従業員が体調を崩して休職に入り、いざ復職の話が出たとたんにトラブルに発展する——そうした事態に頭を抱える中小企業の経営者・人事担当者は少なくありません。「就業規則に休職のことは書いてあるが、内容が古くて使えない」「主治医が復職可と言っているのに、どう判断すればよいか分からない」「何度も繰り返す休職者にどこまで対応すべきか」。こうした疑問は、専任の人事担当者がいない中小企業では特に切実です。
休職・復職をめぐる問題は、対応を誤ると労働審判や訴訟に発展するリスクがあります。しかし、あらかじめ正しい知識を持ち、書面とプロセスを整えておくことで、そのリスクの大部分は予防できます。本記事では、実務上よく起こるトラブル事例を交えながら、法的根拠に基づいた具体的な予防策をわかりやすく解説します。
休職・復職トラブルが中小企業で起きやすい理由
大企業であれば、就業規則の整備、産業医との連携、人事部門による個別対応が組織的に機能します。しかし中小企業では、就業規則が10年以上更新されていない、産業医の選任義務(常時50人以上の事業場が対象)がない、人事担当者が総務や経理と兼務しているというケースが珍しくありません。
こうした状況下では、以下のような問題が生じやすくなります。
- 休職事由・期間・復職基準が就業規則に明記されておらず、場当たり的な対応になる
- 休職命令が口頭のみで行われ、後日「そんな話は聞いていない」となる
- 復職可否の判断を主治医の診断書だけに頼り、実際の業務遂行能力を確認できない
- 休職中の連絡が過多になりハラスメントと指摘される、または無連絡で安全配慮義務違反と問われる
これらのトラブルの根底には、「制度の不備」と「記録の欠如」という共通した問題があります。逆に言えば、この二点を整えることが予防の出発点です。
押さえておくべき法律上のポイント
解雇・退職をめぐるリスク:労働契約法第16条
労働契約法第16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めています。注意が必要なのは、休職期間の満了による自然退職(休職期間が終わっても復職できない場合に雇用契約が終了する仕組み)も、裁判所が「実質的な解雇」と判断するケースがあることです。
特にメンタルヘルス不調による休職では、「本当に復職できない状態だったのか」「会社は職場復帰を支援する努力をしたか」が問われます。就業規則に満了退職の規定があっても、段階的復帰の提案や配置転換の検討を行わずに退職扱いとした場合、無効と判断されるリスクがあります。
休職中の解雇禁止:労働基準法第19条
労働基準法第19条は、業務外の傷病による休業中およびその後30日間は解雇を禁じています。業務上の疾病・負傷(労災)の場合は、療養中の全期間が解雇禁止の対象です。つまり、「長く休みすぎた」という理由だけで解雇することは原則として許されず、就業規則に定めた休職期間の満了を経たうえでの退職扱いが法的に適切な手順となります。
安全配慮義務:労働契約法第5条
安全配慮義務とは、使用者が労働者の生命・身体・健康を守るために必要な配慮をする義務のことです(労働契約法第5条)。復職後に過重な業務を与えて再発させた場合、あるいは復職できる状態なのに合理的な理由なく復職を拒否した場合、いずれも安全配慮義務違反として損害賠償請求の対象になり得ます。
また、2024年の障害者雇用促進法の改正により、精神障害・発達障害のある従業員への合理的配慮(業務の調整、職場環境の整備など)が中小企業においても一層強く求められるようになっています。うつ病や適応障害からの復職時に配慮を一切行わないことは、法的リスクにつながります。
傷病手当金の通算規定(2022年改正)
傷病手当金(健康保険から支給される病気・けがで働けない期間の生活補償給付)は、連続3日間休んだ後、最長1年6ヶ月支給されます。2022年1月の改正により、同一疾病での再休職の場合、以前の受給期間と通算して1年6ヶ月が上限となりました。繰り返す休職者への対応を検討する際、この改正内容を知らないまま制度説明を誤ると、従業員との間でトラブルになることがあります。
よくある法的トラブル事例とその原因
事例1:「復職させてもらえなかった」として訴訟に発展
うつ病で半年間休職した従業員が「復職できる」との主治医の診断書を提出したにもかかわらず、会社が「まだ無理だ」と判断して復職を認めなかったケースです。会社側は産業医の関与もなく、根拠が「以前と様子が違う」という印象論にとどまっていました。結果として、従業員から安全配慮義務違反と不当な賃金不払いを理由に労働審判を申し立てられました。
