「EAP、導入したのに誰も使わない」を解消する社内周知7つの実践法

「EAPを導入したのに、ほとんど誰も使っていない」——そんな悩みを抱える経営者や人事担当者は少なくありません。従業員支援プログラム(EAP:Employee Assistance Program)は、メンタルヘルス不調の予防から育児・介護・法律相談まで幅広く対応できる心強いツールです。しかし、せっかく契約・導入しても利用率が極めて低いケースが後を絶ちません。

その原因の多くは、サービス自体の問題ではなく、「社内への周知が不十分であること」にあります。一度メールを送っただけで「周知した」とみなしてしまったり、「精神的に辛い人向け」という狭い伝え方をしてしまったりすることで、本来は誰でも活用できるEAPが眠ったままになっているのです。

本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が今日から実践できる、EAP利用促進のための社内周知方法を具体的に解説します。法的根拠も交えながら、費用対効果を高めるための仕組みづくりを一緒に考えていきましょう。

目次

なぜEAPは使われないのか——利用率が低い本当の理由

EAPの利用率が伸びない背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。まず理解しておきたいのは、「使われていないのは問題がないから」という解釈が誤りだということです。

利用率ゼロや極端な低利用の主な原因として、以下が挙げられます。

  • 存在を忘れている・そもそも知らない:導入時に一度案内されただけでは、従業員の記憶に定着しません。マーケティングの世界では「7回接触の法則」とも呼ばれますが、人が情報を記憶・行動に結びつけるには繰り返しの接触が必要です。
  • プライバシーへの不安:「相談したことが会社に伝わるのではないか」という懸念は、従業員がEAPを利用する際の最大の心理的ハードルです。特に中小企業では人間関係が密なため、この不安はより強く働く傾向があります。
  • 「自分には関係ない」という誤解:「EAPはメンタルに問題を抱えた人が使うもの」という固定観念が広まっていると、健康な従業員は「自分が使うのはおかしい」と感じてしまいます。
  • アクセスの煩雑さ:利用方法がわかりにくい、連絡先が見当たらないといった物理的な障壁も利用率低下につながります。

これらの課題を解決するには、単発の案内ではなく、継続的・多層的な周知戦略が必要です。

法的背景から見るEAP周知の重要性

EAPの社内周知は、単なる福利厚生の宣伝活動ではありません。法的観点から見ても、企業には従業員のメンタルヘルス支援体制を整備し、積極的に活用を促す責務があります。

労働安全衛生法第69条では、事業者は労働者の健康保持増進に努める義務(努力義務)が定められており、EAPはその実施手段として位置づけられます。また、同法第66条の10に基づくストレスチェック制度(従業員50人以上の事業場は義務)では、高ストレスと判定された労働者への面接指導が求められており、その後の継続的なサポート手段としてEAPを紹介することは実務上の自然な流れです。

さらに、労働契約法第5条に定められた使用者の安全配慮義務(労働者が安全で健康に働けるよう配慮する義務)の観点からも、EAPの周知を怠り、メンタル不調者への支援が遅れた場合には義務違反として問われるリスクがあります。厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、復職支援の一環としてEAP活用が推奨されています。

経営者・人事担当者はEAPを「あれば便利なサービス」ではなく、安全配慮義務の履行ツールとして位置づけ、積極的に周知する必要があります。

効果的な周知の「多層化」戦略——タイミングとチャネルを分散させる

EAPの周知を定着させるには、複数のタイミングと複数のチャネルを組み合わせた「多層化」アプローチが有効です。

周知タイミングの設計

まず、入社時オリエンテーションにEAPの説明を必ず組み込みましょう。最初の印象として「この会社にはこんなサポートがある」と認識させることで、いざという時に思い出しやすくなります。

その後も、年2〜4回のリマインド周知を継続することが重要です。繁忙期の前後、ストレスチェックの時期、年度替わりなど、従業員がストレスを感じやすい時期に合わせて案内を行うと効果的です。また、育児休業からの復職時や異動・昇進のタイミングなど、ライフイベントに連動した個別案内も検討に値します。

