「産業医は選任しているけれど、実際に機能しているかどうかわからない」「月80時間を超えた社員がいるのに、どう対応すればいいか把握できていない」——中小企業の経営者や人事担当者から、こうした声をよく耳にします。
過重労働対策は、従業員の健康を守るだけでなく、会社が法的リスクを回避するうえでも欠かせない取り組みです。しかし、制度の全体像が複雑で、どこから手をつけるべきかわからないまま、気づけば形式的な対応だけが続いているケースも少なくありません。
本記事では、産業医面談の正しい進め方を中心に、労働時間管理の基本から面談後の就業措置・記録管理まで、実務に直結する内容を体系的に解説します。「うちの会社には必要ない」と感じている方にも、ぜひ最後まで読んでいただきたい内容です。
過重労働対策をめぐる法的義務——何が求められているのかを正確に理解する
まず、法律が会社に何を義務づけているのかを整理します。根拠となる主な法律は労働安全衛生法と労働契約法の2つです。
産業医による面接指導義務(労働安全衛生法第66条の8)
月80時間を超える時間外・休日労働を行い、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合、会社は医師(産業医)による面接指導を実施しなければなりません。これは努力義務ではなく、法的な義務です。
なお、2019年の法改正で追加された第66条の8の2では、研究開発業務従事者については本人の申出を待たず、月100時間を超えた時点で会社が面接指導を実施する義務があります。一般の労働者とは要件が異なる点に注意が必要です。
また、月80時間には達しないものの、月45時間を超えるような場合は「努力義務」(第66条の9)として面談の実施が推奨されています。法的義務の範囲外だからといって放置してよいわけではありません。
産業医の選任義務と中小企業への影響
産業医の選任義務は、常時50人以上の労働者を使用する事業場に課せられています。50人未満の事業場は努力義務ですが、選任していない場合でも地域産業保健センター(※地域の医師会等が運営する、中小企業向けの産業保健サービス)を活用することで、無料または低コストで産業医機能を利用できます。
安全配慮義務(労働契約法第5条)と会社の責任
使用者は、労働者の生命・身体・健康を危険から保護するよう配慮する義務を負っています。過重労働によって従業員が健康被害を受けたり、最悪の場合に過労死が発生した場合、会社は民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。
「残業代をきちんと支払っているから問題ない」と考える経営者も一定数いますが、これは大きな誤解です。残業代の支払いと健康管理義務はまったく別の問題であり、賃金を正しく払っていても安全配慮義務違反に問われることがあります。
過重労働対策の出発点——労働時間を「正確に」把握する
産業医面談を機能させるには、その前提として労働時間の正確な把握が不可欠です。2019年4月から、管理監督者や裁量労働制の適用者を含む全労働者について、客観的な方法による労働時間の把握が義務化されています。
「把握できている」という思い込みに注意
タイムカードや勤怠システムで管理しているつもりでも、実態と乖離しているケースは珍しくありません。よくある問題点を以下に挙げます。
- 申告制のみで実態が反映されていない:本人の自己申告と実際の在社時間に大きなギャップがある
- 管理職が対象外と誤解されている:管理監督者も労働時間把握の対象です
- テレワーク・直行直帰勤務者が把握の盲点になっている:PCのログイン・ログオフ記録など、客観的な記録と申告制の併用が有効です
- 集計の単位が不正確:「法定労働時間を超えた時間」だけでなく、法定休日労働を含めた実態全体で把握することが必要です
毎月の労働時間集計を担当者任せにせず、集計ルールと確認フローを明文化することが第一歩です。
働き方改革の上限規制は中小企業にも適用済み
時間外労働の上限規制については、中小企業への猶予期間はすでに終了しています。原則として月45時間・年360時間が上限であり、特別条項を締結した場合でも年720時間・単月100時間未満・複数月平均80時間以内が上限です。この規制に違反した場合、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科せられる可能性があります。
