「先月まであれほど意欲的だったのに、今月は急に出勤できなくなってしまった」「プロジェクトを任せたら予算を大幅に超えた発注をしてしまった」——中小企業の人事担当者や経営者から、このような相談が増えています。背景にあるのが、双極性障害を抱える従業員への対応の難しさです。
双極性障害は、躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患で、国内の罹患率はおよそ人口の0.4〜1%程度と推計されています。決して珍しい疾患ではなく、中小企業であっても当事者が在籍している可能性は十分にあります。しかし、「うつ病とどう違うのか」「どこまで配慮すればいいのか」「休職・復職のルールはどう整備すればいいのか」と、実務的な対応に迷う経営者・人事担当者は少なくありません。
本記事では、双極性障害の基本的な理解から、法的な義務の整理、日常的な職場配慮の実践方法まで、中小企業の実情に即した形で解説します。この問題は「特定の従業員への特別扱い」ではなく、組織全体の健全な労務管理と生産性維持につながるテーマです。ぜひ最後までお読みください。
双極性障害とは何か——うつ病との違いと職場への影響
まず、双極性障害の基本を押さえておきましょう。双極性障害は、気分が異常に高揚・活動的になる「躁状態」と、意欲や気力が著しく低下する「うつ状態」を交互に繰り返す脳の機能的な疾患です。単なる「気分のムラ」や「性格の問題」ではなく、脳内の神経伝達物質のバランスが乱れることによって生じると考えられています。
うつ病との最大の違いは、躁状態またはそれに近い状態(軽躁状態)が存在する点です。うつ病の場合は気分の落ち込みが主症状ですが、双極性障害では「元気すぎる」「饒舌でアイデアが止まらない」「睡眠が短くても平気」という状態が現れます。この躁状態のときに、職場では思わぬトラブルが起きやすくなります。
双極性障害I型とII型の違い
双極性障害にはI型とII型があり、就労への影響も異なります。
- I型:入院が必要になるほどの重篤な躁状態が特徴。躁状態の期間に職場での問題行動(衝動的な契約、暴言、無断欠勤など)が起きやすい。
- II型:躁状態より軽い「軽躁状態」が現れる。一見すると「調子が良い時期」に見えるため、周囲も本人も気づきにくい。うつ状態が主体となりやすく、就労継続はしやすい反面、長期にわたる疲弊が起きやすい。
各状態が職場に与える影響
職場への影響を状態別に整理すると、次のようになります。
- 躁状態・軽躁状態のとき:大量の仕事を引き受ける、上司への反論・攻撃的な言動、衝動的な意思決定、過大な自信による無謀な提案など
- うつ状態のとき:遅刻・欠勤の増加、業務パフォーマンスの著しい低下、集中力・判断力の低下、最悪の場合は自殺念慮
- 混合状態のとき:躁とうつの症状が同時に現れる状態。苦痛が非常に強く、衝動的な行動リスクが高まる
管理職が「やる気がある・ない」「怠慢だ」と誤解しがちなのが、うつ状態の時期です。一方、躁状態の問題行動を「積極性が高い」と見過ごすケースも珍しくありません。状態の変化を「性格」ではなく「症状」として捉えることが、適切な職場対応の出発点となります。
経営者・人事担当者が知っておくべき法的義務の整理
双極性障害の従業員への対応は、「親切心」ではなく法的義務の問題でもあります。特に中小企業にとって重要な法改正が施行されています。
障害者差別解消法の改正(2024年4月施行)
2024年4月に施行された改正障害者差別解消法により、民間事業者も合理的配慮の提供が義務となりました。従来は努力義務とされていましたが、改正後は中小企業を含むすべての民間事業者が対象です。
合理的配慮とは、障害のある人が障害のない人と平等に働けるよう、職場環境や業務のやり方を調整することを指します。「過重な負担」にならない範囲で提供することが求められており、当事者との「建設的対話」を経て内容を決めることが原則です。一方的に会社が判断するのではなく、本人の意向を尊重しながら話し合うプロセスが重要です。
障害者雇用促進法における差別禁止
障害者雇用促進法は、障害を理由とした採用拒否・解雇・賃金差別などを禁止しています。双極性障害を抱える従業員の症状悪化を理由に一方的に解雇することは、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方を満たさない限り、解雇権の濫用として無効とされるリスクが高くなります。
実務上、精神疾患を理由とした解雇は非常にハードルが高いと理解しておく必要があります。まず休職制度を活用し、休職期間中に医療・支援機関と連携しながら復職の可能性を探るプロセスを踏むことが、企業にとってもリスクを低減する道です。
活用できる助成金・支援制度
