毎年の定期健康診断(一次健診)で「要精密検査」「要観察」といった判定が出た従業員に対し、企業として何をすべきか、どこまでが義務なのかを正確に把握できていない人事担当者は少なくありません。特に、二次健康診断の実施基準は労働安全衛生法と労働者災害補償保険法(労災保険法)の両方に関わるため、制度の全体像がわかりにくいという声が多く聞かれます。
「4項目すべてに異常所見があれば労災保険から給付が受けられる」という仕組みを知らないまま、対象者への案内を見落としているケースや、産業医への意見聴取のタイミングがずれていて就業措置が遅れるケースは、中小企業においては珍しくありません。これらは企業のリスク管理上、放置できない問題です。
本記事では、一次健診後の判定区分の読み方から、二次健康診断の対象者スクリーニング、給付申請手続き、産業医意見聴取、記録保存まで、実務に直結する判定フローを体系的に解説します。
一次健診の判定区分と企業の対応義務の基本
健康診断の結果には「A(異常なし)」「B(軽度異常)」「C(要観察)」「D(要精密検査・要治療)」「E(治療中)」といった判定区分が用いられることが一般的です(機関によって表記は異なります)。この判定区分は医療機関が独自に設定しているものですが、企業として重要なのは、「異常の所見あり」と判定されたすべての従業員について、産業医等による意見聴取が法律上の義務となる点です。
労働安全衛生法第66条の4は、健康診断の結果、異常の所見があると診断された労働者について、当該労働者の健康を保持するために必要な措置について、医師または歯科医師の意見を聴かなければならないと定めています。これは従業員数50人未満の事業場であっても適用されます。
意見聴取の結果をふまえて就業上の措置が必要と判断された場合には、労働安全衛生法第66条の5に基づき、事業主は就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などの措置を講じる義務があります。「健康診断を実施して結果を本人に渡した」だけでは義務を果たしたことにはなりません。
二次健康診断等給付の対象基準:4項目すべてに異常所見が条件
一次健診の結果をもとに、二次健康診断等給付(労災保険)の対象者を判定するスクリーニングは、企業の健康管理実務の中でも特に見落とされやすい工程です。
労働者災害補償保険法第26条に基づくこの給付制度は、脳血管疾患・心臓疾患(いわゆる脳・心臓疾患)の発症リスクが高い労働者を早期に把握し、予防につなげることを目的としています。
対象者の要件
以下の要件をすべて満たす労働者が給付対象となります。
- 事業主が実施した直近の定期健康診断(一次健診)において、次の4項目すべてに異常の所見があること
- ①血圧検査(収縮期または拡張期)
- ②血中脂質検査(LDLコレステロール・HDLコレステロール・トリグリセリドのいずれか)
- ③血糖検査(空腹時血糖またはHbA1c等)
- ④腹囲またはBMI
- 一次健診において、脳血管疾患または心臓疾患の症状がないと認められる者
重要な点として、4項目のうち1〜3項目だけに異常所見がある場合は、この給付の対象にはなりません。4項目すべてに異常所見があることが必須要件です。メタボリックシンドローム(内臓脂肪型肥満に高血圧・高血糖・脂質異常が重なった状態)に近い概念で対象者を絞り込む仕組みになっています。
二次健康診断で実施される検査内容
給付として実施される二次健康診断の検査項目は以下のとおりです。
- 空腹時血中脂質検査
- 空腹時血糖値検査
- ヘモグロビンA1c検査(一次健診で未実施の場合)
- 負荷心電図検査または胸部超音波検査
- 頸部超音波検査
- 微量アルブミン尿検査(一次健診の尿蛋白検査で所見がある場合)
さらに、二次健康診断の受診後には、医師または保健師による特定保健指導(栄養指導・運動指導・生活習慣改善指導)も給付対象となります。費用は労災保険から全額給付されるため、事業主・労働者ともに自己負担はありません。
