「カウンセリング制度を導入したのに、誰も使っていない」——そう頭を抱える経営者や人事担当者は少なくありません。費用をかけて外部のEAP(Employee Assistance Program=従業員支援プログラム)を契約したり、社内に相談窓口を設けたりしたにもかかわらず、年間の利用件数がひと桁という企業は珍しくない現状があります。
制度が使われないことは、単なる費用対効果の問題ではありません。労働契約法第5条が定める安全配慮義務(使用者が労働者の生命・身体・精神の安全に配慮しなければならない義務)の観点からも、整備された制度が実際に機能していなければ、義務を果たしているとは言いがたい側面があります。また、メンタルヘルス不調による休職・離職は、中小企業にとって特に深刻な経営リスクとなります。
本記事では、カウンセリング制度の利用率が上がらない根本的な原因を整理したうえで、中小企業でも実践できる具体的な社内周知の方法を解説します。
なぜカウンセリングは使われないのか——利用率低迷の本当の原因
利用率が低い原因を「従業員が元気だから」と楽観的に解釈するのは危険です。多くの場合、利用されない背景には複数の阻害要因が重なっています。
原因① スティグマ(偏見)の壁
「カウンセリングは精神的に弱い人や、深刻な問題を抱えた人が使うもの」という根強い誤解が、多くの職場に存在します。利用することで「自分がおかしい人だと思われるのではないか」という恐れが、受診行動を妨げます。これはメンタルヘルスに対するスティグマ(社会的な偏見・烙印)と呼ばれる現象であり、日本の職場文化においては特に根深い課題です。
原因② 秘密保持への不安
「カウンセリングを利用したことが上司や人事部に伝わるのではないか」という懸念は、利用を躊躇させる最大の要因の一つです。個人情報保護法の観点からも、カウンセリングの利用情報は要配慮個人情報に準じた慎重な取り扱いが求められますが、そのルールが従業員に伝わっていなければ不安は解消されません。
原因③ 制度の存在・使い方が知られていない
導入時に一度メールで通知しただけ、という企業は非常に多くあります。しかし、人間は一度見た情報を長期的に記憶し続けるわけではありません。特に仕事の悩みが生じる前に受け取った情報は、いざ必要になったときには忘れてしまっていることがほとんどです。「知っているはず」と「使える状態になっている」は全く異なります。
原因④ アクセス方法の複雑さ
予約の手順が複数のステップに分かれていたり、どこに電話すればいいのか分からなかったり、費用や利用可能回数が明示されていなかったりすると、それだけで利用への意欲は大きく削がれます。心身が疲弊しているときに複雑な手続きをこなすことは、健常時以上に困難に感じられます。
法律・指針が示す「周知の必要性」
カウンセリング制度の周知は、単なる福利厚生のPR活動ではありません。法律・行政指針の観点からも、その必要性は明確に示されています。
労働安全衛生法では、従業員50人以上の事業場に対してストレスチェック制度の実施が義務付けられています(2015年施行)。さらに、ストレスチェックの結果として高ストレス者と判定された従業員に対しては、医師による面接指導を勧奨する義務があります。この「勧奨」の場面こそ、カウンセリング制度を案内する絶好のタイミングです。
また、厚生労働省が策定した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(メンタルヘルス指針)は、職場のメンタルヘルスケアを以下の4つのレベルで推進することを求めています。
- セルフケア:従業員自身がストレスに気づき、対処する
- ラインによるケア:管理職が部下の状態を把握し、支援する
- 事業場内産業保健スタッフ等によるケア:産業医・保健師などが関与する
- 事業場外資源によるケア:外部のEAPやカウンセラーを活用する
カウンセリング制度の周知は「セルフケアの促進」に直結するとともに、管理職が部下に制度を案内することは「ラインによるケア」の実践でもあります。つまり、利用率向上のための周知活動は、この4つのケアを機能させるための基盤となるものです。
