ある朝、総務担当者の元に一通の封筒が届きました。開封すると、従業員の主治医が発行した「休養を要する」と記載された診断書が入っていた——そうした経験をお持ちの経営者・人事担当者は少なくないはずです。
突然の診断書に、「まず何をすればいい?」「とりあえず休ませておけばいい?」と判断に迷い、対応が後手に回ってしまうケースが中小企業では特に多く見られます。しかし、この初動対応の質が、後の労務トラブル・職場復帰の成否・従業員との信頼関係に大きく影響します。
本記事では、休職診断書を受け取った会社がその日から取るべき初動対応を、法的な根拠とともに、実務に即した手順でわかりやすく解説します。専任の人事担当者がいない中小企業でも、この記事を一つの指針として活用いただければ幸いです。
休職診断書を受け取ったときに多くの会社が陥る「危険な思い込み」
初動対応を誤る原因の多くは、誤った思い込みから生じています。代表的なものを以下に挙げます。
- 「診断書が来たら、とにかく休ませておけばいい」:放置は安全配慮義務(労働契約法第5条)違反になりうる
- 「病気のことは本人に任せればいい」:傷病手当金の申請には会社側の証明が必要
- 「休職制度は法律で決まっている」:休職制度は法律上の義務ではなく、就業規則による任意制度
- 「診断書に書いてある通りに対応すればいい」:記載内容が曖昧な場合も多く、確認・判断が必要
こうした思い込みを持ったまま対応すると、後日「解雇無効」や「会社の安全配慮義務違反」を問われる紛争に発展するリスクがあります。診断書を受け取った当日から、正確な知識に基づいた行動が求められます。
STEP1:診断書の内容を正確に確認する(受領当日)
最初に行うべきは、診断書の内容を落ち着いて読み解くことです。診断書にはいくつかの重要な記載項目があり、それぞれが後の手続きに影響します。
確認すべき4つの記載事項
- 傷病名:「うつ病」「適応障害」「腰椎椎間板ヘルニア」など。業務起因性があるかどうかを判断する最初の材料になります
- 休養期間:「1ヶ月間の休養を要する」などの記載。ただし目安であり、延長されることが多い
- 就労の可否:「就労不可」「自宅療養を要する」「軽作業なら可」など。表現によって対応が変わる
- 発行情報:医療機関名・担当医師名・発行日。後日問い合わせが必要になる場合の連絡先として保管
診断書の記載内容が曖昧だったり、「休養が必要」という表現のみで期間が明示されていない場合もあります。このような場合は、本人の同意を得た上で、主治医への問い合わせや追加書類の提出を求めることが可能です。ただし、本人の同意なく医療機関に直接連絡することは個人情報保護の観点からトラブルになりうるため、必ず事前に本人の承諾を得てください。
受け取った診断書はコピーを作成し、原本は鍵付きキャビネットや施錠できる保管スペースに厳重に保管します。病名・診断内容は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」(センシティブ情報のこと)に該当するため、アクセスできる人物を限定し、他の従業員や上司に無断で共有することは原則として禁止されています。
STEP2:業務起因性の初期確認を速やかに行う(受領後、できる限り早く)
診断書の内容を把握したら、次に「その傷病は業務と関係しているか」を確認します。これは単なる手続き上の確認ではなく、労災保険の適用可否・会社の安全配慮義務違反リスクを早期に把握するために不可欠なステップです。
なぜ業務起因性の確認が重要なのか
身体疾患であれメンタルヘルス不調であれ、その原因が業務にある場合(業務上疾病)は、健康保険の傷病手当金ではなく労災保険が適用対象となります。会社が「業務外の病気だ」と安易に判断して労災申請を怠ると、後日従業員や家族から「なぜ労災申請しなかったのか」と問われ、法的紛争に発展するケースがあります。
特にメンタルヘルス不調(うつ病・適応障害など)の場合は、長時間労働やハラスメントが発症の引き金になっている可能性があります。以下の点を速やかに確認・保全してください。
- 直近6ヶ月の時間外労働の記録(36協定の範囲内であったか)
- 勤怠記録・出退勤データ
- ハラスメントに関する相談履歴(社内相談窓口・上司への申告等)
- 業務量・担当業務の変更履歴
これらの記録は、後から紛争になった場合の証拠資料にもなります。対象従業員の上司や同僚から、状況について任意でヒアリングすることも有効です。ただし、ヒアリング内容が本人に伝わってプレッシャーになることがないよう、慎重に進める必要があります。
