「知らないと労災リスクが跳ね上がる」中小企業が今すぐ確認すべき職業性疾病の予防と早期対応7つのポイント

「うちの会社には関係ない」――職業性疾病という言葉を聞いたとき、多くの中小企業の経営者・人事担当者はこう感じるかもしれません。重化学工業や大規模製造業の話であり、オフィスワーク中心の自社には縁遠い問題だと思い込んでいる方も少なくありません。しかし、その認識は大きな落とし穴になる可能性があります。

職業性疾病とは、業務に起因して発症または悪化した疾病の総称です。粉じんや化学物質による疾病はもちろんのこと、長時間労働による脳・心臓疾患、パソコン作業による頸肩腕障害、騒音による難聴なども含まれます。つまり、製造業・建設業・IT業・飲食業を問わず、あらゆる業種・業態において発生しうる問題なのです。

厚生労働省の統計によれば、業務上疾病として労災認定される件数は毎年数千件に上り、特に脳・心臓疾患や精神障害に関わる事案は社会的な注目度も高まっています。一方で、発症前に適切な予防策が講じられていれば防げたはずの事例も数多く存在します。中小企業においてこそ、経営者・人事担当者が職業性疾病の基礎知識を持ち、組織として予防と早期対応の仕組みを整えることが求められています。

本記事では、職業性疾病の種類と法的な位置づけを整理したうえで、中小企業が実践できる予防策と、疾病が疑われた際の早期対応の流れを具体的に解説します。

目次

職業性疾病とは何か――種類と法的位置づけ

職業性疾病を正しく理解するためには、まず「どのような疾病が含まれるのか」を把握することが重要です。労働基準法の別表第1の2には、業務上疾病として認められる疾病の分類が定められており、大きく以下のカテゴリーに整理されています。

  • 物理的因子による疾病:騒音性難聴、振動障害(チェーンソーなどの振動工具使用による手指・腕の血行障害)、熱中症、電離放射線による疾病など
  • 化学的因子による疾病:有機溶剤中毒、鉛中毒、石綿(アスベスト)による肺がん・中皮腫、その他の化学物質による障害
  • 粉じんによる疾病:じん肺(粉じんを長期間吸入することで肺が線維化する疾病)
  • 生物学的因子による疾病:職場での感染症(医療・介護・動物取扱い業など)
  • 作業態様による疾病:重量物の取り扱いによる腰痛、VDT(パソコン・タブレット等の画面表示端末)作業による眼精疲労・頸肩腕障害、長時間労働による脳・心臓疾患など
  • 精神的因子による疾病:強いストレス・ハラスメントなどを原因とする精神障害

この中で特に注意が必要なのが「作業態様による疾病」です。デスクワーク中心のオフィスや、IT系・サービス業の企業においても、長時間のVDT作業や慢性的な過重労働が積み重なれば、職業性疾病として認定されうる疾病が発症するリスクがあります。「うちは製造業ではないから大丈夫」という思い込みが、対策の遅れにつながる典型的なパターンです。

また、過労死(脳・心臓疾患による死亡)や過労自殺(精神障害を経由した自殺)も、広義の職業性疾病として扱われます。これらは発症・悪化の前段階で適切な対策を講じることができれば、防ぎうるケースが多いとされています。

中小企業が見落としがちな法律上の義務

職業性疾病の予防に関しては、労働安全衛生法(以下、安衛法)を中心に複数の法律が事業者の義務を規定しています。「知らなかった」では済まされないため、主要なポイントを整理しておきましょう。

健康診断の実施と結果の活用義務

安衛法第66条は、事業者に対して労働者の健康診断実施を義務づけています。しかし、多くの中小企業で見られる問題は「受けさせて終わり」になっていることです。安衛法第66条の4・第66条の5では、健康診断の結果に異常の所見があった場合(有所見者)に対して、医師の意見を聴取したうえで就業上の措置(作業転換・労働時間短縮・休業など)を講じる義務が事業者に課されています。

健康診断のデータを受け取るだけで実際の対応に活かしていないとすれば、法律の要求する水準を満たしていない可能性があります。特に有所見者が出た場合は、産業医サービスを活用して医師の意見を職場改善に結びつける仕組みを整えることが有効です。

特殊健康診断の対象を正確に把握する

一般健康診断(年1回の定期健診)とは別に、特定の有害業務に従事する労働者には「特殊健康診断」の実施が義務づけられています。有機溶剤を取り扱う業務、鉛作業、粉じん作業(じん肺法に基づく)、電離放射線業務、騒音障害防止のための業務などが対象であり、実施頻度も一般健診より高い場合があります。

自社の業務内容に照らし合わせて特殊健康診断の対象に該当しないか、定期的に確認することが必要です。知らずに未実施であった場合、行政指導や是正勧告の対象になりえます。

