毎年の定期健康診断を実施しているにもかかわらず、従業員が脳卒中や心筋梗塞で倒れてしまった——そのような事態が起きたとき、会社は「やるべきことをやっていたか」と問われます。健康診断の実施は義務だとご存知でも、一次健康診断の結果を受けた後に会社が何をすべきか、特に「二次健康診断」への対応については、把握できていない経営者・人事担当者が少なくありません。
二次健康診断とは、定期健康診断などの一次健康診断において脳・心臓疾患のリスクが疑われる検査結果が出た従業員に対して、脳血管や心臓の状態をより詳しく調べるために行う検査です。脳卒中や心筋梗塞といった重大疾患の予防・早期発見を目的としており、労働安全衛生法や労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」)に規定された制度です。
「健康診断は毎年やっている。それ以上のことは従業員個人の問題では?」と思われるかもしれません。しかし、二次健康診断の対象者への対応を怠った場合、安全配慮義務違反として会社が法的責任を問われるリスクがあります。費用は労災保険から全額給付されるため、会社も従業員も自己負担は不要です。にもかかわらず、制度の存在自体を知らずに対応を見落としている事業所が多いのが現状です。
本記事では、二次健康診断の対象者の判定基準から、会社の対応義務・実務フロー、産業医がいない小規模事業所での対処法まで、実務に即した形で解説します。
二次健康診断の対象者はどう判定するか——「4項目すべて」という条件を正確に理解する
二次健康診断の対象者を判定する際に最も多い誤解が、「検査項目のいくつかに異常があれば対象になる」というものです。正確には、以下の4つの検査項目すべてに異常の所見がある労働者が対象となります(労災保険法第26条)。
- ①血圧検査:異常の所見あり
- ②血中脂質検査(LDLコレステロール・HDLコレステロール・トリグリセライドのいずれか):異常の所見あり
- ③血糖検査:異常の所見あり
- ④腹囲またはBMI:異常の所見あり
これら4項目のうち1つでも異常がなければ、二次健康診断等給付(労災保険による給付)の対象にはなりません。1〜3項目に異常所見がある場合は、保健指導の対象になることはありますが、労災保険による二次健康診断給付とは制度が異なります。
また、すでに脳・心臓疾患の治療中の者は対象外です。治療中の方は医療保険による対応となるため、健康診断の結果で4項目すべてに異常があったとしても、この給付制度は利用できません。
人事担当者としての実務上の注意点は、健診機関から受け取る結果票を単に従業員に渡して終わりにせず、4項目の異常所見の有無を会社として確認する作業を行うことです。健診結果の内容によっては個人情報への配慮が必要ですが、少なくとも「二次健康診断の対象に該当するかどうか」を確認できる仕組みを整えておくことが重要です。
費用は誰が払うのか——労災保険給付の仕組みと請求手続きの基本
二次健康診断の費用負担について「会社が払わなければならないのか」と心配される経営者は多いですが、費用は労災保険の給付(二次健康診断等給付)として全額賄われます。事業主も労働者本人も自己負担は発生しません。
この給付で受けられる検査・サービスの内容は以下のとおりです。
- 二次健康診断:空腹時血糖・ヘモグロビンA1c検査、負荷心電図検査(安静時心電図に加えて運動や薬剤による負荷をかけながら行う検査)、胸部超音波検査、頸部超音波検査(頸動脈の動脈硬化の状態を調べる)、微量アルブミン尿検査など
- 特定保健指導:医師または保健師による生活習慣改善のための個別指導
受診できる機関は、労災病院や都道府県労働局に登録された健診センター等に限られます。かかりつけの病院であれば必ずしも利用できるわけではないため、事前に確認が必要です。
請求期間には注意が必要です。一次健康診断の結果を受け取った日から3ヶ月以内に請求しなければ給付を受けられません。従業員が健診結果を受け取るタイミングを会社として把握し、期限内に案内できるよう準備しておくことが求められます。