原因:復職拒否の根拠が客観的・医学的に示せなかったこと。産業医や外部専門機関による就労可否の意見がなく、会社の主観的判断のみで対応していたことが問題でした。
事例2:休職期間満了による退職が「解雇無効」と判断されるリスク
就業規則に「休職期間は6ヶ月とし、期間満了時に復職できない場合は退職とする」と定めていた会社が、期間満了を理由に従業員を退職扱いとしました。しかし就業規則には復職基準や段階的復帰の仕組みが一切なく、会社が復職に向けた具体的な支援を何も行っていなかったことが問題視されました。
原因:就業規則に退職規定はあったものの、復職プロセスが整備されていなかったため、「会社が復職の機会を与えなかった」と評価されるリスクが生じました。形式的な規定だけでは不十分であることを示す典型例です。
事例3:休職中の過剰連絡がハラスメントと指摘される
休職中の従業員に対し、上司が毎日のように電話やメールで「いつ戻れるか」「仕事の状況が心配」などと連絡を取り続けたケースです。従業員側は「精神的に追い詰められた」として、休職の長期化と損害賠償を求めました。
原因:休職中の連絡ルールが社内で決まっておらず、上司の善意が結果的に圧力になりました。連絡の頻度・手段・内容を事前にルール化しておくことの重要性を示しています。
トラブルを予防するための実務的な整備ポイント
就業規則の整備:最初にして最重要のステップ
常時10人以上の従業員を雇用する事業場では、就業規則の作成・届出が義務です(労働基準法第89条)。休職規定は「相対的必要記載事項」(定める場合には必ず記載しなければならない事項)に該当し、以下の内容を明文化することが強く推奨されます。
- 休職事由(業務外の傷病、メンタルヘルス不調を含む)
- 休職期間(勤続年数に応じた期間の設定が一般的)
- 休職中の義務(月1回程度の状況報告、診断書の定期提出など)
- 復職基準(業務遂行能力の回復を客観的に確認する方法)
- 試し出勤・段階的復帰の仕組みと、その期間中の賃金・労災の取扱い
- 休職期間満了時の取扱い(退職または解雇となる旨とその条件)
就業規則の整備が不十分な場合、会社に不利な解釈がされやすいという点は多くの裁判例が示しています。現行規定の見直しを後回しにしないことが重要です。
休職開始時の書面化:口頭のみでの対応は禁物
休職命令は必ず書面(休職命令書)で行い、以下の内容を明記します。
- 休職開始日・休職期間・満了予定日
- 休職中の連絡ルール(頻度・手段・担当窓口)
- 診断書の提出タイミング
- 復職の手続き方法
- 期間満了時に復職できない場合の取扱い
また、会社が産業医や主治医に情報照会できるよう、本人から書面による同意を取得することも不可欠です。医療情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」であり、本人の同意なく第三者に開示することは違法となります。
復職判断:主治医の診断書だけに頼らない
実務上よく起きる誤りが、主治医の「復職可」という診断書だけをもとに復職を認めてしまうことです。主治医は患者の日常生活の回復を主な判断基準とするため、「通勤できる」「日常会話ができる」レベルで復職可と判断することがあります。しかし職場での業務遂行能力(集中力の持続、対人関係のストレス耐性、判断力など)は別の問題です。
産業医(常時50人未満の事業場では選任義務はありませんが、外部委託が可能)による就労可否の意見書を必ず取得することが、会社としてのリスク管理と従業員保護の両方に資します。産業医サービスを外部委託することで、産業医選任義務のない中小企業でも専門的な就労判断を得ることができます。
復職面談では、以下の点を確認しつつ、記録に残すことが重要です。
- 現在の睡眠・生活リズムの状況
- 通勤訓練(実際に通勤できているか)の実施状況
- 業務内容・職場環境に関する本人の希望と不安
- 段階的復帰プランの提示と本人の合意
なお、復職面談では「なぜうつになったのか」「以前の職場に戻れるか」など、本人を責めるような問い方や、回答を強いるような質問は避けるべきです。面談の目的は責任追及ではなく、安全な職場復帰に向けた情報収集と合意形成であることを担当者間で共有してください。
