メンタルヘルス不調による休職者の対応は、多くの中小企業にとって悩ましい課題です。「主治医から復職可能という診断書が出たが、本当に戻せるのか判断できない」「一度復職させたが再び体調を崩し、また休職に入ってしまった」という声は、人事担当者から頻繁に聞かれます。
こうした状況を改善するための仕組みとして注目されているのが、試し出勤制度です。正式な復職の前に、職場への慣らし期間を設けることで、本人・会社双方にとって安全な復職判断が可能になります。しかし、賃金の扱い・労災リスク・就業規則への記載方法など、実務上の疑問点が多く、導入に踏み切れない企業も少なくありません。
本記事では、厚生労働省のガイドラインをもとに、試し出勤制度の基本的な仕組みから設計・運用の実務ポイントまでを、中小企業の経営者・人事担当者向けにわかりやすく解説します。
試し出勤制度とは何か|法的位置づけと3種類の形態
試し出勤制度は、法律上に明確な定義がある制度ではありません。あくまでも企業が任意で設計・運用する制度であり、厚生労働省が2004年に策定(2012年改訂)した「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が実務上の指針となっています。
同手引きでは、試し出勤に関連する取り組みとして以下の3種類が紹介されています。
- 模擬出勤:職場には来ず、自宅や図書館などで一定時間、就業を想定した活動(読書・軽作業など)を行う形態
- 通勤訓練:職場付近まで実際に通勤し、そのまま帰宅する。通勤そのものへの慣れを目的とする
- 試し出勤:実際に職場に出勤し、軽易な業務や自己学習などを通じて職場環境への適応を確認する
これらはいずれも「正式な復職」ではなく、職場復帰の準備段階として位置づけられます。特に試し出勤は、本人の体調・適応力を実際の職場環境で確認できるため、復職可否の判断材料として有効です。
ただし、「任意の制度だから自由に設計できる」と考えるのは危険です。試し出勤中であっても、労働契約法第5条に基づく安全配慮義務(使用者が労働者の生命・健康を守るための配慮をする義務)は適用されます。また、業務指示をして実質的に労働させた場合には、賃金支払い義務が生じる可能性もあります。制度を導入する前に、法的リスクを十分に把握しておくことが不可欠です。
試し出勤中の賃金・傷病手当金はどう扱うか
試し出勤制度を導入しようとしたとき、多くの経営者・人事担当者が最初に疑問を持つのが「賃金を払う必要があるのか」という点です。これは制度設計において非常に重要な問題です。
賃金支払い義務が発生するかどうかの判断基準
労働基準法の考え方では、使用者の指揮命令下に置かれた時間は「労働時間」とみなされ、賃金支払い義務が生じます。つまり、試し出勤中に業務の指示を出したり、成果物の提出を求めたりすれば、それは「訓練」ではなく「労働」と判断されるリスクがあります。
一方、「職場復帰のための慣らし」として自主的に出勤し、会社は特定の業務指示を出さないという設計にすれば、賃金不払いを正当化しやすくなります。ただしこの場合も、実態として労働に近い状況になっていないか、慎重に確認する必要があります。
傷病手当金との関係
メンタルヘルス不調による休職中の従業員は、多くの場合、健康保険から傷病手当金(給与の約3分の2相当を最長1年6ヶ月受け取れる給付)を受給しています。試し出勤中も休職継続扱いとすることで、傷病手当金の受給を継続できるケースが多くあります。
ただし、傷病手当金の支給要件は「労務不能であること」です。試し出勤の内容や頻度によっては「労務可能」と判断され、支給が停止されることがあります。この点については、事前に加入している健康保険組合や協会けんぽに確認しておくことを強くお勧めします。
試し出勤中に賃金を支払う設計にする場合は、傷病手当金との調整(賃金が支払われると手当金が減額または停止される)が生じるため、従業員本人へ丁寧に説明する必要があります。
労災保険の適用と安全配慮義務|リスク管理の考え方
試し出勤の導入を躊躇する理由として、「万が一、出勤中に体調が悪化したり事故が起きたりしたとき、会社はどこまで責任を負うのか」という不安があります。この点について、正確に理解しておきましょう。
