ゴールデンウィーク(GW)が明けると、毎年決まって「先週から欠勤が続いている社員がいる」「なんとなく職場の空気が重い」という声が人事担当者から上がってきます。いわゆる「五月病」と呼ばれる心身の不調は、決して珍しい現象ではありません。しかし、「毎年のことだから」と軽視していると、メンタル不調による休職・離職という取り返しのつかない事態を招くリスクがあります。
さらにGW前後は、業務の集中や繁忙期の重なりによって残業が急増しやすい時期でもあります。過重労働(過度な長時間労働)が放置されれば、健康障害はもちろん、労働基準法や労働安全衛生法(以下、安衛法)に基づく法的リスクにも直結します。
5月の安全衛生委員会(安衛法第19条に基づく、労使が共同で職場の安全・健康を審議する月例会議)では、まさにこの「五月病対策」と「過重労働チェック」の2テーマを正面から議論すべきです。本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が今すぐ実践できる具体的な対策と、押さえておくべき法令上のポイントをわかりやすく解説します。
なぜ5月の安全衛生委員会でこの2テーマが重要なのか
安全衛生委員会は毎月1回以上開催し、議事録を3年間保存することが法律で義務付けられています(安衛法第17条・第18条・第19条)。単に「開催した」という記録を残すだけでなく、時期に合わせた実効性のある議題を設定することが、委員会本来の役割を果たすことにつながります。
5月という時期は、以下の2つの理由から、メンタルヘルスと過重労働の両方に目を向けるべき重要なタイミングです。
- 新入社員の心理的危機点:4月に入社した社員が初めてのGWを経験し、「このまま続けられるだろうか」という現実との葛藤が最も強くなる時期です。
- GW前後の残業急増:GW前に仕事を片付けようとする残業の増加と、GW明けの業務再開で生じる繁忙が重なり、時間外労働が一時的に急増しやすい構造があります。
この2つの課題は独立しているように見えて、実は深くつながっています。過重労働がメンタル不調を引き起こし、メンタル不調が生産性の低下をさらに招くという悪循環が生まれやすいからです。安全衛生委員会でセットとして議論し、職場全体での対策を打つことが求められます。
五月病の早期発見:ラインケアを中心とした実務対応
「五月病」は医学的な診断名ではありませんが、環境の変化や人間関係のストレスから生じる適応障害(環境への適応がうまくいかない状態)やうつ状態を指すことが多く、5月前後に増加する傾向があることから広く知られています。
厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、メンタルヘルス対策の基本として「4つのケア」が定められています。中でも職場での最初の防波堤となるのが、ラインによるケア(管理職が部下の変化に気づき、相談に応じ、必要に応じて専門家につなぐこと)です。
GW明け第1週の管理職アクション
GW明けの最初の週は、管理職が意識的に部下の様子を観察する期間として設定することを推奨します。具体的には以下のような行動変化をキャッチするチェックポイントが有効です。
- 遅刻・欠勤・早退が増えていないか
- ミスや確認漏れが目立つようになっていないか
- 発言が減った、表情が暗い、覇気がないなど非言語サインの変化はないか
- 業務の締め切りに間に合わない、作業スピードが落ちているなど仕事の質・量の変化はないか
これらの変化を感じたとき、管理職が最初にすべきことは「診断」でも「叱責」でもなく、「最近どう?」「大丈夫?」という一声をかけることです。声かけの目的は問題解決ではなく、「あなたのことを気にかけている」というメッセージを伝えることにあります。1on1ミーティングや朝のちょっとした対話の場がその機会になります。
新入社員への特別フォロー体制
4月入社後、初めてのGWを経験する新入社員は心理的に最もリスクが高い層です。入社から1か月が経ち、入社前に抱いていた期待と現実のギャップが鮮明になる時期でもあります。メンター制度やバディ制度(先輩社員が新入社員を個別にサポートする仕組み)を設けている場合は、GW明けに連絡・対話ができているかを人事が確認してください。制度があっても機能していなければ意味がありません。
また、小規模企業では産業医や専任のカウンセラーを配置することが難しい場合も多いですが、その場合は外部の相談窓口を積極的に案内することが重要です。メンタルカウンセリング(EAP)のような従業員支援プログラムの導入は、専門家不在の職場での有効な代替手段となります。また、厚生労働省が提供する「こころの健康相談統一ダイヤル」(0570-064-556)や「よりそいホットライン」(0120-279-338)のような公的な無料相談窓口を社内に周知するだけでも、相談へのハードルを下げる効果があります。なお、メンタルヘルスに関する具体的な支援内容については、産業医や専門の医療機関にご相談ください。
