「知らないと訴訟リスクあり」雇用契約書の必須項目と中小企業が見落としがちな法的落とし穴7選

「ちゃんと話し合って採用したのに、後から言った覚えがないと言われた」「試用期間中に退職してもらおうとしたら、不当解雇だと訴えられた」——中小企業の経営者や人事担当者から、こうした相談が労働基準監督署や社会保険労務士のもとに後を絶ちません。

多くの場合、トラブルの根本原因は一つです。「雇用契約書を適切に作成していなかった」こと、あるいは作成していても内容が実態と乖離していたことです。

雇用契約書は単なる形式的な書類ではありません。労使双方の合意内容を明文化し、万が一のトラブルが起きたときに会社を守る、法的に重要な証拠書類です。にもかかわらず、中小企業では口頭合意で済ませたり、インターネットから拾ったテンプレートをそのまま流用したりするケースが少なくありません。

本記事では、法律上の義務として定められた必須項目から、実務上のリスクを回避するために加えるべき条項、そして経営者が陥りやすい誤解まで、体系的に解説します。2024年4月に施行された労働条件明示ルールの改正点も含め、今すぐ自社の契約書を見直すための情報をお届けします。

目次

雇用契約書と労働条件通知書——「どちらか一方でよい」は危険な誤解

まず、多くの経営者が混同しがちな二つの書類の違いを整理しましょう。

労働条件通知書とは、労働基準法第15条に基づき、使用者(会社)が労働者に対して労働条件を一方的に書面で通知するものです。法律上の義務として定められており、これを交付しなかった場合は30万円以下の罰金が科せられます(労働基準法第120条)。

一方、雇用契約書は、会社と労働者の双方が署名・捺印することで、労働条件について合意したことを示す書類です。法律上の作成義務こそありませんが、トラブル発生時の証拠力という観点では、労働条件通知書とは大きく異なります。

たとえば「口頭で特別手当を約束したが、後から会社に否定された」というケースを考えてみてください。雇用契約書に明記されていれば、その合意の存在を客観的に証明できます。しかし労働条件通知書は会社が一方的に作成した書類であるため、「その内容に合意した」という証明力は雇用契約書に比べて弱くなります。

実務上は、「雇用契約書兼労働条件通知書」という形式を採用することが推奨されます。一つの書類で法律上の交付義務を果たしながら、双方の署名によって合意の証拠も残すという、合理的なアプローチです。

法律が定める「絶対的明示事項」——書面交付が義務づけられた5項目

労働基準法施行規則第5条は、労働契約締結時に書面で明示しなければならない事項を定めています。これらは「絶対的明示事項」と呼ばれ、定めがあるかどうかにかかわらず、必ず記載しなければなりません。

①労働契約の期間

正社員(無期契約)か、契約社員・パートタイム労働者(有期契約)かを明記します。有期契約の場合は、契約の終了日と更新の有無・条件も記載が必要です。2024年4月の改正により、有期契約労働者については更新上限の有無とその内容も明示義務の対象となりました。

②就業場所と従事する業務の内容

勤務地と担当業務を具体的に記載します。2024年4月改正では、就業場所や業務内容に変更の可能性がある場合は、その変更の範囲も明示することが義務づけられました。たとえば「採用時の就業場所:東京本社、変更の範囲:会社の定める事業所」のような記載が必要になります。

③始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇

勤務時間の基本的な枠組みを記載します。変形労働時間制(一定期間の総労働時間が法定労働時間の範囲内であれば、特定の日や週に法定労働時間を超えて働くことができる制度)を採用している場合は、その旨と詳細を記載します。

④賃金の決定・計算・支払方法、締め日・支払日

基本給の額だけでなく、時間外労働の割増率、各種手当の計算方法、給与の締め日と支払日を明確にします。固定残業代(後述)を設定している場合は、何時間分に相当するか、超過した場合はどう扱うかを必ず明記しなければなりません。

⑤退職に関する事項(解雇の事由を含む)

退職の申し出をする際の手続き、解雇となりうる事由などを記載します。就業規則がある場合は就業規則と矛盾しないよう整合性を確認することが重要です。

2024年4月改正で何が変わったか——有期契約労働者への対応が急務

2024年4月1日から施行された改正労働基準法施行規則・改正パートタイム・有期雇用労働法施行規則により、有期契約労働者に対する労働条件明示のルールが大きく変わりました。対応が遅れている企業は、行政指導や罰則の対象となるリスクがあります。

