新型コロナウイルス感染症の拡大を契機として、在宅勤務(テレワーク)は多くの企業で急速に普及しました。しかし、導入から数年が経過した現在でも、「労働時間をどう管理すればよいか」「メンタルヘルス不調の兆候をどう察知するか」「規程はどこまで整備すれば十分か」といった悩みを抱える中小企業は少なくありません。
特に中小企業では、専任の人事担当者が少なく、制度整備が後回しになりがちです。在宅勤務に関する労務管理の不備は、労働基準法違反や未払い残業代の問題、さらには従業員のメンタルヘルス悪化につながるリスクをはらんでいます。本記事では、在宅勤務における労務管理の主要な課題を整理し、法令上の根拠とともに具体的な対策をご紹介します。
在宅勤務でも労働時間の把握義務は変わらない
在宅勤務に移行した企業が最初につまずく課題のひとつが、労働時間の把握です。オフィス勤務であればタイムカードや入退室記録で比較的容易に管理できましたが、在宅では始業・終業の境界があいまいになりやすく、家事・育児と業務の時間が混在するケースも生じます。
ここで重要なのは、在宅勤務だからといって使用者の労働時間把握義務が免除されるわけではないという点です。労働安全衛生法第66条の8の3は、管理監督者を除くすべての労働者について、使用者が労働時間の状況を客観的な方法で把握することを義務付けています。タイムカード、PCのログイン・ログオフ記録、VPN(仮想プライベートネットワーク)の接続ログ、クラウド型の勤怠管理システムなど、実態を反映した記録手段の導入が求められます。
また、労働基準法第37条に定める時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金の支払い義務も、在宅勤務中であっても変わらず適用されます。「自己申告制にしているから大丈夫」と考えていても、実際の労働時間と申告時間に乖離があれば、未払い賃金として後日問題になるリスクがあります。自己申告制を採用する場合は、申告内容の定期的な確認や、PCログなど客観的な記録との照合を行うことが重要です。
「事業場外みなし労働時間制」の在宅適用には注意が必要
在宅勤務の労務管理について調べると、「事業場外みなし労働時間制」という制度を目にすることがあります。これは、外回り営業など事業場の外で業務を行い、労働時間の算定が困難な場合に、あらかじめ定めた時間を労働時間とみなす制度です(労働基準法第38条の2)。
しかし、在宅テレワークへのこの制度の適用は原則として困難とされています。厚生労働省が2021年に改定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」でも、在宅勤務の場合は使用者が随時連絡を取ることが可能であるため、「労働時間を算定しがたい」という要件を満たしにくいと示されています。安易にこの制度を適用することは、行政指導の対象となる可能性もあるため注意が必要です。
テレワーク規程の未整備が生むリスクとその対策
在宅勤務に関する就業規則や専用の規程(テレワーク規程)を整備しないまま運用を続けている企業は、中小企業を中心に依然として多く見受けられます。しかし、規程の不備は労使トラブルの温床となります。
テレワーク規程として整備すべき主な項目は以下のとおりです。
- 対象者・対象業務の範囲:誰が、どの業務でテレワークを利用できるかを明確にする
- 申請・許可の手続き:上長への申請方法と許可の基準を定める
- 労働時間・休憩の管理方法:始業・終業の報告手段、休憩時間のルールを明示する
- 費用負担の範囲:通信費・光熱費・備品費の会社負担分と計算方法を規定する
- 情報セキュリティの遵守事項:使用可能な機器・ネットワーク、データ取り扱いのルールを定める
- 連絡手段と応答ルール:チャット・電話・メールにおける応答の目安時間を設ける
テレワーク規程は就業規則の別規程として位置付け、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の変更として労働基準監督署への届出も必要です(労働基準法第89条・第90条)。
通信費・光熱費の費用負担ルールも明確に