過重労働チェック:法令義務と実務の落とし穴
GW前後の過重労働対策において、安全衛生委員会が担うべき最も重要な役割は、月80時間を超える時間外・休日労働をしている社員の把握と対応です。
安衛法第66条の8は、「1か月の時間外・休日労働が80時間を超え、かつ申し出があった労働者」に対して、医師による面接指導(産業医などが実施する健康上のリスクを確認する面談)を実施することを事業者に義務付けています。さらに2019年の法改正以降、事業者は時間外・休日労働時間が月80時間を超えた労働者に対し、本人からの申し出がなくても当該労働者に対してその情報を通知するとともに、面接指導の申し出を行うよう勧奨することが求められています。実務上は「月80時間を超えた時点で会社側から面接指導を勧奨する」対応を徹底してください。
36協定の運用チェック:見落としがちな3つのポイント
36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)の上限規制では、原則として月45時間・年360時間が上限です。特別条項(臨時的な特別な事情がある場合の例外規定)を設けた場合でも、年720時間・単月100時間未満(休日労働を含む)・複数月(2〜6か月)の平均80時間以内・特別条項の発動は年6回以内という制限があります。違反した場合は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
5月の委員会では、以下の3点を必ず確認してください。
- 特別条項の発動回数:年6回の上限に対して、現時点で何回発動しているかを集計します。GW前後に1〜2回発動している場合、残り回数が限られてくる可能性があります。
- 複数月平均の管理:月ごとの残業時間だけを見ていると、2〜6か月の平均が80時間を超えていることに気づかないケースがあります。月次の集計だけでなく、直近数か月の平均値も合わせて確認してください。
- 36協定の有効期限:協定届の更新漏れは意外に多く、失効した状態で時間外労働をさせると、たとえ実態として適正な範囲内であっても法令違反となります。期限を社内カレンダーに登録して管理することを推奨します。
見落とされがちな対象者:管理職とテレワーク社員
過重労働チェックで特に見落とされやすいのが、管理監督者(いわゆる管理職)とテレワーク社員です。
管理監督者は労働基準法上の労働時間・休憩・休日に関する規定の適用が除外されますが、深夜割増賃金の支払い義務は除外されません。また、安衛法に基づく健康管理(面接指導義務を含む)は管理監督者にも適用されます。「管理職だから残業はカウントしなくていい」という誤った認識のもと、実態として長時間労働を放置してしまうケースが後を絶ちません。
テレワーク社員については、始業・終業の記録が取れていても、業務の中断や深夜の対応など実態の把握が難しい面があります。厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」では、客観的な方法による労働時間の把握が求められており、PC操作ログや勤怠管理システムの活用が有効です。安全衛生委員会でテレワーク社員の労働時間データを定期的に議題に上げることで、実態把握の習慣をつけることができます。
ストレスチェック結果の委員会活用と面接指導の流れ
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、安衛法第66条の10に基づき年1回のストレスチェック実施が義務付けられています。4月から5月にかけて実施している事業場では、5月の安全衛生委員会がその結果を共有・活用する最適な機会となります。
高ストレス者(ストレスチェックの結果、特に強いストレスを抱えていると判定された労働者)が面接指導を希望した場合、事業者は遅滞なく医師による面接指導を実施しなければなりません。面接後に医師から「就業上の措置が必要」という意見が出た場合は、労働時間の短縮や業務内容の変更など適切な対応が求められます。
また、50人未満の事業場でストレスチェックが義務ではない場合でも、委員会で「簡易版のアンケート」や「職場環境チェックシート」を活用して職場全体の状況を把握することは、安衛法第69条に規定する健康保持増進のための措置に沿った取り組みとして有効です。