業務起因性が疑われると判断した場合は、労働基準監督署に相談した上で労災申請の検討を進めてください。会社が労災申請を意図的に妨げることは、労働基準法違反となります。
STEP3:本人への初期連絡を丁寧に行う(受領後1〜2営業日以内)
診断書を受け取ったら、できるだけ早く本人に連絡を取ります。「自分の診断書がどう扱われているのか」がわからない状態は、療養中の従業員にとって大きな不安になります。一方で、過度な連絡や詮索はかえって回復を妨げるため、連絡の内容・方法・頻度には細心の注意が必要です。
初期連絡で伝えるべき内容
- 診断書を受領した旨の確認と、体調を案じる一言
- 休職の手続き・期間について(就業規則に基づく説明)
- 傷病手当金など利用できる制度の案内
- 会社に提出が必要な書類や手続きの案内
- 休職中の連絡窓口(担当者名・連絡先)と連絡頻度の確認
初期連絡で絶対にやってはいけないこと
- 「いつ復帰できますか?」を繰り返し聞く:プレッシャーを与え、症状を悪化させるリスクがある
- 業務の引き継ぎを強く求める:体調によっては業務対応が困難な状態であることを理解する
- 「なぜこうなったのか」を問い詰める:休職の原因について詮索することはハラスメントになりうる
- 病状の詳細を根掘り葉掘り聞く:要配慮個人情報の不当な収集となる
連絡方法は、相手の体調に合わせてメールと電話を使い分けます。メンタルヘルス不調の場合は電話での会話そのものが負担になることもあるため、「返信不要・体調が良いときに確認してください」という一文を添えた文書やメールが適切な場合もあります。
STEP4:給与・社会保険・傷病手当金の手続きを整理する
休職に入ると、給与・社会保険料・傷病手当金に関する手続きが発生します。中小企業ではここで対応が止まってしまうケースが多く、従業員が「手当が受け取れない」と後から不満を訴えるトラブルも起きています。
休職中の給与について
休職中の賃金(給与)については、法律上の支払い義務はなく、就業規則の定めによります。多くの企業では「休職中は無給」としていますが、就業規則に「○ヶ月間は給与の△割を支給する」などと定めている場合はその規定に従います。まず自社の就業規則を確認してください。
社会保険料の取り扱い
休職中であっても社会保険(健康保険・厚生年金)の資格は継続するため、原則として本人負担分の社会保険料は引き続き発生します。給与から控除できない場合は、本人に毎月直接支払ってもらう旨を事前に伝え、支払い方法について合意しておくことが重要です。なお、会社負担分(事業主負担分)も引き続き会社が負担します。詳細な取り扱いについては、社会保険労務士または年金事務所に確認することをお勧めします。
傷病手当金の案内と手続き支援
業務外の傷病により休職する場合、健康保険の被保険者(社会保険加入者)は傷病手当金を受け取れる可能性があります。この制度の主なポイントは以下の通りです。
- 待機期間:連続3日間の欠勤(待機)後、4日目から支給対象となる
- 支給額:標準報酬日額(過去の給与を元に算定)のおよそ3分の2
- 支給期間:同一の傷病について、支給開始日から通算1年6ヶ月(2022年1月以降の支給開始分より通算制に変更)
- 申請手続き:本人が申請を行うが、申請書に会社(事業主)の証明記載が必要
申請書類は全国健康保険協会(協会けんぽ)や加入している健康保険組合から入手できます。会社側の役割は、申請書の「事業主記入欄」に休業日・賃金支払いの有無などを正確に記載して押印することです。手続きがわからない従業員に対しては、担当者が丁寧にサポートすることが安全配慮義務の観点からも望ましい対応です。
なお、業務上または通勤途上の災害が原因の場合は労災保険が適用され、傷病手当金とは制度が異なります。重複申請はできないため、業務起因性の確認(STEP2)が重要になります。
休職者の給与・手続き対応に不安がある場合や、メンタルヘルス対応の体制を強化したい場合は、産業医サービスの活用が効果的です。産業医は従業員の健康管理だけでなく、会社と主治医の間を繋ぐ橋渡し役として、適切な休職・復職の判断を支援します。
STEP5:就業規則の確認と休職命令の発令
診断書の確認・初期連絡・手続き案内が完了したら、正式に休職に関する社内手続きを進めます。ここで重要なのは、自社の就業規則に休職規定が存在するかどうかの確認です。
就業規則に休職規定がある場合
