「社員がEAPを使わない本当の理由と、中小企業が今すぐできる利用率アップの工夫」

「EAPを導入したのに、従業員が誰も使っていない」「相談窓口があることすら知らない人が多い」——そんな声は、中小企業の経営者・人事担当者から非常によく聞かれます。

EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)は、従業員のメンタルヘルスや生活上の悩みをサポートする外部相談窓口です。厚生労働省が推奨する「四つのケア」のうち「事業場外資源によるケア」に位置づけられており、職場内の産業保健体制を補完する重要な仕組みとして注目されています。

しかし、制度を整えるだけでは機能しません。従業員に「使える」と実感させ、実際に利用率を高めるための継続的な取り組みが不可欠です。本記事では、EAP活用の啓発と利用促進に向けた具体的な工夫を、法的背景も踏まえながら解説します。

目次

なぜEAPは「あって名ばかり」になりやすいのか

EAPの利用率が低い原因は、主に以下の三つに整理できます。

①「会社にバレる」という不安

従業員の間で最も多い誤解が、「相談内容が上司や会社に報告されるのではないか」という不安です。EAPの原則として、個人の相談内容は事業者に報告されません。EAP事業者から会社側に提供されるのは、個人が特定できない集計データのみです。しかし、この守秘義務の仕組みが従業員に十分伝わっていない職場では、「会社のスパイ機関」と誤解されるケースも実際にあります。

②「メンタルが弱い人が使うもの」というスティグマ

スティグマとは、ある行動や属性に対する否定的な偏見・烙印のことです。「EAPを使う=心が弱い」という先入観が残っている職場では、従業員が自ら利用を申し出ることをためらいます。特に男性従業員・現場職・管理職といった層でこの傾向が強く、利用率が極端に低くなりやすいことが指摘されています。

③「深刻になってから使うもの」という思い込み

「自分はまだそこまでではない」という感覚から、問題が深刻化するまで利用を先送りにしてしまう従業員は少なくありません。EAPは不調になってから使うものではなく、仕事の悩み・家族関係・キャリアの迷いなど、日常の課題を気軽に相談できる窓口です。この認識のズレを埋めることが、利用促進の第一歩となります。

守秘義務の明示が利用促進の前提条件

EAP活用を促進するうえで、最初に整備すべき基盤が「守秘義務の明文化と周知」です。

個人情報保護法上、相談内容はいわゆる要配慮個人情報(病歴・精神状態等に関連する情報)に該当する可能性があります。事業者とEAP提供機関の間では、守秘義務の範囲を契約書に明確に定めることが求められます。その内容を、全従業員に対して文書・口頭の両方でわかりやすく説明することが必要です。

具体的には、以下のような説明文を制度案内に盛り込むことが効果的です。

  • 「相談内容は一切会社に報告されません」
  • 「個人が特定できる形での報告は行われません」
  • 「会社に提供されるのは全体の利用件数などの集計データのみです」

この説明を一度だけ伝えるのではなく、制度案内のたびに繰り返すことが重要です。従業員の不安は説明一回では払拭されないことがほとんどだからです。

メンタルカウンセリング(EAP)を提供する外部機関を活用する際は、守秘義務の契約条項について事前に十分確認しておくことをおすすめします。

EAP啓発の具体的な工夫:「伝え方」と「頻度」がカギ

EAPの啓発活動では、内容の正確さと同時に「どう伝えるか」と「どのくらいの頻度で伝えるか」が重要です。案内メール1回・イントラネット掲載だけで終わった場合、翌年にはほとんどの従業員がEAPの存在を忘れているというのはよくある失敗例です。最低でも年3〜4回の継続的な告知・啓発活動を計画的に行うことが望ましいと考えられています。

①さりげなく目に触れる仕組みをつくる

給与明細の同封物、トイレや休憩室の掲示板、社内イントラネットのトップページなど、従業員が日常的に目にする場所に継続的に掲示することが有効です。いつでも確認できる状態を維持しておくことで、「必要なとき」に思い出しやすくなります。

②「何でも相談できる窓口」として幅広くPRする

EAPを「メンタル不調者向け」というイメージで案内してしまうと、利用者層が限定されます。仕事の悩み・職場の人間関係・育児や介護の悩み・法律や経済的な問題まで、幅広い相談に対応していることを前面に出すことで、従業員が「自分にも関係がある」と感じやすくなります。

③ストレスチェック実施時期に合わせた告知

労働安全衛生法第66条の10に基づくストレスチェック制度は、従業員50人以上の事業場では年1回の実施が義務づけられています(50人未満は努力義務)。ストレスチェック実施のタイミングはメンタルヘルスへの関心が高まりやすい時期であり、EAPの案内を合わせて行うと効果的です。特に「高ストレス者」と判定された従業員に対して、EAPへのアクセス方法を個別に案内する仕組みを作ることで、両制度の連携が強化されます。

④入社時・年次研修での「常識化」

入社時のオリエンテーションでEAPを紹介し、その後も年次研修で定期的に触れることで、「EAPを使うことは当たり前」という感覚を職場全体に根づかせることができます。新入社員のうちから「困ったら外部窓口を使える」という認識を持ってもらうことは、長期的な職場のメンタルヘルス文化づくりに貢献します。

管理職の関与が利用率を左右する

EAPの利用促進において、管理職の役割は非常に重要です。管理職が「弱い人が使うもの」というスティグマを持っていると、部下への案内が行われず、制度が形骸化する原因となります。逆に、管理職が積極的にEAPを紹介する職場では、従業員の利用率が高まりやすいことが実務上の経験から報告されています。