手続きの流れとしては、対象となった従業員本人が労災指定の医療機関等に「二次健康診断等給付請求書」を提出する形になります。会社が代わりに手続きする制度ではありませんが、従業員が制度を知らなければ利用できないため、会社側が制度の存在と手続き方法をきちんと案内することが重要です。
会社の対応義務と実務フロー——勧奨を怠ると安全配慮義務違反のリスクがある
労働安全衛生法第66条の2は、二次健康診断の受診促進について事業者の努力義務を定めています。「努力義務」という言葉から「やらなくてもペナルティはないだろう」と考えるのは危険です。
労働契約法第5条に基づく安全配慮義務(事業者が労働者の生命・健康を守るために適切な措置を講じる義務)の観点から、二次健康診断の対象者への受診勧奨を怠った場合、脳・心臓疾患で労災や民事訴訟が発生した際に「会社は適切な対応をしていなかった」と判断されるリスクがあります。令和3年に改定された脳・心臓疾患の労災認定基準は認定範囲が拡大されており、こうした事案はより身近な問題になっています。
実務上の対応フローは以下のとおりです。
- ステップ1:一次健康診断の結果を確認し、4項目すべてに異常所見がある従業員を特定する
- ステップ2:対象者に対して、二次健康診断等給付の制度内容・費用負担がないこと・請求期限(3ヶ月)を文書で案内する
- ステップ3:受診を勧奨した記録(日時・手段・内容)を書面で残す
- ステップ4:二次健康診断の結果を把握し、産業医等に報告・相談する
- ステップ5:医師(産業医)による面接指導を実施し、就業上の措置を検討する(労働安全衛生法第66条の8)
- ステップ6:面接指導の結果と講じた措置の内容を記録し、5年間保存する
特に重要なのは書面による記録です。口頭で伝えただけでは「勧奨した事実」を後から証明できません。万一、従業員が脳卒中や心筋梗塞で倒れた場合、「会社は受診を勧奨したか」「その記録はあるか」が問われます。メールや文書交付の形で記録を残しておくことが、会社を守ることにもつながります。
受診しない従業員への対応——強制はできないが、会社がとれる手段はある
二次健康診断の対象者に案内をしても、「忙しい」「面倒くさい」「自覚症状がないから大丈夫」などの理由で受診しない従業員が一定数います。会社として受診を強制することは法的にはできませんが、だからといって何もしなくてよいわけではありません。
まず確認すべきことは、従業員が制度の内容をきちんと理解しているかです。費用が全額労災保険から給付されること、勤務時間外でも受診可能な医療機関があること、受診結果が職場に筒抜けになるわけではないことなど、誤解や不安から受診をためらっているケースは少なくありません。制度の詳細を丁寧に説明し直すことで、受診につながることがあります。
次に、受診勧奨を複数回・複数の手段で行い、その記録を残すことが重要です。1回案内して終わりではなく、一定期間経過後に改めて声をかけ、その都度記録しておくことで、会社として誠実に対応したという証跡になります。
また、就業規則に健康管理に関する規定を設けている場合、その内容によっては受診を業務上の指示として位置づけることも考えられます。ただし、この点については労務上の解釈が複雑になるため、導入する際は社労士等の専門家に相談することをお勧めします。
重要なのは、「受診しないのは本人の選択だ」と会社が手を引いてしまうこと自体がリスクになるという認識を持つことです。記録に残る形での継続的な勧奨が、安全配慮義務を果たしたことの証明になります。
産業医がいない50人未満の事業所はどう対応するか
常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任が義務付けられていますが(労働安全衛生法第13条)、多くの中小企業はこの要件を満たさない「産業医不選任事業場」です。「産業医がいないので、二次健康診断の結果を受けても誰に相談すればいいかわからない」という声はよく聞かれます。
産業医がいない事業所でも活用できる支援窓口があります。
地域産業保健センター(地産保)の活用
各都道府県の労働基準監督署の管轄区域ごとに設置されている機関で、50人未満の小規模事業場を対象に、産業医による健康相談・面接指導・保健指導を無料で提供しています。二次健康診断の結果を踏まえた医師による面接指導もここで対応可能です。利用にあたっては事前に各センターへ連絡して手続きを行います。