申請は、労災保険指定の労災病院または健診給付病院・健診センターに対して行います。申請書類は「二次健康診断等給付請求書(様式第16号の10の2)」を使用し、一次健診の実施日から3か月以内に申請・受診することが必要です。この期限を過ぎると給付が受けられなくなるため、一次健診の結果が出た後、速やかに対象者をスクリーニングして案内する体制が求められます。
実務で使える判定フローの全体像
一次健診から就業措置の実施・記録まで、以下の8ステップで実務フローを整理することができます。
STEP1:異常所見者のスクリーニング
一次健診の結果通知後、4項目(血圧・血中脂質・血糖・腹囲またはBMI)すべてに異常所見がある者を抽出します。このスクリーニングは健診機関から提供されるデータをもとに人事・健康管理担当者が行いますが、健診機関によっては二次健診対象者を自動的にリストアップするサービスを提供しているケースもあります。
STEP2:対象者への通知・受診勧奨
対象者が確認できたら、二次健診等給付の制度内容と申請手続きを書面で通知します。口頭だけでなく書面と口頭の二重確認が望ましく、通知の日時・方法・担当者・本人の反応を必ず記録してください。勤務時間内に受診しやすい環境を整えることも、受診率向上に効果があります。
なお、受診を勧奨することは企業の義務ですが、受診を強制することはできません。従業員が受診を断った場合は、勧奨を行った事実の記録を保存しておくことが、後々のリスク管理上重要です。
STEP3〜STEP4:申請書類の案内と受診先の紹介
様式第16号の10の2の入手方法や記載内容を案内するとともに、最寄りの労災指定医療機関・健診センターを紹介します。厚生労働省や都道府県労働局のウェブサイトで指定機関を検索できます。
STEP5:受診確認と結果の把握
受診したかどうかの確認を行い、結果についても可能な範囲で把握します。二次健診の結果は産業医への意見聴取に必要なため、本人の同意のもとで情報を共有する仕組みを整えておくことが重要です。
STEP6:産業医による意見聴取
異常所見のある従業員全員について、産業医等による意見聴取が必要です。50人未満の事業場で産業医の選任義務がない場合でも、地域産業保健センター(都道府県ごとに設置)を活用することで無料で産業医の意見を得ることができます。意見聴取は健診結果を産業医に提供した上で、文書にて実施することが望ましいとされています。
産業医との連携体制が整っていない場合は、産業医サービスを活用して定期的な訪問や意見聴取の仕組みを構築することも有効な選択肢です。
STEP7:就業上の措置の実施
産業医が「就業制限」または「要休業」の意見を示した場合、事業主はその意見をふまえて措置を講じる義務があります。産業医の意見と異なる措置をとる場合は、その理由を書面で残しておくことがリスク管理上不可欠です。就業上の措置の内容としては、通常勤務・就業制限(残業禁止、深夜業の制限など)・要休業の3区分が一般的です。
STEP8:記録・保存
健康診断の個人票や意見聴取の記録、措置内容の記録は5年間の保存義務があります(労働安全衛生規則第51条)。担当者の交代があっても情報が途絶しないよう、記録の管理方法を標準化・システム化しておくことが重要です。
小規模事業場が特に注意すべきポイント
労働安全衛生法上、産業医の選任義務が生じるのは常時50人以上の労働者を使用する事業場です。50人未満の事業場では産業医の選任は義務ではありませんが、健康診断の実施義務や異常所見者への対応義務は規模に関わらず適用されます。
産業医が不在の小規模事業場で活用できる主な資源は以下のとおりです。
- 地域産業保健センター:労働者数50人未満の事業場を対象に、産業医による健康相談・意見聴取・面談指導などを無料で提供しています。各都道府県の産業保健総合支援センターが窓口となります。
- かかりつけ医・健診機関の医師:本人が受診している主治医から情報提供を受け、就業上の措置の参考にする方法もありますが、産業医的な視点での意見聴取とは性質が異なる点に留意が必要です。
- 嘱託産業医の活用:月1回程度の訪問・相談に対応する嘱託産業医との契約は、小規模事業場でも現実的なコストで導入可能なケースがあります。
