従業員が深夜に「もう限界かもしれない」と感じたとき、あるいは職場でのハラスメントに悩んでいるとき、その従業員はどこに相談できるでしょうか。翌朝まで一人で抱え込むのではなく、すぐに話を聞いてもらえる場所があるかどうか——それが、24時間相談窓口の本質的な価値です。
しかし、「大企業が導入するもの」「コストがかかりすぎる」「種類が多くてどれを選べばよいかわからない」といった理由から、多くの中小企業では導入が後回しになっているのが実情です。さらに、2022年4月からはパワーハラスメント防止措置が中小企業にも義務化され、相談窓口の設置は法的な要請にもなっています。
この記事では、中小企業の経営者・人事担当者の方が24時間相談窓口を選ぶ際に必要な知識を、法的根拠・費用感・選定基準・導入手順まで体系的に解説します。
なぜ今、24時間相談窓口が必要なのか
まず、法律面から確認しておきましょう。相談窓口の整備は、単なる「従業員への配慮」ではなく、事業者としての法的義務に関わる問題です。
労働安全衛生法第69条は、事業者が労働者の心身の健康保持増進に努める義務を定めています(努力義務)。また同法第66条の10では、従業員50人以上の事業場にストレスチェックの実施を義務付けており、高ストレス者への面接指導と連携する相談体制の整備が強く推奨されています。50人未満の事業場はストレスチェックこそ努力義務ですが、相談体制の整備は全規模の事業者に求められています。
さらに重要なのがハラスメント関連法の改正です。2022年4月以降、パワーハラスメント防止措置はすべての企業に義務化されました。この措置義務の一つとして「相談窓口の設置」が明記されており、外部委託による窓口設置も認められています。セクシャルハラスメントやマタニティハラスメントについても同様に、相談窓口の設置は法的義務です。
加えて、労働契約法第5条が定める安全配慮義務(使用者が労働者の生命・身体・精神の安全に配慮する義務)の観点からも、相談窓口が未整備のままメンタル不調が悪化した場合、安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。法的リスクの回避という観点からも、24時間相談窓口の整備は経営上の重要課題といえます。
サービスの種類と目的の整理——何のための窓口を設置するのか
一口に「24時間相談窓口」といっても、その種類や目的はさまざまです。混乱を避けるために、まず代表的な種類を整理しておきましょう。
EAP(従業員支援プログラム)
EAP(Employee Assistance Program)は、メンタルヘルス全般を対象とした外部委託型の包括的支援サービスです。電話やチャットによる相談受付にとどまらず、カウンセリング、職場復帰支援、管理職向け研修までカバーするものが多く、最もオールラウンドな選択肢といえます。メンタルカウンセリング(EAP)を検討している企業には、まずEAPの全体像を理解することをおすすめします。
ハラスメント専用相談窓口
パワハラ・セクハラなどのハラスメント相談に特化したサービスです。法的対応や社内調査のサポート機能を持つものもあります。ハラスメント防止措置の義務履行を主目的とする場合に適しています。
産業医・保健師連携型
医療的サポートを重視したサービスです。相談内容に応じて医療機関への紹介や診断書対応が可能なケースもあり、すでに産業医サービスを活用している企業が相談窓口と連携させると効果が高まります。
公的窓口(よりそいホットライン等)
国や自治体が提供する無料の相談窓口です。費用がかからない点は魅力ですが、企業との連携機能はなく、個別の職場環境への対応には限界があります。企業が設置する相談窓口の代替としては機能しません。
どの種類を選ぶかは、「何の課題を最優先で解決したいか」によって決まります。メンタルヘルス全般の底上げを図りたいならEAP、ハラスメント対応の法令遵守が急務ならハラスメント専用窓口、医療的サポートとの連携を重視するなら産業医連携型——という形で目的から逆算することが選定の第一歩です。
サービス選定時に確認すべき7つのポイント
目的が明確になったら、次は具体的なサービスの比較・評価に入ります。以下の7項目を軸に、複数のサービスを比較検討することをおすすめします。
1. 対応時間と対応方法の実態
「24時間対応」と謳っていても、その実態はさまざまです。夜間・休日もスタッフが常駐しているのか、それとも録音対応や翌日折り返しなのかを必ず確認してください。本当の意味での24時間対応は、夜間・休日のシフト体制が整っていることを意味します。また、電話だけでなくチャット・メール・対面など複数の相談チャンネルがあると、従業員が利用しやすくなります。
2. 相談員の専門性と資質
公認心理師・臨床心理士・社会保険労務士・産業カウンセラーなどの資格保有者がどの程度在籍しているか確認しましょう。また、相談員が適切なサポートを受けているかを示すスーパービジョン体制(上位の専門家による指導・監督の仕組み)の有無も重要な判断材料です。
3. 守秘義務と情報管理の範囲
従業員が相談窓口を利用しない最大の理由の一つが、「相談内容が会社にばれる」という不安です。適切なサービスでは、会社への報告は個人が特定されない形での統計情報のみが基本です。ただし、自傷他害のリスクがある緊急時にはどのような対応プロトコルがあるかも事前に確認しておく必要があります。相談内容は要配慮個人情報(個人情報保護法上、特に慎重な取り扱いが求められる情報)に該当する可能性が高いため、守秘義務契約の内容もしっかり確認してください。
4. 自社規模・業種への対応実績
中小企業(おおむね300人以下の規模)への支援実績があるかどうかは重要なチェックポイントです。大企業向けに設計されたサービスでは、中小企業特有の課題(人事担当者が少ない、管理職が兼務で忙しい、特定の職種や業種への理解が浅いなど)に対応しきれない場合があります。製造業・介護・小売業など自社の業種特有のストレス要因を理解しているかも確認するとよいでしょう。
