ストレスチェックを毎年実施しているにもかかわらず、高ストレス者からの面接申出がほとんどゼロ——そんな状況に頭を抱えている経営者・人事担当者は少なくありません。「制度として形だけ整えているが、実質的に機能していない」という焦りは、多くの中小企業で共通して聞かれる声です。
しかし、面接実施率が低いことは単なる「制度の形骸化」にとどまりません。高ストレス状態を放置された従業員がメンタルヘルス不調に陥り、休職・離職に至るリスクを高めることにもつながります。早期介入の機会を逃し続ければ、最終的には職場全体の生産性低下や、会社としての安全配慮義務を問われる事態につながりかねません。
この記事では、なぜ高ストレス者が面接申出をしないのか、その根本的な理由を整理したうえで、中小企業でも今すぐ取り組める実践的な改善策を法的根拠とあわせて解説します。
なぜ高ストレス者は面接を申し出ないのか——心理的ハードルの正体
面接申出件数がゼロに近い企業の多くは、「案内文は送った」「申出書も用意している」と言います。しかし問題は、申出の仕組みが存在することと、従業員が実際に使えると感じることは全く別物という点にあります。
高ストレス者が面接申出をためらう主な理由は以下の3つに集約されます。
- 「会社に知られるのでは」という不信感:申出したことが上司や人事部門に伝わり、評価や配置転換に影響するのではないかという懸念は、多くの従業員が抱えています。
- 「問題社員のレッテルを貼られる」という恐怖:「高ストレス者と判定された=弱い・仕事ができない」という誤ったイメージが従業員の中にあると、申出そのものが自分の弱みを公表する行為に感じられます。
- 「面接を受けてどうなるの?」という不透明感:産業医との面接が何をするものなのか、どんな結果につながるのかが見えないと、わざわざ申し出るメリットを感じにくくなります。
これらの心理的障壁を取り除かない限り、申出書の様式を改訂しても、案内文の文言を変えても、実施率は改善しません。
まず押さえておきたい法的な整理——義務と権利の正確な理解
実践策に入る前に、経営者・人事担当者として知っておくべき法律の基本を整理します。曖昧なままでは、どこまで対応すべきかの判断が難しくなるためです。
労働安全衛生法第66条の10により、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、年1回のストレスチェックの実施が義務とされています(50人未満の事業場は当分の間、努力義務)。高ストレス者が面接指導を申し出た場合、事業者は産業医等による面接指導を行う義務があり、申出から概ね1ヶ月以内に実施することが求められています。
ここで重要なのは、面接指導の申出の主体はあくまで「労働者本人」という点です。事業者側から「受けなさい」と強制することは法の趣旨に反します。しかし、「受けやすい環境を整備すること」は事業者の重要な責務です。この点を混同している企業が多いため、注意が必要です。
また、同法第66条の10第5項では、面接申出や受診を理由とした解雇・配置転換・降格等の不利益取扱いが明確に禁止されています。この規定を従業員に対して十分に周知することは、法の趣旨に沿うだけでなく、申出ハードルを下げる実務的な効果もあります。
さらに、ストレスチェックの個票情報(個人の結果)は本人の同意なく事業者へ提供することができません。人事担当者であっても個人の結果にアクセスすることは原則として認められていないため、「人事に知られる」という不信感は制度上は起こりえないことです。この事実を従業員に正確に伝えることが、信頼構築の第一歩となります。
申出しやすい環境を設計する——窓口・方法・情報の「見直し3点セット」
申出窓口を人事部門の外に設ける
最も効果的な改善策のひとつが、申出窓口を人事部門以外に設けることです。外部のメンタルカウンセリング(EAP)機関や、産業医・保健師への直接連絡を申出の経路として整備することで、「会社(人事)に知られずに申し出られる」という安心感を生み出せます。
重要なのは、このルートが存在することを明文化し、繰り返し周知することです。「産業医への申出は直接可能であり、その事実は会社には伝わりません」という内容を、案内文・社内掲示・イントラネットなど複数の場所で明示してください。
申出方法を複数・簡便にする
紙の申出書だけでは、提出するという行為自体が心理的ハードルになります。メール・WEBフォーム・電話など複数のチャネルを用意することで、自分のペースで申出できる環境を作ります。また、申出書の記載項目は氏名・所属・希望日程程度に絞り、最小限にすることも重要です。記入項目が多いと「何を書かされるのか」という不安を招きます。
案内文のトーンを根本から変える
高ストレス者への案内文が「あなたは問題があると判定されました」というニュアンスで書かれていないかを確認してください。「サポートを受ける権利があります」「会社はあなたのコンディションを大切にしています」というトーンに変えるだけで、申出に対する受け止め方が変わります。
加えて、産業医や担当保健師の写真・プロフィール・一言メッセージを案内文に掲載することを検討してください。顔の見えない専門家へのアクセスは心理的に遠く感じられますが、人となりが分かると「話してみようか」という気持ちになりやすくなります。
産業医・保健師との連携体制を整える——スケジュールと役割分担の工夫
面接枠を「先に」確保しておく