なお、産業医の選任義務がある(常時50人以上の)事業場では、産業医サービスを活用し、高ストレス者への面接指導や月80時間超の社員への対応を組織的に進める体制を整えることが重要です。産業医がいない場合でも、嘱託産業医(非常勤で契約できる産業医)の導入が現実的な選択肢となります。
安全衛生委員会で使える実践チェックリスト
ここまでの内容を踏まえ、5月の安全衛生委員会で実際に使えるチェックポイントを整理します。委員会の議事録に記録し、翌月の確認事項として継続フォローすることを推奨します。
五月病・メンタルヘルス対策チェック
- GW明け後、欠勤・遅刻・早退の件数に変化はあったか(前年同月比含む)
- 管理職への「ラインケア研修」や声かけの指示は実施されたか
- 新入社員のメンター・バディとの連絡状況を人事は確認したか
- 外部相談窓口(EAPや公的ダイヤル)の案内を全社員に周知したか
- ストレスチェックの高ストレス者への面接指導勧奨は完了しているか
- 「相談しても不利益にならない」という方針が社内に明示されているか
過重労働チェック
- 4月・5月の月間時間外労働時間の集計値を委員会に報告したか
- 月80時間超の社員が発生していた場合、面接指導の手続きを開始したか
- 2〜6か月の複数月平均が80時間を超えている社員がいないか確認したか
- 36協定の特別条項発動回数が年6回の上限に近づいていないか
- 36協定の有効期限は切れていないか
- 管理職(管理監督者)の実労働時間を別途把握しているか
- テレワーク社員の労働時間データを客観的な方法で集計しているか
まとめ:5月の安全衛生委員会を「形式」から「実質」へ
安全衛生委員会を「開催した記録を残すための場」にとどめていては、その本来の機能は発揮されません。GW明けの5月は、メンタルヘルスの問題と過重労働のリスクが同時に高まる特別な時期です。この時期だからこそ、委員会の議論を職場の実態に根ざしたものにすることが求められます。
対策の基本は、早期発見・早期対応にあります。五月病も過重労働も、深刻化してから対処するよりも、兆候の段階で対処する方が、本人への負担も企業側のコストも大幅に軽減されます。そのために必要なのは、管理職のラインケア力の向上、労働時間データの適切な集計・共有、そして相談できる環境と窓口の整備という3つの柱です。
特に中小企業では、人事担当者や衛生管理者が一人でこれらの課題を抱えることになりがちです。外部の専門リソース(産業医、EAP、公的相談窓口)を積極的に活用し、組織として対応できる体制を整えることが、持続可能な健康経営につながります。5月の委員会を、今年度の職場環境改善の出発点として活用してください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 従業員が50人未満の場合、安全衛生委員会の設置義務はありませんが、五月病対策や過重労働チェックは何をすればよいですか?
安全衛生委員会の設置義務は常時50人以上の事業場に課されますが、50人未満でも「関係労働者の意見を聴くための機会の確保」が努力義務とされています。また、月80時間超の面接指導義務(安衛法第66条の8)は事業場規模に関わらず適用されます。50人未満の場合は、朝礼や定期面談を活用したラインケアの徹底、外部の相談窓口(EAPや公的ダイヤル)の周知、そして月次での労働時間集計と確認を継続して行うことが現実的な対応です。
Q2. 「五月病かもしれない」と感じる社員に対して、会社はどこまで休職を勧めてよいですか?
休職を促すタイミングは難しい判断を伴います。基本的な流れとしては、①管理職が異変に気づく→②人事・産業医(またはEAP)に相談する→③本人に受診を勧める→④医師の診断に基づいて休職の要否を判断するという手順が適切です。会社が一方的に「休職しろ」と命じるのではなく、産業医や主治医の意見を踏まえた上で対応することが、本人のためにも会社のリスク管理の面でも重要です。主治医の診断書が出た段階で就業規則の休職規定を適用するケースが一般的ですが、個別の事案については社会保険労務士や産業医など専門家にご相談ください。
Q3. 管理職(管理監督者)の残業時間はどう把握・管理すればよいですか?
管理監督者は労働基準法上の労働時間・休憩・休日に関する規定が適用除外となりますが、健康管理の観点から実際の労働時間を把握することは事業者の責務です。安衛法の面接指導義務は管理監督者にも適用されるため、月80時間超の時間外労働が発生していれば対応が必要です。勤怠システムで管理職の出退勤を記録し、人事または衛生管理者が定期的に確認する仕組みを設けることを推奨します。「管理職だから特に管理しなくていい」という認識は、重大な過重労働の見落としにつながるリスクがあります。