なお、50人未満の事業場でも、各都道府県に設置されている産業保健総合支援センター(さんぽセンター)が無料でメンタルヘルス対策の支援を行っています。専任の人事担当者を置けない中小企業こそ、こうした外部資源を積極的に活用することをお勧めします。
フレーミングを変える——言葉と位置づけの見直し
利用率を上げるうえで、最初に取り組むべきことの一つが「制度の見せ方(フレーミング)」の見直しです。同じ制度であっても、どのように言語化し、どう位置づけるかによって、従業員の受け取り方は大きく変わります。
名称・説明文の言い換え
「メンタルヘルス相談窓口」という名称は、精神的な不調を連想させ、スティグマを強める可能性があります。たとえば以下のような言い換えを検討してください。
- 「仕事の悩み・ストレス 何でも相談窓口」
- 「働くコンディション相談サービス」
- 「キャリア・生活・職場の困りごと相談」
重要なのは、「深刻な問題がある人だけが使う制度」ではなく、「誰でも使えるセルフケアのツール」として提示することです。「少し疲れてきたかな」「職場の人間関係がモヤモヤする」「仕事の量が多くて整理がつかない」といった、日常的な悩みの段階から活用できることを強調してください。
予防的利用を前面に出す
「問題が起きてから使う制度」ではなく、「問題が深刻になる前に使う予防的な制度」であることを明示することで、利用のハードルは下がります。定期的な健康診断を受けるのと同じ感覚で、カウンセリングを「心のメンテナンス」として位置づけることも効果的です。
多チャンネル・繰り返しの周知が利用率を変える
制度の内容とフレーミングが整ったら、次は「いかに繰り返し、多くの接点で伝えるか」が勝負になります。一度の通知で浸透すると思わないことが、周知活動の大原則です。
タイミングを逃さない案内
特に効果的なタイミングは次のとおりです。
- 入社時オリエンテーション:入社直後に「この会社にはこういう制度がある」と伝えることで、後々の利用につながる記憶の下地が作られます
- ストレスチェック結果の通知時:自分のストレス状態を確認した直後は、支援制度への関心が最も高まる瞬間です。このタイミングに合わせた案内は特に効果的です
- 年度替わり・人事異動の時期:環境変化によるストレスが高まりやすい時期に合わせた案内を実施します
- 繁忙期の前後:業務負荷が集中するタイミングの前後に、サポート制度の存在を改めて伝えます
目にふれる場所・媒体の多様化
社内ポータルやイントラネットへの常時掲載に加えて、以下の媒体・場所を組み合わせることを検討してください。
- 休憩室・トイレ・ロッカールームへのポスター掲示(目線の高さに合わせた位置が重要)
- QRコードや電話番号を記載した名刺サイズのカードの配布(財布やスマートフォンケースに入れておける)
- 給与明細の封入物や社内報への定期掲載
- 社内メールマガジンへの月1回程度の掲載
デジタルとアナログを組み合わせ、できるだけ多くの接点を作ることが、「いざというときに思い出してもらえる」状態を維持するために有効です。
管理職の関与と秘密保持の明文化——信頼構築の2本柱
経営トップ・管理職からの発信
カウンセリング利用を促す最も強力なメッセージは、経営トップからの発信です。「会社として、この制度を積極的に使ってほしい」というトップメッセージが出ることで、「使っても大丈夫な組織なのだ」という心理的安全性が生まれます。
管理職についても、部下への案内が自然にできるよう、研修や勉強会で実際のスクリプト(声かけの台本)を練習する機会を設けることが効果的です。たとえば、1on1面談の場で「最近少し忙しそうだけど、こういう相談窓口もあるから、気軽に使ってみてね」と一言添えるだけで、従業員の受け取り方は大きく変わります。
また、管理職自身が「自分も使ったことがある」と話せる文化があると、利用のハードルはさらに下がります。トップや管理職が率先して制度の存在を肯定することで、スティグマの払拭につながります。