在宅勤務にともなう費用負担についても、労使間のトラブルを避けるために明文化が不可欠です。厚生労働省のガイドラインは、通信費・光熱費等の負担について、あらかじめ労使間で取り決め、就業規則等に規定することを求めています。
在宅勤務手当として一律支給する場合、2021年1月の国税庁通達に基づく計算式を用いた範囲内であれば非課税扱いとなります。たとえば通信費については「(基本通信料+通話料)×業務使用割合(2分の1)」、光熱費については「月の電気料金×業務に使用した部屋の面積割合×2分の1」が目安とされています。手当を支給する際は給与明細上で明確に区分し、課税・非課税の処理を適切に行うことが求められます。
在宅勤務者のメンタルヘルスケアはより積極的な取り組みが必要
在宅勤務環境では、職場の同僚との何気ない会話や、上司による日常的な声かけが生まれにくくなります。その結果、孤独感や孤立感を抱える従業員が増加しやすく、メンタルヘルス不調の早期発見が遅れるリスクが高まります。
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体等の安全を確保しながら労働できるよう必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を規定しています。この義務は在宅勤務中の労働者に対しても同様に適用されます。メンタルヘルス対策を「オフィス勤務者だけの話」と考えている場合は、認識を改める必要があります。
また、労働安全衛生法第66条の10に基づくストレスチェック制度は、常時50人以上の労働者を使用する事業場では毎年1回の実施が義務付けられています(50人未満は努力義務)。在宅勤務が増加した環境ではストレス要因が変化しているため、ストレスチェックの結果を丁寧に分析し、必要に応じて医師や産業医サービスと連携した対応を取ることが重要です。
マネージャーによる1on1ミーティングの定期実施
メンタルヘルス不調の早期発見において特に効果的とされるのが、上司と部下の定期的な1on1ミーティング(1対1の面談)です。週1回程度の短時間でも、業務の進捗確認にとどまらず、体調や気持ちの変化を話せる場を設けることで、不調のサインを早期に把握しやすくなります。
加えて、従業員が気軽に相談できる外部の専門機関(EAP:Employee Assistance Program、従業員支援プログラム)を導入・周知することも有効な手段です。メンタルカウンセリング(EAP)を活用することで、社内に相談しにくい悩みを抱えた従業員でも、専門家のサポートを受けやすくなります。オンライン会議が増える中で蓄積しやすい「Zoom疲れ」についても、過度なオンライン会議を制限するガイドラインを設けるなど、組織全体での配慮が求められます。
在宅勤務中の労災認定と安全衛生管理
在宅勤務中に負傷した場合、それが労働災害として認定されるかどうかについても、正確な理解が必要です。在宅勤務中であっても、業務を遂行している最中に発生した事故・疾病は、労働災害の対象となりえます。たとえば、自宅の作業スペースで転倒した場合でも、業務中であれば労災認定される可能性があります。
一方で、業務から離れて家事や育児を行っている最中のケガは業務外とみなされ、労災の対象外となります。この区別が在宅勤務では難しいケースもあるため、始業・終業時刻の記録や、業務中断時間の管理が重要になります。
また、作業環境の整備も使用者の安全配慮義務の一部です。自宅の机・椅子・照明・空調など、長時間の作業に適した環境が整っているかを確認するためのチェックリストを整備し、従業員に定期的に確認を促す仕組みを設けることが望まれます。
人事評価制度の見直しで公平性を確保する
在宅勤務者とオフィス勤務者が混在する組織では、評価の公平性をどう担保するかが経営課題のひとつとなっています。上司の目の届く場所にいる出社者が有利になりやすい、いわゆる「PresenceBias(在席バイアス)」の問題は、テレワーク先進国でも共通の課題として認識されています。
この問題に対応するためには、評価制度そのものの見直しが有効です。具体的には、勤務態度や労働時間の長さではなく、目標の達成度や成果に基づいた評価(MBO:目標管理制度、またはOKR:目標と主要な成果指標)へシフトすることが考えられます。評価基準と各評価項目のウエイトを事前に明示し、在宅・出社にかかわらず統一した基準で評価することを就業規則や評価規程に明記することが重要です。
