「部下が突然の喪失体験…あなたの会社に”その一言”を教えてくれる仕組みはありますか?」

ある日、長年にわたって中心的な役割を担ってきた社員が、親の突然の死をきっかけに職場への復帰に苦労するようになった——そのような経験を持つ経営者や人事担当者は少なくないはずです。忌引休暇を付与し、復帰後も「何かあれば声をかけてね」と伝えた。しかし、その後も業務効率が上がらず、笑顔が消え、最終的に休職を余儀なくされた。

こうしたケースは、けっして珍しいことではありません。人は誰かを、何かを失ったとき、グリーフ(悲嘆)と呼ばれる深い心理的・身体的反応を経験します。そしてそのグリーフは、職場での生産性や人間関係に確実に影響を与えます。にもかかわらず、多くの企業では「それは個人の問題」として、制度的・組織的な支援の対象と捉えられていないのが現状です。

本記事では、グリーフケアの基礎知識から、メンタルカウンセリング(EAP)を活用した職場での実践的支援アプローチまでを、中小企業の経営者・人事担当者に向けてわかりやすく解説します。

目次

グリーフとは何か——「死別」だけではない喪失体験の多様性

グリーフとは、何か大切なものを失ったときに生じる悲しみや苦しみの感情反応全般を指します。日本語では「悲嘆」とも訳されます。多くの人は「グリーフ=家族の死別」とイメージしがちですが、実際には職場に影響を与える喪失体験はずっと幅広いものです。

  • 死別:家族・友人・ペットの死
  • 関係の喪失:離婚・別居・重要な人間関係の終焉
  • 生命・健康の喪失:自身や家族への重篤な疾患の診断、流産・死産・不妊治療の終了
  • キャリア・役割の喪失:解雇・早期退職・降格、長年取り組んできたプロジェクトの中止
  • 生活基盤の喪失:災害による住居の喪失、財産の大幅な減少

これらの喪失体験はすべて、程度の差はあれ、従業員の心身の状態と職場でのパフォーマンスに影響を及ぼします。グリーフの反応は人によって異なりますが、集中力の低下、睡眠障害、食欲不振、感情のコントロールの難しさ、人間関係の回避などが一般的にみられます。

また、かつてよく知られていたキューブラー・ロスの「悲嘆の5段階モデル(否認→怒り→取引→抑うつ→受容)」は参考にはなりますが、実際のグリーフは必ずしもこの順序をたどるわけではありません。繰り返しや後退を含む非線形なプロセスであることを、支援する側は理解しておく必要があります。

なぜ職場がグリーフケアに取り組む必要があるのか——法的義務と経営リスク

「従業員個人の悲しみに職場が介入することへの違和感」を持つ経営者もいるかもしれません。しかし、これは単なる「思いやり」の問題ではなく、法的義務と経営上のリスク管理の問題でもあります。

安全配慮義務という法的責任

労働契約法第5条は、使用者(会社)が労働者の生命・身体・精神の安全に配慮する義務を負うことを定めています。グリーフ状態にある従業員を放置し、その結果として適応障害やうつ病などの精神疾患が発生した場合、企業が安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。過去の裁判例においても、「精神的な不調が予見できる状態での使用者の不作為」が問題とされたケースが存在します。

また、労働安全衛生法第66条の10に基づくストレスチェック制度(従業員50人以上の事業場では義務)において、グリーフ状態の従業員が高ストレス者として抽出されるケースも少なくありません。その際、産業医による面接指導(同法第66条の8)への適切な橋渡しが企業に求められます。

見えにくい経営コストの問題

グリーフによる損失は、数字として表れにくいため対策の優先度が上がりにくいという課題があります。しかし実際には、プレゼンティーイズム(職場には来ているが、心身の不調によりパフォーマンスが低下している状態)として生産性損失が発生しています。

さらに、グリーフが遷延して休職・退職に至った場合は、代替要員の確保や採用・教育コスト、周囲の従業員への業務負担の増大、チームの士気低下など、連鎖的なコストが発生します。早期の支援介入によってこうした損失を防ぐことは、経営上の合理的な判断でもあります。

EAPを活用したグリーフケアの段階的アプローチ

EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)とは、従業員の個人的な問題——メンタルヘルス、家族関係、経済的困難など——に対して、専門家によるカウンセリングやコンサルテーションを提供する支援プログラムです。グリーフケアはEAPの中核的なサービス領域の一つであり、職場での支援体制と専門的ケアをつなぐ役割を果たします。

メンタルカウンセリング(EAP)を活用したグリーフへの対応は、大きく4つのフェーズに分けて考えることができます。

フェーズ①:予防・啓発(喪失体験の発生前)