嘱託産業医(月1回程度の訪問契約)の場合、「申出があってから日程調整する」という流れでは、1ヶ月以内という法定期間の中で対応しきれないケースが出てきます。この問題を解決するには、ストレスチェック実施月の翌月に、面接専用の時間枠をあらかじめ確保しておくという方法が有効です。「枠が先にある」状態にすることで、申出があった際にすぐ対応できる体制を整えられます。
保健師を「最初の一歩」の担い手にする
面接指導は医師(産業医)が行う必要がありますが、事前の相談やフォローは保健師・看護師でも対応可能です。保健師が「話を聞く」という役割を担うことで、従業員が産業医面接につながる前の「最初の一歩」のハードルを大きく下げることができます。いきなり産業医との面接ではなく、保健師への相談を入口にする二段階の設計は、特に中小企業で取り入れやすい方法です。
オンライン面接を積極的に活用する
場所と時間の制約を取り除くことは、日程調整のしやすさを大幅に改善します。オンラインでの面接指導を導入すれば、在宅勤務者・遠隔地勤務者も含めた全従業員が参加しやすくなります。「産業医が来る日に会社にいなければならない」という制約がなくなることで、申出のタイミングも増えます。
50人未満の事業場は地域産業保健センターを活用する
産業医が未選任の小規模事業場では、地域産業保健センター(地産保)を無料で活用することが可能です。都道府県ごとに設置されており、産業医による相談・面接指導のサポートを受けられます。「産業医がいないから面接できない」と諦める前に、まずは地産保への問い合わせを検討してください。
実践ポイント——今週から始められる5つのアクション
以上の内容を踏まえ、すぐに取り組める具体的なアクションを整理します。
- 案内文の文言を見直す:「問題があります」トーンから「サポートを受ける権利があります」トーンへ変更する。産業医・保健師のプロフィールを掲載する。
- 申出窓口を追加する:人事部門以外のルート(産業医直接・外部EAP)を整備し、その事実を社内に明文化・周知する。
- 申出方法を複数化する:WEBフォームまたはメールでの申出を受け付けられるよう整備し、記載項目を最小限にする。
- 産業医との面接枠を事前確保する:ストレスチェック翌月の産業医訪問日に面接専用の時間枠をあらかじめ設定しておく。
- 不利益取扱い禁止を具体的に伝える:「面接を受けた社員の処遇が変わったことは一切ない」という実績や、法的禁止規定を経営者メッセージとして周知する。
これらは費用をかけずに、あるいは最小限のコストで取り組めるものばかりです。まずは「案内文の見直し」と「窓口の追加」から始めることをお勧めします。
より体系的なメンタルヘルスケア体制の整備を検討している場合は、産業医サービスの活用も選択肢のひとつです。面接指導の実施体制を含めた包括的なサポートを受けることで、制度の実効性を高めることができます。
まとめ
ストレスチェックの高ストレス者面接実施率を上げるためには、「申出書を配布している」という形式的な対応では不十分です。従業員が抱える「知られるかもしれない」「弱いと思われるかもしれない」という心理的ハードルを、制度設計・情報提供・体制整備の3つの側面から具体的に取り除くことが求められます。
法律が定めるのは「申出があれば面接を実施する義務」ですが、法の趣旨は「申出しやすい環境を事業者が整備すること」にあります。制度を本当に機能させるためには、この趣旨を真剣に受け止めた実務対応が欠かせません。
高ストレス者への早期介入は、個人のメンタルヘルスを守るだけでなく、職場全体の安定と企業の持続的な発展につながります。今年のストレスチェックから、一つひとつの改善を積み重ねてみてください。
よくある質問(FAQ)
高ストレス者に対して、会社から面接を受けるよう強制できますか?
いいえ、できません。労働安全衛生法の規定では、面接指導の申出の主体はあくまで労働者本人です。事業者から「受けなさい」と強制することは法の趣旨に反します。ただし、受けやすい環境を整備すること・情報を丁寧に周知することは事業者の重要な責務です。実施者(産業医・保健師)から本人に直接案内・声かけをすることは可能ですので、そのような形でアプローチすることを検討してください。
面接を申し出た従業員の情報は、上司や人事部門に伝わりますか?
制度上、ストレスチェックの個票情報や面接結果は本人の同意なく事業者へ提供することが禁じられています。人事担当者であっても個人の結果にアクセスすることは原則認められていません。ただし、この事実が従業員に十分に伝わっていないケースが多いため、「申し出ても人事・上司には伝わらない」という点を案内文や社内周知で繰り返し明示することが重要です。
産業医が嘱託(月1回)しかいない場合、1ヶ月以内の面接実施は難しいのでしょうか?
事前に面接専用の時間枠をあらかじめ確保しておくことで対応可能です。ストレスチェック実施月の翌月の産業医訪問日に「面接専用枠」を予め設定しておき、申出があった場合にすぐ割り当てられる体制を作ることが実務上のポイントです。また、オンライン面接を活用することで日程調整の柔軟性も高まります。
50人未満の小規模事業場で産業医が選任されていない場合、面接指導はどうすればよいですか?
各都道府県に設置されている「地域産業保健センター(地産保)」を無料で利用することができます。産業医による相談・面接指導のサポートを受けられるため、「産業医がいないから対応できない」という状況を解消できます。まずはお住まいの地域の地産保に問い合わせることをお勧めします。なお、50人未満の事業場はストレスチェック自体が当分の間努力義務とされていますが、従業員のメンタルヘルスケアの観点からは積極的な取り組みが望まれます。