主な変更点は以下の二点です。

  • 更新上限の明示:有期労働契約の通算契約期間や更新回数に上限を設ける場合、その上限を明示しなければなりません。
  • 無期転換申込機会と転換後の労働条件の明示:有期労働契約が通算5年を超えた場合、労働者は無期労働契約への転換を申し込む権利(無期転換権)を持ちます(労働契約法第18条)。この申込機会と、転換後の労働条件を、権利が発生するタイミングで明示することが義務化されました。

特に注意が必要なのは、無期転換ルールへの対応です。「契約更新を繰り返してきたが、通算5年を超えることに気づかなかった」「無期転換の申し込みを拒否しようとして、それ自体が違法だと指摘された」というケースは実際に起きています。有期契約労働者を雇用している企業は、各労働者の通算契約期間を個別に管理し、5年が近づいた時点で適切な対応を取る仕組みを整える必要があります。

経営者が陥りやすい5つの法的リスクと回避策

リスク① 試用期間中の解雇は自由——という誤解

「試用期間中ならいつでも辞めてもらえる」と考えている経営者は少なくありません。しかし、これは明確な誤りです。

最高裁判所は三菱樹脂事件(1973年)において、試用期間中であっても解雇権濫用法理(労働契約法第16条)が適用されることを示しています。つまり、試用期間中の解雇にも客観的合理的な理由が必要であり、「なんとなく合わなかった」「雰囲気が違った」といった曖昧な理由では解雇が無効と判断されるリスクがあります。

回避策としては、試用期間の長さ(通常3〜6カ月程度)、試用期間中の労働条件、本採用拒否となりうる具体的な事由を雇用契約書に明記することです。また、試用期間中に問題行動があった場合は、その都度記録を残し、指導した事実を書面で残しておくことが重要です。

リスク② 固定残業代の設定が裏目に出るケース

固定残業代(みなし残業代)とは、あらかじめ一定時間分の残業代を基本給や手当に含める制度です。適切に設定すれば人件費の管理がしやすくなりますが、設定の仕方を誤ると、残業代の未払いとして全額請求されるリスクがあります。

裁判所が固定残業代を有効と認めるためには、①固定残業代の金額と何時間分に対応するかが明確であること、②固定残業時間を超えた場合は別途支払うことが明記されていること、が必要とされています。「基本給に残業代を含む」とだけ記載したケースで、後から残業代全額を請求された事例は数多くあります。

雇用契約書には「固定残業代:月額○○円(月○○時間分の時間外労働に対する割増賃金。固定残業時間を超えた時間外労働については、別途割増賃金を支払う)」のように具体的に記載することが不可欠です。

リスク③ 業務委託契約と雇用契約の混同——偽装請負の問題

社会保険料の負担を避けるため、実態は従業員と変わらない働き方をしている人を「業務委託」として契約するケースがあります。しかし、契約書の形式がどうであれ、実態が会社の指揮命令下での労働であれば、労働者として認定される可能性があります。これを「偽装請負」と言います。

認定された場合は、遡って労働基準法上の残業代や、社会保険料(会社負担分を含む)の支払い義務が発生する可能性があります。経済的な損失はもちろん、行政指導や企業イメージの毀損にもつながります。業務委託契約を結ぶ際は、業務の独立性、成果物による報酬、指示命令関係の有無を慎重に確認し、実態に合った契約形態を選ぶことが必要です。

リスク④ 競業避止条項の設定が無効と判断されるケース

競業避止条項とは、退職後に同業他社への転職や競合事業の立ち上げを制限する条項です。営業秘密や顧客情報の流出を防ぐ目的で設けられますが、内容が合理的な範囲を超えていると、裁判所に無効と判断されるリスクがあります。

有効性を判断する際には、制限する職種・業種の範囲、期間(通常2年以内が目安とされることが多い)、地理的範囲、代償措置(退職金の上乗せなど)の有無が考慮されます。「退職後5年間、日本全国で同業他社への就職を禁ずる」のような広範な条項は無効と判断される可能性が高く、むしろ条項がないのと同じ状況になりかねません。自社にとって本当に保護すべき情報や業務の範囲を絞り込み、合理的な範囲で設定することが重要です。

リスク⑤ 契約更新時の手続き漏れによる雇い止め問題

有期契約労働者の契約を更新しない(雇い止め)場合、労働契約法第19条は一定の条件下で雇い止めを制限しています。具体的には、契約が反復更新されて実質的に無期契約と同視できる状態にある場合や、労働者が更新を期待することに合理的な理由がある場合、合理的な理由のない雇い止めは無効と判断される可能性があります。

