「うちの会社は50人未満だから産業医面談は関係ない」「月100時間を超えなければ大丈夫なはず」——こうした認識のまま運用を続けている中小企業は、今も少なくありません。しかし、2019年4月の労働安全衛生法改正により、面談義務の基準は大きく変わりました。古い知識のままでは、知らないうちに法令違反の状態に陥っている可能性があります。
長時間労働による健康障害や過労死・過労自殺の問題は、大企業だけの話ではありません。中小企業においても、従業員一人ひとりの健康管理は経営の根幹に関わる重要課題です。本記事では、産業医面談の義務と手順について、法的根拠をふまえながら実務に直結する形で解説します。経営者・人事担当者の方が「明日から何をすべきか」をイメージできることを目指して構成しました。
産業医面談の義務はどこから生まれるのか——法的根拠を整理する
長時間労働者への産業医面談は、労働安全衛生法第66条の8・第66条の8の2・第66条の8の3、および労働安全衛生規則第52条の2〜第52条の7に基づく事業者の法的義務です。「やれたらやる」ではなく、一定の要件を満たした場合には実施しなければならない義務であることを、まず認識しておく必要があります。
面談義務が発生する基準は、従業員の区分によって異なります。以下に整理します。
- 一般労働者:時間外・休日労働が月80時間超となり、本人からの申出があった場合(2019年4月改正により、従来の「100時間超」から引き下げられました)
- 研究開発業務従事者:時間外・休日労働が月100時間超となった場合(本人の申出は不要で、事業者が強制的に実施する義務があります)
- 高度プロフェッショナル制度(高プロ)適用者:週40時間を超えた在社時間が月100時間超となった場合(申出不要、強制実施義務)
特に注意が必要なのは、2019年の改正で基準が80時間超に変更された点です。「100時間超えなければ大丈夫」という旧来の認識のままでいる会社が今も散見されますが、これは明確な誤りです。該当する従業員がいる場合、面談を実施しなければ法令違反となります。
「50人未満だから不要」は誤解——事業場規模と面談義務の関係
中小企業の経営者・人事担当者からよく聞かれる疑問が、「うちは従業員が50人未満なので産業医を選任していない。その場合、面談義務はないのでは?」というものです。これはよくある誤解のひとつです。
正確に言うと、産業医の「選任義務」と、面談の「実施義務」は別物です。
- 産業医の選任義務:常時50人以上の労働者を使用する事業場に課される義務(1,000人以上または有害業務に500人以上が従事する場合は専属産業医が必要)
- 面談の実施義務:事業場の規模を問わず、要件を満たした労働者がいれば適用される
つまり、従業員50人未満であっても、月80時間超の時間外労働が発生し、本人から申出があれば、医師による面談を実施しなければなりません。産業医を選任していないからといって、義務が免除されるわけではないのです。
では、産業医がいない50人未満の事業場はどうすればよいのでしょうか。この場合、地域産業保健センター(地さんぽ)を活用する方法があります。地域産業保健センターとは、都道府県の産業保健総合支援センターが設置する相談窓口で、小規模事業場を対象に、産業医による健康相談や長時間労働者への面談を無料で提供しています。まずは最寄りの地域産業保健センターに問い合わせることを検討してください。
面談実施の流れ——STEP別に押さえる実務手順
「義務があることはわかったが、具体的に何をすればよいか」という疑問に応えるため、実務上の手順をSTEP別に解説します。
STEP 1:労働時間を正確に把握する
面談義務の発生を正確に判断するためには、まず労働時間の適切な把握が前提です。タイムカード・PCのログイン・ログオフ記録・勤怠管理システムなど、客観的な方法による把握が原則とされています。自己申告制を採用している場合は、過少申告が生じるリスクがあるため、申告内容と実態に乖離がないか定期的に確認する仕組みが必要です。
また、裁量労働制が適用される労働者や管理監督者も対象になる点に注意が必要です。みなし労働時間制度の下でも、健康確保の観点からは実際の在社時間等を把握する努力が求められます。
STEP 2:月80時間超の労働者を抽出・通知する
毎月、時間外・休日労働時間を集計し、80時間を超えた労働者を速やかに特定します。該当者には、時間外労働時間数を書面またはメール等で本人に通知する義務があります(労働安全衛生規則第52条の2)。通知の際は、面談を申し出ることができる旨と、申出窓口の情報を同時に案内することが重要です。
この通知と案内を怠ると、従業員が「申出できる」ということ自体を知らないまま終わってしまい、実質的に面談が機能しなくなります。
STEP 3:面談の申出を受け付ける体制を整える
一般労働者については本人の申出が面談実施の要件となります。そのため、申出しやすい環境をつくることが事業者の責任です。具体的には、次のような工夫が有効です。
- 上司を介さず直接申し出られる窓口(人事部門・産業医・外部相談窓口など)を設ける
- 申出方法を複数用意する(紙の様式・メール・社内フォームなど)
- 申出したことで不利益を受けないことを明示する
従業員が面談を「申出づらい」と感じる職場風土があると、制度が形骸化します。仕組みとともに、職場の雰囲気づくりも重要な要素です。
STEP 4:産業医面談を実施する
申出を受けたら、おおむね1ヶ月以内に面談を実施します。面談では、勤務状況・疲労の蓄積度・心身の状態・生活習慣などについて確認します。厚生労働省が公開している「疲労蓄積度自己診断チェックリスト」を事前に記入してもらうことで、面談の質と効率を高めることができます。
面談は産業医が行うことが基本ですが、産業医を選任していない50人未満の事業場では、前述の地域産業保健センターを通じて医師に依頼することが可能です。
STEP 5:就業上の措置を検討・実施する
