毎年秋から冬にかけて、協会けんぽから従業員宛に「特定保健指導のご案内」という封書が届くことがあります。しかし、多くの中小企業では「そもそも特定保健指導とは何か」「会社として何をすればよいのか」が把握されておらず、従業員本人任せになってしまっているケースが少なくありません。
特定保健指導は、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の予防・改善を目的とした保健指導制度であり、法律に基づいて運営されています。制度の仕組みを正しく理解し、会社として適切に関与することは、従業員の健康維持はもちろん、健康経営の推進にもつながります。
本記事では、協会けんぽの特定保健指導について、人事・労務担当者が押さえておくべき基本知識から実務上の対応ポイントまでを詳しく解説します。
特定保健指導とは何か――制度の基本と法的根拠
特定保健指導とは、特定健診(メタボ健診)の結果に基づき、生活習慣病の発症リスクがある人に対して、保健師や管理栄養士が生活習慣の改善を支援する保健指導プログラムのことです。
この制度の根拠法は「高齢者の医療の確保に関する法律(高確法)」であり、第18条および第24条において、保険者(協会けんぽや健康保険組合など)に対して特定健診・特定保健指導の実施が義務付けられています。つまり、制度を運営する主体は保険者であり、会社(事業主)ではありません。この点は後述しますが、よくある誤解の一つです。
協会けんぽ(全国健康保険協会)は、主に中小企業の従業員とその家族が加入する公的な医療保険です。協会けんぽが実施する特定保健指導の対象者は、40歳から74歳までの被保険者(従業員本人)および被扶養者(主に配偶者)となっています。
2024年度から2029年度にかけての第3期計画では、特定健診の実施率70%以上、特定保健指導の実施率45%以上という目標が設定されています。現状では実施率が目標を大きく下回る地域も多く、事業主側の協力が実施率向上のカギを握っています。
特定健診と特定保健指導の違い――混同しやすい2つの制度
「特定健診」と「特定保健指導」は名称が似ており、混同されがちです。しかし、この2つは別々のステップを指しています。
特定健診(メタボ健診)は、生活習慣病のリスク要因(腹囲、血圧、血糖、脂質など)を検査するための健康診断です。一方、特定保健指導は、その結果に基づいてリスクがあると判定された人を対象に実施される、個別の生活改善支援です。
また、特定健診と労働安全衛生法に基づく定期健診(一般定期健診)も別制度です。根拠法令も実施主体も異なりますが、両者を連携させる「事業主健診データ提供制度」を活用することで、従業員が二重に健診を受ける手間を省くことができます。この制度を利用するには協会けんぽへの申請が必要ですが、従業員の負担軽減につながるため、まだ活用していない企業は積極的に検討することをお勧めします。
対象者の選定基準と保健指導の区分
特定健診を受けた全員が特定保健指導の対象になるわけではありません。協会けんぽが健診結果を分析し、リスクの程度に応じて対象者を選定します。この選定のプロセスを「階層化」と呼びます。
対象者の選定基準
まず、以下のいずれかに該当する場合に「腹囲基準を満たす」と判定されます。
- 腹囲:男性85cm以上、女性90cm以上
- 腹囲が上記未満でも、BMI(体格指数)が25以上
腹囲基準を満たした上で、血糖・脂質・血圧・喫煙歴の組み合わせによって追加リスクが評価されます。リスクの数と年齢によって、以下の3区分に振り分けられます。
保健指導の3区分
- 積極的支援:リスクが高い人が対象。初回面談に加えて3〜6ヶ月間の継続的な支援を受け、最終的に実績評価が行われます。
- 動機付け支援:リスクが比較的低い人が対象。初回の個別またはグループ面談を受け、3〜6ヶ月後に実績評価が行われます。
- 情報提供:リスクが低い人が対象。健診結果の情報提供のみで、面談等の支援はありません。
支援は保健師や管理栄養士などの有資格者が担当し、食事・運動・禁煙など生活習慣の改善に向けた具体的なアドバイスが提供されます。
費用負担と申込の流れ――従業員に正しく案内するために
費用の取扱い
従業員(被保険者)本人が受ける特定保健指導の費用は、協会けんぽが全額負担します。従業員が自己負担することなく保健指導を受けられるため、この点を社内で周知することが受講促進につながります。
ただし、被扶養者(配偶者など)については一部自己負担が生じる場合があります。自己負担額は都道府県の協会けんぽ支部によって異なるため、詳細は各都道府県の支部に確認することをお勧めします。
なお、就業時間内に保健指導を受けさせる場合の賃金の取扱いは法令上の定めがなく、会社の就業規則や方針によります。受講を促進する観点から、就業時間内の受講を認める旨をルール化することが効果的です。
申込から修了までの流れ
- 特定健診(または定期健診)を受診する
- 協会けんぽが健診結果を分析し、対象者を選定する
- 協会けんぽから対象の従業員(または被扶養者)に案内が送付される
- 対象者が協会けんぽまたは指定の保健指導機関に申し込む
- 保健師・管理栄養士等による初回面談を受ける
- 区分に応じて継続支援を受ける(積極的支援の場合)
- 6ヶ月後に実績評価が行われ、支援が完了する
申込から完了まで数ヶ月かかるプログラムであることを、従業員にあらかじめ説明しておくと安心です。また、メンタルカウンセリング(EAP)など、保健指導と並行して心身の健康をサポートする仕組みを整えることで、従業員が相談しやすい環境をつくることができます。
よくある誤解と失敗パターン――人事担当者が知っておくべき注意点
誤解①「会社が実施義務を負う」
