「電子帳簿保存法に対応しなければならないのはわかっているが、労務書類の電子化とどう違うのか整理できていない」——中小企業の経営者や人事担当者からこうした声を聞く機会が増えています。2022年・2024年と立て続けに法改正が行われ、情報を追いかけるだけでも一苦労という状況が続いています。
本記事では、電子帳簿保存法(以下「電帳法」)と労務書類の電子化について、何が義務で何が任意なのかという根本的な疑問から、同意取得の手順・システム選定のポイントまでを体系的に解説します。法律の全条文を理解する必要はありません。まず「自社が最優先でやるべきこと」を明確にすることを目標に読み進めてください。
電子帳簿保存法と労務書類の電子化は「別の話」として整理する
多くの経営者が最初につまずくのが、電帳法と労務書類の電子化を同じ文脈で語ってしまうことです。この二つは、適用される法律も管轄省庁も異なります。混同したまま進めると、対応の優先順位を誤ったり、必要のない作業に工数を割いたりする原因になります。
まず大きな枠組みを確認しましょう。
- 電子帳簿保存法:国税庁が所管する法律で、会計帳簿・取引関連書類の保存方法を規定します。経理・財務領域が主な対象です。
- 労務書類の電子化:労働基準法・社会保険関係法令・所得税法など複数の法律が関係します。厚生労働省や年金機構など複数の機関が関与します。
この二つを「デジタル化推進」という文脈で一緒に語ることは多いのですが、対応すべき内容・要件・義務の有無はまったく別物です。それぞれを独立したテーマとして理解することが、正確な対応への第一歩です。
電帳法の三区分と2024年の義務化:経営者が最低限知るべき内容
電帳法には大きく三つの区分があります。この区分によって「義務か任意か」が変わるため、まずここを押さえてください。
①電子帳簿等保存(任意)
会計ソフトなどで作成した帳簿や書類を、そのまま電子データとして保存する方法です。現時点では任意対応です。ただし、一定要件を満たす「優良電子帳簿」として保存すると、申告漏れが発覚した場合の過少申告加算税が軽減される(通常10%のところ5%へ)というメリットがあります。
②スキャナ保存(任意)
紙で受け取った契約書・請求書などをスキャンして電子保存する方法です。こちらも任意ですが、導入する場合は一定の技術的要件を満たす必要があります。主な要件は解像度200dpi以上・カラー保存・タイムスタンプの付与(またはシステムによる訂正削除記録)などです。
タイムスタンプとは、電子データが特定の時刻に存在し、その後改ざんされていないことを証明する仕組みです。スキャン後、最長2ヶ月と7営業日以内に付与することが求められています(2022年改正で緩和)。
③電子取引データ保存(2024年1月より完全義務化)
ここが最も重要なポイントです。メールに添付された請求書・PDFで送られてきた領収書・クラウドサービス上の取引記録など、電子的に授受した取引データはすべて電子のまま保存することが義務となりました(2024年1月から宥恕措置が終了)。
宥恕措置とは、本来は義務であるものの一定期間は違反を問わないという猶予期間のことです。この猶予が2023年末に終了したため、2024年1月以降は電子で受け取った書類を「印刷して紙で保存」する対応は原則として認められません。
保存要件として求められるのは主に以下の三点です。
- 検索機能の確保:日付・取引金額・取引先の3項目で検索できる状態にすること
- ファイルの改ざん防止措置:タイムスタンプの付与、または訂正削除の履歴が残るシステムの利用
- 視認性の確保:ディスプレイや印刷によって内容を確認できること
ただし、売上高1,000万円以下の小規模事業者については検索要件が緩和されており、税務調査の際にデータを整理して提示できる状態であれば足りるとされています。また、売上高5,000万円以下の事業者についても、税務調査の際に電子データをダウンロードして提供できる場合は検索要件の一部が緩和されています。自社の規模に応じた要件を税理士等の専門家に確認することが重要です。