産業医面談の正しい進め方——6つのステップで整理する
法律が定める面接指導の手続きは、大きく以下の流れで進みます。それぞれのステップで会社が何をすべきかを具体的に確認しましょう。
ステップ1:毎月の時間外労働時間を算出・確認する
月末または締め日ごとに、全従業員の時間外・休日労働時間を集計します。80時間超の対象者を翌月初旬までにリストアップできる体制を整えてください。この作業が遅れると、面談の実施も後手に回ります。
ステップ2:対象者への通知・申出勧奨を行う
ここで多くの会社が犯す誤解があります。「本人から申し出がなければ面談しなくていい」というのは誤りです。
法律の条文には「申出があった場合」と書かれていますが、実務上は会社から対象者に対して申出を促す通知を送ることが求められています。この通知を怠った状態で従業員が健康被害を受けた場合、「申し出がなかったから対応しなかった」という言い訳は安全配慮義務違反の免責理由にはなりません。
通知は口頭ではなく、メールや書面などの記録が残る方法で行いましょう。
ステップ3:産業医へ情報を共有し、面談を実施する
面談を実施する前に、産業医へ以下の情報を事前共有することが重要です。
- 対象者の直近の時間外労働時間(過去数か月分)
- 業務内容・職種・職位
- 本人が申告している自覚症状や体調(事前アンケート等で収集)
- 睡眠の状況や休日の取得状況
- 過去に問題が指摘されていた場合はその記録
情報共有なしに「あとは産業医に任せた」という姿勢では、面談が形式的なものになってしまいます。人事担当者と産業医が連携することで、面談の質は大きく向上します。
面談の実施時期は、月80時間超が判明した翌月以降、概ね1か月以内を目安にしてください。繁忙期に対象者が集中する場合は、産業医とあらかじめ複数の面談枠を確保しておくことをお勧めします。
ステップ4:産業医から意見を聴取する
面談後、産業医から就業上の配慮に関する意見を受け取ります。この意見は必ず文書(意見書)で受け取り、保管してください。口頭での確認だけでは、後から証跡が残りません。
ひとつ重要な点を確認します。産業医は「意見を述べる立場」であり、会社に命令する権限はありません。就業制限や配置転換などの最終的な判断と実施は、あくまで会社(使用者)の責任です。産業医の意見を受け取った後、会社として何を行うかを決定・実行する必要があります。
ステップ5:就業上の措置を実施する
産業医の意見をもとに、具体的な措置を実施します。措置の例としては、残業時間の制限、業務量の調整、配置転換、休職の検討などがあります。
このとき、「残業を減らすように」という口頭の指示だけでは不十分です。具体的な上限時間(例:当面の間、時間外労働は月20時間以内)と期間を文書で明示し、本人および直属の上司にも共有してください。措置内容が曖昧だと、現場での運用がばらつき、結果的に改善につながらないケースがあります。
ステップ6:記録を5年間保存する(当面は3年)
面接指導の実施記録、産業医の意見書、就業措置の決定記録は一連のセットとして保管します。法令上の保存期間は5年(経過措置として当面3年)です。これらの記録は、万が一トラブルが発生した際の重要な証跡になります。
実務でつまずきやすいポイントへの対処法
従業員が面談を拒否した場合はどうするか
面談への参加は従業員の義務ではないため、強制することはできません。しかし、拒否されたからといって何もしないのは会社としてのリスクになります。
対応のポイントは以下の通りです。
- 面談の案内・勧奨を行ったことを記録として残す(メール等)
- 拒否の理由を確認し、プライバシーへの配慮や業務への影響がないことを丁寧に説明する
- 複数回にわたって勧奨した記録を残しておく
- それでも拒否が続く場合でも、勧奨・通知の記録が残っていれば会社としての安全配慮義務の履行を示すことができる
記録を残すことが、会社を守ることにつながります。
過重労働対策とメンタルヘルス対策を混同しない
長時間労働がメンタルヘルス不調の一因になることは確かですが、両者は法的な根拠も対応の流れも異なります。
過重労働対策における産業医面談は、主に長時間労働による身体的・精神的な疲労の蓄積を評価し、就業上の配慮を検討することが目的です。一方、メンタルヘルス不調への対応は、ストレスチェック制度(50人以上の事業場では義務)や、不調が疑われる従業員への個別対応などが中心です。
実際には重複するケースも多いですが、それぞれの制度の趣旨と手続きを混同させないよう、担当者間での認識を統一しておくことが大切です。
