1月は年明け早々から、インフルエンザやノロウイルス、新型コロナウイルスなど複数の感染症が同時に流行するシーズンです。年末年始の生活リズムの乱れによる免疫力の低下も重なり、職場での集団感染リスクが特に高まる時期といえます。繁忙期と感染拡大が重なれば、急な欠員や業務停止につながりかねません。
この時期の安全衛生委員会では、冬季感染症対策と体調管理をテーマに取り上げることが非常に重要です。本記事では、中小企業の経営者・人事担当者の方に向けて、職場でいますぐ実践できる具体的な対策と、知っておくべき法律・制度の知識を整理してお伝えします。
なぜ1月の職場は感染症リスクが高いのか
冬季に感染症が広がりやすい背景には、いくつかの複合的な要因があります。まず、暖房使用によって室内の湿度が低下し、ウイルスが空気中に長時間漂いやすくなります。また、換気が不十分になりがちな冬場は、密閉された空間でのウイルス濃度が上がりやすい状況です。
加えて、年末年始の飲酒機会の増加や睡眠不足、不規則な生活リズムは免疫力を低下させます。職場に戻った従業員が体調を崩しやすいタイミングで、インフルエンザをはじめとする感染症の流行ピークが重なることが、1月のリスクをさらに高めています。
中小企業においては、一人の欠員が業務全体に大きく影響するケースも珍しくありません。製造業・介護・飲食などテレワークが難しい職種では、感染が広がった際のダメージはより深刻です。感染症対策は「健康管理」の問題であると同時に、事業継続(BCP)に直結する経営課題でもあることを認識しておく必要があります。
法律が定める事業者の義務と関連制度の基礎知識
感染症対策に取り組む前提として、関連する法律・制度を正しく理解しておくことが重要です。担当者が法的根拠を把握していると、社内ルール整備の際に説得力が増します。
労働安全衛生法上の義務
労働安全衛生法第69条では、事業者は労働者の健康保持増進のために必要な措置を継続的・計画的に講ずるよう努めることが定められています(努力義務)。また、同法第65条の3では、作業の管理において労働者の健康に配慮することが求められています。感染症対策は、これらの規定に基づく事業者としての責務のひとつと捉えることができます。
なお、安全衛生委員会(常時50人以上の事業場に設置義務)では、感染症対策は審議事項として適切なテーマです。50人未満の事業場であっても、労働者の健康管理として積極的に取り組むことが望まれます。
感染者を休業させる場合の賃金・手当の扱い
感染症に関連して従業員を休業させる際、賃金・手当の扱いを誤るとトラブルの原因になります。以下の点を整理しておきましょう。
- 会社都合による自宅待機命令の場合:労働基準法第26条に基づき、平均賃金の60%以上の休業手当を支払う義務があります。感染疑いで「念のため出勤しないよう」会社が命じた場合は、この「会社都合」に該当する可能性が高いため注意が必要です。
- 本人の自主的な欠勤の場合:有給休暇の取得や無給欠勤となりますが、労使間の協議や就業規則の定めに基づいて対応します。
- 傷病手当金(健康保険法):業務外の病気・けがで連続3日以上休業した場合、4日目から健康保険から支給されます。支給額は標準報酬日額の3分の2です。本人がこの制度を知らないケースも多いため、人事担当者から積極的に案内することが大切です。
就業制限に関わる感染症法の知識
感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)では、感染症の種類によって就業制限の対象が定められています。コレラ・腸チフス・結核などは法律上の就業制限対象ですが、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(2023年5月以降は5類感染症に位置づけ変更)は法的な就業制限の対象外です。
ただし、インフルエンザについては、学校保健安全法が定める出席停止基準(発症後5日かつ解熱後2日が経過するまで)が職場ルールの参考として広く活用されています。この基準を就業規則や社内ルールに取り込んでいる企業も多く、感染拡大防止の観点から合理的な対応といえます。