周知チャネルの多様化

情報の受け取り方は従業員によって異なります。一つのチャネルだけに頼らず、以下のように複数の媒体を活用しましょう。

  • 社内イントラネットや社内ポータルへの常時掲載
  • SlackやTeamsなどのビジネスチャットツールでの定期投稿
  • 社内メールでの案内文送付
  • 給与明細や社内通達への同封
  • 休憩室・トイレ・デスク周辺へのポスター・QRコード掲示

特にQRコードの活用はハードルを下げる効果があります。スマートフォンで即座にアクセスできる環境を整えることで、「調べる」という一手間をなくすことができます。

「誰でも使えるもの」と伝えるメッセージ設計

周知内容の設計は、利用率に直結する重要な要素です。誤ったメッセージが「スティグマ(精神的な問題を持つ人という偏見)」を強化し、かえって利用を遠ざけてしまうことがあります。

対象を広く伝える

EAPの用途を「メンタルヘルス」だけに限定して伝えることは避けましょう。多くのEAPサービスは、以下のような多様な相談に対応しています。

  • 仕事上の悩み・人間関係のストレス
  • 育児・介護の両立に関する相談
  • 法律・お金・健康に関する一般的な相談
  • キャリアや将来に関する漠然とした不安

「精神的に辛い人のためのサービス」ではなく、「仕事・家庭・健康・法律、何でも相談できる窓口」として伝えることで、心理的ハードルを大きく下げることができます。

匿名性・秘密厳守を明文化する

「会社に知られるのでは」という不安を払拭するには、曖昧な表現では不十分です。案内文には「ご相談内容は会社に一切報告されません」「個人情報は厳重に管理されます」といった具体的な文言を必ず明記しましょう。

なお、EAPの利用情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当する可能性があります。プロバイダーがどのようにデータを管理しているかを確認し、従業員に正確に伝えることが信頼構築につながります。

フィクションでも良い——利用事例の共有

「こんな相談をした人がいます」という具体的なエピソードは、EAPをより身近に感じてもらうための有効な手段です。実際の利用者情報を公開する必要はなく、フィクションの事例でも問題ありません。「育休明けのAさんが、職場復帰への不安を電話相談で解消した」「管理職のBさんが、部下とのコミュニケーションについてアドバイスをもらった」といった具体的なシナリオが、利用イメージを持たせるのに役立ちます。

管理職・経営層を巻き込む——上からの発信が利用率を変える

EAPの利用率を高める上で、経営トップや管理職の姿勢は非常に大きな影響を持ちます。人事担当者がいくら周知活動を行っても、上司が「そんなもの使う必要はない」という態度を見せれば、従業員は利用をためらいます。

経営トップからの公式メッセージ

経営者から「当社は従業員一人ひとりの心と体の健康を支援します。EAPはそのための大切な手段です。ぜひ活用してください」という公式メッセージを発信してもらいましょう。社内報、全社メール、朝礼など、トップの言葉として届く場面を活用することで、EAPへの関心が格段に高まります。

管理職研修への組み込み

管理職がEAPを適切に「紹介できる」状態にすることも重要です。部下から悩みを打ち明けられた際に「EAPに相談してみることもできますよ」と自然に案内できるよう、管理職研修にEAPの活用場面を組み込むことを検討しましょう。

また、管理職自身もEAPの利用対象であることを明示することが大切です。マネジメントのストレス、ハラスメント対応の心理的疲弊、部下の不調への対応の迷いなど、管理職特有の悩みにもEAPは対応しています。「使ってほしい」と言うだけでなく、リーダー自らが活用の文化をつくることが理想的です。

