「健康経営」という言葉を耳にする機会が増えた一方で、「実際に何から手をつければいいのか」「宣言文はどう書けばいいのか」と悩んでいる中小企業の経営者・人事担当者は少なくありません。経済産業省が推進する健康経営優良法人認定制度(中小規模法人部門)への関心も高まっていますが、大企業向けの事例ばかりが目立ち、限られたリソースで動く中小企業にとっては「絵に描いた餅」に感じられることもあるでしょう。
この記事では、健康経営宣言の作り方を策定ステップごとに解説するとともに、「壁に貼っておしまい」にならないための社内浸透のコツをお伝えします。法律・制度の要点も交えながら、現場で使える実践的な情報を提供しますので、ぜひ最後までお読みください。
健康経営宣言とは何か——なぜ今、中小企業にも必要なのか
健康経営とは、従業員の健康保持・増進を「コスト」ではなく「経営上の投資」と位置づけ、組織的・戦略的に取り組む経営手法です。経済産業省は日本健康会議と連携して健康経営優良法人認定制度を運営しており、中小企業向けの中小規模法人部門(上位500社はブライト500として認定)が設けられています。従業員数のおおむねの目安は300人以下ですが、業種によって異なるため、詳細は経済産業省の最新の認定基準を確認することをお勧めします。
健康経営宣言とは、経営者が「従業員の健康を守り、健康経営に組織全体で取り組む」という意思を文書化し、社内外に公表したものです。認定申請においては「経営者の自覚」として最初の要件に位置づけられており、宣言なしに他の施策をどれだけ整えても認定には近づけません。
しかし宣言の意義は認定取得にとどまりません。採用活動での差別化、取引先からの信頼向上、従業員の定着率改善など、中小企業にとって具体的なビジネス上のメリットにつながる可能性があります。また、労働契約法第5条が定める使用者の安全配慮義務(従業員の生命・身体の安全を確保する義務)を果たす姿勢を示す意味でも、宣言は企業のリスクマネジメントとして機能します。
健康経営宣言を作る前に——現状把握から始める理由
多くの企業が陥りがちな失敗は、「まず宣言文を書いてしまう」ことです。現状を把握せずに宣言を作ると、自社の課題と施策が噛み合わず、後から形骸化する原因になります。宣言策定の前に、以下の項目を確認しておきましょう。
確認すべき4つの現状データ
- 健康診断受診率と有所見率:労働安全衛生法第66条は事業者に健康診断の実施を義務づけています。まず受診率が100%に達しているかを確認してください。受診率が低い場合、それ自体が最初に解決すべき課題になります。
- 過去3年間の離職率・病気休職者数:健康上の理由による離職や休職が多い場合、健康経営の取り組みが直接的な課題解決につながります。
- ストレスチェックの実施状況と結果の傾向:常時50人以上の従業員を抱える事業場では、労働安全衛生法第66条の10によりストレスチェック(従業員のストレス状態を調べる検査)の実施が義務です。50人未満の事業場は努力義務ですが、実施しておくとメンタルヘルス上のリスクを早期に把握できます。
- 従業員アンケートによるニーズ把握:健康に関する困り事や、どんなサポートがあれば嬉しいかを従業員から直接聞くことで、「経営者が決めた施策」ではなく「現場が求める施策」を設計できます。
これらのデータは、宣言文に盛り込む目標値の根拠にもなります。「健診受診率を現在の85%から100%へ引き上げる」といった具体的な表現が可能になり、宣言の説得力が増します。
健康経営宣言の作り方——5つの構成要素と文章のポイント
現状把握が終わったら、いよいよ宣言文の作成です。宣言文に盛り込むべき要素は次の5つです。
構成要素①:なぜ取り組むのか(背景・理念との接続)
自社の経営理念やビジョンと、健康経営への取り組みを結びつけます。「社員が最大の財産である」「人を大切にする会社でありたい」といった自社らしい言葉を使うことが重要です。他社からコピーしたような文章は、従業員にすぐ見抜かれます。