秘密保持の方針を明文化・公表する
「利用したことが会社に知られるのでは」という不安を解消しなければ、どれだけ周知しても利用は増えません。以下の点を文書化し、従業員に繰り返し伝えることが不可欠です。
- カウンセラーが会社側に個人の利用情報を報告することは一切ないこと
- 例外規定(本人や他者の生命に関わる緊急事態など)がある場合は、その旨を正直に説明すること
- 利用記録は人事評価や処遇に一切影響しないこと
また、社内担当者ではなく外部の独立したカウンセラーが対応する体制であることは、従業員の安心感を高めます。「会社の人間に話が筒抜けになるのでは」という懸念を根本から払拭するためには、外部委託による独立性の担保が最も効果的です。
実践ポイント——明日から始められる具体的アクション
以下に、中小企業でもすぐに取り組める施策を優先度の高い順に整理します。
- 制度の名称と説明文を見直す:「メンタルヘルス相談」から「仕事・生活の悩み何でも相談」へ。スティグマを連想させない言葉に変えるだけで受け取られ方が変わります
- アクセス手順を1ステップに近づける:「このQRコードを読み取るだけ」「このフリーダイヤルに電話するだけ」という形に簡略化します。費用・回数・利用可能時間帯も一目でわかるように示します
- 秘密保持の方針を文書化し、全従業員に配布する:口頭での説明ではなく、書面として残すことが信頼の根拠になります
- 経営者・管理職からのトップメッセージを出す:全体会議や朝礼、社内報などの場で、積極的に使ってほしいという意思を明確に示します
- ストレスチェックの結果通知に案内を同封する:利用動機が高まるタイミングを確実に捉えます
- 利用件数を定期的に(匿名で)公表する:「月に〇件の利用がありました」という実績を開示することで、「他の人も使っているなら大丈夫」という心理的な後押しになります
- 産業保健総合支援センターへの相談を検討する:50人未満の事業場でも無料で支援が受けられます。専任担当者がいない中小企業にとって心強いパートナーです
まとめ
カウンセリング制度の利用率が低いことは、従業員に問題がないことを意味しません。多くの場合、スティグマ・秘密保持への不安・周知不足・アクセスの煩雑さという複合的な要因が利用を妨げています。
解決の糸口は、制度の「見せ方」を変え、「繰り返し・多チャンネルで伝え」、「秘密保持を明文化して信頼を積み上げ」、「管理職が自然に案内できる仕組みを作る」ことにあります。どれか一つだけでは不十分であり、これらを組み合わせて継続的に取り組むことが重要です。
また、利用率向上の取り組みは、安全配慮義務の履行という法的な観点からも、離職・休職リスクの低減という経営的な観点からも、中小企業が積極的に取り組む価値のある投資です。まずは制度の名称と説明文の見直し、そして秘密保持方針の文書化という、コストをかけずにできることから始めてみてください。
よくある質問
Q1: EAP(Employee Assistance Program)とは具体的にどのようなサービスですか?
EAPは企業が従業員の心身の健康をサポートするための外部専門家によるサービスプログラムです。カウンセリングやメンタルヘルス相談など、従業員が抱える様々な問題に対応する支援を提供します。
Q2: カウンセリング制度を利用したことが上司に知られてしまう可能性はありますか?
個人情報保護法により、カウンセリング利用情報は要配慮個人情報として厳重に保護される必要があります。ただし、従業員の不安を解消するには、秘密保持のルールが具体的に明示され、従業員に周知されることが重要です。
Q3: 従業員50人未満の中小企業でもメンタルヘルス対策は必須ですか?
ストレスチェック制度は50人以上が義務ですが、より小規模な企業でも安全配慮義務が法律で定められています。また、各都道府県の産業保健総合支援センターが無料で支援を行っているため、外部資源を活用してメンタルヘルス対策を実施することが推奨されます。
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