実践ポイント——今日から始められる周知改善の手順

ここまでの内容を踏まえ、特に中小企業の人事担当者が今すぐ着手できる具体的なアクションをまとめます。

  • Step 1:現状把握 ——EAPプロバイダーから直近の利用率データを取得する。従業員向けの簡単なアンケートで「EAPを知っているか」「使わない理由は何か」を調査する。
  • Step 2:メッセージの見直し ——案内文に「匿名性の保証」「利用用途の多様性」「利用事例」「アクセス方法(QRコード含む)」が揃っているか確認し、不足していれば更新する。
  • Step 3:年間周知スケジュールの策定 ——繁忙期・ストレスチェック時期・入社時・年度替わりなど、年間を通じた周知カレンダーを作成する。
  • Step 4:管理職への説明会の開催 ——EAPとは何か、どう部下に紹介するかを管理職に伝える短時間の勉強会を実施する。
  • Step 5:ストレスチェックとの連動 ——ストレスチェック結果通知の際にEAP案内を同封し、高ストレス者への面接指導後の流れにEAP紹介を組み込む。
  • Step 6:効果測定の仕組み化 ——利用率をEAPプロバイダーと共有し、年1回以上レビューする体制を整える。

また、メンタルカウンセリング(EAP)の専門サービスを活用することで、周知ツールの提供や従業員向け説明会のサポートを受けることができます。リソースが限られる中小企業こそ、外部のプロと連携することが効率的な周知活動につながります。

まとめ

EAPの利用率が低い最大の理由は、サービスの質ではなく「伝わっていないこと」です。一度の案内で終わらせず、多層的かつ継続的な周知活動を仕組みとして整備することが、費用対効果を高める近道です。

また、EAP周知は単なる福利厚生の宣伝ではなく、労働安全衛生法や労働契約法に基づく安全配慮義務の履行という法的意義も持っています。経営者・管理職を巻き込み、「誰でも気軽に使える相談窓口がある」という文化を醸成することが、最終的に職場全体のメンタルヘルス向上と離職防止につながります。

メンタルヘルス対策の体制構築を検討している場合は、産業医サービスを活用してストレスチェック対応や職場環境改善と組み合わせることで、より包括的な従業員支援体制を整えることも可能です。今この記事でご紹介した周知の工夫を一つずつ実践し、EAPを「存在は知っているが使ったことがない」から「必要なときに自然と使えるもの」へと変えていきましょう。

よくある質問(FAQ)

EAPの利用率はどの程度が目安ですか?

一般的に、日本企業のEAP利用率は年間で従業員の数パーセント程度にとどまるケースが多いとされています。ただし、利用率の目標値はEAPプロバイダーや企業規模によって異なります。重要なのは数値そのものよりも、「必要な人が必要な時に使えているか」という視点です。まずは自社の現状をEAPプロバイダーに確認し、業界平均と比較することから始めることをお勧めします。

小規模な企業でも年間複数回の周知活動は現実的ですか?

はい、特別な工数をかけなくても実現可能です。例えば、既存の社内メールやチャットツールに月1回のEAP案内テンプレートを組み込む、ストレスチェックの案内に合わせてEAPを紹介するなど、既存の業務フローに乗せる形で周知活動を設計すると、専任スタッフがいなくても継続しやすくなります。EAPプロバイダーが周知用のチラシや文例を提供していることも多いため、積極的に活用しましょう。

従業員からEAPの利用内容を会社が把握することはできますか?

個人を特定できる利用情報は、原則として会社に報告されません。EAPプロバイダーが提供するのは、利用者数や相談カテゴリーなどの統計・集計データのみです。個人の相談内容は厳密に秘密が守られる設計になっており、これがEAPの信頼性の根幹です。この点を従業員に明確に伝えることが、利用促進の大前提となります。

監修・運営:INTERMIND株式会社

産業医紹介・EAPサービス(外部メンタルカウンセリング)を提供する産業保健の専門会社。精神科専門医・心理士・保健師からなるスペシャリストチームが、中小企業の職場メンタルヘルス課題を支援しています。

公式サイト産業医紹介サービスメンタルカウンセリング(EAP)

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