構成要素②:何を目指すのか(具体的な目標)
「健康で活き活きと働ける職場をつくる」という抽象的な表現だけでなく、可能であれば「3年以内に健診受診率100%を達成する」「年間の病気休職者数を現在から20%削減する」など、数値目標を盛り込みましょう。目標が明確であるほど、後のPDCA(計画・実行・評価・改善のサイクル)が回しやすくなります。
構成要素③:何をするのか(施策の方向性)
具体的な取り組み内容を示します。すべての施策を列挙する必要はありませんが、「定期健康診断の受診促進」「長時間労働の削減」「メンタルヘルス相談窓口の整備」など、優先する施策の方向性を明示してください。
構成要素④:誰が責任を持つのか(経営トップの署名)
代表取締役(または社長)の氏名・役職を明記し、署名または捺印を行います。これにより「経営者が本気で取り組む」という意思表示になり、社内外への説得力が高まります。健康経営優良法人の認定要件においても、経営者の自覚を示す点として重視されています。
構成要素⑤:いつ公表・更新するのか(日付の明記)
宣言日を明記し、定期的な見直し(例:毎年4月に更新)のルールを設けましょう。日付のない宣言は「いつ決めたものか不明」になり、形骸化のリスクが高まります。
宣言文の分量はA4用紙1枚程度が目安です。長すぎると読まれません。平易な言葉を使い、従業員が読んで「自分の話だ」と感じられる表現を心がけてください。
宣言後の社内浸透——「壁に貼っておしまい」にしないための実践策
健康経営宣言を策定・公表しても、現場の従業員に「他人事」として受け取られてしまうケースは非常に多く見られます。社内浸透のカギは、宣言を「一方的なお知らせ」ではなく「双方向の対話の出発点」として扱うことにあります。
浸透のステップ1:公表の場を設ける
宣言書を掲示するだけでなく、全社朝礼や部門ミーティングで経営者自身が宣言の背景と想いを語る場を設けましょう。「なぜ健康経営に取り組むのか」を経営者の言葉で直接伝えることで、従業員の受け取り方が大きく変わります。社内イントラネットやメールでの周知も合わせて行い、欠席した従業員にも届く仕組みを作ります。
浸透のステップ2:管理職を巻き込む
現場への浸透に最も影響力を持つのは、直属の管理職です。管理職向けに健康経営の意義と自部門での実践方法を伝える研修や説明会を開くことが効果的です。管理職自身が「健康経営は自分の仕事でもある」と認識することで、現場レベルでの取り組みが動き始めます。
浸透のステップ3:参加しやすい施策から始める
忙しい現場では、参加ハードルの高い施策は敬遠されがちです。まずは日常業務の中に組み込みやすい施策——例えば、昼休みのウォーキングタイム設定、健診受診日の業務調整ルール明確化、産業保健総合支援センター(各都道府県に設置された無料相談窓口)の案内配布——から始めることをお勧めします。
協会けんぽ(全国健康保険協会)が提供する無料ツールや厚生労働省の無料テキストを活用すれば、予算をかけずに施策のバリエーションを広げることも可能です。
浸透のステップ4:見える化と定期的な報告
施策の実施状況と成果を定期的に従業員へフィードバックすることが、継続的な参加意欲を高めます。「今年度の健診受診率が95%になりました」「ストレスチェックの高ストレス者割合が前年比で下がりました」といった具体的な数字を共有することで、取り組みの実感が生まれます。結果を衛生委員会(労使の代表が参加する健康・安全に関する審議機関)や社内報で報告する仕組みを作りましょう。
健康経営優良法人認定を目指す場合の注意点
宣言策定を機に、経済産業省の健康経営優良法人認定(中小規模法人部門)を目指す企業も多いでしょう。認定を目指す際に特に注意すべきポイントを整理します。
- 宣言のホームページ公表が必須:宣言文は自社のウェブサイトに掲載することが認定要件の一つです。「社内掲示のみ」では要件を満たしません。
