「健康経営銘柄を取得したい」という相談を受けるとき、多くの中小企業の担当者が最初に直面するのが、制度の入り口でつまずくという問題です。「健康経営銘柄」という言葉を検索し、いざ申請を検討しようとしても、「中小企業は対象外」という事実を知らないまま情報収集を続けてしまうケースが少なくありません。
本記事では、健康経営銘柄の仕組みと中小企業が目指すべき正しい認定制度の全体像を整理したうえで、認定取得に向けた具体的な準備のステップを解説します。健診データの整備方法、経営トップのコミットメントの示し方、協会けんぽとの連携活用まで、実務に即した情報をお届けします。
健康経営銘柄と健康経営優良法人の違いを正しく理解する
まず押さえておくべき最重要ポイントは、「健康経営銘柄」は上場企業のみを対象とした制度であり、中小企業は申請できないということです。この誤解が、担当者の情報収集を無駄に長引かせる原因になっています。
健康経営銘柄は、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する仕組みで、各業種から原則1〜2社が選ばれます。2024年度は28業種から29社が選定されており、株式市場における投資家へのシグナルとしての側面が強い制度です。
一方、中小企業が目指すべきは「健康経営優良法人(中小規模法人部門)」という認定制度です。こちらは経済産業省が認定主体となり、毎年度申請・更新制で運用されています。さらにこの中に2段階があり、通常の認定と、上位500法人に与えられる「ブライト500」という上位認定があります。
中小企業の経営者・人事担当者にとって現実的な目標は、まずこの健康経営優良法人(中小規模法人部門)の通常認定を取得し、その後ブライト500を目指すという段階的なアプローチです。認定ロゴは名刺や採用サイトに掲載できるため、取得直後から採用ブランディングや取引先へのアピールに活用できる実用的なメリットがあります。
認定基準の5つの柱と中小企業が陥りやすい誤解
健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定基準は、大きく5つの柱で構成されています。それぞれの内容を正確に理解することが、準備の方向性を定める第一歩となります。
- 経営者の自発的取組:健康宣言の策定・公表、健康経営の方針を社内外に明示すること
- 健康課題の把握:定期健康診断の受診率確保やストレスチェックの実施など、従業員の健康状態を数値で把握すること
- 健康課題に基づく具体的施策の実施:把握した課題に対して、具体的な改善施策を講じること
- 評価・改善(PDCAサイクル):施策の効果を測定し、次年度の改善につなげること
- 法令遵守:労働基準法・労働安全衛生法など、労働関連法令の基本的な遵守
ここで多くの企業が陥る誤解が2点あります。
第一に、「福利厚生を充実させれば認定される」という思い込みです。健康診断の費用補助や社内ジムの設置といった制度の充実は評価対象になりますが、認定審査の核心は「データに基づくPDCAと効果測定」にあります。施策の羅列では不十分で、「セミナーを開催した」ではなく「参加率が何%で、事後アンケートで何%の従業員が改善を実感した」という定量的な記録が求められます。
第二に、「ストレスチェックは従業員50人未満だから実施不要」という考え方です。確かに労働安全衛生法上、ストレスチェックの実施義務は従業員50人以上の事業場に課されています。しかし、健康経営優良法人の認定要件・評価においてストレスチェックの実施は加点要素となるため、義務がない規模の企業でも積極的に取り組むことが認定取得の観点から有利に働きます。
認定取得に向けたデータ整備の具体的な進め方
多くの中小企業が「どこから手をつければいいか分からない」と感じる最大の理由は、健康管理に関するデータが整理されていないことにあります。認定審査ではエビデンス(根拠となるデータ)の提示が求められるため、データ整備は認定準備の最優先課題と位置づけてください。
ステップ1:定期健康診断の受診率を100%に
最初の目標として、全従業員が定期健康診断を受診している状態を作ることを設定してください。労働安全衛生法では、事業者は従業員に対して年1回の定期健康診断を実施する義務を負っています(同法第66条)。受診率が100%に満たない場合は、未受診者への個別案内の徹底、受診機会の確保(受診時の有給処理など)から着手します。
ステップ2:健診結果データの管理と活用
受診率の確保だけでなく、健診結果をデータとして蓄積・管理することが求められます。具体的には、有所見者(健診で異常値が出た従業員)の割合を年度ごとに記録し、保健指導の実施状況と合わせて管理します。協会けんぽが提供する「コラボヘルス」(保険者と事業主が連携して従業員の健康づくりを支援する取り組み)のプログラムを活用すると、低コストで保健指導の体制を整えることができます。
ステップ3:労務データとの紐付け
残業時間・有給休暇取得率・メンタルヘルスに関連する休職者数などの労務データも、健康管理データと合わせて整理してください。「長時間労働が多い部署ほど健診有所見率が高い」といった相関を示せると、課題の特定と対策の説明に説得力が増します。
なお、メンタルヘルスの問題は中小企業においても深刻な課題です。従業員の心理的な健康課題を専門的にサポートするために、メンタルカウンセリング(EAP)の導入を検討することも、健康経営施策の一環として有効な選択肢となります。
経営トップのコミットメントを「見える化」する方法
認定基準の筆頭に挙げられている「経営者の自発的取組」は、単に書面上の宣言を作成するだけでは評価されません。重要なのは、経営トップの姿勢が従業員に見える形で示されているかという点です。
健康宣言の作成と公表
