テレワークの普及により、企業の働き方は大きく変わりました。それとともに、休職中の従業員から「テレワークなら復職できる」という申し出を受けるケースが増えています。しかし、多くの中小企業では、テレワーク復職に対応した制度や判断基準が整備されておらず、担当者が対応に苦慮している現状があります。
テレワーク復職は「出社より負担が少ないから安全」と思われがちですが、実際には特有の健康管理リスクが潜んでいます。適切な対応を怠ると、従業員の状態悪化を招くだけでなく、安全配慮義務違反という法的リスクにも発展しかねません。
この記事では、テレワーク復職に関する法的根拠と実務上の注意点を整理し、中小企業でも取り組める健康管理体制の構築方法を解説します。
テレワーク復職をめぐる法的な考え方
まず前提として、テレワーク復職に関する専用の法律は現時点では存在しません。しかし、既存の法律やガイドラインが複合的に適用されます。担当者として最低限押さえておくべき法的知識を確認しておきましょう。
労働契約法第5条:安全配慮義務
労働契約法第5条は、使用者(会社)が労働者の生命・身体・健康を守るために必要な配慮をしなければならないと定めています。この義務は、オフィス勤務だけでなくテレワーク中にも等しく適用されます。
つまり、テレワーク復職を認めた後に従業員の健康状態を把握できない環境をそのまま放置することは、安全配慮義務違反のリスクにつながります。「在宅だから管理が難しい」という言い訳は通用しないと理解しておく必要があります。
労働契約法第16条:解雇権濫用法理
休職期間が満了した場合の取り扱いは、就業規則の内容が重要な意味を持ちます。「テレワークなら復職できる状態にある」と認められるにもかかわらず、会社がそれを一切認めず退職扱いとした場合、解雇権の濫用として争われる可能性があります。
一方で、テレワーク復職を安易に認めた結果として状態が悪化した場合には、安全配慮義務違反が問われます。どちらに転んでもリスクがあるからこそ、事前に明確なルールと基準を整備することが不可欠です。
厚生労働省ガイドラインの要点
厚生労働省が2021年に改定した「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」では、健康確保措置・作業環境整備・労働時間の把握が事業者の責務として明記されています。また、同省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は、5ステップの復職支援プログラムを示していますが、テレワーク版の正式な整備はまだ十分ではないのが実情です。そのため、各企業が自社の実態に合わせた対応を設計する必要があります。
テレワーク復職に潜む健康管理上のリスク
「在宅勤務なら通勤がない分、身体的な負担が少ない」というイメージを持つ方は少なくありません。しかし、テレワーク環境にはオフィス勤務とは異なる、特有の健康リスクが存在します。
孤立・孤独感による精神疾患の再発リスク
精神疾患(うつ病・適応障害など)による休職後の復職においては、職場との人間的なつながりの回復が非常に重要です。テレワーク環境では、同僚や上司との雑談・日常的なコミュニケーションが生まれにくく、孤立感が高まりやすい傾向があります。
回復期にある従業員が、誰とも話さない時間が続くことで不安や焦りを抱え込み、状態が悪化するケースも報告されています。テレワーク復職は「職場に馴染む機会」を意図的に設けなければ、再発リスクを高める環境になり得ます。
生活リズムの乱れと過集中による過労
出社勤務には、通勤・始業・終業・昼食といった自然なリズムがあります。テレワークではそのリズムが失われやすく、昼夜逆転や不規則な食事・睡眠が起きやすくなります。また、業務とプライベートの境界が曖昧になり、「気づいたら深夜まで働いていた」という過集中・過労の問題も生じやすくなります。
特に復職初期は、本人が「頑張れている」と感じていても、身体・精神的な疲弊が蓄積している場合があります。この状態を早期に察知するためのモニタリング体制が欠かせません。
自宅の作業環境がもたらす身体的な負担
厚生労働省はVDT(Visual Display Terminals:パソコンやタブレットなどの画面表示機器)作業に関するガイドラインを設けており、照明・椅子・机の高さなどの環境基準を示しています。しかし、自宅の作業環境がこの水準を満たしているとは限りません。
不適切な姿勢での長時間作業は、頸肩腕の障害・腰痛・眼精疲労といった身体的な問題を引き起こします。復職中の従業員の自宅環境が適切かどうかを確認せずに放置することも、安全配慮義務の観点から問題となり得ます。
主治医の「復職可能」をそのまま受け入れてはいけない理由
現場でよく見られる誤解に、「主治医がテレワーク復職可能と診断書に記載しているから、会社として認めなければならない」というものがあります。これは正確ではありません。
主治医はあくまでも患者(従業員)の治療を担う医師であり、職場環境や業務内容を詳細に把握しているわけではありません。「自宅での静養に近い軽作業ができる」という判断と、「業務上の責任を伴う通常業務への復帰ができる」という判断は、意味が異なります。
一方、産業医(企業と契約して労働者の健康管理を担う医師)は、職場環境・業務内容・周囲への影響も考慮した上で就業可否を判断する役割を担っています。主治医と産業医の意見が異なる場合には産業医の見解を優先する旨を就業規則に明記し、産業医による面談と意見書の取得を復職判断のフローに組み込むことが重要です。
産業医との連携体制を整えることが、テレワーク復職を適切に運用するための土台となります。産業医の選任・活用に不安がある場合は、産業医サービスを活用することも選択肢の一つです。
