従業員の健康管理に関する法規制は年々強化されており、中小企業の経営者・人事担当者にとって「何を、いつまでに、どこまでやればよいか」を正確に把握することが急務となっています。特に産業医制度は2018年の働き方改革関連法による大幅改正以降、権限強化・情報提供義務の新設・化学物質管理の見直しなど、継続的な制度変更が続いています。
「産業医は選任しているけれど、実際に何をお願いすればいいか分からない」「50人という基準は知っているが、パートや派遣社員はカウントに入るのか」——こうした疑問を抱えながらも、日々の業務に追われて後回しにしてしまっている企業は少なくありません。しかし、2025年は時間外労働の上限規制の完全定着や化学物質管理の義務拡大など、対応を求められる節目の年です。
本記事では、産業医制度の最新の法改正動向を整理しながら、中小企業が2025年に取り組むべき実践的な対応点を解説します。
産業医の選任義務——自社は「常時50人以上」に該当するか
産業医の選任義務は、労働安全衛生法第13条に基づき、常時50人以上の労働者を使用する事業場に適用されます。ここで最初につまずきやすいのが「常時50人以上」というカウント方法です。
以下の点を正確に理解しておく必要があります。
- パート・アルバイトも含まれる:週数日だけ勤務するパートタイム労働者であっても、常態的に就労している場合は人数に含まれます。雇用形態ではなく「常時使用しているかどうか」が判断基準です。
- 派遣労働者は派遣先でカウント:派遣社員は派遣元ではなく、実際に働いている派遣先事業場の人数に算入されます。
- 事業場単位で判定する:本社と支店・工場はそれぞれ別の事業場として独立して判定します。本社全体で50人を超えていても、各支店が50人未満であれば各支店には選任義務は生じません。
さらに規模によって義務の内容が異なります。
- 常時50〜999人の事業場:産業医の選任義務あり。常勤(専属)でなく、嘱託(非常勤)産業医でも対応可能です。
- 常時1,000人以上の事業場(一定の有害業務に常時500人以上従事する労働者がいる事業場を含む):専属産業医(自社に専任で常駐する産業医)の選任が義務づけられます。
- 常時50人未満の事業場:選任義務はなく努力義務にとどまりますが、医師やその他の医療職による健康管理が推奨されています。
50人未満の事業場向けには、産業保健総合支援センター(通称:さんぽセンター)が無料または低コストの健康管理支援を提供しており、2025年も引き続きサービスの充実化が進められています。義務がないからといって放置することは、従業員の健康リスクを高め、ひいては労務トラブルにつながる可能性があります。
2018年改正から継続する「産業医の権限強化」と情報提供義務
2018年の働き方改革関連法による改正は、産業医制度に大きな変化をもたらしました。この改正内容は2025年現在も継続して適用されており、中小企業においても適切な運用が求められています。
産業医の独立性・権限の強化
改正前は産業医の位置づけが曖昧で、事業者の指示に従うだけの形骸化した存在になりがちでした。改正後は以下の点が明文化されています。
- 事業者は産業医が行った勧告を「尊重する義務」を負います(労働安全衛生法第13条第6項)。
- 産業医が勧告した内容は衛生委員会(安全衛生委員会)に報告する義務があります。
- 産業医を不当に解任することや、勧告を理由に不利益な取り扱いをすることは禁止されています。
これは「産業医はお飾り」という慣行に制度的にブレーキをかけるための改正であり、企業側は産業医の意見を実際の職場改善に反映させる体制を整える必要があります。
事業者に課せられた情報提供義務
改正により、事業者は産業医に対して以下の情報を義務として提供しなければならなくなりました(労働安全衛生規則第14条の2)。
- 長時間労働者に関する情報:月80時間を超える時間外・休日労働を行った労働者の氏名および当該時間数
- 健康診断の結果:定期健康診断や特殊健康診断の結果
- ストレスチェックの結果:高ストレス者として面接指導の申し出があった労働者に関する情報
「情報を持っているが産業医に渡していない」という状況は法令違反になり得ます。産業医が適切に職務を果たすためには、必要な情報が届く仕組みを社内で整備することが前提です。産業医サービスを活用することで、情報連携の仕組みを含めた運用体制を構築しやすくなります。
2025年に対応が求められる重要な制度変更
時間外労働の上限規制の完全定着と面接指導義務の厳格化
2024年4月から、これまで猶予されていた建設業・運輸業(トラックドライバー等)・医師にも時間外労働の上限規制が適用されました。これに伴い、産業医による長時間労働者への面接指導のニーズが各業種で急増しています。
法律上の義務として、月80時間を超える時間外・休日労働を行った労働者については、本人が申し出た場合に医師による面接指導を実施しなければなりません(労働安全衛生法第66条の8)。また、研究開発業務に従事する労働者については月100時間を超えた場合に申し出不要で実施義務が生じます。
2025年はこれらの規制が全業種で完全に定着する年であり、特に建設・物流・医療関連の事業場を持つ企業は面接指導の運用フローを改めて確認・整備することが急務です。
化学物質管理の自律的管理制度への対応
2023年4月から段階的に施行されている化学物質管理の自律的管理制度は、2024年4月に義務対象物質が約2,900物質へと大幅に拡大されました。これまでの個別指定・規制型から、事業場が自らリスクアセスメント(化学物質のリスクを評価・低減する活動)を実施する「自律管理型」への転換が求められています。
この変更により、産業医が化学物質のリスク評価や健康障害防止対策に関与する場面が増加しています。特に製造業・建設業・クリーニング業など化学物質を扱う事業場では、産業医との連携体制を見直す必要があります。また、2024年4月からは保護具着用管理責任者の選任も義務化されており、産業医との役割分担を明確にしておくことが重要です。