グリーフケアへの備えは、問題が起きてから始めるのでは遅いことがほとんどです。特に管理職・人事担当者に対して、グリーフの基礎知識と初期対応の方法を事前に学ぶ機会を設けることが重要です。

  • 管理職向けグリーフリテラシー研修の実施
  • EAPサービス・相談窓口の社内周知(ポスター掲示、社内イントラネットへの案内掲載)
  • 「職場では感情の話をしてはいけない」という暗黙のルールを見直す組織文化の醸成

フェーズ②:初期対応(喪失直後〜1か月)

喪失体験の直後は、当事者も周囲も動揺しているため、組織として落ち着いた対応を取ることが特に重要な時期です。

  • 上司・人事担当者による適切な「声かけ」の実践(後述の実践ポイントを参照)
  • 忌引休暇・特別休暇の柔軟な付与(分散取得の許可など)
  • 業務負荷の一時的な軽減措置(短時間勤務・在宅勤務の活用)
  • EAPカウンセラーへの初回相談を積極的に案内する「プッシュ型」の周知

ここで重要なのは、「早期介入」の姿勢です。「時間が解決する」という考え方は必ずしも正しくなく、適切な支援につなぐタイミングを逃すと、グリーフが深刻化するリスクがあります。

フェーズ③:継続支援(1か月〜6か月)

忌引休暇が終わり通常業務に戻ったとき、外見上は「普通」に見えても、内面では深い悲嘆を抱えていることが少なくありません。この時期こそ、継続的なフォローが必要です。

  • EAPカウンセラーによる継続的な個別面談(対面・電話・オンライン)
  • 産業医・保健師がいる場合は連携しての定期的なモニタリング
  • 上司へのフォローアップコーチング(管理職自身の対応継続を支援)
  • 業務量の段階的な調整と職場環境の配慮の継続

フェーズ④:専門医療連携(複雑性悲嘆・精神疾患への移行時)

グリーフが6か月以上にわたって強い状態で続く場合、複雑性悲嘆(Complicated Grief)と呼ばれる状態に移行している可能性があります。これは通常のグリーフとは異なり、専門的な医療的介入が必要な状態です。また、適応障害やうつ病に発展するケースもあります。

  • EAPカウンセラーから精神科・心療内科への適切な紹介・連携
  • 休職制度の適切な運用(主治医・産業医の連携のもとで)
  • 職場復帰支援プログラム(リワーク)の活用

なお、傷病手当金(健康保険法)は、精神疾患として医師の診断が下りた場合に適用可能です。人事担当者はこうした制度についても基礎知識を持っておくことが望まれます。

管理職が知っておくべき「声かけ」の実践的ポイント

グリーフケアの現場で最も多いのが、「何と声をかければよいかわからない」という管理職の戸惑いです。不適切な言葉かけが、かえって当事者を傷つけてしまうリスクもあります。以下のポイントを参考にしてください。

やってはいけない対応

  • 「頑張って」「早く元気になって」:当事者に無理な回復を求める言葉として受け取られやすい
  • 「気持ちはわかるよ」:体験していない苦しみへの安易な共感は、逆に孤立感を与えることがある
  • 「仕事に集中した方がいい」:悲しみを否定・抑圧させるメッセージになる
  • 詮索や原因追求:死因や経緯を聞くことは当事者への負荷になる
  • 「時間が経てば忘れられる」:喪失の軽視と受け取られ、信頼関係を損ねる

有効な対応の原則

  • 存在を示す:「何かあればいつでも話しかけてください」と伝えるだけでも十分な場合がある
  • 傾聴を優先する:解決策や助言を急がず、相手の話を最後まで聴く姿勢を持つ
  • 業務面での具体的なサポートを提示する:「しばらく会議の参加を減らしましょう」など、抽象的な配慮より具体的な提案が有効
  • 定期的に声をかけ続ける:一度声をかけて終わりにせず、継続的に関心を示す
  • 専門家への橋渡しを自然に行う:「会社にEAPという相談サービスがあるので、もし良ければ使ってみてください」と案内する

中小企業がEAPを導入・活用するための実践ポイント

「EAPは大企業のもの」というイメージを持つ経営者も多いですが、近年は中小企業でも利用しやすいサービス形態や料金プランが増えています。

導入前に整理しておくべきこと

  • 現状の把握:自社にグリーフを含むメンタル不調者がどの程度いるか、現在どのような支援体制があるかを確認する
  • 制度の見直し:忌引休暇の対象範囲(パートナー・内縁関係・ペットなど)や日数設定が実態に合っているかを就業規則で確認する。なお、忌引休暇は労働基準法上の義務ではなく、就業規則による任意設定であることに注意が必要です
  • 担当者の明確化:グリーフを抱える従業員の相談窓口として、誰が対応するかを社内で決めておく