健康宣言とは、経営者が従業員の健康保持・増進に取り組むことを社内外に宣言する文書です。作成した宣言は自社のホームページへの掲載、社内掲示板への貼付、社内報への掲載など複数の方法で公表することが求められます。協会けんぽの「事業所健康宣言」制度を活用すると、宣言の登録・管理がしやすくなります。
経営者自身が「行動で示す」
健康宣言の文面だけでなく、経営者自身が定期健康診断を受診すること、ノー残業デーに率先して退社すること、朝礼や社内報で健康経営の方針を定期的に発信することが「見える化」につながります。従業員は経営トップの行動を敏感に感じ取ります。言葉と行動が一致していることが、施策への従業員の参加率向上にも影響します。
担当者の配置と権限付与
人事・総務の兼任担当者だけで健康経営を推進しようとすると、優先度が下がりがちです。経営者が健康経営推進の担当者を明確に任命し、必要な予算・権限を付与することが継続性の観点から重要です。専任担当者を置くことが難しい場合は、外部の産業医サービスを活用して専門的なサポートを補完する方法も有効です。
低コストで活用できる外部支援リソースの活用法
「予算が限られているため外部サービスの導入に踏み切れない」という声は中小企業から頻繁に聞かれます。しかし、健康経営の推進に使えるコストをかけない公的支援制度が複数存在します。
協会けんぽとの連携(コラボヘルス)
全国健康保険協会(協会けんぽ)は、健康保険組合を持たない中小企業の従業員が加入する保険者です。協会けんぽは「コラボヘルス」として、事業主と連携した保健指導プログラムを提供しています。生活習慣病予防のための特定保健指導、健診受診勧奨の共同実施など、無料または低コストで利用できるサービスが用意されています。まだ連携していない場合は、都道府県の協会けんぽ支部に問い合わせるところから始めてください。
商工会議所の健康経営アドバイザー制度
各地の商工会議所には、健康経営の推進を支援する「健康経営アドバイザー」が配置されていることがあります。認定申請の準備相談、申請書類の確認、施策設計のアドバイスを無料で受けられる場合があるため、地元の商工会議所への相談を積極的に検討してください。
申請スケジュールの逆算管理
健康経営優良法人の認定申請の受付は、例年秋から冬(11月頃)に集中します。この時期に申請書類を提出するためには、年度の前半から施策を実施・記録しておく必要があります。「申請期限から逆算して、何月までに何を準備するか」というスケジュール表を年度初めに作成することが、継続的な取り組みの基盤となります。
実践ポイント:認定取得を現実的に進める5つのアクション
- 現状把握から始める:認定基準の各項目と自社の現状を照らし合わせるギャップ分析を行う。何ができていて、何が不足しているかを可視化することが出発点
- まず受診率100%を達成する:健診受診率は基礎中の基礎。未受診者リストを作成し、上司から個別に受診を促す仕組みを整える
- KPIを3〜5個に絞って設定する:「健診受診率」「ストレスチェック実施率」「有給休暇取得率」「残業時間の月平均」など、測定可能な指標を決めて年度ごとに記録する
- 施策の記録を習慣化する:セミナー開催後の参加率・アンケート結果、保健指導の実施件数など、「やった事実」だけでなく「測定した結果」を文書として残す
- 協会けんぽ・商工会議所に相談する:独力で情報収集するよりも、専門の支援窓口に早期に相談することで準備の効率が大幅に上がる
まとめ
健康経営銘柄は上場企業向けの制度であり、中小企業が目指すべきは健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定です。この基本を押さえたうえで、認定取得に向けた準備は「データ整備」「経営トップのコミットメントの見える化」「PDCAサイクルの確立」という3本の柱を軸に進めることが重要です。
特に中小企業において課題となる専門人材・予算の不足については、協会けんぽや商工会議所などの公的支援制度を積極的に活用することで補うことができます。完璧な体制が整ってから着手するのではなく、できるところから記録を始め、年度ごとに改善を積み重ねていく姿勢が、認定取得と健康経営文化の定着につながります。
認定取得はゴールではなく、従業員が健康で長く働ける職場をつくるための継続的なプロセスです。今年度の申請を見据えた準備を、まず現状把握の一歩から始めてみてください。
よくある質問(FAQ)
健康経営銘柄は中小企業でも申請できますか?
健康経営銘柄は経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する制度であり、対象は上場企業に限られます。中小企業の場合は「健康経営優良法人(中小規模法人部門)」の認定が申請対象となります。まず通常認定を取得し、その後上位認定である「ブライト500」を目指すステップアップが現実的なアプローチです。
従業員が50人未満の場合、ストレスチェックは実施しなくてよいですか?
労働安全衛生法上、ストレスチェックの実施義務が課されるのは従業員50人以上の事業場です。しかし、健康経営優良法人の認定評価においてストレスチェックの実施は加点要素となるため、法的義務がない規模の企業であっても、認定取得を目指すうえでは積極的に実施することが推奨されます。
健康経営の認定取得にかかる費用はどのくらいですか?
健康経営優良法人の申請手数料自体は無料です。ただし、健康診断の実施費用、ストレスチェックの外部委託費用、セミナー開催費用など、施策の実施に伴うコストは発生します。協会けんぽのコラボヘルスプログラムや商工会議所の無料相談制度を活用することで、外部コストを抑えながら準備を進めることが可能です。
認定申請の準備はいつから始めればよいですか?
健康経営優良法人の申請受付は例年11月頃に集中する傾向があります。申請には年度内の施策実施と記録の蓄積が必要なため、年度初めの4〜5月頃から逆算してスケジュールを設計することが重要です。遅くとも申請前年度の夏頃(7〜8月)には準備を開始することが望ましいとされています。







