「試し出勤制度のルールを知らないと危ない」給与・労災・期間の目安まで中小企業が押さえるべき実務運用を解説

メンタルヘルス不調で休職していた従業員が「そろそろ戻れそう」と言ってきたとき、経営者や人事担当者が最初に感じるのは「本当に大丈夫だろうか」という不安ではないでしょうか。主治医から復職可能との診断書が届いていても、実際に職場で支障なく働けるかどうかは別の問題です。そのギャップを埋める手段として、多くの企業が活用しようとするのが試し出勤制度です。

ところが、試し出勤は法律に明文化された制度ではなく、運用ルールを誤ると賃金トラブルや労災問題、さらには再休職の連鎖を招くリスクがあります。特に人員に余裕のない中小企業では、「とりあえずやってみよう」という曖昧な運用が後々の紛争につながりやすい実態があります。

本記事では、試し出勤制度の法的位置づけを整理したうえで、中小企業の経営者・人事担当者が安心して制度を設計・運用するための実務ルールを解説します。

目次

試し出勤制度の法的位置づけ――「根拠なき制度」だからこそ社内規程が不可欠

まず押さえておくべき大前提として、試し出勤制度は労働基準法にも労働契約法にも規定されていないことを認識してください。唯一の行政指針は、厚生労働省が2012年に改訂した「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(以下「厚労省手引き」)です。この手引きは復職支援の望ましいプロセスを示したものですが、法的な強制力はありません。

つまり、試し出勤は就業規則や社内規程に定めることで初めて法的な根拠を持つ制度です。規程のないまま試し出勤を実施すると、「これは復職だったのか、それとも休職の延長だったのか」という解釈の齟齬(そご)が生じ、トラブルの温床になります。

試し出勤中は「休職継続」が基本

雇用契約上の扱いとして、試し出勤中は原則として休職(休業)状態が継続していると整理します。正式な復職ではないため、復職辞令を発令してはいけません。復職辞令を出してしまうと「会社が復職を認めた」と法的に解釈される可能性があり、その後に「やはり勤務継続は難しい」と判断した場合でも、休職期間満了を理由とした退職・解雇ができなくなるリスクがあります。

試し出勤はあくまでも「復職の前段階における評価期間」であることを、書面で本人に明確に伝えることが重要です。

賃金と労災保険の取り扱い――「無給だから安心」ではない

試し出勤に関して最も多い質問のひとつが、給与を支払う必要があるかどうかです。法的な考え方を整理すると次のようになります。

賃金支払い義務の考え方

労働基準法上、賃金は「労働の対償」として支払う義務が生じます(労働基準法第11条)。試し出勤の目的が「職場慣らし・訓練」であり、実質的な業務を行わせていない段階であれば、必ずしも賃金支払い義務は発生しないと解釈される場合があります。

しかし、試し出勤中に実質的な業務を担わせた場合は、賃金請求権が生じるリスクがあります。段階が進み、通常業務に近い内容を処理させているにもかかわらず無給のままにしていると、後から未払い賃金を請求される可能性があります。

無給とする場合の実務上のポイントは以下のとおりです。

  • 事前に書面で本人の同意を得る(口頭のみは不可)
  • 同意書には試し出勤の目的・期間・賃金不支給の理由を明記する
  • 業務内容が「訓練・職場慣らし」の範囲を超えないよう管理する

なお、試し出勤中に傷病手当金(健康保険から支給される所得補償)を受給している従業員に対して賃金を支払うと、その分が傷病手当金から控除されるため、本人にとっても影響があります。健康保険組合や協会けんぽへの事前確認も怠らないようにしましょう。

労災保険の適用はどうなるか

試し出勤中に事故や体調不良が発生した場合、実態が「労働」と認定されれば労災保険が適用される可能性があります。会社側が「これは休業中の試み」と認識していても、労働基準監督署が実態を調査して労働と判断すれば、労災として処理されます。