都道府県産業保健総合支援センターへの相談
各都道府県に設置されており、産業保健に関する相談を事業主・人事担当者が無料で行えます。制度の理解や具体的な対応方法についてアドバイスを受けることができます。
労働基準監督署への相談
健康診断の事後措置や二次健康診断の対応方法について、基本的な情報提供を受けることができます。「何をすればよいかわからない」という段階でも相談窓口として活用できます。
産業医がいないからといって対応義務がなくなるわけではありません。こうした外部資源を積極的に活用しながら、できる範囲での対応を整えることが求められます。
実践ポイント——今日からできる体制整備のチェックリスト
二次健康診断への対応を実務に組み込むために、以下のポイントを確認してみてください。
- 健診結果の確認フロー:健診機関から結果票を受け取った後、4項目(血圧・血中脂質・血糖・腹囲またはBMI)すべての異常所見の有無を人事担当者が確認できる仕組みになっているか
- 案内文書の準備:二次健康診断等給付の制度概要(費用無料・受診可能機関・請求期限3ヶ月)を説明した案内文書を用意しているか
- 勧奨記録の保存:誰に・いつ・どのような方法で案内したかを記録し、5年間保存する体制があるか
- 受診結果の把握と面接指導:二次健康診断の結果を受けて、医師(産業医または地産保医師)による面接指導につなげる流れができているか
- 就業上の措置の検討と記録:面接指導の結果を踏まえ、労働時間の短縮・深夜業の制限・就業場所の変更等を必要に応じて検討し、その内容または講じない場合の理由を記録しているか
- 外部資源の把握:産業医がいない場合、地域産業保健センターや産業保健総合支援センターの連絡先を確認しているか
まとめ
二次健康診断は、一次健康診断の結果において血圧・血中脂質・血糖・腹囲またはBMIの4項目すべてに異常所見がある労働者を対象とした、脳・心臓疾患予防のための検査制度です。費用は労災保険から全額給付されるため、会社も従業員も自己負担はありませんが、一次健康診断の結果受領から3ヶ月以内という請求期限があるため、迅速な対応が必要です。
事業者による受診勧奨は労働安全衛生法上の努力義務ですが、対応を怠った場合には安全配慮義務違反として法的責任を問われる可能性があります。「勧奨した記録が残っているか」が万一の際に重要な判断材料となるため、文書による案内と記録の保存は必ず行ってください。
産業医がいない小規模事業所であっても、地域産業保健センターや都道府県産業保健総合支援センターといった無料で利用できる外部支援機関があります。「自社では対応できない」と諦めず、こうした資源を積極的に活用することが重要です。
健康診断は実施して終わりではありません。その結果を踏まえた適切な事後措置こそが、従業員の命と会社の信頼を守ることにつながります。まだ二次健康診断への対応フローが整っていない場合は、今回の内容を参考に、自社の体制を見直してみてください。
よくある質問
Q1: 二次健康診断の対象者は、健康診断で異常が見つかった項目が多いほど優先されるのですか?
いいえ。二次健康診断の対象は、血圧、血中脂質、血糖、腹囲/BMIの4項目「すべて」に異常がある場合に限ります。1~3項目の異常は保健指導の対象にはなりますが、労災保険による二次健康診断給付の対象にはなりません。
Q2: 二次健康診断にかかる費用は、従業員が自分で負担する必要がありますか?
いいえ。費用は労災保険の給付で全額賄われるため、会社も従業員も自己負担は不要です。ただし、受診できる機関は労災病院や都道府県労働局に登録された医療機関に限られており、かかりつけの病院では利用できないため事前確認が必要です。
Q3: すでに脳・心臓疾患の治療を受けている従業員が健診で4項目すべてに異常があった場合、二次健康診断を受けられますか?
いいえ。治療中の方は対象外であり、医療保険による対応となります。健診結果がどうであれ、この労災保険給付制度は利用できません。
健康診断の事後措置や保健指導の体制整備には、INTERMINDの産業医サービスが役立ちます。専属の産業保健スタッフが継続的にサポートします。









