カウンセリングやEAP(従業員支援プログラム)を導入したものの、「従業員がほとんど使ってくれない」という声は、中小企業の人事担当者から非常によく聞かれます。費用をかけて制度を整備したにもかかわらず、利用率が1〜2%にとどまるケースも珍しくありません。なぜこのような状況が生まれるのか、そしてどうすれば利用率を改善できるのか、本記事では実務に即した視点から詳しく解説します。
制度の「導入」と「活用」は、まったく別の話です。周知活動をどう設計するかによって、同じ制度でも利用率は大きく変わります。特に中小企業では、人事担当者が兼任で多忙なケースが多く、周知に割けるリソースが限られています。だからこそ、効率的かつ継続的な周知の仕組みを最初から設計しておくことが重要になります。
なぜカウンセリング利用率は上がらないのか——根本原因を整理する
利用率が伸び悩む背景には、複数の要因が絡み合っています。まず最も大きな壁となるのが、スティグマ(偏見)です。「カウンセリングを利用する人は弱い」「精神的に問題がある人が行くところだ」という誤った認識が、日本の職場には根強く残っています。この偏見があると、どれだけ制度を整えても従業員が自ら利用を申し出ることは難しくなります。
次に挙げられるのが、制度の存在自体が知られていないという問題です。入社時に一度説明を受けても、それが記憶に残り続けることは少なく、いざ困った場面で「そういえば会社にカウンセリングがあったはず」と思い出せる人はごく少数です。特に中小企業では、社内のコミュニケーションが口頭ベースになりがちで、制度の存在が十分に伝わらないケースが多く見られます。
三つ目の壁は、匿名性・秘密保持への不安です。「利用したことが上司にバレるのではないか」「人事評価に影響するのでは」という懸念は、経営者との距離が近い中小企業ではとりわけ強く感じられます。実際には、産業カウンセラーや公認心理師は法的な守秘義務を負っており、本人の同意なく情報が会社に伝わることはありません。しかし、この事実が十分に周知されていないため、不安だけが先行してしまうのです。
そして、タイミングのミスマッチも見逃せません。本当に支援を必要としている人ほど「自分には関係ない」「これくらいは自分で乗り越えるべきだ」と感じてしまい、アクセスしにくい状態に陥ります。必要なタイミングに必要な情報が手元にない、という構造的な問題も利用率の低さにつながっています。
法的な背景から見る周知義務の位置づけ
カウンセリングの社内周知は、単なる「あればよいもの」ではなく、企業が果たすべき義務に関係する取り組みでもあります。
労働契約法第5条では、使用者は労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう配慮する義務(安全配慮義務)があると定められています。この安全配慮義務はメンタルヘルスにも及ぶと解釈されており、カウンセリング制度を導入していても従業員がそれを知らない状態では、義務を果たしているとは言いにくい面があります。
また、労働安全衛生法第66条の10に基づくストレスチェック制度は、常時50人以上の労働者を使用する事業場に年1回の実施を義務付けており、高ストレスと判定された者への面接指導の案内も法定要件とされています。このストレスチェックの実施時期は、カウンセリングの周知と連動させる絶好のタイミングになります。
さらに、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」では、職場のメンタルヘルスケアを4つの柱で構成することが推奨されています。従業員自身によるセルフケア、管理監督者によるラインケア、社内の産業保健スタッフによるケア、そして外部機関(EAPなど)の活用です。カウンセリングの周知は、このうち特にセルフケア支援の中核として位置づけられています。
なお、カウンセリングの利用記録が人事評価に使われないことを就業規則や健康情報取扱規程に明文化し、従業員に周知することが強く推奨されます。「バレない」「評価に影響しない」というルールが書面で示されることで、従業員の不安を具体的に払拭できます。
利用率を高める周知設計の基本原則
周知活動を設計する際には、いくつかの重要な原則があります。
「予防的に使えるもの」として位置づける
カウンセリングを「深刻な問題を抱えた人が最後の手段として使うもの」として案内してしまうと、ハードルが上がるだけです。効果的な周知では、「日常のセルフケアツール」「誰でも使える相談窓口」という切り口を一貫して打ち出すことが重要です。「ちょっとした職場での悩みも相談できます」「話すだけでもかまいません」という言葉を添えることで、入口の広さを伝えることができます。
秘密保持を毎回、明確に伝える
「匿名で利用できます」「会社への報告はありません」という秘密保持の説明は、周知のたびに必ず含めるべき情報です。一度伝えれば十分ではなく、案内するたびに繰り返すことで、従業員の不安を継続的に解消していきます。守秘義務の根拠(産業カウンセラー・公認心理師の職業倫理や法的義務)をわかりやすく説明した資料を用意しておくことも効果的です。
情報をシンプルに一枚にまとめる
従業員がカウンセリングを利用しようと思い立ったとき、すぐに行動に移せる情報が手元にあるかどうかが利用率を左右します。利用方法・申込先・所要時間・費用(無料かどうか)・秘密保持ルール、この5点をA4一枚にシンプルにまとめた案内カードやリーフレットを作成しておきましょう。QRコードを印刷して申込ページにすぐアクセスできるようにすることも有効です。
トップメッセージを添える
経営者や人事責任者から「積極的に使ってほしい」というメッセージを添えることで、利用することへの心理的なハードルが下がります。特に中小企業では「経営者の目が気になる」という意識が強いため、経営者自身が「使っていい」と明言することの効果は大きいといえます。
具体的な周知チャネルとタイミング戦略
複数チャネルで繰り返し届ける