精神障害者保健福祉手帳(双極性障害も対象)を取得している従業員を雇用・定着させる際には、次のような公的支援を活用できます。なお、各制度の支給要件・助成額・期間は変更されることがありますので、最新情報はハローワーク等でご確認ください。
- 特定求職者雇用開発助成金:障害者を雇用した事業主に対して一定期間の助成が行われ、中小企業は優遇措置あり
- 障害者雇用安定助成金:職場定着のための措置(業務の調整、支援員の配置など)を実施した場合に支給
- 職場適応援助者(ジョブコーチ)支援:専門家が職場に派遣され、本人と職場双方への適応支援を行う制度
- 自立支援医療(精神通院医療):通院医療費の自己負担が原則1割に軽減される制度。本人の通院継続を支える観点からも、人事担当者が制度の存在を把握しておくことが有用
これらの制度の詳細は、ハローワークや都道府県の障害者職業センターで無料相談を受けることができます。
日常的なモニタリングと早期対応——症状の「波」に備える職場の仕組み
双極性障害への職場対応で最も重要なのは、状態の変化を早期にキャッチする仕組みを作ることです。躁状態が進行してから対処しようとしても、すでに問題行動が発生している場合が多く、職場への影響も大きくなります。
気分チャートの活用と情報共有の仕組み
双極性障害の治療では、「気分チャート(気分日誌)」と呼ばれる、毎日の気分・睡眠時間・活動量を記録するツールが有効とされています。職場でも、本人の同意のもとでこの記録を活用し、定期的な面談で状態を確認する仕組みを整えることが重要です。
具体的には、以下のような体制が有効です。
- 週1回程度、直属の上司または人事担当者との短時間の面談を設ける
- 「睡眠が2〜3日短くなっている」「急に多弁になった」などのサインを上司が把握できるよう、あらかじめ本人と「早期サイン」を共有しておく
- 主治医への受診を促す基準(サイン)を事前に決めておき、サインが現れたら本人が医療機関に連絡できるよう通院に配慮する
躁状態時の緊急対応
躁状態が進行した際の職場での問題行動(攻撃的な言動、独断的な大型発注、無断での取引先への連絡など)は、会社の業務・信用に直接的な影響を与えます。このような場面では、個人の問題として放置するのではなく、組織としての役割分担を明確にした対応フローを事前に準備しておくことが不可欠です。
- 躁状態のサインが見られた場合、上司から人事・産業保健スタッフへ速やかに報告する
- 業務上の権限(発注権限、顧客対応など)を一時的に制限する措置を就業規則に明記しておく
- 本人への対応は感情的にならず、「体調のことが心配だから主治医に相談してほしい」という医療受診を促すアプローチを基本とする
中小企業で産業医が選任されていない場合でも、産業医サービスを活用することで、医療的な視点からのアドバイスを得ながら適切な対応を進めることができます。
休職・復職の実務——就業規則の整備と段階的な職場復帰の進め方
双極性障害の特性上、休職と復職を繰り返すケースは少なくありません。このことを前提に、休職・復職の判断基準と手続きを就業規則に明文化しておくことが、企業と当事者双方にとって重要です。
休職制度の整備ポイント
就業規則の休職制度には、次の内容を明確に定めておくことが望ましいといえます。
- 休職を命じる条件(欠勤日数、医師の診断書の提出など)
- 休職期間の上限と、期間満了時の扱い(自然退職となるか解雇となるかを明示)
- 休職中の定期的な状況確認の方法(本人または主治医への確認頻度)
- 傷病手当金(支給開始日から最長1年6か月、健康保険から支給)との連動の説明
段階的な職場復帰(リワーク)の進め方
復職後すぐにフル勤務に戻すことは、双極性障害の場合は特にリスクが高くなります。厚生労働省が示す「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に沿い、病気休業開始から休業中のケア、職場復帰可否の判断、職場復帰後のフォローアップ、職場復帰完了までの段階的なプロセスに基づいた復帰を計画することが推奨されます。
双極性障害の復職における具体的な配慮としては、次のような点が挙げられます。
- 短時間勤務または時差出勤から開始し、睡眠リズムが安定していることを確認しながら勤務時間を延ばす
- 復職初期は業務量・責任の範囲を限定し、突発的な仕事やノルマを課さない
- 「試し出勤(リハビリ出勤)」制度を就業規則に設け、本格復職前の慣らし期間を設ける
- 主治医・就労支援機関・人事の三者が定期的に情報共有できる連携体制を構築する
復職支援の過程では、メンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、本人のメンタルサポートを継続しながら、職場への適応を段階的に進めることができます。
