「うちの会社は小さいから顔見知りばかりで、そういう問題は起きないはず」——そう思っている経営者・人事担当者は少なくありません。しかし実際には、職場の規模が小さいほど人間関係が密になりやすく、問題が表面化しにくい構造があります。被害者が「言ったら職場にいられなくなる」と感じて沈黙している可能性は、大企業より中小企業のほうが高いとも言えます。
また、セクシャルハラスメント(セクハラ)対策は「大企業がやるもの」という誤解も根強くあります。しかし男女雇用機会均等法(以下、均等法)は企業規模を問わず、すべての事業主に対してセクハラ防止措置を義務づけています。対策を怠った場合、行政指導を受けるだけでなく、被害者から損害賠償を請求されるリスクも生じます。
本記事では、専任の人事担当者がいない中小企業でも実践できるセクハラ対策の進め方を、法律の要点から具体的な対応フローまで体系的に解説します。「何から手をつければよいかわからない」という方は、ぜひ最後までお読みください。
まず知っておきたい法律の基本——均等法が求めること
セクハラ対策の出発点として、法律が事業主に何を求めているかを正確に理解しておく必要があります。
均等法第11条は、職場におけるセクハラを防止するために事業主が「雇用管理上必要な措置を講じること」を義務としています。この義務に関して厚生労働大臣が定める指針(令和2年改正)では、事業主が講ずべき措置として次の内容が示されています。
- セクハラを許さないという事業主の方針の明確化・周知・啓発
- 相談・苦情に応じ、適切に対応するための体制整備
- 被害者へのケアおよび再発防止措置
- プライバシーの保護と、相談・被害申告を理由とした不利益取扱いの禁止
ここで重要なのは「職場」と「労働者」の範囲です。「職場」には就業場所だけでなく、取引先への訪問先、出張先、さらには社員の懇親会の場も含まれます。また「労働者」の対象は正社員だけでなく、パートタイマー・アルバイト・派遣労働者も含まれます。「うちは非正規が多いから関係ない」という理解は誤りです。
令和2年改正では、セクハラ被害者への不利益取扱いの禁止がより明確化されたほか、自社の労働者が他社でセクハラを行った場合も措置義務の対象になる点が追加されました。取引先から「御社の社員に問題がある」と申し出があった際は、自社の問題として対応することが求められます。
なお、2022年4月からは中小企業にもパワハラ防止措置が義務化されており、セクハラ・パワハラ・マタハラ(妊娠・出産等に関するハラスメント)は一体的に対策を進めることが推奨されています。これら三つをまとめて「ハラスメント防止対策」として整備することで、効率よく体制を構築できます。
中小企業に多い誤解——「悪意がなければ大丈夫」は通じない
対策を進める前に、よくある誤解を整理しておきます。これらの誤解が放置されると、問題が深刻化するまで気づけなくなります。
誤解①「悪意がなければセクハラにならない」
セクハラの判断基準は、行為者の意図ではなく被害者が不快と感じたかどうかです。「冗談のつもりだった」「親しみを込めた発言だった」という言い訳は法的に通用しません。管理職や経営者が「そんなつもりじゃなかった」と感じていても、受け取った側が苦痛を覚えていれば問題となります。
誤解②「異性間の問題だけがセクハラ」
同性間の性的言動も、性的マイノリティ(LGBTQなど)への不当な言動もセクハラの対象になります。たとえば、同性の同僚に対して性的な冗談を繰り返す行為、または性的指向・性自認について本人の意思に反して暴露する行為(いわゆる「アウティング」)は、均等法の趣旨に照らして許容されません。
誤解③「小さい会社だから問題は表に出やすい」
むしろ逆です。小規模な職場では人間関係が濃密なため、被害者が「言ったら居場所がなくなる」と恐れて黙っているケースが多い傾向があります。また、加害者が経営者や上司の場合、指摘できる立場の人間が社内にいないという構造的な問題もあります。
誤解④「経営者は加害者にならない」
残念ながら、中小企業でのセクハラ事案では経営者や上位管理職が加害者になるケースが少なくありません。立場の強さゆえに周囲が指摘できず、問題が潜在化しやすいのです。経営者自身が「自分も対象になりうる」という認識を持つことが対策の前提です。
