少子高齢化の進展と2021年の高年齢者雇用安定法改正により、定年後の再雇用・継続雇用はもはや一部の企業に限られた話ではなくなっています。70歳までの就業機会確保が努力義務とされた今、多くの中小企業が60歳以上の再雇用者を積極的に受け入れている状況です。
しかし、「再雇用者に健康診断を実施する義務はあるのか」「費用は会社が負担するのか」「異常所見があった場合はどう対応すればよいのか」といった疑問に対して、明確なルールを持てていない企業が少なくありません。再雇用者は正社員と異なる雇用形態であることが多く、法的義務の範囲が曖昧になりがちなのです。
本記事では、労働安全衛生法をはじめとする関連法令の要点を整理しながら、中小企業の経営者・人事担当者が実務で活用できる再雇用者向け健康診断の実施マニュアルをご説明します。自社の対応に不安を感じている方は、ぜひ最後までお読みください。
再雇用者に健康診断の実施義務はあるのか?対象者の判定基準
まず最初に整理しておきたいのが、「再雇用者に健康診断を実施する法的義務があるかどうか」という点です。結論から言えば、雇用形態(正社員か嘱託・契約社員か)ではなく、週の所定労働時間と雇用継続の見込み期間によって義務の有無が決まります。
労働安全衛生法第66条は、事業者が労働者に対して医師による健康診断を実施する義務を定めています。この「労働者」には、正社員だけでなく、定年後に再雇用された嘱託社員や有期契約社員も含まれます。判定基準は以下のとおりです。
- 週所定労働時間が正規労働者の4分の3以上(おおむね週30時間以上)かつ1年以上の雇用見込みがある場合:義務あり
- 週所定労働時間が正規労働者の4分の3未満であっても、おおむね2分の1以上の場合:実施が望ましい(努力義務)
- 週所定労働時間が正規労働者の2分の1未満の場合:法的義務なし
再雇用後にフルタイムに近い形で働いている方であれば、正社員と同様に健康診断の実施が義務付けられます。一方で、週3日程度の短時間勤務の場合は努力義務にとどまりますが、60歳以上の高齢労働者は生活習慣病や慢性疾患を抱えているケースが多いため、義務の有無にかかわらず受診を促すことが望ましいといえます。
また、「継続して雇用している」という要件も重要です。雇用期間が1年未満の短期契約を繰り返している場合でも、実態として長期雇用が見込まれるのであれば対象となります。形式的な契約期間だけで判断しないよう注意してください。
実施すべき健康診断の種類と実施タイミング
再雇用者に実施すべき健康診断は、大きく分けて「雇入れ時健康診断」と「定期健康診断」の2種類です。業務内容によっては、さらに特殊健康診断の実施が必要となります。
雇入れ時健康診断(安衛則第43条)
定年退職後に再雇用する場合、たとえ同じ会社であっても「新たな雇用関係の開始」にあたります。そのため、雇入れ時健康診断の実施義務が生じます。ただし、雇い入れ直前の3か月以内に同等の健康診断を受診しており、その結果を提出できる場合は省略が認められています。再雇用時には必ず直近の受診歴を確認しましょう。
定期健康診断(安衛則第44条)
対象要件を満たす労働者に対しては、年1回の定期健康診断の実施が義務付けられています。検査項目は労働安全衛生規則第44条に定められており、問診、身長・体重・BMI、血圧測定、血液検査(貧血・肝機能・血中脂質・血糖)、尿検査、胸部X線検査などが含まれます。なお、40歳以上(35歳を除く)は検査項目が増加し、心電図検査や詳細な血液検査が追加されます。再雇用者の多くが60歳以上であることを踏まえると、これらの詳細項目が標準的に適用されます。
特定業務従事者健康診断(安衛則第45条)
深夜業(おおむね午後10時から午前5時の業務)や高温・低温作業、一定の有害業務に従事する労働者は、年2回の健康診断が必要です。再雇用後に業務内容が変わった場合も対象業務に該当しないか確認が必要です。
特殊健康診断
有機溶剤・鉛・粉じん・騒音など特定の有害因子にさらされる業務に従事する場合は、一般の健康診断とは別に特殊健康診断の実施が義務付けられています。再雇用後に配置転換した場合も、新しい業務内容に応じて要否を確認してください。
費用負担・受診時間の賃金保障について
再雇用者の健康診断に関して、経営者・人事担当者が判断に迷いやすいのが「費用を誰が負担するか」という問題です。
費用負担については、行政指導として事業者が負担するのが原則とされています。法律上に明文規定はないものの、労働安全衛生法が事業者に健康診断の実施義務を課している以上、費用を労働者に転嫁することは適切ではないと考えられています。再雇用者が「自分で受診して費用を払う」という運用をしている企業がある場合は、速やかに見直すことを推奨します。
一方、受診時間中の賃金保障については、法律上に明確な定めはありません。ただし、厚生労働省の通達では、定期健康診断の受診時間については労使間で取り決めることが望ましいとされています。就業規則や労使協定において「健康診断受診のための時間は有給扱いとする」旨を明記しておくと、労使双方にとってトラブルの予防になります。
また、複数の会社に掛け持ちで勤務している再雇用者については、他社での受診結果を活用できる場合があります。雇入れ時健康診断の省略要件(直近3か月以内の同等受診)に該当するかどうか、書面による確認を行いましょう。
健康診断結果の管理と就業上の措置
健康診断を実施したあとの対応も、法律で義務付けられています。特に高齢の再雇用者は異常所見が見つかる頻度が高く、事後対応の体制を整備しておくことが重要です。
医師からの意見聴取(労働安全衛生法第66条の4)