テレワーク・在宅勤務者への健康管理対応
厚生労働省が策定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」では、テレワーク労働者に対しても通常の労働者と同様の健康管理が求められています。2025年はこのガイドラインの実務定着が一層進む年であり、以下の点への対応が必要です。
- テレワーク中の労働者の勤務時間データや健康状態の把握手段の整備
- 産業医によるオンライン(リモート)面談の活用(面接指導はオンラインでも実施可能とされています)
- 在宅勤務環境に起因する腰痛・眼精疲労・メンタルヘルス不調への早期対応
テレワーカーは職場での観察が難しいため、定期的なオンライン面談やメンタルカウンセリング(EAP)の導入を通じて、孤立しがちな在宅勤務者のメンタルヘルスを継続的にサポートする仕組みを作ることが求められています。
産業医を「機能させる」ための実践ポイント
産業医を選任しても形式だけで終わってしまう企業が多い現実があります。制度を実際に機能させるために、以下の実践ポイントを参考にしてください。
選任・契約時のチェックポイント
- 産業医資格の確認:産業医として活動できるのは、厚生労働省が定める所定の研修(日本医師会認定の産業医学基礎研修など)を修了した医師、または労働衛生コンサルタント試験(保健衛生区分)の合格者などです。選任時には産業医資格の有無と更新状況を必ず確認してください。詳細な要件は専門家または所轄の労働基準監督署にご確認ください。
- 書面による契約:業務内容(職場巡視の頻度、健診結果の確認、面接指導の対応など)、訪問頻度、報酬額を明記した契約書を締結します。口頭契約では後のトラブルの原因になります。
- 労働基準監督署への届出:産業医を選任したら、所轄の労働基準監督署に選任報告を行うことが義務づけられています(安全衛生管理体制の変更として届出)。
- 費用の目安:嘱託産業医の報酬は事業場規模や訪問頻度によって異なりますが、月1回の訪問(2時間程度)で月額3万〜10万円程度が一般的な相場とされています。ただし地域差があるため、複数の候補先から見積もりを取ることをお勧めします。
情報連携の仕組みづくり
- 毎月の時間外労働時間の集計データを定例で産業医に提供する仕組み(メール送付、システム連携など)を整備する。
- 定期健康診断の結果は結果判明後、速やかに産業医へ提供し、就業区分(通常勤務可・就業制限・要休業など)の判定をもらう。
- ストレスチェックの集団分析結果を産業医と共有し、職場改善の提言を求める。
産業医との関係を形骸化させないために
- 職場巡視の際は、人事担当者が必ず同行し、現場の課題を産業医に直接説明する機会を設ける。
- 衛生委員会(常時50人以上の事業場は毎月開催が義務)に産業医が参加し、議事録を全従業員が閲覧できるよう周知する。
- 従業員に対して「産業医への健康相談窓口」を明確に周知する。
- 産業医からの勧告内容は記録に残し、具体的な対応策と期限を設定して実行する。
まとめ
産業医制度は、2018年の権限強化・情報提供義務の新設、2023〜2024年の化学物質管理制度の見直し、そして時間外労働上限規制の全業種定着と、継続的に制度が強化されてきました。2025年はこれらの変更が現場に本格的に定着する年であり、対応の遅れは法令違反のリスクだけでなく、従業員の健康被害・労務トラブル・採用力の低下にも直結します。
まず自社の事業場が「常時50人以上」に該当するかを正確に確認し、該当する場合は産業医の選任・届出・情報提供義務の遵守を徹底してください。すでに選任済みの場合は、産業医との情報連携フローや面接指導の運用体制を今一度見直すことをお勧めします。
50人未満の事業場であっても、従業員の健康管理は企業の持続可能な成長に不可欠です。さんぽセンターの活用やEAPの導入など、規模に応じた取り組みから着手していくことが重要です。法改正の動向を適切に把握し、産業保健の仕組みを「形だけ」でなく実質的に機能させることが、これからの中小企業に求められる経営課題のひとつです。
産業医の選任義務がある「常時50人以上」のカウントに、パートやアルバイトは含まれますか?
はい、含まれます。「常時使用する労働者」とは雇用形態を問わず、常態的に就労している労働者を指します。週数日勤務のパートタイム労働者であっても、継続的に働いている場合は人数に算入されます。また、派遣労働者は派遣先の事業場でカウントされる点にもご注意ください。事業場ごとに人数を正確に把握したうえで、選任義務の有無を判定することが重要です。
産業医に提供しなければならない情報とは何ですか?
労働安全衛生規則第14条の2に基づき、事業者は産業医に対して、①月80時間を超える時間外・休日労働を行った労働者の氏名と労働時間数、②定期健康診断・特殊健康診断などの結果、③ストレスチェックの結果(面接指導の申し出があった場合)を提供する義務があります。これらは義務規定であり、「知らなかった」では済まされない点に注意が必要です。定期的に産業医へ情報が届く仕組みを社内で整備してください。
テレワーク中の従業員についても産業医による面接指導は実施できますか?
はい、実施できます。厚生労働省の指針では、産業医によるオンライン(ビデオ通話等)を活用した面接指導が認められています。ただし、情報セキュリティやプライバシーへの配慮が必要なため、使用するツールや手順をあらかじめ整備しておくことが大切です。テレワーク中の長時間労働やメンタルヘルス不調は発見が遅れやすいため、定期的な健康チェックと面談の機会を意識的に設けることをお勧めします。
産業医の選任・変更をご検討の企業様には、INTERMINDの産業医サービスをご活用ください。精神科専門医が在籍し、日常の健康管理から有事の専門介入まで一貫して対応します。