ラインケア研修への組み込み

ラインケアとは、管理職(ライン)が部下のメンタルヘルスに気を配り、必要に応じて支援を行うことです。このラインケア研修の中に、「EAPの使い方」「部下への紹介の仕方」「困ったときの声のかけ方」を組み込むことで、管理職が自信を持って行動できるようになります。

1on1ミーティングへの活用

定期的な1on1ミーティングの中で、「困っていることがあればEAPに相談できる」という案内を行うことを、標準的な対応として位置づけることも有効です。管理職が抱え込まず外部リソースを活用する姿勢を示すことが、職場全体の心理的安全性(お互いに安心して意見や悩みを言える雰囲気)の向上にもつながります。

管理職自身も利用できることを強調する

EAPは部下のためだけのサービスではありません。マネジャー向けのコンサルテーション機能(部下への対応方法の相談など)を持つEAPも多く、管理職自身が利用できることを積極的にPRすることが重要です。「自分が使える」と感じることで、管理職のEAPへの理解と親近感が高まります。

経営者のコミットメントと効果測定の重要性

EAPが機能する職場には、共通して経営者・トップのコミットメントがあります。経営者自身がメンタルヘルスケアの重要性を発信し、「EAPを使うことは強さの証拠だ」というメッセージを繰り返し伝えることが、職場全体の文化を変える最も効果的なアプローチと言えます。

また、EAPを導入しっぱなしにせず、効果を測定して改善につなげる仕組みをつくることも大切です。具体的には以下のようなサイクルが推奨されます。

  • 年1回、EAP事業者から利用率・満足度・相談内容カテゴリなどの集計データを受け取り経営層に報告する
  • 利用率が低い場合は「なぜ使われていないか」を把握するためのアンケートを実施し、原因を特定する
  • 利用率を指標として産業保健計画・健康経営推進計画に組み込み、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善のサイクル)を回す

なお、産業保健総合支援センター(通称「さんぽセンター」)では、EAP周知支援や啓発資材の提供を無料で行っているケースがあります。人事担当者が少人数・兼務体制の中小企業においては、こうした外部支援の積極的な活用も検討に値します。

EAP活用促進の実践ポイントまとめ

ここまでの内容を踏まえ、中小企業の経営者・人事担当者が今日から実践できるポイントを整理します。

  • 守秘義務を繰り返し明示する:「相談内容は会社に報告されない」を制度案内のたびに伝える
  • 「メンタル不調者専用」のイメージを払拭する:仕事・家庭・キャリア・法律など何でも相談できる窓口として幅広くPRする
  • 年3〜4回の継続的な啓発を計画する:ストレスチェック時期・新年度・研修時期などに合わせて計画的に告知する
  • 管理職のラインケア研修にEAP紹介を組み込む:1on1での案内を標準化し、管理職自身も利用できることを伝える
  • 経営者がメンタルヘルスケアへの理解を発信する:トップのメッセージが職場文化を変える最大の原動力となる
  • 利用率を測定してPDCAを回す:集計データを経営指標として活用し、改善につなげる

EAPは導入して終わりではなく、育てていくものです。メンタルカウンセリング(EAP)の導入や運用改善を検討している場合は、まず現状の従業員の認知度調査から始めてみることをおすすめします。また、メンタルヘルス対策をより包括的に進めたい場合は、産業医サービスとの連携も有効な選択肢の一つです。

従業員が「困ったときに使える場所がある」と感じられる職場は、定着率や生産性にも好影響をもたらす可能性があります。制度を「絵に描いた餅」で終わらせないための継続的な取り組みが、企業と従業員双方にとっての大きな資産となるでしょう。

よくある質問

EAPを導入したばかりですが、利用率を上げるために最初に何をすべきですか?

最初に取り組むべきは「守秘義務の周知」と「EAPの対象範囲の明確な案内」です。「相談内容は会社に一切報告されない」ということを全従業員に文書と口頭で明確に伝えることが、利用促進の絶対的な前提条件です。あわせて、EAPがメンタル不調者専用ではなく、仕事・家庭・キャリアなど幅広い相談に対応していることを周知することで、より多くの従業員が「自分にも関係がある」と感じやすくなります。

中小企業でも手軽に活用できるEAPはありますか?

はい、近年は中小企業の規模や予算に合わせたEAPサービスが増えています。電話・Web・対面など複数の相談手段を持つサービスや、従業員だけでなく家族も利用できるプランを選ぶと利用ハードルが下がる傾向があります。また、産業保健総合支援センター(さんぽセンター)では無料の支援リソースも提供されているため、自社での対応が難しい場合は外部機関への相談も検討してみてください。

管理職がEAPを部下に紹介することをためらっています。どう対応すればよいですか?

管理職がEAPを紹介することをためらう背景には、「EAPは弱い人向け」というスティグマや、「どう声をかければよいかわからない」という不安があることが多いです。ラインケア研修の中に「EAPの紹介の仕方」「声のかけ方の具体例」を組み込み、管理職が自信を持って行動できるよう準備することが効果的です。また、管理職自身もEAPのマネジャー向けコンサルテーション機能を利用できることを伝えると、EAPへの親近感が高まりやすくなります。

監修・運営:INTERMIND株式会社

産業医紹介・EAPサービス(外部メンタルカウンセリング)を提供する産業保健の専門会社。精神科専門医・心理士・保健師からなるスペシャリストチームが、中小企業の職場メンタルヘルス課題を支援しています。

公式サイト産業医紹介サービスメンタルカウンセリング(EAP)

目次