メンタルヘルス不調の対応も含めた包括的な従業員支援が必要な場合は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も、健康管理体制の補完策として検討に値します。
実践ポイント:今日からできる体制整備
制度の概要を理解した上で、実際に社内体制を整備するためのポイントをまとめます。
チェックリストで見落としを防ぐ
一次健診の結果が届いたタイミングで、以下を確認する社内チェックリストを作成することを推奨します。
- 4項目すべてに異常所見のある従業員を抽出したか
- 対象者に二次健診等給付の案内を書面で行い、記録を保存したか
- 一次健診実施から3か月以内の申請・受診を促したか
- 異常所見者全員について産業医等への意見聴取を行ったか
- 産業医の意見に基づく就業上の措置を実施・記録したか
記録管理の標準化
健康診断個人票・意見聴取記録・勧奨記録・措置内容の記録を一元管理できる台帳やフォルダ構成を整備し、担当者が変わっても対応できる仕組みをつくることが重要です。個人情報の取り扱いには十分な注意が必要であり、健康情報へのアクセス権限を適切に設定してください。
健診機関との連携強化
健診機関によっては、二次健診対象者の自動抽出、申請書類の案内サポート、受診結果の企業への報告などのサービスを提供しています。年度初めに健診機関の担当者と情報共有し、どのようなサポートが受けられるかを確認しておくと実務負荷を軽減できます。
まとめ
二次健康診断の実施基準と判定フローは、労働安全衛生法・労災保険法・安全衛生規則が複合的に絡み合う分野です。特に中小企業においては、制度の存在を知らないまま対象者への案内が行われていないケース、産業医との連携が機能していないケース、記録保存が不十分なケースが散見されます。
まず最低限おさえておくべきポイントは3つです。第一に、4項目すべてに異常所見がある従業員は一次健診から3か月以内に二次健診等給付(労災保険)の申請が必要であること。第二に、異常所見者全員について産業医等への意見聴取と就業措置の検討が法律上の義務であること。第三に、通知・勧奨・意見聴取・措置の記録は5年間保存する義務があることです。
この3点を出発点として、社内の健康管理フローを見直し、チェックリストや記録管理の仕組みを整備することから始めてみてください。体制の構築に不安がある場合は、産業保健の専門家に相談することをお勧めします。
よくある質問(FAQ)
二次健康診断等給付は、従業員が自分で申請するのですか?企業が手続きするのですか?
給付の請求手続き自体は労働者本人が行います。労働者が様式第16号の10の2(二次健康診断等給付請求書)に記入し、労災指定の医療機関または健診センターに提出します。ただし、企業(事業主)は一次健診の結果をもとに対象者を特定し、制度の存在と申請方法を書面で案内する責任があります。対象者が制度を知らないまま申請期限を過ぎてしまうことのないよう、企業側の積極的な情報提供と受診勧奨が重要です。
4項目中3項目に異常所見がある従業員は、二次健診等給付の対象外ですか?企業として何もしなくてよいのですか?
労災保険の二次健康診断等給付については、4項目すべてに異常所見があることが要件のため、3項目以下ではこの給付制度の対象外となります。ただし、企業として何もしなくてよいわけではありません。労働安全衛生法第66条の4・第66条の5に基づき、異常所見がある従業員については項目数に関わらず産業医等への意見聴取と就業上の措置の検討が義務です。血圧・血糖・脂質のいずれかに異常がある場合も、産業医の意見をふまえた対応が必要であることを忘れないようにしてください。
産業医を選任していない小規模事業場では、誰に意見聴取を依頼すればよいですか?
常時50人未満の事業場で産業医の選任義務がない場合でも、地域産業保健センター(各都道府県の産業保健総合支援センターが運営)を無料で活用することができます。産業医による健康相談や就業上の意見提供サービスが提供されていますので、一次健診の結果が出た後に相談窓口に連絡することをお勧めします。また、嘱託産業医と契約することも小規模事業場で導入しやすい選択肢のひとつです。