職場でいますぐ実践できる感染拡大防止の基本対策
感染症対策に特別なコストや設備が必要というわけではありません。基本的な対策を組み合わせて継続することが、職場全体の感染リスクを下げる最も確実な方法です。
換気・環境整備
暖房使用時は特に換気が疎かになりがちです。厚生労働省は、機械換気がない場合は2方向の窓を1時間に2回以上、数分間開けることを推奨しています。また、加湿器を活用して室内の湿度を40〜60%程度に保つことで、ウイルスの生存率を下げる効果が期待できます。
手洗い・手指消毒の習慣化
アルコール消毒液の設置場所を見直し、入退室時・食事前後など使いたいタイミングに使える環境を整えることが重要です。ポスターや案内表示を活用し、手洗いの手順と重要性を定期的に周知しましょう。
共用部分の定期清掃・消毒
ドアノブ・エレベーターのボタン・電話機・コピー機の操作パネルなど、多くの人が触れる「頻触部位(ひんしょくぶい)」は感染経路になりやすい場所です。1日1回以上のアルコールや次亜塩素酸ナトリウム液による消毒を習慣化しましょう。
咳エチケットと体調不良時の行動ルールの周知
マスクの着用推奨や咳・くしゃみ時のエチケットを改めて社内で周知することが有効です。また、「熱があっても休みにくい」職場風土(プレゼンティーイズム:体調不良のまま出勤して生産性が低下している状態)が感染拡大を招きます。「体調が悪い時は休む」という行動が推奨される職場文化を経営者・管理職が率先してつくることが大切です。
就業規則・社内ルールの整備で「判断に迷う」を防ぐ
感染者や感染疑いのある従業員への対応で、担当者が毎回判断に迷うケースが少なくありません。あらかじめ社内ルールを明文化しておくことで、対応の一貫性を保ち、トラブルを防ぐことができます。
出勤停止基準の明文化
就業規則または感染症対応ガイドラインとして、以下のような基準を明記しておくことを検討してください。
- 37.5℃以上の発熱がある場合は出勤不可
- インフルエンザと診断された場合は、発症後5日かつ解熱後2日が経過するまで自宅療養
- ノロウイルス等の胃腸炎症状がある場合は、症状消失後も食品を取り扱う業務には一定期間従事しない
- 同居家族が感染症と診断された場合の連絡・相談フロー
感染疑い時の連絡・対応フローの整備
「発症・陽性判明→上長・人事への報告→就業禁止の指示→職場内の注意喚起→復職判断」という一連のフローを図や手順書として整備し、全従業員に周知しておくことが重要です。対応フローが明確であれば、管理職が感染疑いのある部下に声をかける際も、「業務上の確認」として自然に伝えられ、ハラスメントと受け取られるリスクを下げることができます。
有給休暇・病気休暇の取り扱いの整理
感染症による欠勤を「有給休暇」として扱うのか、「病気休暇(特別休暇)」として扱うのかは、就業規則に明記しておくことが望まれます。従業員から「有給を使いたくない」という声が出た場合に備え、傷病手当金の案内とあわせて、休みやすい制度設計を検討することも労務管理の観点から重要です。
体調管理支援:従業員の免疫力を職場からサポートする
感染症対策は「感染拡大を防ぐ」だけでなく、「そもそも感染しにくい体をつくる」という視点も大切です。従業員の体調管理を職場として支援する取り組みを紹介します。
ワクチン接種の費用補助
インフルエンザ予防接種の費用を会社が補助する制度は、一定の条件(全従業員を対象とするなど)を満たせば福利厚生費として損金算入が認められる場合があります。費用補助の創設は従業員の接種率向上に直結し、職場全体の感染リスク低減に効果的です。新型コロナウイルスのワクチンについても、最新の接種推奨状況を確認しながら対応を検討しましょう。
朝の体調チェックの習慣化
体温・症状の朝チェックを仕組みとして導入することで、体調不良の早期把握が可能になります。紙のチェックシートでも、スマートフォンを活用したデジタルツールでも、職場の実態に合わせた方法で継続することが大切です。