EAPサービス選定のポイント

  • グリーフカウンセリングの専門性を持つカウンセラーが在籍しているか
  • 対面・電話・オンラインなど複数の相談チャネルが用意されているか
  • 管理職向けのコンサルテーション(上司への対応支援)が含まれているか
  • 医療機関への紹介・連携体制が整っているか
  • 個人情報の取り扱いが適切に管理されているか(喪失体験の詳細は個人情報保護法上のセンシティブ情報として慎重な管理が必要)

コストに関する現実的な視点

EAPの導入コストについては、休職・退職が1件発生した場合の採用・教育コストと比較検討することが有効です。一般的に、中途採用にかかるコストは年収の20〜30%程度とされることが多く、それを年間のEAP利用料と対比することで、経営上の説明がしやすくなります(ただし、コストは事業規模やサービス内容によって大きく異なるため、複数社から見積もりを取ることを推奨します)。

まとめ——「グリーフは個人の問題」という認識を変えることから始める

グリーフ(喪失体験)は、すべての人が経験しうる人間としての自然なプロセスです。そして働く場にいる以上、職場はその影響を避けることができません。問題は、多くの企業がこの現実を「個人の問題」として切り離してきたことにあります。

労働契約法の安全配慮義務が示すとおり、企業は従業員の精神的な健康にも責任を持つ存在です。グリーフを抱える従業員への適切な支援は、法的なリスク管理であると同時に、人材の定着・組織の信頼構築にも直結します。

まずは今日からできることとして、以下の3点を検討してみてください。

  • 自社の忌引休暇制度・相談窓口の現状を見直す
  • 管理職に対してグリーフへの基本的な対応方法を共有する機会をつくる
  • EAPの導入・活用について情報収集を始める

組織としてグリーフケアに取り組む文化を育てることは、一朝一夕では実現しません。しかし、「声をかけ続ける」「専門家につなぐ」という小さな行動の積み重ねが、従業員の安心感と職場への信頼を確実に高めていきます。

具体的な支援体制の構築については、メンタルカウンセリング(EAP)の専門家に相談することで、自社の規模や状況に合ったプランを検討することができます。

よくある質問

グリーフとうつ病の違いは何ですか?職場ではどう判断すればよいですか?

グリーフ(悲嘆)は喪失体験に対する自然な感情反応であり、時間の経過とともに徐々に和らいでいくことが一般的です。一方、うつ病は持続的な抑うつ気分・意欲の低下・睡眠障害などが続く精神疾患であり、医療的な治療が必要です。職場では両者を厳密に区別することは難しく、管理職や人事担当者が診断的な判断をする必要はありません。「様子がいつもと違う」「業務に明らかな支障が出ている」「本人が辛そうにしている」といったサインを見逃さず、早期にEAPカウンセラーや産業医(在籍している場合)に相談・橋渡しすることが最も重要です。

忌引休暇の日数や対象範囲は法律で決まっていますか?

忌引休暇は労働基準法上の義務規定がなく、各企業が就業規則で任意に設定するものです。そのため、対象となる続柄(配偶者・親・子・祖父母・兄弟姉妹など)や日数の設定は企業ごとに異なります。内縁関係のパートナーや同性パートナーを含めるかどうか、あるいはペットロスへの対応をどうするかなど、現代の多様な家族形態に合わせた制度の見直しを検討する企業も増えています。制度改訂の際には、就業規則の変更手続き(労働基準法第89条・第90条に基づく届出・意見聴取)が必要です。

EAPを導入していない中小企業でも、グリーフケアの対応はできますか?

EAPが未導入でも取り組める対応はあります。まず、管理職が基本的な傾聴スキルとグリーフへの理解を持つこと、そして地域の相談資源(地域の精神保健福祉センター、かかりつけ医、産業保健総合支援センターの相談窓口など)を事前に把握しておくことが重要です。また、従業員50人以上の事業場ではストレスチェック制度と産業医との連携を活用することで、対応の幅が広がります。ただし、継続的・専門的なグリーフカウンセリングを個々の従業員に提供するためには、EAPのような外部専門機関との連携が最も効果的です。

外部相談窓口・EAPの導入をご検討の企業様は、INTERMINDのEAPサービスをご覧ください。中小企業でも導入しやすいプランをご用意しています。

産業医・メンタルヘルスのご相談はお気軽に

まずは資料請求・無料相談から。専任担当がサポートします。

目次