- 健康経営推進担当者の明確化:専任担当者がいなくても、人事・総務担当者が兼務する形で問題ありません。ただし、氏名と役職を書面で明確にしておく必要があります。
- 法令遵守の確認:健康診断の実施(労働安全衛生法第66条)、長時間労働者への医師面談(同法第66条の8)など、法律上の義務が履行されていることが大前提です。認定申請の前に、現行の法令対応に漏れがないかを確認してください。
- 産業保健の専門家活用:社内に産業医や保健師がいない中小企業は、各都道府県の産業保健総合支援センターを積極的に活用しましょう。無料で専門家への相談が可能で、宣言策定のアドバイスから施策設計まで幅広くサポートを受けられます。
- 認定基準は毎年改定される場合がある:申請要件の詳細は経済産業省・日本健康会議の公式情報で最新版を必ず確認してください。
実践のポイントをまとめると
健康経営宣言の策定と社内浸透を成功させるために、特に重要なポイントを以下に整理します。
- 現状把握から始める:健診受診率や離職率などのデータを確認してから宣言文を書くことで、自社の実情に合った内容になります。
- 自社の言葉で書く:テンプレートを参考にしながらも、経営理念や現場の雰囲気に合った言葉を使うことが、従業員の共感を生む宣言文の条件です。
- 守りの施策を先に固める:健診受診率100%・法定のストレスチェック実施・長時間労働対策を先に整えてから、運動促進や食生活改善などの「攻めの施策」へ展開するのが現実的な順序です。
- 管理職を浸透の鍵として位置づける:経営者から従業員への直接発信と並行して、管理職を巻き込むことで現場への実効性が高まります。
- PDCAを回すための仕組みを最初から設計する:効果測定の指標(KPI)と測定時期を宣言策定の段階で決めておくと、「宣言して終わり」を防ぐことができます。
- 無料リソースを最大限に活用する:産業保健総合支援センター・協会けんぽ・厚生労働省のツールなど、コストをかけずに活用できる支援制度が充実しています。
まとめ
健康経営宣言は、策定すること自体が目的ではありません。経営者が従業員の健康を本気で守る意思を示し、それを具体的な行動へとつなげるための「出発点」です。完璧な宣言文を書こうとするよりも、現状を正直に把握し、自社らしい言葉で意思を表明し、小さな施策から着実に実行していくことが、長期的に見て最も効果的なアプローチです。
リソースが限られた中小企業だからこそ、最初の一歩としての健康経営宣言は、経営者のコミットメントを組織全体に伝える最も費用対効果の高い手段の一つともいえます。まずは現状データの確認と、産業保健総合支援センターへの無料相談から始めてみてください。宣言の一歩が、従業員の働きやすさと企業の持続的な成長を同時に後押しする可能性を持っています。
よくある質問
Q1: 健康経営優良法人認定を受けるためには、健康経営宣言は絶対に必要ですか?
はい、健康経営宣言は認定申請において「経営者の自覚」として最初の要件に位置づけられており、宣言なしに他の施策をどれだけ整えても認定には近づけません。宣言は認定取得の必須要件です。
Q2: 中小企業が健康経営宣言を作る場合、大企業の事例をそのまま参考にしても良いですか?
いいえ、他社からコピーしたような文章は従業員にすぐ見抜かれ、後から形骸化する原因になります。自社の経営理念やビジョンと結びつけ、「社員が最大の財産である」といった自社らしい言葉を使うことが重要です。
Q3: 従業員数30人の小規模企業ですが、ストレスチェックの実施は必須ですか?
常時50人以上の従業員を抱える事業場では実施が義務ですが、50人未満の事業場は努力義務です。ただし実施しておくとメンタルヘルス上のリスクを早期に把握でき、健康経営宣言の根拠データとなるため、実施をお勧めします。
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