従業員の健康管理と職場環境の整備は、企業経営における重要な課題です。なかでも受動喫煙対策は、2020年の改正健康増進法の全面施行以降、すべての企業が対応を迫られているテーマとなっています。さらに2025年現在、喫煙専用室の廃止に向けた政策議論が進んでおり、中小企業の経営者・人事担当者にとって「次に何をすべきか」が見えにくい状況が続いています。
「喫煙室を撤去する費用がない」「喫煙者の従業員が反発して離職するのではないか」「喫煙休憩をどう扱えばよいのかわからない」――こうした悩みを抱える企業は少なくありません。本記事では、法律の基本的な仕組みから実務対応まで、中小企業が今すぐ取り組むべき職場の禁煙対策を整理します。
改正健康増進法の基本と2025年の動向
2020年4月に全面施行された改正健康増進法は、「望まない受動喫煙をなくす」ことを基本的な考え方として、施設の種類に応じた受動喫煙対策を義務付けています。職場・事務所は「第二種施設」に分類され、原則として屋内禁煙となります。ただし、一定の要件を満たす喫煙専用室を設置することで、喫煙のための場所を確保することは認められています。
喫煙専用室に求められる主な要件は、たばこの煙が外部に流出しないこと、20歳未満の者が立ち入ることができないこと、などです。これらの要件を満たさない場合、施設管理者は都道府県知事から指導・勧告・命令を受け、最終的には50万円以下の過料が科される可能性があります。
そして2025年時点では、既存の喫煙専用室(加熱式たばこ専用の喫煙室を含む)の廃止に向けた政策議論が進んでいます。厚生労働省は段階的に受動喫煙対策を強化する方針を示しており、喫煙専用室の新規設置禁止や既存室の廃止を求める方向性が検討されています。ただし、法改正の確定スケジュールや具体的な期限については、最新の行政情報を随時確認することが必要です。また、東京都をはじめとする自治体では、国の法律よりも厳しい独自条例を設けているケースがあるため、自社が所在する地域の規制についても確認が不可欠です。
中小企業が直面するコストと労務管理の課題
喫煙室の撤去・改修費用をどう考えるか
喫煙専用室の撤去や職場環境の改修には、一定のコストがかかります。特に資金力に余裕のない中小企業にとって、このコスト負担は大きな懸念材料です。しかし、厚生労働省は受動喫煙防止対策助成金として、中小企業を対象に喫煙室の設置や改修にかかる費用の一部を助成する制度を設けています。助成率・上限額は年度によって変動するため、申請前に最新の要件を確認することが重要です。
特に注意が必要なのは、申請前に工事を着工してしまうと助成金の対象外になるケースがある点です。喫煙室の撤去や改修を検討している場合は、必ず事前に申請手続きを確認し、承認を得てから着手するようにしてください。なお、申請には常時雇用する労働者数や事業の種類など一定の要件があるため、自社が対象となるかどうかを労働局や社会保険労務士に確認することをお勧めします。
喫煙休憩の労務管理:不公平感をどう解消するか
喫煙対策において、見落とされがちなのが「喫煙休憩」の取り扱いです。業務時間中に喫煙のために離席する行為は、労働から離れた状態であるため、労働時間には含まれないとする解釈が実務上は有力とされています。しかし、現実には喫煙者と非喫煙者の間に不公平感が生まれ、職場の雰囲気が悪化するケースも少なくありません。
この問題を解決するには、就業規則や職場ルールに喫煙休憩の扱いを明確に記載し、全従業員に周知することが重要です。たとえば、喫煙のための離席は所定の休憩時間に充当する、あるいは喫煙休憩として別途取得する場合は賃金控除の対象とするといったルールを整備することで、非喫煙者の不満を軽減することができます。ルールの整備にあたっては、労使間で十分な話し合いを行い、納得感のある形で導入することが大切です。
完全禁煙化に向けた従業員対応と禁煙支援
一方的な禁止ではなく「支援とセット」で進める
職場の完全禁煙化を進める際に企業が直面しやすいのが、喫煙者従業員からの反発です。喫煙はニコチン依存症(たばこに含まれるニコチンへの身体的・心理的依存状態)という医学的な側面を持つため、「禁止するだけ」では従業員の納得を得ることが難しく、離職リスクを高める可能性もあります。
効果的なアプローチとして、禁煙支援と禁煙ルールの整備をセットで行うことが挙げられます。具体的には、産業医や保健師と連携して禁煙外来への受診を勧奨すること、健康保険組合が提供する禁煙プログラムの活用を促すこと、費用補助の仕組みを検討することなどが考えられます。従業員が「禁煙したい」と思ったときに相談できる体制を整えることが、禁煙支援の第一歩です。
また、懲戒や降格といった一方的な不利益処分は法的リスクを伴う場合があります。段階的な移行スケジュールを設け、従業員が禁煙に取り組む時間的余裕を確保しながら進めることが、職場全体の納得感を高める上で重要です。産業医サービスを活用して、産業医による健康指導や禁煙相談の体制を整えることも、こうした取り組みを支える有効な手段の一つです。
喫煙者を採用しない方針の法的リスク
近年、採用段階で喫煙者を採用しない方針を打ち出す企業が増えていますが、この取り扱いには慎重な判断が求められます。現行法上、喫煙者であることを理由に採用を拒否することを直接禁止する法律はありません。しかし、プライバシーへの配慮や、信条・生活習慣に基づく差別的取り扱いとみなされるリスクがゼロではありません。
採用時に喫煙に関する誓約書を取得する方法も見られますが、その法的効力は限定的であり、運用には十分な工夫が必要です。「喫煙者を採用しない」方針を導入する場合は、事前に弁護士や社会保険労務士に相談し、自社の状況に即した適切な対応を確認することをお勧めします。