繰り返す休職者への対応:ルールの一貫した適用が鍵
同一の従業員が何度も休職を繰り返すケースでは、対応が感情的・恣意的になりがちです。しかし法的には、就業規則に定めたルールを公平かつ一貫して適用することが会社を守る最大の防御となります。
実務上の対応として有効なのは以下の点です。
- 復職後の再休職に備えた「休職期間の通算規定」を就業規則に設けておく(例:1年以内に再休職した場合、前回の残期間を通算する)
- 復職後のフォローアップ面談を1ヶ月・3ヶ月・6ヶ月のタイミングで定期実施し、記録を残す
- メンタルヘルスの専門的サポートとしてメンタルカウンセリング(EAP)を導入し、従業員が相談しやすい環境を整える
- 産業医・主治医・人事担当者・本人が連携できる情報共有の仕組みを作る
繰り返す休職は、職場環境や業務負荷に根本的な問題がある場合も少なくありません。個人の問題として処理するのではなく、組織的な課題として捉えることが、再発防止と会社全体の生産性向上につながります。
まとめ:「制度の整備」と「記録の積み重ね」が最大の予防策
休職・復職をめぐるトラブルの多くは、突発的・偶発的なものではなく、制度の不備と対応の記録のなさが積み重なって起きています。以下のポイントを改めて確認してください。
- 就業規則の休職規定を最新の法律・実態に合わせて整備する(休職事由・期間・復職基準・満了時の取扱いを明文化)
- 休職命令は必ず書面で行い、医療情報の照会同意書を取得する
- 復職判断は主治医の診断書だけに頼らず、産業医等の専門的意見を取得する
- 休職中の連絡ルールを事前に定め、過多・無連絡の両方を避ける
- 復職面談・フォローアップ面談の内容を記録として残す
- 段階的復帰プラン(試し出勤・時短勤務等)を就業規則に盛り込み、柔軟な対応ができる体制を整える
中小企業では「人手が足りないから制度整備は後回し」になりがちですが、一件の労働トラブルが経営者の時間・費用・信頼を大きく損なうことを考えると、予防的な投資のコストパフォーマンスは非常に高いといえます。まず就業規則の見直しから着手し、必要に応じて外部の産業医サービスや専門家の力を借りることを検討してください。
よくある質問
休職規定がない就業規則でも、従業員を休職させることはできますか?
就業規則に休職規定がなくても、会社と従業員の合意があれば休職させることは可能です。ただし、期間・復職基準・満了時の取扱いが不明確なまま運用すると、後日「退職扱いは無効」「賃金が発生する」などのトラブルに発展するリスクが高まります。常時10人以上の従業員がいる事業場では、就業規則に休職に関する事項を明記することが実質的に求められており、早期の整備を強くお勧めします。
主治医が「復職可」と言っているのに、会社が復職を認めないことはできますか?
会社が独自に復職の可否を判断すること自体は認められていますが、その判断は客観的・合理的な根拠に基づく必要があります。主治医の診断書に加えて、産業医や外部専門機関による就労可否の意見書を取得し、業務遂行能力の観点から判断することが重要です。根拠のない主観的判断で復職を長期間拒否した場合、安全配慮義務違反や賃金不払いとして訴えられるリスクがあります。
休職中に従業員へ連絡を取ることは問題ありませんか?
適切な頻度・方法での連絡は、会社の安全配慮義務の観点からも必要とされています。目安として月1回程度の状況確認が一般的です。ただし、「いつ戻れるか」「業務の引継ぎが大変」など業務上のプレッシャーを与える内容の連絡が頻繁に行われた場合、ハラスメントと判断されるリスクがあります。連絡の頻度・手段・担当者・内容の範囲を休職開始時にあらかじめ書面でルール化しておくことが、双方にとっての安心につながります。
何度も繰り返し休職する従業員を解雇することはできますか?
繰り返しの休職を理由とした解雇は、就業規則に定めた休職期間の通算規定に基づいて行われる必要があります。段階を踏まずに解雇した場合、解雇無効と判断されるリスクがあります。実務上は、就業規則に「一定期間内に再休職した場合は前回の残余期間を通算する」などの通算規定を設け、その規定に従って運用することが重要です。また、繰り返す休職には職場環境や業務負荷の問題が背景にある場合もあるため、EAPや産業医を活用した根本的な原因の把握と対策も検討してください。
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