また、昇進・昇格機会についても、在宅勤務の頻度によって不利にならないよう配慮することが、優秀な人材の定着にもつながります。
実践ポイント:今日から取り組める在宅勤務の労務管理改善
以下に、中小企業がすぐに着手できる実践ポイントをまとめます。
- テレワーク規程の整備・更新:就業規則の別規程として作成し、費用負担・労働時間管理・情報セキュリティのルールを明記する
- 勤怠管理システムのクラウド化:スマートフォンからも打刻できるクラウド型の勤怠管理ツールを導入し、PCログやVPN接続記録と組み合わせて客観的な記録を残す
- チャットツールによる始業・終業報告ルールの設定:SlackやTeamsなどのビジネスチャットを活用し、始業・終業・離席・復帰の報告を習慣化する
- 深夜・休日のメール・チャット送受信の制限:長時間労働防止のため、一定時刻以降のメール送信を制限するシステム設定を検討する
- 1on1ミーティングの定例化:週1回程度、業務進捗だけでなく体調や気持ちの変化も話せる場を設ける
- 作業環境チェックリストの整備:照明・机・椅子・通信環境などを定期確認させる仕組みを構築する
- ストレスチェックの実施と結果の活用:義務対象でない50人未満の事業場でも、在宅勤務環境下では積極的な実施を検討する
- 費用負担ルールの明文化と給与明細への反映:在宅勤務手当を設ける場合は、国税庁の非課税計算式を参考に適切に処理する
まとめ
在宅勤務は、働き方の柔軟性を高め、優秀な人材の確保・定着にもつながる重要な制度です。一方で、労働時間管理・規程整備・メンタルヘルス対策・人事評価の公平性など、オフィス勤務とは異なる視点での労務管理が求められます。
「在宅だから仕方ない」と課題を放置すると、未払い残業代の請求や労基署からの是正勧告、従業員のメンタルヘルス悪化による離職といったリスクに直面することになりかねません。まずは自社のテレワーク規程の有無を確認し、労働時間の把握体制と費用負担のルールを整備するところから始めてみてください。
制度の整備とともに、産業医や外部の専門機関との連携体制を構築することも、持続可能な在宅勤務環境の実現に向けた有力な選択肢となります。
よくある質問(FAQ)
在宅勤務中の残業代は必ず支払わなければなりませんか?
はい、在宅勤務中であっても労働基準法第37条に基づく時間外・深夜・休日労働の割増賃金の支払い義務は変わりません。「自己申告制だから管理できない」ということにはならず、PCログや勤怠システムなど客観的な記録と申告内容の乖離を定期的に確認し、実態に即した賃金を支払う必要があります。
テレワーク規程は就業規則とは別に作る必要がありますか?
法律上は就業規則に盛り込む形でも問題ありませんが、実務上はテレワーク規程として就業規則の別規程にまとめると管理しやすくなります。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、規程の新設・変更の際に労働基準監督署への届出と労働者代表の意見書が必要です。
在宅勤務中に自宅でケガをした場合、労災は適用されますか?
業務を遂行している最中に発生したケガや事故であれば、在宅勤務中でも労働災害として認定される可能性があります。ただし、家事や育児など私的行為中のケガは業務外として扱われます。始業・終業・業務中断の記録を適切に管理しておくことが、労災認定の判断において重要な根拠となります。
在宅勤務手当の非課税扱いにはどのような条件がありますか?
2021年1月の国税庁通達に基づき、通信費は「(基本通信料+通話料)×業務使用割合(2分の1)」、光熱費は「月の電気料金×業務使用面積割合×2分の1」の計算式で算出した範囲内であれば非課税となります。一律支給する場合も、この計算式に基づいた合理的な金額設定と、給与明細上での明確な区分が必要です。詳細は管轄の税務署や社会保険労務士にご確認ください。
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