2023年以降の化学物質規制改正への対応

2023年から段階的に施行されている化学物質管理に関する法改正は、中小企業にとって特に影響が大きいポイントです。改正の主な内容は以下の通りです。

  • リスクアセスメント(職場で使用する化学物質の危険性・有害性を事前に評価する取り組み)の対象物質が約2,900物質に大幅拡大
  • 化学物質管理者および保護具着用管理責任者の選任が、事業場の規模にかかわらず義務化
  • SDS(安全データシート:化学物質の危険性・取り扱い方法などを記載した文書)の整備・更新が義務づけられた

「うちは大した化学物質は使っていない」と感じている場合でも、洗浄剤・塗料・接着剤などが対象物質に含まれているケースがあります。現在使用している全製品のSDSを確認し、リスクアセスメントの対象になっていないかをチェックすることが求められます。

予防のための職場づくり――実効性ある3つの柱

法律上の義務を果たすだけでなく、実際に職業性疾病を防ぐためには、職場の実態に即した予防の仕組みを構築することが重要です。以下の3つの柱を意識して取り組みましょう。

第1の柱:リスクの「見える化」

職業性疾病の予防における最初のステップは、自社の業務に潜むリスクを具体的に洗い出すことです。化学物質を使用している場合はSDSを全品目整備し、作業環境測定(作業場の空気中の有害物質濃度などを測定すること)の結果を経営層が把握できるルートを整備します。

製造業でなくても見落としてはならないリスクがあります。長時間のパソコン作業は眼精疲労・頸肩腕障害の原因となりえますし、重い荷物を日常的に運ぶ業務では腰痛が慢性化するリスクがあります。こうしたリスクを「当たり前のこと」として見過ごさないよう、職場巡視を定期的に行い、エルゴノミクス(人間工学:人の身体的・認知的特性に配慮した作業設計の考え方)の観点から作業環境や動線を見直すことが有効です。

第2の柱:健康情報の活用と産業保健体制の整備

健康診断の結果は、職業性疾病の予防に活用できる貴重な情報です。有所見率の推移、特定の部署・業務に従事する社員の健康状態の変化などを時系列でモニタリングすることで、職場環境に起因する健康問題の兆候を早期に捉えることができます。

産業医の選任義務は常時50人以上の労働者を使用する事業場に課されていますが(安衛法第13条)、50人未満の小規模事業場であっても、地域産業保健センター(都道府県の産業保健総合支援センターを通じて紹介を受けられる)を活用することが可能です。また、労働者数が50人未満であっても、産業医との契約を任意に結ぶことは当然可能であり、職業性疾病のリスクが高い業種では積極的に検討すべきでしょう。

さらに、精神的ストレスに起因する疾病の予防には、メンタルヘルス対策との連携も欠かせません。メンタルカウンセリング(EAP)のような外部相談窓口を設けることで、従業員が不調を抱え込まずに早めに相談できる環境を整えることができます。

第3の柱:「申告しやすい」職場文化の醸成

どれだけ制度を整えても、従業員が「少しくらい我慢しよう」「体調不良を訴えたら仕事を外されるかもしれない」と感じていれば、早期発見につながりません。身体の異変を気軽に申し出られる窓口を設け、上司や同僚に知られずに産業医・保健師へ相談できる仕組みを用意することが重要です。

また、複数の従業員に同様の症状が同時期に現れた場合は、個人の体質・生活習慣の問題として処理するのではなく、職場環境に共通の原因がある集団発生として疑う姿勢を持つことが必要です。この視点が、職業性疾病の早期発見においてきわめて重要です。

疾病が疑われた場合の早期対応フロー

予防の取り組みを進めていても、疾病の発症をゼロにすることは難しい場合があります。職業性疾病が疑われる事態が発生した際に、適切かつ迅速に対応するための基本的な流れを確認しておきましょう。

ステップ1:業務起因性の初期確認と専門家への相談

従業員が業務に関連すると考えられる症状を訴えた場合、まず行うべきことは業務との関連性(業務起因性)の初期確認です。どのような作業をどれくらいの期間・頻度で行っていたか、同様の作業をしている他の社員に異変はないかを確認します。

この判断を事業主が単独で行うことには限界があります。産業医または主治医に状況を伝えて意見を求めるとともに、必要に応じて労働基準監督署や地域産業保健センターに相談することを躊躇しないでください。業務起因性の判断を誤ったり、対応を後回しにしたりすることで、後のトラブルが深刻化するケースがあります。

ステップ2:就業制限と適切な療養環境の確保

医師の意見に基づき、必要であれば就業制限(作業内容の変更・労働時間の短縮・休業など)を速やかに実施します。現場の人手不足や業務の繁忙を理由に就業制限を先送りすることは、症状を悪化させるだけでなく、事業者としての安全配慮義務違反にもなりかねません。