特定保健指導の実施義務を負うのは、あくまでも保険者である協会けんぽです。会社(事業主)は直接の実施義務を負わず、従業員が受講しなかったからといって会社が直接罰則を受けるわけではありません。
ただし、従業員の健康に配慮する「安全配慮義務」の観点から、会社として受診勧奨や環境整備を行うことは重要です。また、協会けんぽの特定保健指導実施率が著しく低い場合、同法第29条の規定により保険者が後期高齢者医療への支援金を加算されるペナルティがあります。これは保険者側のペナルティですが、結果的に保険料率の見直しに影響する可能性があることも念頭に置いておくとよいでしょう。
誤解②「特定健診を受ければ自動的に保健指導も受けられる」
特定健診を受けても、全員が保健指導の対象になるわけではありません。健診結果の階層化によって対象者が絞り込まれるため、「健診は受けたから大丈夫」と思っている従業員でも、保健指導の案内が届いた際には別途申し込みが必要です。
協会けんぽからの案内を見逃して申込期限を過ぎてしまうケースが多いため、会社側でも案内の時期を把握し、対象者への声がけを行うことが効果的です。
失敗例:通知を本人任せにして実施率が低迷
協会けんぽから対象者に直接案内が届く仕組みになっているため、会社として「あとは本人次第」と対応を放置してしまうと実施率が低迷します。封書を開封しない、申込方法がわからない、忙しくて後回しにするといった理由で未受講に終わる従業員が多いのが現状です。
会社側から「保健指導の案内が届いている時期です」「対象の方は申込期限を確認してください」と定期的に周知するだけでも、受講率の向上が期待できます。
プライバシーへの配慮
健診結果や保健指導への参加状況は個人情報であり、本人の同意なしに会社が把握・利用することは適切ではありません。会社が受講を強制したり、受講状況を人事評価に反映させたりすることは避けるべきです。あくまでも「従業員本人が自発的に受講できる環境を整える」という姿勢で関与するようにしましょう。
中小企業が今すぐ取り組める実践ポイント
以下に、人事・労務担当者が具体的に取り組める施策をまとめます。
- 事業主健診データ提供制度を活用する:定期健診の結果データを協会けんぽに提供することで、従業員の健診機会の重複を防ぎ、スムーズな特定保健指導への移行が可能になります。協会けんぽへの申請手続きを確認してみましょう。
- 社内で案内を再周知する:協会けんぽからの案内が届く時期(秋〜冬が多い)にあわせて、社内掲示板やメールで「保健指導の案内が届いている方は、申込期限をご確認ください」と呼びかけます。
- 就業時間内の受講を認めるルールを整備する:就業規則または社内通知で、特定保健指導の受講に要した時間の取り扱いを明確にしておきましょう。受講しやすい環境を整えることが実施率向上に直結します。
- 上長からの声がけを促す:人事部門からだけでなく、職場の上長(管理職)が部下に対してやさしく声がけできるよう、管理職向けの説明会や資料配布を行うことも効果的です。
- 健康経営との連動を意識する:特定保健指導の実施率向上は、「健康経営優良法人認定」の評価項目にも関連しています。健康経営の取り組みとして位置付けることで、社内全体の意識醸成にもつながります。
より専門的な健康管理体制の構築を検討されている企業には、産業医サービスを活用して、産業医と連携した健康管理の枠組みを整えることもひとつの選択肢です。産業医が職場の健康課題を包括的に把握し、特定保健指導との連携も視野に入れた助言を行うことができます。
まとめ
協会けんぽの特定保健指導は、40歳から74歳の従業員と被扶養者を対象に、生活習慣病の予防・改善を支援する公的な制度です。制度の運営主体は協会けんぽであり、会社が直接の実施義務を負うわけではありませんが、従業員の受講を促進する環境を整えることは事業主の重要な役割です。
特定健診と特定保健指導の違いや、費用負担のルール、プライバシーへの配慮など、押さえるべきポイントは多岐にわたります。まずは事業主健診データ提供制度の活用と社内への周知徹底から始め、従業員が無理なく保健指導を受けられる職場環境を整えていきましょう。
従業員の健康は、企業の持続的な成長を支える基盤です。特定保健指導をきっかけに、職場全体の健康意識を高める取り組みを進めてみてください。
よくある質問(FAQ)
特定保健指導の対象者かどうかは、どうやって確認できますか?
特定健診(またはデータ提供制度を利用した定期健診)を受診後、協会けんぽがリスクを判定し、対象者に直接案内を送付します。従業員本人が自分の健診結果を確認したい場合は、協会けんぽのマイページ(MY健保)でも閲覧できます。会社側が個人の対象状況を把握することはプライバシーの観点から適切ではないため、案内が届いた際に確認するよう全体に周知する方法が現実的です。
従業員が特定保健指導を受けてくれない場合、会社にペナルティはありますか?
特定保健指導の実施率が低い場合にペナルティを受けるのは保険者(協会けんぽ)であり、会社(事業主)が直接的な罰則を受けることはありません。ただし、保険者側のペナルティが保険料率の動向に影響する可能性はあります。また、安全配慮義務の観点から、従業員が受講しやすい環境を整える努力を会社として行うことは重要です。
特定保健指導を受けることで従業員の健診結果が会社に伝わることはありますか?
原則として、健診結果や保健指導の参加状況などの個人情報は本人の同意なしに会社が把握することはできません。協会けんぽは個人情報の保護を前提に制度を運営しており、会社側が取得できる情報には制限があります。会社として関与できるのは、「受講を促す声がけ」「受けやすい環境の整備」などの支援的な役割に限られます。