面談後、産業医から意見書(就業上の措置に関する意見)を受け取り、その内容をふまえて事業者が措置を検討・実施します。措置の例としては、以下のものが挙げられます。
- 時間外労働・深夜業の制限または禁止
- 業務内容の変更・軽減
- 配置転換
- 休業・療養の指示
ここで重要なのは、最終的な措置の決定は事業者が行うという点です。産業医の意見はあくまで「助言・勧告」であり、その内容を尊重しながら、具体的な措置の内容・時期・範囲を事業者が判断します。「産業医が何も言わなかったから何もしなくていい」という解釈は誤りであり、事業者には健康確保のための積極的な関与が求められています。
STEP 6:記録を保存し、情報を適切に管理する
面談記録および意見書は、5年間の保存義務があります(労働安全衛生規則第52条の6)。これらの記録は個人の健康情報に該当するため、取扱いには細心の注意が必要です。
人事部門への情報共有の範囲、保管場所へのアクセス制限、廃棄のルールなどを定めた「労働者の健康情報取扱規程」を策定・整備することが推奨されています。従業員のプライバシーを守る体制が、信頼関係の基盤となります。
従業員が面談を拒否した場合はどうするか
実務上よく直面する課題のひとつが、「対象者に面談を勧めたが、本人が断った」というケースです。
一般労働者の場合、面談は本人の申出を前提とするため、法律上は申出のない従業員に強制的に面談を受けさせることはできません。ただし、申出しやすい環境を整える義務は事業者にあります。従業員が申出をしなかった場合も、なぜ申出がなかったのかを考える姿勢が重要です。
一方、研究開発業務従事者および高プロ適用者については、事業者に強制実施義務があります。これらの区分の従業員が面談を断った場合でも、事業者はできる限り面談実施に向けた調整を続ける必要があります。
また、面談を拒否した従業員についても、健康状態の悪化が懸念される場合は別途の安全配慮義務が生じる可能性があります。拒否の意思を尊重しながらも、定期的に状況を確認する仕組みを設けることが望まれます。個別の対応方針については、社会保険労務士や産業医等の専門家にご相談ください。
中小企業が今日から取り組める実践ポイント
制度の全体像はつかめたものの、「実際にどこから手をつければよいか」と感じている方のために、優先度の高い実践ポイントを整理します。
① 自社の基準が旧ルールのままになっていないか確認する
社内規程・運用マニュアル・労使協定などに「100時間超」という記載が残っていないか確認してください。2019年の改正以降は「80時間超」が正しい基準です。旧基準のままでは、対象者を見落とすリスクがあります。
② 労働時間の集計・把握を属人化させない
担当者が変わるたびに集計方法が変わったり、特定の人しかデータを管理していないという状態は、見落としや誤りのリスクを高めます。勤怠管理システムの活用や、集計・通知のフローを文書化することで、属人化を防ぐことができます。
③ 申出窓口を明確化し、従業員に周知する
面談の申出窓口が明示されていない会社では、従業員が「誰に言えばいいかわからない」まま放置されることがあります。窓口の担当者・連絡先・申出方法を、入社時の説明や社内ポータル等で周知しておきましょう。
④ 50人未満の事業場は地域産業保健センターへの登録を検討する
産業医を選任していない事業場では、いざというときに面談を依頼できる体制がないと義務を果たせません。地域産業保健センターは事前の登録・相談が可能なため、対象者が発生する前に連絡先を確認しておくことをおすすめします。
⑤ 面談後の措置を「実施するかどうか」ではなく「何をするか」で考える
産業医の意見書を受け取った後、「どうしようか」と判断を先送りにしてしまうケースがあります。面談後の措置検討にかかるプロセス(誰が、いつ、どう決定するか)を事前にフロー化しておくことで、迅速な対応が可能になります。
まとめ
長時間労働者への産業医面談義務は、事業場の規模や産業医の選任有無にかかわらず、一定の要件を満たした時点で発生します。2019年の法改正により基準は月80時間超に引き下げられており、旧来の「100時間超」という認識のままでいることはリスクです。
実務上のポイントを改めて整理すると、①労働時間の客観的・継続的な把握、②80時間超の対象者への速やかな通知、③申出しやすい環境の整備、④産業医(または地域産業保健センター)との面談実施、⑤意見書をふまえた就業上の措置、⑥記録の適切な保存と情報管理、という流れになります。
従業員の健康を守ることは、法的義務であると同時に、企業の持続的な成長を支える基盤でもあります。制度の整備が「形だけ」にならないよう、実質的に機能する仕組みを構築することが、経営者・人事担当者に求められる姿勢です。まずは自社の現状を点検するところから、一歩を踏み出してみてください。
よくある質問
Q1: 従業員が50人未満の会社でも産業医面談を実施する必要がありますか?
はい、必要です。産業医の選任義務と面談の実施義務は別物で、事業場の規模に関わらず、月80時間超の時間外労働が発生し本人から申出があれば、医師による面談を実施しなければなりません。産業医がいない場合は、地域産業保健センターを活用できます。
Q2: 2019年の改正前は月100時間超が基準だったのに、何が変わったのですか?
2019年4月の労働安全衛生法改正により、一般労働者の面談義務基準が月100時間超から月80時間超に引き下げられました。この変更により、より早い段階で労働者の健康管理が実施されるようになりました。
Q3: 研究開発業務従事者と高度プロフェッショナル制度適用者は、一般労働者と異なる扱いですか?
はい、異なります。研究開発業務従事者と高プロ適用者は、本人の申出がなくても事業者が強制的に面談を実施する義務があります。また基準も異なり、研究開発業務従事者は月100時間超、高プロ適用者は週40時間超の在社時間が月100時間超の場合に面談が必要です。
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