従業員が家族や大切な人を亡くした。そのとき、経営者や人事担当者はどう対応すればよいのか——多くの中小企業では、この問いに対する明確な答えを持っていないのが現状です。「そっとしておいた方がいい」「時間が解決してくれる」という気持ちから、結果として当事者を職場で孤立させてしまうケースは少なくありません。
しかし、死別や喪失を経験した従業員への支援(グリーフケア)は、単なる「思いやり」の問題ではありません。法的な義務との関係もあり、対応を怠ることで安全配慮義務違反を問われるリスクすら存在します。本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が今日から取り組めるグリーフケアの考え方と実践方法を、法的根拠とともに解説します。
グリーフケアとは何か——「個人の問題」ではなく「職場の課題」
グリーフ(grief)とは、日本語で「悲嘆」と訳されます。愛する人や大切なものを失ったときに生じる、感情・身体・認知・行動にわたる複合的な反応のことです。グリーフは病気ではなく、深い愛着があったからこそ生じる正常な人間の反応です。
グリーフを経験した人には、次のようなさまざまな反応が現れます。
- 感情面:悲しみ、怒り、罪悪感、孤独感、あるいは逆に感情が麻痺したような無感覚
- 認知面:集中力の低下、物忘れ、判断力の低下
- 身体面:強い疲労感、食欲不振、睡眠障害
- 行動面:ひきこもり、または反対に過剰に働き続けるといった過活動
重要なのは、これらの反応が「波のように」揺れ動くという点です。今日は落ち着いているように見えても、翌日には強い悲しみに押しつぶされる——そういった非線形なプロセスをたどるため、「もう立ち直っているはずだ」という職場の思い込みが、当事者を深く傷つけることがあります。
また、グリーフの対象は家族の死に限りません。流産・死産、ペットロス、離婚、突然の介護離職なども「喪失体験」であり、当事者に同様の反応をもたらします。職場として何をどこまで支援するかの判断基準を持つことが、人事担当者には求められています。
企業が知っておくべき法的根拠——安全配慮義務とグリーフケアの関係
グリーフケアへの対応は、経営上の「善意」の問題にとどまりません。以下の法的根拠を理解しておくことが不可欠です。
労働契約法第5条:安全配慮義務
使用者は「労働者の生命、身体等の安全を確保しながら労働できるよう配慮する義務」を負います。死別後の従業員への適切なケアを怠り、その結果として精神疾患が発症した場合、安全配慮義務違反として損害賠償を求められるリスクがあります。「知らなかった」「個人の問題だと思っていた」という言い訳は、法的には通用しない可能性があります。
労働安全衛生法第69条:心身の健康保持増進
事業者には従業員の心身の健康保持増進に努める義務があります。メンタルヘルスケアの一環として、グリーフへの対応も事業者責任に含まれると解釈されます。
労災との関係
職場内での死亡事故を目撃したことや、同僚・上司の突然の死がきっかけとなって生じたグリーフ反応は、厚生労働省の「業務上の疾病の認定基準」における心理的負荷評価において、強度の高い出来事として位置づけられています。このような場合、心理的負荷による精神障害として労災認定の対象になり得ます。
忌引休暇(慶弔休暇)について
忌引休暇(慶弔休暇)は、労働基準法に定めがなく、法的な付与義務はありません。ただし、就業規則に定めることで労使間の合意として機能します。一般的な日数の目安は、配偶者・親が3〜7日程度、兄弟・祖父母が1〜3日程度です。
近年、見直しが求められているのが制度の対象範囲です。流産・死産、事実婚・同性パートナーの死別などが忌引休暇の対象外となっているケースが多く、制度の公平性という観点から再検討する企業が増えています。なお、死産・流産後には、妊娠週数に応じて労働基準法第65条の産後休業が適用される場合があります。この点は産業医や社会保険労務士に確認することをお勧めします。
フェーズ別の職場対応——「いつ・誰が・何をするか」を整理する
グリーフケアを「なんとなく気にかける」レベルで終わらせないためには、時期に応じた対応の流れを事前に整理しておくことが有効です。以下に、実務的なフェーズ別の考え方を示します。
フェーズ1:喪失直後〜2週間程度
この時期は、当事者が喪失の事実を現実として処理しきれていない段階です。職場として優先すべきことは、業務から一時的に解放する環境をつくることです。具体的には以下のような対応が考えられます。
- 忌引休暇の取得を確実に保障し、無理に出勤を促さない
- 連絡は必要最小限にとどめ、業務の引き継ぎは他者が担う
- 上司または人事担当者が一言「何かあれば声をかけてください」と伝える(詳細を聞き出そうとしない)
この時期の重要なポイントは、情報の扱いへの配慮です。死別や喪失の事実は極めて個人的な情報です。「支援のために職場内で共有してよいか」を本人に確認せずに広めることは、個人情報保護の観点からも、当事者の心情的にも避けるべきです。
フェーズ2:職場復帰後〜3ヶ月程度
職場復帰後は、表面的には「普通に見える」状態になる一方で、内側では大きな波が続いています。この時期に職場が「もう大丈夫だろう」と判断してフォローをやめてしまうことで、当事者が孤立するケースが多く見られます。
- 業務量の急激な増加は避け、徐々に通常業務に戻せる柔軟な運用を検討する
- 上司が定期的に(月1回程度)短時間の面談を設け、「調子はどうですか」と声をかける
- 記念日(命日、誕生日、入学式など)前後は特に気持ちが揺れやすいことを念頭に置く
- 周囲の同僚に対しても「何と声をかけたらよいかわからない」という不安を解消する簡単な情報提供を行う
フェーズ3:長期的なフォローと専門的支援への橋渡し