問題は、会社が試し出勤を「業務外の訓練」と考えていたために、労災発生時の初期対応が遅れるケースがあることです。あらかじめ所轄の労働基準監督署に試し出勤の実施を相談・確認しておくことが、リスク管理として有効です。

安全配慮義務と記録管理――「何もしなかった」では済まされない

労働契約法第5条は、使用者(会社)が労働者の生命・身体・健康を守るために必要な配慮をする安全配慮義務を定めています。この義務は試し出勤期間中も継続して適用されます。

試し出勤中に従業員が体調悪化し、会社が適切な管理をしていなかったと認定された場合、損害賠償責任を問われる可能性があります。「様子を見ていた」「特に記録はしていなかった」という対応では、裁判等の場で不利になります。

整備すべき書類・記録の一覧

  • 試し出勤開始前:本人同意書(目的・期間・賃金不支給の確認を含む)、主治医の診断書
  • 期間中:出退勤記録、体調チェックシート(毎日または週次)、人事担当者との面談記録、産業医との連絡記録
  • 終了時:産業医による復職可否の意見書、復職辞令または休職延長通知

記録はいつ・誰が・何を確認したかを明確にする形式で保存してください。万一トラブルが生じた際に、会社が適切な安全配慮を行っていたことの証拠になります。産業医サービスを活用することで、こうした記録の作成や定期的な面談を体系的に実施しやすくなります。

実務的な制度設計の具体的なステップ

ここからは、試し出勤制度を実際に設計・運用するための具体的なステップを解説します。

ステップ1:就業規則への明記

試し出勤制度を設ける場合は、就業規則に以下の項目を明記することが最優先事項です。

  • 試し出勤の目的(復職判定のための評価期間であること)
  • 対象者の要件(休職中の従業員であること)
  • 実施期間の上限(例:最長2ヶ月、更新は1回まで等)
  • 賃金の取り扱い(無給とする場合はその根拠と同意手続き)
  • 実施場所・業務内容の範囲
  • 復職可否の判断基準と判断者(産業医等)
  • 試し出勤中の安全配慮に関する会社の責務

厚労省手引きでは試し出勤の期間の目安として「数週間から1〜2ヶ月程度」が示されています。無期限で継続することは、休職期間と試し出勤期間の境界を曖昧にするため認められません。最長期間と更新の可否を必ず明記してください。

ステップ2:三者連携の仕組みづくり

試し出勤を適切に運用するには、主治医・産業医・人事担当者の役割分担を明確にすることが重要です。

  • 主治医:日常生活や就労の可能性についての医学的判断、診断書の提出
  • 産業医:職場の業務内容・環境を踏まえた復職可否の最終判定
  • 人事担当者:就業上の配慮条件の整理、本人との定期面談、記録管理

よくある誤解として、「主治医が復職可能と言ったから復職させなければならない」と思い込んでいるケースがあります。しかし主治医は「日常生活が可能なレベル」を判断しているに過ぎず、職場の具体的な業務に耐えられるかどうかは別の問題です。職場環境を熟知している産業医が最終判断を行うという原則を社内で統一してください。

50人未満の事業場で産業医を選任していない場合は、各都道府県の地域産業保健センター(じさんぽ)を活用することができます。無料で産業医に相談できる仕組みが整っており、中小企業にとっての現実的な選択肢です。また、メンタルカウンセリング(EAP)の活用も、復職前後の心理的サポートとして有効です。

ステップ3:段階的な復職プログラムの設計

試し出勤は段階を踏んで進めることが再休職リスクの軽減につながります。以下はプログラムの一例です。

  • 第1段階(1〜2週間):出社のみ。業務は行わず、職場環境に慣れることを目的とする
  • 第2段階(2〜4週間):簡単な定型業務を短時間実施。負荷は軽く設定する
  • 第3段階(4週間〜):通常業務に近い内容でフルタイム勤務に向けた調整