予防のための「三つの柱」——方針・規程・研修を整備する
セクハラ対策の予防面では、次の三つを優先して整備することが基本です。
①トップによる方針の明確化と発信
経営者自らが「セクハラは絶対に許さない」という姿勢を明確に示すことが、対策の効果を左右する最大の要因です。社内メール・朝礼・社内報など、自社のコミュニケーションの場を活用して経営者が直接メッセージを発信してください。「うちはそういう会社だ」という文化をトップが作ることで、従業員の行動規範が変わります。
②就業規則への明記と周知
方針を文書化し、就業規則にセクハラの禁止行為と懲戒処分の内容を明確に規定することが必要です。規定がなければ、問題が発生した際に処分の根拠が曖昧になります。少なくとも次の内容を盛り込むことを検討してください。
- セクハラの定義(対価型・環境型の両方)
- 禁止行為の具体例
- 違反した場合の懲戒処分の基準(口頭注意から懲戒解雇まで段階的に)
- 相談窓口の設置と不利益取扱いの禁止
規定を作成・改定したら、全従業員への周知が義務です。配布・掲示・説明会など、「知らなかった」が生じない方法で共有してください。
③定期的な研修の実施
研修は一度実施すれば終わりではなく、定期的(少なくとも年1回程度)に継続することが重要です。内容は対象者によって分けることが効果的です。
- 全従業員向け:セクハラの定義と具体例、被害に遭った場合の相談先、傍観者として取るべき行動(誰かが被害を受けていたときにどう動くか)
- 管理職向け:部下からの相談対応方法、二次被害(相談した被害者をさらに傷つける言動)の防止、部署内の環境管理責任
外部の社会保険労務士や専門機関に依頼する方法もありますが、厚生労働省のe-learningや動画教材を活用することで、コストを抑えながら実施することも可能です。
相談窓口の設置——リソースが少なくても実現できる方法
相談窓口の整備は法令上の義務ですが、「社内に適切な担当者がいない」「外部窓口はコストがかかる」と悩む中小企業は多くあります。ここでは現実的な設置方法を紹介します。
社内窓口の設置
社内に相談担当者を指定する場合、性別や立場の異なる複数の担当者を置くことが理想です。たとえば男性管理職1名と女性のベテラン社員1名など、被害者が相談しやすい選択肢を用意します。経営者が唯一の窓口になると、「経営者が加害者の場合」や「経営者と親しい人物が加害者の場合」に相談できない状況が生まれるため、注意が必要です。
外部窓口の活用
小規模企業では社内だけで完結させようとせず、外部の相談窓口を組み合わせることで実効性が高まります。主な選択肢は次のとおりです。
- 都道府県労働局の雇用環境・均等部(室):無料で相談でき、労使間の調停制度も利用できます
- 社会保険労務士・弁護士:規程の整備から問題発生時の対応まで幅広くサポートを受けられます
- EAP(従業員支援プログラム):外部の相談機関に従業員が直接アクセスできる仕組みで、月額数千円程度から導入できるサービスもあります
重要なのは、「相談しても不利益を受けない」ことを就業規則や社内規程に明記し、全従業員に周知することです。窓口を作っても「相談したら何をされるかわからない」という不安があれば、誰も使いません。
問題が発生したときの対応フロー——初動が最重要
万が一、社内でセクハラ問題が発生した場合、初動の対応が被害者の回復と組織の信頼回復の両方に大きく影響します。以下のステップを参考に、あらかじめ対応の流れを整理しておいてください。
ステップ1:相談の受付と記録
相談を受けた際は、まず被害者の話を丁寧に聴くことを最優先にします。この段階で「本当にそんなことがあったの?」「あなたにも問題があったのでは?」といった発言は絶対に避けてください。これが二次被害(相談者を傷つける言動)となり、法的問題に発展するリスクがあります。
相談内容は、日時・場所・発言や行為の内容・被害者の状況を詳細に記録します。可能な限り被害者の言葉そのままで記録することが、後の事実確認の際に重要になります。
ステップ2:事実確認
相談内容を踏まえ、被害者・行為者・目撃者(第三者)から個別に事情を聴取します。被害者と行為者を同席させることは、被害者への圧力になるため厳禁です。聴取の内容もすべて記録に残してください。
ステップ3:プライバシーの保護