安衛法第68条は、感染性の疾患など就業によって疾病が悪化したり、他の労働者に感染したりするおそれがある場合に、就業禁止措置を講じることを事業者に義務づけています。この規定を踏まえた適切な判断が求められます。

ステップ3:労災申請と再発防止策の実施

業務起因性が認められる、または認められる可能性がある場合、労働者災害補償保険(労災保険)の申請手続きを進めます。労災申請は労働者の権利であり、事業者が申請を妨げたり意図的に遅らせたりすることは法律に反する行為です。「労災を申請すると会社の評判が下がる」と恐れて対応を先延ばしにすることは、かえって大きなリスクを招きます。

申請手続きと並行して、職場における再発防止策を文書化し、安全衛生委員会(常時50人以上の事業場で設置義務あり)や労働者代表と共有します。50人未満の事業場であっても、従業員への説明と対策の共有を丁寧に行うことが信頼回復と職場環境改善につながります。

実践ポイント――今日からできる取り組み

職業性疾病の予防と早期対応に向けて、特にリソースが限られた中小企業が優先して取り組むべき実践ポイントを整理します。

  • 自社業務のリスクを棚卸しする:使用している化学物質・作業内容・労働時間の実態を改めて確認し、職業性疾病のリスクがある箇所を書き出す
  • 健康診断の結果を「使う」仕組みをつくる:有所見者への医師意見聴取と就業上の措置を一連のフローとして標準化する
  • 特殊健康診断の対象業務を確認する:自社の業務内容が特殊健康診断の対象に該当していないか、安衛法・じん肺法・石綿障害予防規則等を参照して確認する
  • 化学物質管理の法改正対応を確認する:使用中の化学製品のSDSを整備し、リスクアセスメントの実施状況を点検する
  • 産業保健の外部リソースを活用する産業医の選任義務がない小規模事業場でも、地域産業保健センターや産業医サービスを積極的に活用する
  • 相談しやすい環境を整える:体調不良を申告しやすい窓口と、匿名で相談できる外部の専門機関(EAPなど)を組み合わせる
  • 対応マニュアルを事前に作成する:疾病が発生した際の連絡フロー・医師意見聴取の手順・労災申請の流れを事前に整理しておく

まとめ

職業性疾病は、特定の業種や規模の企業だけに関係する問題ではありません。デスクワーク中心の職場にも、小規模な企業にも、それぞれ固有のリスクが存在します。重要なのは、「自社には関係ない」という思い込みを手放し、自社の業務に潜むリスクを正面から捉えることです。

法律が求める義務(健康診断の実施と結果活用、特殊健康診断の実施、化学物質管理、就業制限の実施など)を確実に履行したうえで、「申告しやすい職場文化」と「健康情報を活かす仕組み」を組み合わせることで、多くの職業性疾病は予防または早期発見が可能になります。

そして万が一疾病が発生した場合も、業務起因性の確認・専門家への相談・就業制限・労災申請・再発防止というフローをあらかじめ整理しておくことで、適切かつ迅速な対応が可能になります。従業員の健康を守ることは、企業の持続的な成長を支える基盤です。今一度、自社の産業保健体制を見直すきっかけにしていただければ幸いです。

よくある質問(FAQ)

従業員が50人未満の中小企業でも産業医を選任する必要がありますか?

労働安全衛生法第13条に基づく産業医の選任義務は、常時50人以上の労働者を使用する事業場に課されています。50人未満の事業場には法定の選任義務はありませんが、地域産業保健センター(産業保健総合支援センターを通じて相談・紹介を受けられます)の無料サービスを利用することができます。また、職業性疾病のリスクが高い業種・業態であれば、任意で産業医と契約することも有効な選択肢です。

健康診断で異常なし(有所見なし)だった従業員が職業性疾病を発症した場合、会社の責任はどうなりますか?

健康診断の結果が有所見なしであっても、職場の作業環境や業務内容に起因する疾病が発症した場合、事業者が安全配慮義務(安衛法・民法の一般原則に基づき、労働者の安全・健康を守るために適切な措置を講じる義務)を果たしていたかどうかが問われます。作業環境測定の実施・リスクアセスメントの実施・保護具の管理などを適切に行っていたかどうかが判断の基準となりえるため、日常的な予防措置の記録を残しておくことが重要です。

化学物質を使っていないオフィス系企業でも、職業性疾病の予防対策は必要ですか?

必要です。オフィス環境でも、長時間のVDT(パソコン・タブレット等の画面表示端末)作業による眼精疲労・頸肩腕障害、慢性的な長時間労働による脳・心臓疾患、強いストレスに起因する精神障害などが職業性疾病として認定される可能性があります。これらは労働基準法別表第1の2に規定された業務上疾病に含まれるため、IT系・サービス系企業においても予防の取り組みと健康管理の仕組みづくりが求められます。

監修・運営:INTERMIND株式会社

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