就業規則の定めに従い、休職期間・条件・満了後の扱い(退職・解雇)を本人に書面で通知します。口頭だけの説明は後のトラブルの原因になるため、必ず書面(休職命令書または休職通知書)を発行してください。
就業規則に休職規定がない場合
休職制度は法律上の義務ではありませんが、就業規則に定めがない場合でも、判例上は解雇回避義務の観点から、いきなり解雇することは違法と判断されるリスクがあります。休職規定がない場合は、個別の合意書を取り交わすか、就業規則を早急に整備することを検討してください。
また、休職期間満了後に「退職扱い」または「解雇」とする場合も、合理的な理由が必要であり、手続きを誤ると「解雇権の濫用」(労働契約法第16条)として無効とされるリスクがあります。判断に迷う場合は、早めに社会保険労務士や弁護士に相談することを強くお勧めします。
実践ポイント:チェックリストで抜け漏れをなくす
初動対応の抜け漏れを防ぐために、以下のチェックリストを活用してください。
- 【当日】診断書の傷病名・休養期間・就労可否・発行情報を確認したか
- 【当日】診断書のコピーを取り、原本を鍵付き場所に保管したか
- 【当日〜翌日】業務起因性の可能性を検討し、関連記録を保全したか
- 【1〜2営業日以内】本人への初期連絡を適切な方法・内容で行ったか
- 【速やかに】傷病手当金の手続きについて本人に案内したか
- 【速やかに】就業規則の休職規定を確認し、休職命令書を発行したか
- 【速やかに】休職中の社会保険料の支払い方法について本人と合意したか
- 【継続】休職中の連絡頻度・窓口担当者を定め、本人と合意したか
- 【継続】他の従業員への情報開示範囲を「体調不良による休養」などと最小限に留めているか
メンタルヘルス不調を抱える従業員が増えている昨今、社内でのサポート体制に限界を感じる場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も選択肢の一つです。EAP(従業員支援プログラム)は、従業員が専門のカウンセラーに相談できる仕組みであり、休職前の早期発見・早期対応にも効果を発揮します。
まとめ
休職診断書を受け取ったとき、会社に求められるのは「放置しないこと」「焦らないこと」「正確な知識に基づいて行動すること」の三つです。
初動対応の要点を改めて整理すると、診断書の内容確認・業務起因性の確認・本人への丁寧な初期連絡・給与と傷病手当金の手続き支援・就業規則に基づく正式な休職手続きの順に、一つずつ着実に進めることが重要です。この一連の対応を適切に行うことが、従業員の早期回復を支え、会社の法的リスクを最小化し、信頼関係を守ることにつながります。
専任の人事担当者がいない中小企業では、対応のたびに判断に迷う場面も多いでしょう。産業医・社会保険労務士・EAPといった外部の専門家を早めに活用し、一人で抱え込まない体制を整えることが、長期的な職場環境の健全化への第一歩です。
よくある質問
診断書が届いた日に本人と連絡がとれない場合、どうすればいいですか?
体調が悪く電話に出られない状態である可能性が高いため、無理に連絡を取ろうとする必要はありません。まずはメールや文書(郵送)で「診断書を受領した旨」と「返信不要・体調が落ち着いたら連絡ください」という内容を送ることが適切です。緊急連絡先として事前に登録されている家族への連絡は、本人の同意がある場合に限り行ってください。
休職制度を就業規則に定めていない場合、診断書が来ても休職させなくていいですか?
就業規則に休職規定がない場合でも、従業員をそのまま解雇することは「解雇権の濫用」(労働契約法第16条)として無効とされるリスクがあります。判例上、会社は解雇回避のための手段として休職機会を与えることが求められる場合があります。休職規定がない場合は、個別の合意書を結ぶか、早急に就業規則を整備することをお勧めします。具体的な対応は社会保険労務士または弁護士にご相談ください。
メンタルヘルス不調と身体疾患では、初動対応に違いがありますか?
基本的な手順は共通していますが、メンタルヘルス不調の場合は特に注意が必要な点があります。第一に、長時間労働やハラスメントによる業務起因性の可能性が高いため、勤怠記録の保全や労災申請の検討が重要です。第二に、本人への連絡時に「なぜ?」「いつ戻れる?」といった言葉がプレッシャーになりやすく、症状の悪化を招くリスクがあります。産業医や専門家と連携しながら慎重に対応することが求められます。
休職・復職支援の体制強化には、INTERMINDのEAPをご活用ください。復職プログラムの設計から職場復帰後のフォローまで専門家がサポートします。