喪失から6ヶ月〜1年以上が経過しても、日常生活に著しい支障が続く場合は、複雑性悲嘆(Prolonged Grief Disorder:遷延性悲嘆症)の可能性があります。これは2022年にDSM-5-TR(精神障害の診断と統計マニュアル)に正式な診断名として採用された状態で、通常のグリーフとは異なる専門的なサポートが必要です。
以下のサインが見られる場合は、専門家への相談を勧めることを検討してください。
- 故人への強烈な切望が長期間にわたって続いている
- 死の現実をなかなか受け入れられない様子がある
- 死に関する反芻思考(同じことを繰り返し考えてしまう状態)が止まらない
- 社会的な孤立が固定化し、職場・プライベート双方での関係が大幅に縮小している
なお、常時50人以上の事業場ではストレスチェック制度(労働安全衛生法第66条の10)が義務化されており、高ストレス者として判定された場合に医師面接指導につなぐ経路として活用できます。ただし、ストレスチェックはグリーフを直接スクリーニングするものではないため、あくまで補助的な手段として位置づけてください。
中小企業にできる具体的な制度・環境整備
「専門家を雇う予算も、研修を組む時間もない」——中小企業の現場からはそういった声がよく聞かれます。しかし、グリーフケアのすべてに費用がかかるわけではありません。今日から着手できることも多くあります。
就業規則・慶弔規程の見直し
まず取り組みやすいのが、既存制度の点検です。現在の忌引休暇の対象範囲を確認し、流産・死産、事実婚・同性パートナーなど、実態に合っていない部分があれば見直しを検討してください。制度の対象が限定的であることは、当事者に「自分の悲しみは認められていない」という二次的なダメージを与えます。
また、忌引休暇の日数が「最低限」にとどまっている場合、特別有給休暇として追加取得できる仕組みを設けることも一案です。法的義務はありませんが、就業規則に明記することで従業員の安心感につながります。
管理職向けの基礎的な情報共有
高額な研修を外部委託しなくても、管理職に向けた基本的な「グリーフの知識」と「声かけの方法」をまとめた簡単なガイドラインを社内で作成・共有するだけで、対応の質は大きく変わります。
特に重要なのは、「何か言わなければ」と焦る必要はないという点です。「何と言ったらよいかわからないけれど、気にかけています」という言葉は、どんな状況でも当事者の支えになります。逆に、「頑張ってください」「気を確かに持って」「仕事があるから立ち直れますよ」といった言葉は、悪意がなくても傷つけてしまう可能性があるため、注意が必要です。
外部相談窓口の情報提供
EAP(従業員支援プログラム)の導入が難しい中小企業でも、外部の相談資源を従業員に紹介することはできます。厚生労働省が運営する「こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)」や、各都道府県の精神保健福祉センターは、費用をかけずに活用できる資源です。「何かあればここに相談できる」という情報があるだけで、当事者の孤立感は軽減されます。
実践ポイント:今日からできる3つのアクション
グリーフケアの体制整備は、一度にすべてを完成させる必要はありません。まずは以下の3点から着手することをお勧めします。
- 就業規則の忌引規程を確認し、対象範囲と日数の見直しを検討する。特に、流産・死産や多様なパートナー関係への対応が現状の制度に含まれているかを点検してください。
- 管理職に「声かけの基本」を共有する。難しい研修は不要です。「詮索しない・急かさない・否定しない」という3原則と、具体的なNGワードの例をまとめた1枚のガイドラインを作成するだけでも十分な出発点になります。
- 外部相談資源のリストを作り、従業員が見やすい場所に掲示する。社内に専門家がいなくても、「相談できる場所につなぐ」ことが企業の役割です。相談先の一覧を休憩室や社内イントラネットに掲示しておくことで、当事者が自ら助けを求めやすくなります。
まとめ
死別や喪失を経験した従業員を「そっとしておく」ことは、配慮ではなく放置になりうる——この認識の転換が、グリーフケアの第一歩です。
グリーフは時間が解決するとは限らず、適切なサポートがないまま放置されると、複雑性悲嘆や精神疾患につながるリスクがあります。そしてそれは、安全配慮義務という観点から、企業にとっても無視できない経営上のリスクです。
一方で、グリーフケアは「手厚い福利厚生」や「潤沢な予算」がなければ実現できないものでもありません。就業規則の点検、管理職への基本的な知識の共有、外部相談資源の案内——こうした取り組みは、規模の小さい企業でも今日から始められます。
大切な人を亡くした従業員が、職場の中で孤立せず、安心して悲しみと向き合いながら働き続けられる環境をつくること。それは従業員一人ひとりへの誠実な姿勢であるとともに、長期的な人材定着と組織の信頼構築にもつながる取り組みです。まずは一つの小さなアクションから始めてみてください。
よくある質問
Q1: グリーフケアの対応を怠った場合、具体的にどのようなリスクが生じるのですか?
労働契約法第5条の安全配慮義務違反として損害賠償を求められる可能性があります。死別後の従業員への適切なケアを怠り、精神疾患が発症した場合、「知らなかった」という言い訳は法的には通用しない可能性があります。
Q2: グリーフの回復過程は一直線ですか、それとも複雑ですか?
グリーフの回復は「波のように」揺れ動く非線形なプロセスです。今日は落ち着いて見えても翌日には強い悲しみが襲うことがあり、職場の「もう立ち直っているはず」という思い込みが当事者を深く傷つけることがあります。
Q3: 忌引休暇は法律で必ず与えるべき制度ですか?
労働基準法に忌引休暇の付与義務はありませんが、就業規則に定めることで労使間の合意として機能します。近年は流産・死産や同性パートナーの死別なども対象に含める見直しが進められています。
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