生活習慣の改善に関する情報提供
年明けの体調管理として、睡眠・食事・適度な運動の重要性を社内報やポスター等で従業員に伝えることも有効です。特に年末年始の乱れた生活リズムをリセットする取り組みとして、1月の安全衛生委員会でテーマとして取り上げることは非常にタイムリーです。
従業員のメンタル面の不調も免疫力低下に影響します。心身両面のケアを支援するために、メンタルカウンセリング(EAP)の導入を検討されている企業も増えています。冬季は日照時間の短さから気分が落ち込みやすい時期でもあり、身体的な感染症対策と合わせてメンタルヘルスケアを一体的に取り組むことが効果的です。
実践ポイント:安全衛生委員会での活用方法
1月の安全衛生委員会でこのテーマを取り上げる際の進め方として、以下のポイントを参考にしてください。
- 現状把握から始める:昨年の感染症による欠勤日数・人数などのデータを振り返り、「わが社のリスク」として委員会で共有する
- 社内ルールの見直しをアジェンダに:出勤停止基準や対応フローが整備されているかを確認し、未整備であれば策定のスケジュールを決める
- 従業員への周知方法を決める:委員会での決定事項を全社員に伝えるルートと方法(朝礼・掲示・メール等)をあらかじめ決めておく
- 産業医・産業保健スタッフの活用:50人以上の事業場では産業医の選任が義務づけられています。感染症対策の社内ルール策定や高リスク者への個別対応については、産業医サービスを活用して専門的な助言を得ることが有効です
- 高齢労働者・基礎疾患を持つ従業員への個別配慮:重症化リスクが高い従業員に対しては、業務内容や勤務形態について個別に相談・配慮できる体制を整えておく
まとめ
冬季感染症対策は、従業員の健康を守るだけでなく、職場の生産性維持と事業継続に直結する重要な経営課題です。特に1月は感染リスクが高まるタイミングであり、安全衛生委員会でこのテーマを正面から取り上げる意義は非常に大きいといえます。
対策の柱は大きく3つです。第一に、換気・手洗い・消毒などの基本的な感染拡大防止策の徹底。第二に、出勤停止基準や対応フローを含む社内ルールの明文化。そして第三に、ワクチン接種支援や体調チェックの仕組みを通じた従業員の体調管理支援です。
法的な義務や制度(休業手当・傷病手当金等)を正しく理解したうえで、職場の実態に合ったルール整備を進めることが、担当者として求められる役割です。今年の冬を乗り切るための対策を、1月の安全衛生委員会を機に改めて見直してみてください。
よくある質問
インフルエンザで休んだ従業員に出勤停止を命じた場合、給与は支払う必要がありますか?
会社側が「念のため出勤しないよう」と自宅待機を命じた場合は、会社都合による休業に該当する可能性があります。この場合、労働基準法第26条に基づき、平均賃金の60%以上の休業手当を支払う義務が生じます。一方、本人が自主的に休む場合や有給休暇を取得する場合は、休業手当の対象にはなりません。対応フローを事前に整備し、「会社都合か本人都合か」を明確にしておくことが重要です。
中小企業でも安全衛生委員会で感染症対策を審議する必要がありますか?
安全衛生委員会の設置義務があるのは常時50人以上の労働者を使用する事業場ですが、50人未満の事業場であっても、労働者の健康管理の観点から感染症対策を組織的に検討することは非常に重要です。委員会の形式にこだわらず、朝礼や会議の場を活用して感染症対策のルールや周知徹底を図ることが、中小企業でも十分実践できる取り組みです。
インフルエンザ予防接種の費用を会社が負担した場合、税務上どう扱われますか?
一定の条件(全従業員を対象とし、接種費用を会社が医療機関や従業員に直接支払うなど)を満たす場合、福利厚生費として損金算入が認められる場合があります。ただし、特定の従業員のみを対象とした場合は給与として扱われる可能性があります。具体的な取り扱いについては、税理士や社会保険労務士にご確認いただくことをお勧めします。