周囲の従業員と管理職のケア——チーム全体を守る視点
双極性障害の従業員への配慮を進める際、見落とされがちなのが周囲の従業員と管理職自身のメンタルヘルスです。特に小規模職場では、一人の休職や行動の変化がチーム全体に与える影響は大きく、対応を続ける管理職がバーンアウト(燃え尽き症候群)するリスクもあります。
職場全体の理解醸成と不公平感への対応
病名を開示するかどうかは、あくまでも本人の意思で決定することです。職場での開示(オープン就労)を選ばない場合でも、「体調管理のために配慮が必要な状態であること」を周囲に伝える範囲で調整することは可能です。
「あの人だけ特別扱いされている」という不公平感が生まれやすい場合は、「必要な人に必要なサポートを提供する」という合理的配慮の考え方を組織文化として醸成することが中長期的に重要です。研修や勉強会を通じて、精神疾患への理解を組織全体で深める取り組みも有効です。
管理職への支援
当事者の対応窓口になっている直属の上司は、精神的な負担を抱えやすい立場にあります。以下のような支援を組織として提供することが求められます。
- 人事や経営層が定期的に管理職の状況をヒアリングし、孤立させない
- 対応に迷ったときに相談できる外部専門家(産業医・EAPなど)への接点を確保する
- 「管理職個人が症状を判断・対応する」のではなく、「組織として医療・支援機関と連携する」という役割分担を明確にし、管理職の責任範囲を過大にしない
実践ポイントのまとめ——中小企業が今日からできること
最後に、中小企業の経営者・人事担当者が双極性障害への職場対応として、優先的に取り組むべき実践ポイントを整理します。
- 就業規則の整備:休職・復職・試し出勤の条件と手続きを明文化し、すべての従業員に公平に適用できる基準を設ける
- 早期発見の仕組みづくり:定期面談と「早期サイン」の事前共有を通じ、状態の変化を早期にキャッチできる体制を整える
- 医療・支援機関との連携:産業医や就労支援機関、障害者職業センターとの連携ルートを事前に確認しておく
- 合理的配慮の「建設的対話」:配慮内容を一方的に決めるのではなく、本人との対話を通じて現実的かつ継続可能な配慮を設計する
- 助成金・支援制度の活用:ハローワークや障害者職業センターに相談し、活用できる制度を積極的に調べる
- 管理職のサポート体制:対応窓口となっている管理職が孤立しないよう、組織として定期的なフォローを行う
双極性障害への対応は、一度整備すれば終わりではなく、当事者の状態変化に合わせて継続的に見直しが必要なプロセスです。しかし、適切な仕組みを作ることで、当事者が安心して働き続けられる環境が整い、離職・再採用のコストを抑えることにもつながります。「配慮することが組織の競争力を高める」という視点で、前向きに取り組んでいただければ幸いです。
よくある質問(FAQ)
双極性障害の従業員を採用する際に、病名を事前に確認してもよいですか?
採用選考における病名や障害の有無の確認は、原則として本人の任意提供を前提とします。「業務遂行上必要な配慮事項」を確認することは可能ですが、病名の申告を採用の条件とすることは障害者差別解消法や障害者雇用促進法の趣旨に反するリスクがあります。まず「業務を行うにあたって配慮が必要なことがあればお知らせください」という形で任意の情報提供を促すアプローチが適切です。個別の対応については、社会保険労務士や弁護士などの専門家にご相談ください。
躁状態の従業員が暴言を吐いたり、業務上のトラブルを起こした場合、懲戒処分は可能ですか?
懲戒処分が完全に不可能というわけではありませんが、症状に起因する行動への懲戒は、障害を理由とした不利益取り扱いと判断されるリスクがあります。まず医療機関への受診を促し、症状の安定を図ることを優先するのが基本的な対応です。業務上の実害(取引上のトラブルなど)については、権限の一時制限などの業務管理的な措置で対応することが現実的です。対応に迷う場合は、弁護士や社会保険労務士への相談を早期に行うことをお勧めします。
産業医がいない中小企業では、医療連携はどうすればよいですか?
産業医の選任義務がない(常時50人未満の事業場の)中小企業でも、都道府県の障害者職業センターや、ハローワークに併設された専門援助部門、就労支援機関(就労移行支援事業所・障害者就業・生活支援センター)を活用することで、専門家のサポートを受けることができます。また、外部の産業医サービスやEAPを契約することで、必要なときに専門家へのアクセスを確保することも有効な選択肢です。
休職・復職支援の体制強化には、INTERMINDのEAPをご活用ください。復職プログラムの設計から職場復帰後のフォローまで専門家がサポートします。