各段階の移行時には産業医または産業保健スタッフとの面談を実施し、次のステップに進む判断を記録として残します。「なんとなく順調そうだから次へ」ではなく、客観的な評価に基づく移行判断が重要です。

ステップ4:終了基準の明確化

試し出勤の終了判断には以下の2パターンがあります。

  • 復職判定(問題なし)産業医の意見書を受けて復職辞令を発令する
  • 復職判定(困難):休職期間の延長、または休職期間満了による退職手続きに移行する

終了基準を就業規則に明記することで、「いつまでも試し出勤が続く」という状態を防ぎます。本人・会社双方にとって見通しが立つことが、精神的負担の軽減にもつながります。

実践ポイント――中小企業が特に注意すべき5つのこと

  • 同意書は必ず書面で取得する:口頭合意は後から「そんな説明は受けていない」とトラブルになりやすい。試し出勤の目的・期間・賃金の取り扱いを記載した同意書を作成し、本人の署名を得る
  • 復職辞令は絶対に早まらない:試し出勤中に復職辞令を発令すると、その後に「やはり復職は難しい」と判断できなくなるリスクがある
  • 業務の負荷管理を怠らない:人手不足を補うために試し出勤中の従業員に過剰な業務を担わせると、安全配慮義務違反と賃金未払いの両方の問題が生じる
  • 産業医不在の場合は代替手段を確保する:地域産業保健センターや外部の産業医サービスを活用し、医学的根拠に基づく判断を確保する
  • 再休職を前提としたプロセス設計を行う:「今度は大丈夫」と楽観視せず、再休職した場合の対応フロー(期間リセットの扱い、支援の再開など)もあらかじめ就業規則に明記しておく

まとめ

試し出勤制度は、復職判断の精度を高め、再休職リスクを下げるための有効な手段です。しかし、法律に明文化されていないがゆえに、制度の設計と運用ルールを会社自身が整備しなければなりません。

最低限おさえるべきポイントを改めて整理します。

  • 就業規則に試し出勤の目的・期間・賃金・終了基準を明記する
  • 試し出勤中は休職継続扱いとし、復職辞令は発令しない
  • 無給とする場合は事前に書面で本人の同意を得る
  • 安全配慮義務を果たすために記録を徹底する
  • 主治医ではなく産業医が最終的な復職可否を判断する
  • 段階的なプログラムを設け、各段階で医学的評価を行う

中小企業においては「制度がないまま何となく対応している」状態が最もリスクを高めます。今すぐ社内規程の整備に着手し、専門家と連携した復職支援の仕組みをつくることが、会社と従業員双方にとっての安心につながります。

Q. 試し出勤の期間はどのくらいが適切ですか?

厚生労働省の手引きでは「数週間から1〜2ヶ月程度」が目安とされています。ただし、無期限での継続は休職期間と試し出勤期間の境界を曖昧にするため避けるべきです。就業規則に最長期間(例:最大2ヶ月、更新は1回まで)を明記し、終了時期の見通しを本人・会社双方が共有できる状態にしておくことが重要です。

Q. 試し出勤中に事故が起きた場合、労災保険は適用されますか?

試し出勤中の行為が実態として「労働」と認定された場合、労災保険が適用される可能性があります。会社が「休業中の訓練」と考えていても、労働基準監督署が実態を調査して労働と判断することがあります。トラブルに備え、試し出勤を開始する前に所轄の労働基準監督署に相談・確認しておくことが望ましいです。

Q. 産業医がいない中小企業はどのように復職判定を行えばよいですか?

常時50人未満の事業場は産業医の選任義務がありませんが、復職判定には医学的な専門知識が必要です。各都道府県に設置されている地域産業保健センター(じさんぽ)では、無料で産業医への相談が可能です。また、外部の産業医サービスを契約して定期的に関与してもらう方法も、中小企業の現実的な選択肢として有効です。

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