従業員が退職したとき、会社側にはさまざまな手続きが発生します。なかでも「離職票の発行」は、元従業員が失業給付を受けるために不可欠な書類であり、法律上の期限が定められた重要な実務です。しかし、中小企業の現場では「何をいつまでにやればよいかわからない」「退職理由の書き方に迷う」「元従業員からクレームが来た」といった声が後を絶ちません。
本記事では、離職票発行から失業保険(基本手当)の受給までの全体的な流れを整理し、経営者・人事担当者が実務で迷いやすいポイントを丁寧に解説します。正確な知識を持つことで、法的リスクの回避と元従業員への適切な対応が可能になります。
離職票とは何か――混同しやすい書類の違いを整理する
まず、現場でよく混同される書類の違いを確認しておきましょう。
- 雇用保険被保険者証:その従業員が雇用保険に加入していることを示すカード状の書類。入社時に事業主が保管し、退職時に本人へ返却します。
- 離職票(-1・-2):退職後に失業給付を受けるための書類。ハローワークが発行します。離職票-1は受給資格の確認に、離職票-2は賃金額・離職理由の明細として使われます。
- 退職証明書:会社が独自に発行する「在職・退職の事実を証明する書類」で、法律上の書式規定はありません。転職先での提出などに使われますが、失業給付の申請には使用できません。
この3つはそれぞれ目的が異なります。特に「離職票があれば退職証明書は不要」と思われがちですが、転職先から退職証明書を求められるケースもあるため、必要に応じて両方準備できるよう体制を整えておくことが望まれます。
事業主が行う離職票発行の手続きフローと法定期限
離職票の発行は、会社側の手続きなしには進みません。雇用保険法第7条に基づき、退職者が出た場合、事業主はハローワークへ所定の書類を提出する義務があります。提出期限は退職翌日から10日以内と定められており、この期限を守ることが前提です。
手続きの全体フロー
- ①退職日の確定:退職日を正式に確定し、社内の賃金計算・勤怠締めに反映させます。
- ②賃金台帳・出勤簿の整理:最終給与を確定させ、直近6か月分の賃金台帳とタイムカード(または出勤簿)を準備します。
- ③雇用保険被保険者離職証明書(離職票-2)の作成:賃金額と離職理由を記入します。3枚複写の書式で、事業主・本人の双方が署名する必要があります。
- ④ハローワークへ提出:下記の書類をまとめて提出します。
- 雇用保険被保険者離職証明書(3枚複写)
- 雇用保険被保険者資格喪失届
- 賃金台帳(直近6か月分)
- 出勤簿またはタイムカード(直近6か月分)
- 必要に応じて:雇用契約書、就業規則、退職届など
- ⑤ハローワーク処理後、離職票(-1・-2)を受領:処理には数日かかります。
- ⑥元従業員へ速やかに郵送:本人の手元に届いてはじめて手続きが開始できます。
全体として、退職から元従業員の手元に離職票が届くまでには通常10〜14日程度かかります。本人に対して事前にこのスケジュールを説明しておかないと、「まだ届かない」というクレームにつながりやすいため、退職時の案内に組み込んでおくことをお勧めします。
なお、被保険者数が31人以上の事業所については、e-Govによる電子申請が原則義務化されています。中小企業でも今後の拡大を念頭に、電子申請の準備を検討する価値があります。
退職理由の記載は慎重に――会社都合・自己都合の判断ポイント
離職票の手続きで最もトラブルが起きやすいのが、退職理由の記載です。退職理由は失業給付の内容に直接影響するため、事業主・元従業員の双方にとって重大な関心事です。
退職理由による受給内容の違い
- 特定受給資格者(会社都合・解雇・倒産など):給付制限なし、かつ所定給付日数が多く設定されます。
- 特定理由離職者(契約満了・正当な自己都合など):一部のケースで給付制限が免除されます。
- 一般受給資格者(自己都合退職):原則として2か月の給付制限があります(5年間で2回目以降は3か月)。ただし、2025年4月以降は給付制限が原則1か月に短縮されるなど制度改正が予定されており、最新情報をハローワークまたは社労士に確認することをお勧めします。
離職証明書の「離職理由」欄は、事業主と本人の双方が署名する仕組みになっています。本人が理由に異議を申し立てた場合、ハローワークが事実確認を行い、最終的な判定を下します。つまり、「会社が自由に決められる」わけではありません。
虚偽の理由を記載することは、不正受給の幇助(ほうじょ)に当たる可能性があります。「円満退職にしたいから」という配慮であっても、事実と異なる記載は法的リスクを生むため、正確かつ誠実な記載が原則です。退職時に理由について会社と本人の認識が食い違うケースも多いため、退職面談の段階で認識を明確にし、記録を残しておくことが重要です。
失業保険(基本手当)の受給要件と元従業員への案内方法
会社側が直接関与するのは離職票の発行までですが、元従業員が円滑に手続きを進められるよう、受給の基本的な仕組みを把握しておくことが望まれます。
基本手当の主な受給要件
- 雇用保険の被保険者であること
- 離職前2年間に被保険者期間が通算12か月以上あること(特定受給資格者・特定理由離職者は、離職前1年間に6か月以上)
- 就職する意思と能力があり、積極的に求職活動を行っていること
元従業員側の手続きの流れ(参考)
- ①離職票を持参してハローワークへ:求職申込と受給資格の確認を行います。
- ②7日間の待期期間:全員に適用される待期期間で、この間は給付されません。
- ③給付制限期間(自己都合の場合):一般受給資格者は原則2か月間、給付が開始されません。