労災保険の適用範囲
使用者の指揮命令下において試し出勤中に発生した事故や体調悪化は、労災保険の対象となりえます。一方、任意参加で指揮命令がなく、実質的に「自主的な通勤練習」に近い形態であれば、労災認定が難しくなるケースもあります。
重要なのは、「労災にならなければよい」という考え方ではなく、そもそも事故や体調悪化が起きないよう予防策を講じることです。安全配慮義務は試し出勤中も当然に適用されるため、以下のような対応フローを事前に整備しておく必要があります。
- 試し出勤開始前に、本人の健康状態を確認するための面談を実施する
- 体調が悪化した場合にすぐ相談できる窓口(人事担当者・上司)を明確にする
- 無理をしないよう伝え、本人の自己申告を促す仕組みをつくる
- 急変時の対応手順(医療機関への連絡先など)をあらかじめ決めておく
試し出勤中のリスク管理に不安を感じる場合は、産業医サービスを活用することで、医学的見地からの判断サポートを受けることが可能です。特に産業医がいない中小企業にとって、外部の専門職と連携することはリスク軽減に直結します。
就業規則への明記と5ステップモデルに基づく運用フロー
試し出勤制度を安全かつ実効的に運用するためには、就業規則または復職規程への明文化が最優先課題です。規定がなければ、試し出勤がうまくいかなかった場合に「復職拒否」や「解雇」の根拠として使うことが難しくなり、トラブル時に会社が不利な立場に置かれることがあります。
就業規則・復職規程に盛り込むべき内容
- 制度の目的:職場復帰の準備・適応確認であることを明記
- 対象者:私傷病による休職者を対象とすることを明記
- 期間の上限:例として2週間〜1ヶ月程度、延長する場合の上限も設定
- 試し出勤中の身分:休職継続であることを明記
- 賃金の有無:無給とする場合はその旨を明記し、傷病手当金の扱いを説明
- 評価基準:何をもって「復職可能」と判断するかを具体的に記載
- 失敗した場合の取り扱い:試し出勤で適応困難と判断された場合の手続き
厚労省の5ステップモデルと試し出勤の位置づけ
厚生労働省の手引きでは、職場復帰支援を5つのステップで整理しています。試し出勤が中心的な役割を担うのはステップ3「職場復帰の可否判断」の段階です。
- Step1:病気休業の開始・休業中のケア(定期的な連絡・情報提供)
- Step2:主治医による復職可能の判断(診断書の提出)
- Step3:職場復帰の可否判断・試し出勤の実施(ここが核心)
- Step4:最終的な職場復帰の決定
- Step5:職場復帰後のフォローアップ・再発防止
ここで注意すべきは、主治医の診断書だけを根拠に復職を決めてはならないという点です。主治医は日常生活の場での回復状況を診るため、「復職可能」という診断書が出ていても、実際の業務遂行や職場環境への適応が十分でないケースがあります。試し出勤を通じた職場での観察結果や、産業医の意見書を加味した会社としての総合判断が不可欠です。
小規模企業でも実践できる試し出勤の具体的な設計例
産業医や保健師が常駐していない中小企業でも、一定の手順を踏めば試し出勤制度を運用することは可能です。以下に、実務で参考になる設計例を示します。
期間・出勤形態の設計
- 期間:2週間〜1ヶ月程度を標準とし、状況に応じて延長(上限を設ける)
- 出勤時間:最初は短時間(例:午前中のみ)から始め、段階的にフルタイムへ移行
- 業務内容:本来の業務ではなく、軽易な補助作業・読書・社内資料の整理・自己学習など
- 業務指示は最小限にとどめ、「職場環境への慣らし」の範囲を超えないよう注意する
評価・面談の仕組み
- 週1回の面談:人事担当者または直属上司が本人と定期的に面談し、体調・状況を確認
- 評価項目の例:定時・定日に出勤できているか、集中力が持続しているか、コミュニケーションに問題はないか、自己申告による体調報告
- 記録の保管:面談内容・出勤状況を書面で記録し、復職判断の根拠として残す
産業医がいない場合の対応