テナントビルや共有施設での対応:オーナーとの協議が鍵
中小企業の多くは自社ビルではなくテナントビルにオフィスを構えているため、喫煙室の撤去や屋外喫煙場所の設置をテナント単独で判断することが難しいケースがあります。ビルの共用部分に設置されている喫煙室の廃止は、ビル全体の問題として取り組む必要があり、ビルオーナーや管理組合との協議が不可欠です。
テナント側からできる対応としては、まずビルオーナーや管理会社に対し、法規制の動向や他テナントの状況を共有しながら、喫煙室廃止に向けた協議を提案することが考えられます。都市部の狭小オフィスや商業施設内のテナントでは屋外喫煙場所の確保が困難なケースもありますが、その場合でも敷地外の公共喫煙所の利用案内や、就業規則での喫煙ルールの明確化を通じて、対策を進めることは可能です。
健康経営の視点から受動喫煙対策を位置づける
受動喫煙対策は法的な義務への対応という側面だけでなく、企業の健康経営戦略の一環として捉えることで、より積極的な取り組みにつながります。経済産業省と日本健康会議が運営する健康経営優良法人認定制度では、受動喫煙対策が認定要件の一つに含まれており、認定取得は採用ブランディングや取引先からの信頼向上にも寄与する可能性があります。
また、従業員の禁煙は医療費の削減や生産性の向上にもつながるとされており、禁煙支援プログラムへの投資は中長期的なコスト削減効果が期待できます。喫煙関連疾患による従業員の欠勤・休職リスクを低減する観点からも、禁煙支援は経営上の合理性があるといえるでしょう。メンタルヘルスケアの観点では、禁煙の過程でストレスを感じる従業員へのサポートとして、メンタルカウンセリング(EAP)を活用することも、従業員の禁煙継続を支える一助となります。
中小企業が今すぐ取り組むべき実践ポイント
- 現状の法的適合状況を確認する:自社の施設が第一種・第二種のどちらに分類されるか、既存の喫煙室が法的要件を満たしているかを確認する。不明な場合は管轄の都道府県の担当窓口や社会保険労務士に相談する。
- 段階的な禁煙化スケジュールを策定・公表する:1年以内に喫煙室廃止、その後は屋外のみ、最終的に敷地内完全禁煙といった具体的なロードマップを作成し、従業員に早期に告知することで、突然の変更による混乱を防ぐ。
- 就業規則に禁煙ルールと喫煙休憩の扱いを明記する:喫煙休憩が労働時間に含まれないこと、喫煙可能な場所・時間帯のルールを就業規則や職場規程に明確に記載し、全従業員に周知する。
- 禁煙支援の仕組みを整える:産業医・保健師との連携体制を構築し、禁煙外来の受診勧奨や費用補助の仕組みを検討する。健康保険組合の禁煙プログラムを積極的に活用する。
- 助成金の事前申請を忘れない:受動喫煙防止対策助成金を活用する場合は、工事着工前に申請・承認を得ることが必須。申請要件を事前に労働局または厚生労働省のウェブサイトで確認する。
- テナントビルの場合はビルオーナーと早期に協議する:共用部の喫煙室廃止はビル全体の課題であるため、他テナントや管理組合と連携しながら対応を進める。
- 最新の法改正情報を継続的に確認する:喫煙専用室廃止に関する法改正の動向は流動的であるため、厚生労働省・都道府県の公式情報を定期的にチェックし、対応が遅れないようにする。
まとめ
職場の禁煙対策は、法的義務への対応にとどまらず、従業員の健康を守り、生産性を高め、企業としての信頼性を高める経営課題です。2025年現在、喫煙専用室の廃止に向けた政策議論が進む中、中小企業が「法改正が確定してから動く」という姿勢でいると、対応が遅れて従業員や取引先への影響が大きくなるリスクがあります。
大切なのは、喫煙者・非喫煙者の双方に配慮しながら、段階的かつ丁寧に禁煙化を進めることです。一方的な禁止や不利益処分ではなく、禁煙支援の仕組みを整えながら職場全体で取り組むことで、従業員の納得感を高め、スムーズな移行を実現することができます。助成金や産業医・保健師・EAPといった外部の専門的サポートも積極的に活用しながら、自社に合った受動喫煙対策を今から着実に進めていきましょう。
よくある質問
喫煙専用室はいつまでに廃止しなければなりませんか?
2025年時点では、既存の喫煙専用室の廃止を義務付ける法改正の確定スケジュールは流動的であり、厚生労働省の政策議論の中で段階的廃止の方向性が示されている段階です。ただし、今後法改正が行われる可能性が高いため、最新の厚生労働省・都道府県の公式情報を定期的に確認し、早めに対応計画を策定しておくことをお勧めします。
喫煙休憩は賃金を支払う必要がありますか?
業務時間中に喫煙のために離席する行為は、労働から離れた状態であるため、労働時間には含まれないとする解釈が実務上は有力とされています。喫煙休憩を就業規則に「無給の私的休憩」として明記し、全従業員に周知することで、非喫煙者との不公平感を軽減しつつ適切な労務管理を行うことができます。具体的な取り扱いについては、社会保険労務士や弁護士に相談の上、自社の実態に合ったルールを整備することをお勧めします。
受動喫煙防止対策助成金はどこに申請すればよいですか?
受動喫煙防止対策助成金は、都道府県の労働局または労働基準監督署を通じて申請します。助成率・上限額・申請要件は年度によって変わる場合があるため、申請前に必ず厚生労働省または管轄の労働局に最新情報を確認してください。また、工事・改修の着工前に申請・承認を得ることが必須です。着工後の申請は対象外となるケースがありますのでご注意ください。