トラブルを防ぐには、契約書に更新の有無・更新基準を明記し、更新しない場合は契約期間終了の30日前までに予告を行うことが重要です(契約が3回以上更新されている、または1年超の有期契約の場合は、30日前の予告が義務)。更新のたびに新しい契約書を取り交わし、更新回数と期間を管理する仕組みを整えましょう。

今すぐ取り組む実践ポイント——自社の雇用契約書を見直す7つのチェック項目

以上を踏まえ、自社の雇用契約書を見直す際の実践的なチェック項目をまとめます。

  • 「雇用契約書兼労働条件通知書」の形式を採用しているか——双方の署名欄を設け、合意の証拠として機能させる。
  • 2024年4月改正への対応ができているか——就業場所・業務内容の変更範囲の明示、有期契約の更新上限と無期転換申込機会の記載を確認する。
  • 固定残業代を設定している場合、時間数・金額・超過分の扱いが明記されているか——「○時間分・○万円、超過分は別途支払う」と具体的に記載する。
  • 試用期間の本採用拒否事由が具体的に記載されているか——曖昧な記載では解雇権濫用と判断されるリスクがある。
  • 有期契約労働者の通算期間を管理する仕組みがあるか——5年超で無期転換権が発生することを念頭に、更新回数・期間を記録する。
  • 競業避止条項・秘密保持条項の範囲が合理的な範囲に収まっているか——期間・地域・業種の範囲を見直し、代償措置も検討する。
  • 雇用形態ごとに契約書を使い分けているか——正社員・パートタイム・契約社員・業務委託では記載すべき内容が異なる。特にパートタイム・有期雇用労働法に基づく追加明示義務(更新基準・正社員転換推進措置など)を確認する。

なお、電子契約による雇用契約書の締結は、労働者の同意を得た上で適切なシステムを利用すれば法的に有効とされています(労働基準法施行規則第5条第4項)。ただし、労働者が電子的な受領を拒んでいる場合は書面交付が必要です。電子契約を導入する際は、労働者への説明と同意取得のプロセスを整備してください。

まとめ——雇用契約書は「会社を守る投資」という認識を持つ

雇用契約書の作成・見直しは、手間がかかる作業に思えるかもしれません。しかし、一度トラブルが起きた場合に発生する費用——弁護士費用、未払い残業代の遡及支払い、業務への支障——に比べれば、事前の整備にかかるコストははるかに小さいものです。

特に中小企業では、一人の従業員とのトラブルが経営に直接影響することも少なくありません。雇用契約書を「義務だから作る書類」ではなく、「労使双方の合意を守り、会社と従業員の関係を長期的に安定させるための投資」として捉え直してみてください。

まずは現在使用している雇用契約書を本記事のチェック項目と照らし合わせ、不備がないかを確認することから始めましょう。不安な点がある場合は、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。法的に有効で実態に即した雇用契約書は、健全な雇用関係の出発点です。

よくある質問

Q1: 雇用契約書を作成していない場合、必ず罰金を取られるのでしょうか?

雇用契約書自体に法律上の作成義務はないため、作成しなくても直接的な罰金はありません。ただし、法律上の義務である労働条件通知書の交付を怠った場合は30万円以下の罰金が科せられます。さらに、トラブル発生時には契約内容を証明する書類がないため、会社が不利になる可能性が高まります。

Q2: すでに口頭で給与や条件について合意している社員には、雇用契約書を後から提示しても大丈夫ですか?

後からの提示も法律上は構いませんが、実務的には避けるべきです。新しい契約書の内容が口頭での約束と異なっていた場合、トラブルの原因になります。既存社員に対しても、現在の労働条件を正確に反映した雇用契約書を早期に作成し、署名・捺印をもらうことが重要です。

Q3: インターネットのテンプレートをそのまま使用することの何が問題なのですか?

テンプレートは一般的な雇用条件を想定しており、自社の実際の労働条件と異なる可能性があります。特に2024年4月の改正で要件が変わった部分に対応していないテンプレートもあり、法的要件を満たしていない契約になるリスクがあります。自社の実態に合わせてカスタマイズするか、専門家に相談して作成することが必須です。

労務管理の課題を抱える企業様には、INTERMINDの産業医サービスをご検討ください。産業医と連携した従業員の健康管理体制を構築できます。

産業医・メンタルヘルスのご相談はお気軽に

まずは資料請求・無料相談から。専任担当がサポートします。

目次