産業医が選任されていない従業員数50人未満の企業では、外部の産業保健サービスや各都道府県の産業保健総合支援センター(無料相談が可能)を活用することが有効です。また、主治医との連携を密にし、情報共有の同意を本人から得たうえで情報交換する方法も現実的な選択肢です。
復職支援の専門的なサポートが必要な場合は、メンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、復職前後の心理的支援を外部の専門家に任せることができます。再休職を防ぐためにも、復職後のフォローアップ体制を整えることは非常に重要です。
試し出勤制度を成功させるための実践ポイント
制度を形だけ整えても、運用が伴わなければ再休職・退職というリスクは減りません。以下の実践ポイントを押さえることで、制度の実効性を高めることができます。
- 本人・家族・主治医・会社の認識をそろえる:「復職できる状態」の基準について、関係者間で事前に合意しておく。認識のずれがトラブルの最大の原因になる
- 試し出勤を「テスト」ではなく「支援」として運用する:本人に過度なプレッシャーを与えると体調悪化につながる。「うまくいかなくても問題ない、状況を一緒に確認する期間だ」という雰囲気づくりが大切
- 試し出勤の失敗を復職拒否・解雇の根拠にする場合は就業規則の記載が必須:規定なしに「試し出勤がうまくいかなかったから復職させない」という判断は、法的リスクを伴う
- 試し出勤を拒否した従業員への対応:試し出勤はあくまでも任意の制度であるため、強制はできない。ただし、「試し出勤をしなければ復職の可否を判断できない」という合理的な理由がある場合は、その旨を丁寧に説明したうえで、休職期間満了の取り扱いについて就業規則の規定に沿って対応する
- 復職後のフォローアップを忘れない:試し出勤を経て正式復職した後も、最低3〜6ヶ月は定期的な面談と業務量の調整を継続する
まとめ
試し出勤制度は、メンタルヘルス不調による休職者の安全な復職を支援するうえで、非常に有効な仕組みです。しかし、法的な位置づけが曖昧なまま運用すると、賃金トラブル・労災リスク・解雇無効の主張など、さまざまな問題につながる可能性があります。
制度の導入にあたっては、就業規則への明文化・賃金と傷病手当金の整理・安全配慮義務への対応・復職判断基準の明確化という4つの柱を整えることが最優先です。産業医がいない中小企業でも、外部の専門サービスや公的支援機関を活用することで、一定の安全・公正な制度運用が可能になります。
再休職・退職の連鎖を断ち切るためにも、今一度、自社の復職支援プロセスを見直してみてください。
よくある質問(FAQ)
試し出勤制度は就業規則に必ず書かなければなりませんか?
法律上の義務ではありませんが、規定がない状態で運用すると、試し出勤がうまくいかなかった場合の対応(復職拒否・休職期間満了など)について法的根拠が弱くなるリスクがあります。トラブル防止の観点から、就業規則または復職規程への明記を強くお勧めします。制度の目的・対象者・期間・評価基準・賃金の有無・失敗時の取り扱いを記載しておくことが理想的です。
試し出勤中に賃金を払わなくても問題ありませんか?
「職場復帰のための準備・慣らし」として位置づけ、会社が具体的な業務指示を出さない形であれば、無給とすることは一般的に許容されると考えられています。ただし、実態として業務をさせた場合には賃金支払い義務が生じる可能性があります。また、試し出勤中も休職継続扱いとすることで傷病手当金の受給を継続できるケースがありますが、事前に加入の健康保険組合や協会けんぽに確認することを推奨します。
産業医がいない中小企業では、誰が復職可否を判断すればよいですか?
産業医が選任されていない場合は、主治医の診断書・試し出勤中の観察記録・本人との面談内容をもとに、会社(人事担当者・経営者)が総合的に判断することになります。判断に不安がある場合は、各都道府県の産業保健総合支援センターへの無料相談や、外部の産業医サービスの利用を検討してください。主治医だけの判断に依存せず、職場での適応状況を加味した判断プロセスを持つことが重要です。
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