場を整理する
「要観察者への対応は会社の義務なのか」という疑問を持つ方も多いでしょう。労働安全衛生法の規定を整理すると、以下のようになります。
- 第66条の5:健康診断結果に基づき、就業上の措置(就業制限・作業転換など)を講じることは義務
- 第66条の7:健康診断結果に基づく保健指導の実施は、事業者の努力義務(義務ではなく、実施するよう努めること)
- 第66条の8:長時間労働者への医師による面接指導は、一定の条件を満たす場合に義務
つまり、保健指導そのものは「努力義務」であり、実施しなかったからといって直ちに法律違反になるわけではありません。しかし、就業上の措置を講じる義務は存在するため、要観察を放置して業務上の問題が生じた場合には会社の安全配慮義務違反が問われる可能性があります。
また、健康診断の結果は要配慮個人情報(個人情報保護法上、特に慎重な取り扱いが求められる情報)に該当します。健診結果を本人の同意なく上司や管理職と共有することは、たとえ「業務管理のため」という理由であっても、原則として個人情報保護法に違反する可能性があります。情報へのアクセスは、人事・産業保健担当者に限定することが基本です。
なお、50人以上の事業場では産業医の選任が義務付けられており、産業医は健康診断結果に基づいて就業上の意見を述べる義務があります。50人未満の事業場では産業医の選任義務はありませんが、地域産業保健センター(地産保)(都道府県ごとに設置された、小規模事業場向けの産業保健サービス機関)が無料で相談に応じてくれます。活用を検討してください。
指導に消極的な従業員へのアプローチ——動機づけ面接法の活用
要観察者への保健指導で最も多い悩みが、「本人が乗り気でない」「改善する気がない」というケースです。こうした場面で有効なのが、動機づけ面接法(MI:Motivational Interviewing)の考え方です。
動機づけ面接法とは、相手の内側にある「変わりたい気持ち」を引き出すことを目的としたコミュニケーション技法です。「こうしなさい」と一方的に指示するのではなく、本人が自ら課題を認識し、行動を変えようとする意欲を育てることに重点を置きます。
具体的には、以下のようなアプローチが参考になります。
- オープンクエスチョンを活用する:「検査値のことをどう思いますか?」「普段の食事で気になっていることはありますか?」など、「はい・いいえ」では答えられない質問を使い、本人に語ってもらう
- 会社のためではなく、本人のための面談であることを伝える:「この面談は、あなたの健康を守るために行っています」という姿勢を最初に明確にする
- 責めずに関心を示す:「なぜ改善しないのか」ではなく、「どんな生活をされているのか教えてもらえますか」というトーンで話す
- 本人の言葉でリスクを語らせる:「このまま続くとどうなると思いますか?」と問いかけ、自分でリスクに気づいてもらう
また、目標設定は具体的かつ小さなステップから始めることが鍵です。「毎日30分歩く」という目標は現実的に見えても、生活習慣のない方には継続が難しいことが多いです。「まず週3回、エレベーターではなく階段を使う」といった、ハードルの低い目標から始めることで行動変容のきっかけを作ります。
面談時間は1回あたり15〜30分程度が現実的です。長時間の面談は担当者・従業員双方の負担となり、継続が難しくなります。
フォローアップの仕組みをどう作るか——継続管理の実践
保健指導で最も見落とされやすいのが、初回面談後のフォローアップです。一度面談しただけで終わり、その後どうなったか誰も把握していない——こうした状態では、せっかくの介入も効果が出ません。
フォローアップを継続的に行うためには、以下のような仕組みを整えることが重要です。
フォロー面談のスケジュールを事前に決める
初回面談の際に、「3か月後」「6か月後」のフォロー面談の日程をあらかじめ設定します。「また連絡します」という曖昧な約束では、担当者も本人も後回しにしてしまいがちです。カレンダーへの記入・通知設定も合わせて行いましょう。
面談記録を様式化・データベース化する
面談の内容(日時、対象者、健診結果の概要、設定した目標、次回フォロー予定)を統一した様式で記録し、担当者が変わっても継続できるよう管理します。記録の保存期間は、健康診断結果と同様に5年間を基本と考えてください(労働安全衛生規則に基づく健診記録の保存義務に準じた対応)。なお、健康情報へのアクセス権限や保管場所については、社内規程として明文化しておくことをお勧めします。
改善が見られたときは必ず称賛する
フォロー面談で数値の改善や生活習慣の変化が確認できた場合は、必ず言葉で肯定的なフィードバックを行ってください。「〇〇さん、前回より血圧が下がっていますね。続けてこられた努力が出ています」という一言が、行動変容を維持する強い動機づけになります。
改善が見られない場合は専門職につなぐ
人事・総務担当者が行える保健指導には限界があります。数回のフォローを経ても改善が見られない場合、または数値が悪化している場合は、産業医や保健師への連携を検討します。産業医サービスを活用することで、医学的な観点からの専門的なアドバイスを受けることが可能です。専門家への「橋渡し役」に徹することが、担当者として最も重要な役割の一つです。