「全体メールを一度送った」という対応では、ほとんどの従業員の記憶に残りません。人は必要を感じていないタイミングに受け取った情報を忘れやすく、困ったときに思い出せなければ意味がないからです。以下のように、複数のチャネルを組み合わせて継続的に案内することが不可欠です。
- 社内イントラネット・掲示板への常時掲示:いつでも確認できる状態を保つ
- 給与明細や通知書への同封:全員が手にするタイミングを活用する
- 入社時・人事異動時のオリエンテーション:「当然ある福利厚生」として初期に刷り込む
- ストレスチェック結果通知への同封:必要性を感じやすい最適なタイミング
- 社内メール・チャットツールでの定期リマインド:四半期ごとなど定期的に配信する
- 社内研修・勉強会での案内:メンタルヘルス研修の一環として位置づける
負荷が高まる前のタイミングを狙う
周知のタイミングにも戦略が必要です。繁忙期が始まる前、人事異動や昇進・昇格の後、年度始めや半期の区切りなど、ストレスが高まりやすい時期の直前に案内を強化することで、必要な人に適切なタイミングで情報が届きやすくなります。ストレスチェックの実施時期(多くの場合11〜12月)と連動したキャンペーンも効果的です。
管理職の巻き込みと利用促進イベントの活用
管理職を「周知の担い手」にする
従業員がカウンセリングを使うかどうかには、直属の上司の態度が大きく影響します。管理職が「困ったらカウンセリングを使ってみて」と自然に声をかけられる環境をつくることが、利用率向上の近道になります。そのためには、管理職向けメンタルヘルス研修の中で、カウンセリングの案内方法を具体的に学ぶ機会を設けることが重要です。
部下に勧める際に使える言葉の例(スクリプト)をあらかじめ用意して管理職に配布しておくと、「何と言えばいいかわからない」という戸惑いを解消できます。たとえば、「最近忙しそうだけど、会社にカウンセリングの窓口があるから、気軽に話してみるのもいいよ」といった自然な声かけの例を示しておくだけで、管理職の行動が変わりやすくなります。
また、可能であれば管理職自身がカウンセリングを体験することも、心理的ハードルを下げるうえで有効です。「自分が使ってみてよかった」という実感が、部下への推奨につながります。
「顔が見える」仕掛けで距離を縮める
カウンセラーがどのような人物で、どんな雰囲気で話せるのかがわからないと、初めての利用にはどうしても勇気が要ります。社内セミナーや勉強会の形でカウンセラーを招き、仕事の内容や相談の流れを紹介してもらう機会を設けることで、「顔を知っている人に相談できる」という安心感を醸成できます。
「カウンセリング無料体験週間」として期間限定の予約枠を設けるなど、お試し利用のきっかけをつくることも有効です。最初の一歩を踏み出しやすくすることが、継続的な利用につながります。
実践ポイント:明日から始められる周知改善の手順
利用率を上げるための周知活動は、大がかりな準備がなくても始められます。以下の順で取り組んでみてください。
- ステップ1:現状把握——現在の周知方法・頻度・チャネルをリストアップし、「一度しか案内していない」情報がないか確認する
- ステップ2:案内資料の整備——利用方法・申込先・秘密保持ルールをA4一枚にまとめたリーフレットを作成し、QRコードを付ける
- ステップ3:秘密保持の明文化——就業規則や健康情報取扱規程に「利用記録は人事評価に使用しない」と明記し、従業員に周知する
- ステップ4:周知スケジュールの設計——年間を通じて、ストレスチェック時期・繁忙期前・年度始めなどに合わせた案内のスケジュールを組む
- ステップ5:管理職への研修と資料提供——部下への声かけスクリプトを含めた資料を管理職全員に配布し、1on1や面談の場での自然な案内を促す
- ステップ6:利用率のモニタリングと改善——四半期ごとに利用件数を集計し、経営幹部に報告する。匿名アンケートで利用者の声を収集し、改善に活かす
まとめ
カウンセリングの利用率が低い原因は、制度そのものの質ではなく、周知の設計と継続性にあることがほとんどです。導入しただけで自然に使われるとは考えず、複数のチャネルで繰り返し、適切なタイミングに案内を届ける仕組みを意図的につくることが不可欠です。
特に中小企業では、経営者との距離の近さがプライバシー不安につながりやすいため、秘密保持ルールの明文化と、経営者自身による「使ってほしい」というメッセージの発信が大きな効果をもたらします。管理職を周知の担い手として巻き込み、カウンセラーの顔が見える機会をつくることで、「使っていい文化」を職場全体に根付かせることができます。
利用率の向上は一朝一夕には実現しませんが、継続的な周知活動を積み重ねることで、従業員が必要なときに迷わず相談できる環境が整っていきます。それは従業員の健康を守るだけでなく、安全配慮義務の履行という経営上のリスク管理にもつながる、重要な投資といえます。
よくある質問
Q1: カウンセリング制度の利用率が低い根本原因は何ですか?
利用率が低い背景には、複数の要因が絡み合っています。主な原因は①スティグマ(カウンセリング利用者への偏見)、②制度の存在自体が知られていない、③匿名性・秘密保持への不安、④必要な時期に情報が手元にないというタイミングのミスマッチです。特にスティグマと認知不足が大きな壁となっています。
Q2: カウンセリング制度の周知は法的に義務付けられているのですか?
労働契約法第5条の安全配慮義務がメンタルヘルスに及ぶとされており、制度を導入していても従業員が知らない状態では義務を十分に果たしているとは言いがたい面があります。また、労働安全衛生法で定められたストレスチェック制度の実施時期は周知と連動させるべき重要なタイミングです。
Q3: 利用記録が人事評価に影響しないことを従業員に保証するには、どうすればよいですか?
カウンセリングの利用記録が人事評価に使われないことを就業規則や健康情報取扱規程に明文化し、従業員に周知することが重要です。このようにルールを書面で示すことで、従業員の具体的な不安を払拭でき、利用のハードルを低くすることができます。
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