産業医が「形式的な存在」になっていないか確認する
特に中小企業では、産業医を選任はしているものの、年1回の職場巡視のみで実質的な連携がないケースが見られます。産業医を有効に活用するためには、以下のような取り組みが有効です。
- 定期的なミーティングや情報共有の機会を設ける
- 面談対象者が発生した際の連絡・情報共有フローをあらかじめ決めておく
- 産業医に職場の業務内容や繁忙期の傾向を事前に把握してもらう
- 人事・総務担当者が「産業医に丸投げ」せず、連携の中心として機能する
今日から始める実践ポイント——優先順位の高い3つのアクション
ここまで解説してきた内容を、実際にどこから着手すればよいかに絞って整理します。
① 毎月の労働時間集計ルールを文書化する
担当者が変わっても同じ運用ができるよう、集計のタイミング・方法・確認フローを文書にまとめてください。「誰がいつ何をするか」が明確になるだけで、対応のばらつきは大幅に減ります。集計結果は人事・総務の担当者だけでなく、必要に応じて産業医にも共有できる体制を整えましょう。
② 面談対象者への通知テンプレートを作成する
月80時間超の対象者に送付する通知文(面接指導の案内)をあらかじめテンプレート化しておきます。毎回文章を考える手間が省けるだけでなく、内容のばらつきや通知漏れを防ぐことができます。メールで送付する場合は送信履歴が記録として残るため、証跡管理の観点からも有効です。
③ 産業医と「有事の連絡フロー」を事前に確認する
月80時間超の対象者が発生した場合、産業医にどのタイミングでどのような情報を共有するか、面談の日程調整はどう行うか——これらを事前に取り決めておくことで、実際に対象者が出た際にスムーズに動くことができます。産業医との契約内容や訪問頻度の見直しも、この機会に確認しておくとよいでしょう。
まとめ
過重労働対策と産業医面談の進め方について、法的義務の整理から実務上の対応まで解説してきました。要点を振り返ります。
- 月80時間超の時間外・休日労働者には、産業医による面接指導の実施が法的義務(労働安全衛生法第66条の8)
- 「本人から申し出がなければ対応不要」は誤解。会社から申出を促す通知を行うことが実務上求められる
- 労働時間の把握は客観的な方法で行い、管理職も対象に含める
- 面談後の産業医意見書と就業措置の記録は一連のセットで保管(保存期間5年、当面3年)
- 残業代の支払いと安全配慮義務は別物。健康管理を怠った場合の民事責任は別途生じる
- 産業医は「意見を述べる立場」。就業措置の最終判断は会社が行う
「うちの会社にはまだ関係ない」と感じている方も、人手不足が続く現在の労働環境では、過重労働リスクは規模を問わず存在します。法的義務への対応が後手に回るほど、会社が負うリスクも大きくなります。
まずは今月の労働時間集計を見直すことから始めてみてください。その一歩が、従業員の健康を守り、会社を守ることにつながります。
よくある質問
Q1: 月80時間の時間外労働がある従業員がいます。必ず産業医面談を実施しなければならないのですか?
月80時間を超える時間外・休日労働を行い、本人が疲労の蓄積を感じて申出をした場合、会社は必ず産業医による面接指導を実施する法的義務があります。本人の申出がない場合でも、月45時間を超えれば努力義務として面談実施が推奨されています。
Q2: 従業員数が50人未満の中小企業です。産業医を選任していなくても大丈夫ですか?
50人未満の企業では産業医選任は努力義務ですが、地域産業保健センターなどを活用することで、無料または低コストで産業医機能を利用できます。過重労働対策を講じないと健康被害や法的責任を問われるリスクがあるため、なんらかの産業医機能の確保が重要です。
Q3: 残業代をきちんと支払っていれば、過重労働対策をしなくても問題ないのではないですか?
これは大きな誤解です。残業代の支払いと従業員の健康管理義務はまったく別の問題であり、賃金を正しく払っていても安全配慮義務違反に問われることがあります。過労死などの健康被害が発生した場合、会社は民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。
労働法改正への対応や安全衛生管理体制の整備には、INTERMINDの産業医サービスが力になります。専門家による継続的なサポートで法令対応を進められます。