現実的な対応策としては、ファイル名のルールを統一する方法が比較的導入しやすいとされています。たとえば「20240315_株式会社〇〇_50000」(日付_取引先_金額)のような命名規則を設け、フォルダ構造を整理することで、検索要件を満たせる場合があります。クラウド会計ソフト(freee・弥生クラウド・マネーフォワードクラウドなど)を活用すれば、より確実に要件を充足しやすくなります。
労務書類の電子化:義務・任意・手続きを法令ごとに整理する
労務書類の電子化は複数の法律が関係するため、一覧で整理することが理解の早道です。
労働条件通知書の電子交付(労働基準法第15条)
採用時に渡す労働条件通知書は、2019年より電子交付が解禁されています。ただし、労働者が希望した場合に限り電子交付が認められるという要件があります。会社側から一方的に電子交付に切り替えることはできません。
また、電子交付の際には、労働者が自ら出力・印刷できる環境が整っていることも必要です。スマートフォンのみの使用環境で確認が困難な場合などは、配慮が求められます。
2024年4月の労働基準法施行規則改正により、明示事項が拡大しました。就業場所・業務の変更の範囲、有期雇用の更新上限、無期転換申込機会などが追加されています。電子書式を利用している場合は、この項目追加に対応した書式の見直しが必要です。
給与明細の電子交付(所得税法第231条)
給与明細の電子化は、所得税法に基づいて実施します。電子交付にするためには、労働者の承諾を得ることが法律上の要件です。口頭での承諾は後日の確認が難しくなるため、書面またはメールなど記録に残る形での取得・保管を徹底してください。
なお、承諾を得た記録自体も保管しておく必要があります。承諾を得た日付・方法・内容を一元管理しておくことで、トラブル発生時の対応が容易になります。
法定三帳簿の電子保存
賃金台帳・労働者名簿・出勤簿(法定三帳簿と呼ばれます)は、いずれも電子保存が認められています。保存期間は労働基準法上は5年間ですが、現時点では経過措置として当分の間は3年間とされています。ただし、将来的に5年間への統一が予定されているため、当初から5年保存を前提にした運用を構築しておくことが無難です。
社会保険・雇用保険の電子申請
2020年から、資本金1億円超の法人については健康保険・厚生年金・雇用保険などの手続きにおける電子申請が義務化されています。中小企業はこの義務の対象外ですが、電子申請への移行は処理時間の短縮・郵送コストの削減・ミスの防止といった観点から推奨されています。e-Gov(イーガブ)という政府の電子申請システムや、人事労務システムとの連携で対応することが一般的です。
電子化推進における技術的・運用的なハードル
法的要件を理解した上で、次に問題となるのが「実際にどう運用するか」です。特に中小企業では専任のIT担当者がいないケースも多く、技術的な要件への対応に不安を感じる方が少なくありません。
タイムスタンプへの対応
タイムスタンプは専用の認定サービスを通じて付与する方法と、クラウドサービスのシステムログで代替する方法があります。後者の場合、利用しているシステムが「訂正・削除の履歴が残る機能」を持っていることが条件となります。クラウドサービスを選定する際には、この点を事前に確認しておくことが必要です。
社内規程の整備
電帳法への対応では、社内規程の整備が不可欠です。「電子帳簿保存規程」を作成し、以下の内容を明文化することが求められます。
- 対象書類の範囲と保存方法
- 担当者・責任者の役割分担
- 保存フォルダの構造とファイル命名規則
- 訂正・削除が発生した場合の手続き
スキャナ保存を導入する場合には、相互けん制体制(受領者以外の者が確認する仕組み)の整備も必要とされています。一人の担当者がすべての作業を完結させる体制は、要件を満たさない可能性があるため注意が必要です。
人事労務システムの選定
労務書類の電子化を進めるにあたり、人事労務システムの導入を検討する場合は以下の点を確認してください。
- 電帳法要件(タイムスタンプ・検索機能)に対応しているか
- マイナンバーの安全な管理機能があるか
- e-Gov電子申請との連携が可能か
- 給与明細・労働条件通知書の電子交付機能があるか
- クラウド型でBCP(事業継続計画)対策にもなるか