テレワーク復職を安全に進める段階的プログラムの設計
テレワーク復職を「認めるか、認めないか」の二択で考えるのではなく、段階的なプログラムとして設計することが実務上の鍵になります。以下は一般的なフェーズ設計の参考例です。自社の状況に合わせて調整してください。
フェーズ1:生活リズムの確認(復職前)
復職前の2週間程度を目安に、起床・就寝・食事の時間を記録した「生活記録表」を提出してもらいます。規則正しい生活が継続できているかどうかを確認し、復職判断の一材料とします。この段階では業務は行わず、生活の安定を確認することが目的です。
フェーズ2:短時間・軽作業でのテレワーク試行(2〜4週間)
1日数時間程度の短時間勤務から始め、軽作業(情報収集・資料整理・メールの確認程度)を自宅で試行します。業務日報を毎日提出してもらい、体調・業務量・気になったことを記録します。この期間中は週1回以上、上司または人事担当者とのオンライン面談を実施します。
フェーズ3:業務量を段階的に増やしながら産業医面談を継続
フェーズ2で安定が確認できたら、業務時間と内容を徐々に通常に近づけていきます。この段階では、産業医による定期的な面談を月1回以上実施し、健康状態を客観的に評価します。移行の目安となる明確な基準(例:連続2週間、業務時間を6時間以上こなしても体調の悪化がないこと)を事前に設けておくことが重要です。
フェーズ4:出社との併用からフル出社への移行判断
テレワーク単独から週数日の出社を組み合わせる形に移行し、最終的にフル出社への復帰を判断します。この段階で同僚との対面コミュニケーションを少しずつ再開することで、職場への再適応をサポートします。
なお、各フェーズを進める際には、本人・上司・人事・産業医の全員が現状を共有できる仕組みを作ることが不可欠です。情報共有が一部に偏ると、状態の変化を見逃すリスクが高まります。
実践ポイント:今すぐ整備すべき体制と規程
テレワーク復職を適切に運用するために、中小企業が優先的に取り組むべき実践ポイントをまとめます。
- 就業規則・復職規程にテレワーク復職の位置づけを明記する:テレワーク復職を正式な復職形態として規程化し、期間の上限・延長条件・打ち切り条件を明確にします。曖昧なまま運用すると、後のトラブルの原因になります。
- 産業医による面談・意見書を復職フローに組み込む:主治医の診断書だけで判断せず、産業医の意見書取得を必須とするフローを整備します。主治医と産業医の意見が異なる場合の取り扱いも明記します。
- 自宅の作業環境をチェックリストで確認する:照明・椅子・机の高さ・通信環境・プライバシーの確保(家族が同席しない環境か)などを確認するチェックリストを作成し、復職前に本人に記入・提出してもらいます。
- 定期的なオンライン三者面談を義務化する:上司・人事担当者・産業保健スタッフ(産業医または保健師)が月1回程度、テレワーク復職中の従業員とオンラインで面談する体制を作ります。
- 連絡途絶時の対応ルールを事前に定める:業務報告が規定の日数以上途絶えた場合の安否確認プロトコルを定めておきます。特に精神疾患からの復職者においては、早期対応が重要です。
- メンタルヘルス不調の早期発見にEAPを活用する:テレワーク中に孤立感や不安を感じた際に、従業員が気軽に相談できる窓口としてメンタルカウンセリング(EAP)を導入することも有効な選択肢です。問題が深刻化する前に専門家に相談できる環境を整えることが、再発防止につながります。
まとめ
テレワーク復職は、企業にとって「認めるリスク」と「認めないリスク」の両方が存在する複雑な課題です。しかし、適切な制度設計・段階的プログラム・健康管理体制を整備することで、そのリスクを大幅に軽減することができます。
重要なのは、「テレワークだから安全」という思い込みを捨て、在宅特有の健康リスク(孤立、生活リズムの乱れ、作業環境の問題)を正面から管理する姿勢を持つことです。主治医の診断書だけに頼らず産業医を活用し、段階的なプログラムと定期的なモニタリングを組み合わせることが、従業員の安全と企業の法的リスク軽減の両立につながります。
まずは自社の就業規則を見直し、テレワーク復職に関する記載が存在するかどうかを確認するところから始めてみてください。小さな一歩が、従業員と企業双方を守る体制構築への出発点となります。
よくあるご質問
テレワーク復職を認めなかった場合、法的に問題になりますか?
一概には言えませんが、産業医の意見を踏まえた上で合理的な理由がなくテレワーク復職を拒否し退職扱いとした場合、解雇権濫用として争われる可能性があります。就業規則に復職基準を明記し、産業医の意見を文書で記録しておくことが重要です。個別の案件については、社会保険労務士や弁護士への相談を検討してください。
主治医が「テレワークなら復職可能」と診断書に書いた場合、そのまま認めるべきですか?
主治医の診断書は重要な判断材料ですが、それだけで復職を決定する必要はありません。主治医は職場環境や業務内容を十分に把握していないため、産業医による面談と意見書の取得を経た上で最終判断を行うことが適切です。就業規則に「産業医の意見を優先する」旨を明記しておくと、対応がスムーズになります。
テレワーク復職中の従業員の労働時間はどのように管理すればよいですか?
厚生労働省のテレワークガイドラインでは、客観的な方法(PCのログオン・オフ記録など)による労働時間管理が推奨されています。自己申告だけに頼ると過少申告や過剰労働の把握が困難になるため、業務日報の提出と定期的なオンライン面談を組み合わせて実態を把握する体制を整えることが望ましいです。
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