5. 価格体系の透明性と費用感
料金体系には主に「月額固定型」「利用従量型(相談件数に応じた課金)」「ハイブリッド型」があります。費用の相場感としては、従業員1人あたり月額300〜1,500円程度が一般的ですが、サービス内容によって大きく異なります。初期費用や最低契約期間、解約条件についても必ず事前確認しましょう。なお、一部のEAP導入費用は職場環境改善計画助成金の対象となる場合があるため、各都道府県の産業保健総合支援センターに相談してみることもおすすめです。
6. 緊急時・危機対応能力
自殺念慮・深刻なハラスメント被害・DVなど、重大なリスクを伴う相談にどう対応するかは、事前に確認すべき最重要事項の一つです。医療機関・警察・行政との連携体制が整っているか、危機対応の専門プロトコルが明文化されているかを確認してください。この部分が曖昧なサービスは、本当に必要な場面で機能しない可能性があります。
7. 導入後のサポート体制
契約後の運用を支えるサポート体制も選定の重要な要素です。従業員向けの周知ツール(ポスター・カード・社内イントラ用素材など)の提供、管理職向け研修・ラインケアサポート(上司が部下の相談を受けるための支援)の有無、そして利用状況レポートの内容と頻度を確認しましょう。月に一度でも利用状況の集計レポートが届くと、経営層への報告や施策改善に活用できます。
導入から運用定着までの実務手順
選定ポイントを理解したうえで、実際の導入プロセスも把握しておきましょう。以下の5ステップが実務上の標準的な流れです。
- STEP1:目的・優先課題の整理 メンタルヘルス対応を重視するのか、ハラスメント相談対応の法令遵守が急務なのか、あるいは総合的な相談体制を整備したいのかを明確にします。
- STEP2:複数社への見積もり・デモ依頼 3〜5社程度に絞って比較します。デモや試用期間の提供があるサービスは積極的に活用しましょう。
- STEP3:トライアル利用の活用 無料トライアル期間がある場合は、実際に相談窓口に問い合わせてみて対応の質を確認することも有効です。
- STEP4:導入決定・契約 守秘義務条項・緊急時対応プロトコル・情報管理体制を必ず確認したうえで契約します。
- STEP5:従業員への周知と定着 就業規則への明記、説明会の開催、ポスターや相談カードの掲示・配布など複数の方法で継続的に周知します。
特に重要なのがSTEP5です。窓口を設置しても従業員に認知されなければ利用されません。「相談しても会社にはわからない」「困ったときにいつでも使えるサービス」であることを繰り返し伝えることが、利用率向上の鍵となります。
実践ポイント:中小企業が押さえておくべき導入のコツ
最後に、中小企業が24時間相談窓口を導入・運用するうえで特に意識してほしいポイントをまとめます。
- 「完璧なサービス」を待たない まずは法的義務(ハラスメント相談窓口)をクリアすることを優先し、段階的に機能を拡充するアプローチが現実的です。
- 管理職を巻き込む 管理職がラインケアの重要性を理解していないと、窓口の存在を部下に伝える動線が生まれません。導入時に管理職向けの説明・研修を行うことが定着の近道です。
- 定期的に利用状況を確認する 利用率が低い場合は、周知が不十分なのか、利用しにくい設計なのかを分析し、改善につなげることが大切です。利用率ゼロのまま契約し続けることが「無駄」になるのではなく、利用率を上げる努力をしないことが問題です。
- 公的資源との組み合わせを考える 各都道府県の産業保健総合支援センターは無料で相談・支援を提供しています。外部委託サービスと公的資源を組み合わせることで、コストを抑えながら相談体制を充実させることができます。
- 守秘義務の周知を徹底する 「相談内容は会社に報告されない(緊急時を除く)」という原則を、導入時だけでなく定期的に従業員に伝え続けることが信頼構築につながります。
まとめ
24時間相談窓口の選定は、「とりあえず安いもの」「有名なもの」で決めるのではなく、自社の課題・規模・目的に合ったサービスを選ぶことが大切です。法的義務への対応、従業員の心身の安全、そして万が一の危機対応——これらをバランスよく満たすサービスを、7つの確認ポイントを軸に比較検討してください。
中小企業だからこそ、一人ひとりの従業員が職場の雰囲気や人間関係に与える影響は大きく、早期に相談できる環境があることが組織全体の健全性を守ることにつながります。まず「目的の明確化」から始め、複数のサービスを比較・試用しながら、自社に最適な相談窓口を整備していきましょう。
Q. 従業員が10人以下の小規模事業者でも24時間相談窓口は必要ですか?
規模にかかわらず、ハラスメント相談窓口の設置はすべての企業に法的義務として課されています(2022年4月〜)。従業員10人以下であっても外部委託による設置が認められており、比較的低コストで対応できるサービスも増えています。小規模事業者ほど、一人の従業員の不調が事業全体に影響するリスクが高いため、早期相談できる環境の整備は経営上も重要といえます。
Q. 相談内容はどこまで会社に報告されますか?
適切に設計されたEAPや外部相談窓口では、会社への報告は個人が特定されない統計情報(利用件数・相談カテゴリ等)に限られるのが原則です。ただし、自傷他害のリスクがある緊急事態では例外的な対応が取られる場合があります。契約前に守秘義務の範囲と緊急時の対応プロトコルを書面で確認しておくことが重要です。
Q. EAPサービスの費用相場はどのくらいですか?
一般的には従業員1人あたり月額300〜1,500円程度が目安とされていますが、サービス内容(相談チャンネルの種類・専門家の資格・カウンセリング回数の上限など)によって大きく異なります。月額固定型と利用従量型でも総コストが変わるため、自社の従業員数と想定利用頻度をもとに複数社から見積もりを取ることをおすすめします。