中小企業が使える外部リソースを把握しておく
「産業医もいない、保健師もいない、担当者は医療の知識がない」——こうした状況の中小企業でも、活用できる外部リソースは複数存在します。
地域産業保健センター(地産保)
50人未満の小規模事業場を主な対象として、都道府県ごとに設置されている機関です。医師(産業医)・保健師・労働衛生コンサルタントなどが、健康相談・保健指導・作業環境管理の相談などを無料で行っています。まずはここへの相談から始めることをお勧めします。
健康保険組合との連携
40歳以上の従業員に対する特定保健指導は、健康保険組合が実施主体となっています。会社側が独自に重複して実施するよりも、健康保険組合が提供するプログラムとの役割分担・連携を図ることが合理的です。健康保険組合に問い合わせ、職場として協力できることを確認しましょう。
外部産業保健サービス・EAP(従業員支援プログラム)
近年、産業医の訪問契約や健康管理システム、メンタルカウンセリング(EAP)といった外部の産業保健サービスを提供する会社が増えています。費用はかかりますが、専門知識のない担当者が無理をして対応するよりも、従業員の健康管理の質・継続性が格段に向上します。特に従業員数が増えてきた段階では、外部サービスの導入を真剣に検討する価値があります。
実践ポイントまとめ——明日からできること
最後に、要観察者への個別保健指導を実践するうえで、優先的に取り組むべきポイントを整理します。
- 要観察者のリスクレベル別に層別化する:複数の異常値・前回比悪化・生活習慣リスクの重複などを確認し、優先度の高い方から対応する
- 最初の接触は「案内・情報提供」から始める:強制・プレッシャーを与えず、「本人の健康のため」という姿勢を明確にする
- 目標は「小さく・具体的に」設定する:全部を変えようとせず、一つの行動から始める
- フォロー面談を初回面談の時点でスケジュールする:3か月・6か月後の日程を最初に決めてしまう
- 面談記録を様式化し、5年間保存する:担当者が変わっても継続できる仕組みを作る
- 健康情報へのアクセス権限を明確にする:上司への共有は原則行わず、担当者に限定する
- 地域産業保健センターや健康保険組合を積極活用する:一人で抱え込まず、専門家との連携を図る
- 改善が見られた従業員には必ず肯定的フィードバックを行う:称賛が行動変容を維持する
要観察者への保健指導は、特別な資格がなくても、正しい知識と姿勢があれば人事・総務担当者でも十分に取り組めるものです。完璧な体制を整えてから始める必要はありません。まず一歩、今できることから始めることが、従業員の健康を守るための最大の一歩となります。
まとめ
「要観察」は「まだ大丈夫」ではなく、早期介入が最も効果的な段階です。中小企業であっても、法律上の立場を正確に理解し、動機づけ面接法の考え方を取り入れ、フォローアップの仕組みを整えることで、実践的な保健指導が可能になります。個人情報の取り扱いルールを社内で明確にしたうえで、地域産業保健センターや健康保険組合など外部リソースを積極的に活用してください。従業員の健康管理は、生産性向上・離職防止・職場環境改善にもつながる、経営上の重要な投資です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 要観察と要精密検査は何が違うのですか?
要観察は検査値に軽度の異常があるものの、生活習慣の改善によって正常化が見込める状態を指します。要精密検査はさらに詳しい検査で疾病の有無を確認する必要がある状態です。対応の優先順位は「要治療>要精密検査>要観察」となりますが、要観察を放置することで要精密検査・要治療へと進行するリスクがあるため、早期の対応が重要です。
Q2. 健診結果を上司に共有しても問題ないですか?
健康診断の結果は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当します。本人の同意なく上司・管理職に共有することは、たとえ業務管理の目的であっても原則として許されません。健診結果へのアクセスは人事・産業保健担当者に限定し、情報管理のルールを社内規程として明文化することをお勧めします。
Q3. 産業医がいない50人未満の事業場ではどうすればよいですか?
50人未満の事業場には産業医の選任義務はありませんが、各都道府県に設置されている地域産業保健センター(地産保)が無料で産業保健の相談に応じています。また、健康保険組合が提供する特定保健指導プログラムや、外部の産業医サービス・EAPなども活用できます。一人で抱え込まず、こうした外部リソースへの橋渡しを積極的に行うことが重要です。
Q4. 指導を受けた従業員が全く改善しない場合、会社はどう対処すべきですか?
数回のフォロー面談を経ても改善が見られない場合は、産業医や保健師などの専門職への連携を検討してください。担当者が一人で問題を抱えることには限界があります。また、改善しないことを責めるのではなく、本人が「なぜ変わりにくいのか」という障壁を探ることが大切です。目標の設定が高すぎる場合は、より小さなステップに設定し直すことも有効な対処法です。