健康診断の結果に異常所見が認められた場合、事業者は医師から就業上の措置について意見を聴取する義務があります。具体的には、作業内容の変更・作業時間の短縮・就業場所の変更・休業の必要性などについて判断を仰ぐことが求められます。小規模事業場では産業医が選任されていないケースも多いですが、地域の産業保健センターや嘱託産業医を活用する方法があります。産業医サービスを外部に委託することも、体制整備の有効な選択肢のひとつです。
就業上の措置(労働安全衛生法第66条の5)
医師の意見を踏まえて、事業者は必要な就業上の措置を実施しなければなりません。ただし、医師の意見はあくまで参考情報であり、最終的な就業上の決定は事業者が行います。就業制限や配置転換の判断基準を社内であらかじめ整備しておくことで、現場の管理職が迷わず対応できる体制を構築できます。
健康診断結果の保管・個人情報管理
健康診断の結果は、労働安全衛生法第104条のもとで「健康情報」として厳格に管理する必要があります。また、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当するため、目的外利用や第三者への提供は原則として禁止されています。
実務上の留意点として、以下の点が挙げられます。
- 保管期間:定期健康診断の結果は5年間の保存義務がある(特殊健康診断は種類によって30年など異なる)
- アクセス制限:結果を閲覧できる者を人事担当者・産業医等の必要最小限に限定する
- 上司・他部門への共有:就業上の措置に必要な情報に限り、本人の同意を得た上で提供するのが原則
- 取扱規程の整備:厚生労働省の「事業場における労働者の健康情報等の取扱規程を策定するための手引き」をもとに、社内規程を作成することが推奨されている
高齢再雇用者の健康管理における実践ポイント
法令上の義務を満たすだけでなく、60歳以上の高齢再雇用者が安全に働き続けられる環境を整えることが、長期的な人材確保と事故・疾病リスクの低減につながります。以下に実践的なポイントをまとめます。
- 雇用開始前のチェックリストを作成する:週所定労働時間・雇用見込み期間・業務内容(深夜業・有害業務の有無)・直近の健診受診歴・既往症の確認を、採用手続きの中に組み込む
- エイジフレンドリーガイドラインを活用する:厚生労働省が2020年に公表した「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」では、高齢労働者向けの健康・体力の状況把握と就業上の配慮が推奨されている。健康診断に加え、体力チェックの実施も有効な場合がある
- 二次健康診断・精密検査への誘導体制を整える:異常所見があった場合に放置されることがないよう、受診勧奨のフローを明文化する。精密検査の結果を産業医に伝えて就業措置に反映させることも重要
- 保健指導の機会を設ける(努力義務):労働安全衛生法第66条の7では、健診結果に基づく保健指導の実施が努力義務とされている。外部のカウンセリングや健康支援プログラムを活用することも検討に値する。心身のサポートを包括的に行いたい場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も有効な選択肢です
- 社内の窓口と連絡フローを明確にする:異常所見が見つかった際に誰が対応するかを事前に決めておく。人事担当者・管理職・産業医(または嘱託医)の役割分担を文書化しておくと現場が動きやすくなる
まとめ
再雇用者への健康診断対応は、「正社員ではないから不要」という思い込みが最大の落とし穴です。週の所定労働時間が正規労働者の4分の3以上であれば、嘱託社員・契約社員であっても健康診断の実施義務は正社員と同様に生じます。また、義務の有無にかかわらず、60歳以上の高齢労働者は健康リスクが高いため、積極的な健康管理が求められます。
実務上の対応として、まずは自社の再雇用者が健康診断の実施義務対象に該当するかどうかを確認し、雇入れ時・定期の健康診断スケジュールを整備することが第一歩です。あわせて、結果の管理ルール・就業上の措置のフロー・費用負担の明文化を進めることで、法的リスクを回避しながら再雇用者が安心して働ける職場環境を築くことができます。
高齢労働者の健康管理に取り組むことは、人材の定着・生産性の維持・労働災害の予防という観点からも、中小企業にとって重要な経営課題のひとつです。本記事を参考に、自社の体制を一歩ずつ整えていただければ幸いです。
再雇用者の健康診断費用は会社が負担しなければなりませんか?
法律に明文の規定はありませんが、行政指導として事業者が費用を負担するのが原則とされています。事業者が健康診断の実施義務を負っている以上、費用を労働者に転嫁することは適切ではないと考えられており、費用負担に関するルールを就業規則等で明確にしておくことが望ましいです。
定年後すぐに再雇用した場合、雇入れ時健康診断は省略できますか?
定年退職から再雇用は「新たな雇用関係の開始」にあたるため、原則として雇入れ時健康診断の実施が必要です。ただし、雇い入れ直前の3か月以内に同等の健康診断を受診しており、その結果を提出できる場合は省略が認められています。定年前後の受診スケジュールを調整して無駄な受診を避けることが可能です。
健康診断で異常所見が出た再雇用者を就業制限できますか?
異常所見があった場合、事業者は産業医等の医師から就業上の措置について意見を聴取する義務があります(労働安全衛生法第66条の4)。その意見を踏まえて、作業内容の変更・労働時間の短縮・休業などの措置を検討します。ただし、就業制限の最終判断は事業者が行うものであり、医師の意見はあくまで参考情報です。本人への不利益が大きい措置を行う場合は、本人との十分な話し合いと合理的な根拠が求められます。具体的な対応については、産業医や社会保険労務士などの専門家にご相談ください。