調査に関わる情報は、必要最小限の関係者のみが知る状態を厳守します。「噂になっている」「誰々が調査されている」といった情報が広まると、被害者が特定されたり、プライバシーが侵害されたりします。関係者には守秘義務を明確に伝えてください。
ステップ4:被害者へのケアと就業環境の配慮
事実確認と並行して、被害者の就業環境の改善を優先的に検討します。配置転換・就業時間の変更・テレワークの活用など、被害者の意向を最大限尊重した対応を取ることが求められます。「加害者ではなく被害者が職場を変わらなければならないのか」と不満を持たれないよう、配慮の順序を誤らないことが大切です。
ステップ5:行為者への処分
事実が確認された場合は、就業規則の懲戒規定に基づいて厳正に対応します。処分の重さは事案の内容・頻度・被害の程度に応じて判断しますが、「身内に甘い」という対応は職場全体の信頼を失います。感情論ではなく、規定と事実に基づいた公正な判断が求められます。
ステップ6:再発防止と継続的なフォローアップ
処分だけで終わらせず、同様の問題が起きないための組織的な対策を講じることが義務です。研修の実施・規程の見直し・職場環境の点検などを行い、被害者の状況を継続的に確認してください。「その後どうですか?」という一声が、被害者にとって大きな安心につながります。
実践ポイント——今日から始められる具体的な行動
最後に、中小企業が今すぐ取り組める実践的なポイントをまとめます。完璧な体制を一度に整えようとする必要はありません。できることから一つずつ進めることが、継続できる対策につながります。
- 経営者が言葉で発信する:次の全体会議や朝礼で「セクハラは絶対に許さない」と直接伝えることから始めましょう
- 就業規則を確認・改定する:セクハラ禁止の規定と懲戒処分の基準が明記されているかを確認し、不足があれば社会保険労務士に相談してください
- 相談窓口を少なくとも一つ設ける:社内担当者の指定が難しければ、外部(社労士・EAPなど)への委託から始めることも有効です
- 匿名アンケートを実施する:年に1回、職場環境に関する匿名アンケートを実施することで、潜在的な問題を把握できます
- 対応フローを文書化しておく:問題が発生した際に慌てないよう、誰が何をするかを事前に整理・記録しておきましょう
- 取引先・顧客からのハラスメントへの対応方針を決める:「お客様だから我慢する」という文化は従業員を傷つけます。外部からのハラスメントも会社として対応する姿勢を示してください
まとめ
セクハラ対策は、法令を守るためだけのものではありません。従業員が安心して働ける環境を作ることは、離職防止・採用力向上・生産性の維持に直接つながる経営課題です。「うちは大丈夫」という思い込みを手放し、実態を正面から見つめることが最初の一歩です。
専任の人事担当者がいない中小企業でも、取り組みの優先順位を明確にすれば着実に体制を整えることができます。まずは経営者自身のコミットメントの表明と、就業規則の確認・整備から着手してみてください。困ったときは、都道府県の労働局や社会保険労務士など、外部の専門家を積極的に活用することを勧めます。
セクハラのない職場は、誰かが「つくるもの」ではなく、経営者と従業員が一緒に「守り続けるもの」です。小さな会社だからこそ、一人ひとりの取り組みが職場の文化を変える力を持っています。
よくある質問
Q1: 小規模企業でもセクハラ対策は本当に必要ですか?
はい、企業規模を問わずすべての事業主に義務づけられています。むしろ小規模企業では人間関係が密になるため、被害者が声を上げにくく問題が表面化しにくい傾向があります。対策を怠ると行政指導や損害賠償請求のリスクが生じます。
Q2: 冗談のつもりだった発言がセクハラになることはありますか?
はい、行為者の意図ではなく被害者が不快と感じたかどうかが判断基準です。「冗談のつもりだった」という理由は法的に通用しません。受け取った側が苦痛を覚えていれば問題となります。
Q3: セクハラは異性間だけが対象ですか?
いいえ、同性間の性的言動や性的マイノリティへの不当な言動もセクハラに含まれます。性的指向・性自認についての無断暴露(アウティング)なども均等法により許容されません。
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