クラウド型のシステムは、災害時のデータ消失リスクを軽減できる点でも、中小企業にとってメリットがあります。オンプレミス型(自社サーバーで運用する方式)に比べて初期費用を抑えやすく、法改正への対応アップデートをベンダー側が担ってくれるケースも多いです。
実践ポイント:段階的に進めるための優先順位
「何から手をつければよいか」という問いに対して、以下の順序で検討することをお勧めします。
ステップ1:電子取引データ保存への対応(最優先)
すでに義務化されているため、メール添付の請求書・領収書・契約書の取り扱いを即座に見直してください。まずは現状の電子取引の洗い出しを行い、受け取り方法・保存場所・ファイル名のルールを統一します。クラウド会計ソフトの導入が難しい場合でも、フォルダ構造とファイル名規則の整備だけでも一定の要件を満たせる可能性があります。
ステップ2:給与明細の電子化
コスト削減効果が高く、従業員への説明と承諾取得という明確な手順がある点で取り組みやすい領域です。承諾書の様式を整備し、既存従業員への説明会を開催した上で承諾を取得・保管してください。新入社員については入社手続きの書類に組み込むことで、継続的な管理が容易になります。
ステップ3:労働条件通知書・雇用契約書の電子化
労働者からの希望が前提となるため、強制はできませんが、電子交付のメリット(手続きのスピードアップ、紛失リスクの低減)を丁寧に説明することで同意を得やすくなります。2024年4月の改正で明示事項が追加されているため、書式の見直しと併せて電子化を検討するタイミングとして適しています。
ステップ4:社内規程の整備と定期的な見直し
システムを導入しても、社内規程がなければ適切な運用は担保されません。電子帳簿保存規程・情報管理規程などを整備し、少なくとも年1回は法改正への対応を確認する機会を設けてください。社会保険労務士や税理士と定期的に確認する体制を作ることも、法令遵守の継続という点で有効です。
まとめ
電帳法と労務書類の電子化は、混同しがちですが異なる法律・要件に基づく別々の取り組みです。最も重要なのは、電子取引データ保存がすでに義務化されているという事実を認識し、対応が遅れている場合は直ちに着手することです。
労務書類の電子化については、労働者の希望・承諾が必要なものと、会社の判断で進められるものが混在しています。法的要件を正確に理解した上で、従業員への丁寧な説明と記録の保管を徹底することが、後のトラブル防止につながります。
電子化は一度に完成させる必要はありません。優先順位を明確にして段階的に進め、社内規程と運用体制を着実に整えていくことが、持続可能なデジタル化への近道です。法改正が続く分野でもあるため、税理士・社会保険労務士などの専門家との連携を視野に入れながら、定期的な情報更新を欠かさないようにしてください。
よくある質問
Q1: 電子帳簿保存法と労務書類の電子化は何が違うのですか?
電子帳簿保存法は国税庁が所管し、会計帳簿・取引関連書類の保存方法を規定する経理・財務領域の法律です。一方、労務書類の電子化は労働基準法や社会保険関係法令など複数の法律が関係し、厚生労働省や年金機構など複数の機関が関与します。管轄省庁も適用される法律も異なるため、別のテーマとして対応すべきです。
Q2: 2024年に電子帳簿保存法で完全義務化されたのは何ですか?
メールやPDFで受け取った請求書・領収書など、電子的に授受した取引データを電子のまま保存することが完全義務化されました。これまでの宥恕措置が2023年末に終了したため、2024年1月以降は電子で受け取った書類を印刷して紙で保存することは原則として認められません。
Q3: 電子取引データ保存の要件は何ですか?
主に3つの要件があります:(1)日付・取引金額・取引先の3項目で検索できる検索機能の確保、(2)タイムスタンプの付与または訂正削除の履歴が残るシステムの利用によるファイルの改ざん防止、(3)ディスプレイや印刷で内容を確認できる視認性の確保です。ファイル名を統一したり、クラウド会計ソフトを活用することで要件を満たしやすくなります。
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