- ④認定日ごとの求職活動申告:定期的にハローワークへ出向き、求職活動の実績を報告します。
- ⑤基本手当の振込:認定後、概ね1週間程度で口座に振り込まれます。
退職者への対応において、従業員の精神的な健康やキャリア移行支援も重要なテーマです。退職前後にメンタル面での不安を抱える従業員には、メンタルカウンセリング(EAP)を通じた支援体制を整えることも、企業としての誠実な姿勢につながります。
よくある誤解と失敗例――現場で起きがちなミスを防ぐ
実務では正確な知識不足から、次のような誤解が起きやすい状況が見られます。
誤解①「本人が不要と言えば発行しなくてよい」
退職時に「離職票はいりません」と伝える従業員は一定数います。しかし、被保険者期間が1年以上ある場合は、本人の希望の有無にかかわらず離職証明書を作成・提出する義務があります(雇用保険法第76条の2)。退職時は不要と言っていた人が、数か月後に「やはり請求したい」と連絡してくるケースも珍しくありません。原則として離職証明書は作成・提出しておくことが安全です。
誤解②「退職後にゆっくり対応すればよい」
退職翌日から10日以内という法定期限は思いのほか短く、月次処理や決算業務と重なると後回しになりがちです。担当者の引き継ぎが不十分な企業ほどこの遅延が発生しやすいため、退職者が出た際の社内フローをあらかじめ文書化しておくことが有効です。
誤解③「退職理由は会社が自由に決めてよい」
前項でも触れましたが、退職理由の判定は最終的にハローワークが行います。本人の異議申し立てや調査によって覆ることがあるため、「とりあえず自己都合にしておく」といった安易な判断は後のトラブルを招きます。
実践ポイント――中小企業が今すぐできる整備
以下のポイントを押さえておくことで、離職票に関するトラブルや遅延を大幅に減らすことができます。
- 社内手続きフローの文書化:退職者が出た際にだれでも対応できるよう、手順書を整備しておきます。担当者の異動・退職時にも引き継ぎが円滑になります。
- 退職面談での確認と記録:退職理由について本人と認識を合わせ、面談記録を残しておきます。後日の異議申し立てに備えた証跡管理としても有効です。
- 退職者への事前説明:離職票が届くまでに10〜14日程度かかること、失業給付の手続きはハローワークで行うことを退職時に案内します。口頭だけでなく簡単な文書で渡すと親切です。
- 添付書類の事前準備:賃金台帳・タイムカードは直近6か月分をすぐに取り出せる状態で管理しておきます。急な退職にも対応できる書類管理体制が重要です。
- 社労士との役割分担の明確化:手続きを社労士に委任している場合でも、自社の担当者が最低限の流れと期限を把握しておくことが必要です。「任せているから知らない」では、急なトラブルに対応できません。
- 産業医・健康管理との連携:メンタル不調による退職や休職明けの退職など、健康に起因した離職には産業医サービスとの連携が有効です。退職に至る前に早期に支援できる体制を整えることが、結果的に離職率の低下にもつながります。
まとめ
離職票の発行は、退職者が失業給付を受けるための出発点であり、事業主には法定の義務と期限が伴います。手続きの遅延や退職理由の誤記載は、元従業員との信頼関係を損ない、場合によっては法的な問題に発展するリスクもあります。
重要なポイントをあらためて整理すると、退職翌日から10日以内にハローワークへ書類を提出すること、退職理由は事実に基づいて正確に記載すること、被保険者期間1年以上の場合は本人の意向にかかわらず発行義務があること、の3点が特に押さえるべき基本事項です。
中小企業では専任の労務担当者がいないケースも多く、一人の担当者が多くの業務を抱えていることも珍しくありません。だからこそ、フローの文書化・書類管理の整備・社労士との適切な連携が、実務をスムーズに回すための基盤となります。日頃から準備を整えることで、いざというときに慌てない体制をつくっておきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 離職票の発行に費用はかかりますか?
離職票の発行自体に費用はかかりません。ハローワークへの提出・処理はすべて無料です。ただし、社労士に手続きを委託している場合は、その報酬が別途発生することがあります。社労士との契約内容を事前に確認しておくとよいでしょう。
Q2. 退職者から「離職票の離職理由が違う」と言われた場合、どう対応すればよいですか?
まず、本人が主張する理由と会社側の認識のどちらが事実に即しているかを冷静に確認することが先決です。本人がハローワークに異議を申し立てた場合、ハローワークが事実確認を行い、最終的な判定を下します。その際に必要となる退職面談の記録や退職届、業務上のやり取りなどを証跡として保管しておくことが、会社側の正当性を示すうえで重要です。認識の食い違いを防ぐには、退職時に理由を双方で確認・合意する手続きを社内ルール化することが有効です。個別の事案については、社労士や弁護士などの専門家にご相談ください。
Q3. パートタイム従業員が退職した場合も、離職票の発行は必要ですか?
パートタイム従業員であっても、雇用保険に加入していた場合は原則として同様の手続きが必要です。週20時間以上勤務し、31日以上の雇用見込みがある場合は雇用保険の被保険者となるため、退職時には同じフローで対応します。雇用保険の加入状況が不明な場合は、ハローワークまたは社労士に確認することをお勧めします。
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