育児や介護を抱えながら働く従業員の数は、年々増加しています。内閣府の調査によれば、いわゆる「ダブルケア」(育児と介護を同時に担う状態)の人口は約25万人に上るとされ、今後も増加が予測されています。また、介護を理由とした離職者数は年間約10万人前後で推移しており、育児離職も含めると、家族問題を起因とした人材損失は企業経営にとって無視できないリスクとなっています。
こうした状況に対して、中小企業の経営者・人事担当者から「何をすればいいのかわからない」「制度を整えただけでは離職が止まらない」という声をよく耳にします。育児・介護休業法の整備は進んでいても、従業員の心理的・情報的なサポートが追いついていないケースが多いのです。
本記事では、EAP(Employee Assistance Program=従業員支援プログラム)を育児・介護問題に活用する具体的な方法と、中小企業が今日から取り組める実践ポイントを解説します。
家族問題が企業経営に与えるリスクを正確に把握する
まず前提として、育児・介護問題を「個人の事情」として捉えている限り、有効な対策は打てません。従業員の家族状況は、業務パフォーマンス・休職・離職に直接つながる経営課題です。
特に中小企業では、一人が長期休業や離職に至った場合のダメージが大企業に比べて相対的に大きくなります。担当業務が属人化しやすく、代替要員の確保も容易ではないためです。採用・育成コストを考えると、一人の離職が数百万円規模のコスト損失につながるケースも珍しくありません。
さらに、問題の「見えにくさ」も中小企業が抱える固有の課題です。専任の人事担当者がいない企業では、従業員が育児疲れや介護ストレスを抱えていても、それが表面化する前に離職を決意してしまうことがあります。管理職も、部下の家族問題に気づいていても「プライベートなことだから踏み込めない」と感じ、声をかけられないままになりがちです。
こうした構造的な問題を解決するうえで、外部の専門機関であるEAPは有効な選択肢となります。
EAPは「メンタル疾患の人が使うもの」ではない──本来の役割を理解する
EAP(従業員支援プログラム)とは、仕事・家族・健康・法律・財務など、従業員の生活全般にわたる問題に対して、電話・オンライン・対面などを通じて専門家がサポートする仕組みです。もともとアメリカで1970年代に普及した制度で、日本でも1990年代以降に外部EAP機関が整備されてきました。
よくある誤解として「EAPはメンタル疾患になった人が使うもの」という認識があります。しかし実際には、予防的・早期介入的な活用が本来の目的であり、育児や介護に関する相談はEAP利用理由の上位に入ることが多いとされています。問題が深刻化してから相談するのではなく、育児や介護が始まった段階から気軽に活用できることが、EAPの本質的な価値です。
家族問題に関連してEAPが提供できる主なサービスには、以下のようなものがあります。
- カウンセリング(電話・オンライン・対面):育児不安、介護疲れ、夫婦間の役割分担の葛藤など、感情面のサポート
- 制度・法律情報の提供:育児・介護休業法の手続き、介護保険の申請方法、成年後見制度など
- ファイナンシャル相談:育児費用・介護費用の見通し、教育資金の準備など
- 法律相談:遺産相続、親の財産管理、後見制度の活用など
- 復職支援プログラム:育休・介護休業からの職場復帰に向けた準備サポート
また、外部のEAP機関を利用する最大のメリットの一つが守秘性の確保です。相談内容は原則として会社に開示されないため、「人事に知られたくない」という不安を感じることなく相談できます。この守秘性が、利用のハードルを大きく下げます。メンタルカウンセリング(EAP)の導入を検討する際は、守秘義務の範囲と情報管理の方針を確認することが重要です。
育児・介護別:EAPが実際に機能する場面と活用事例
育児支援におけるEAP活用
育児に関する職場の問題は、休業中だけでなく復職後に顕在化することが多いという特徴があります。復職直後は「職場に迷惑をかけているのでは」という罪悪感、「子どもと離れることへの不安」、「育児と業務の両立ができるか」という焦りが重なりやすい時期です。
EAPを活用することで、復職前後の従業員が専門のカウンセラーに気持ちを整理する場を持てます。また、保育園の問題や子どものトラブル(発達の心配など)についても、社内では相談しにくい内容を専門家に相談できる点が利用者から評価されています。
さらに、2025年4月からは従業員300人超の企業に対して育児休業取得率の公表が義務化されます(育児・介護休業法)。制度の整備に加えて、取得者が安心して休み、安心して戻れる環境づくりの一環として、EAPを位置づけることが有効です。
介護支援におけるEAP活用
介護問題の特徴は、「突然始まる」ことです。親の骨折や脳卒中をきっかけに、ある日突然「介護が必要な状況」になるケースが多く、従業員本人も何から手をつければよいかわからない状態で仕事を続けることになります。
育児・介護休業法では、介護休業として通算93日(対象家族1人につき3回まで分割可能)、介護休暇として年5日(対象家族2人以上の場合は年10日)が認められています。また、2025年の法改正により、介護離職防止のための情報提供・意向確認が事業主の義務として明確化されました。
しかし、制度を知っているだけでは不十分です。介護保険の申請方法、ケアマネジャーとの連携、認知症への対応、施設探しのプロセス——これらは専門知識がなければ判断が難しく、混乱した状態で業務を続けながら対応しなければならない従業員の精神的負担は非常に大きいものがあります。EAPを通じて情報提供とカウンセリングを組み合わせて提供することで、「何をすべきか」という見通しを立てることができ、介護による業務パフォーマンスの低下を抑えることにつながります。
ヤングケアラーへの気づきと対応
ヤングケアラーとは、家族の介護や世話を日常的に担っている子ども・若者を指しますが、職場においても20〜30代の若い従業員が親や兄弟の介護を担っているケースが見落とされがちです。本人が「自分が介護者だ」という意識を持っておらず、疲弊しながらも相談できない状況に陥ることがあります。
こうした従業員を把握するためには、ストレスチェック(従業員50人以上の事業場では労働安全衛生法上の義務)の結果や、1on1ミーティングでの変化に敏感になることが出発点となります。EAPがあれば、管理職が「気になることがあればこのサービスで相談できる」と案内するだけで、本人が自ら動けるルートを確保できます。
管理職が「橋渡し役」になるための具体的な関わり方
EAPが機能するかどうかは、管理職の行動に大きく左右されます。管理職が部下の変化に気づき、適切にEAPへつなぐことができれば、問題の深刻化を防ぐことができます。
管理職が意識すべきポイントは以下の通りです。
- 1on1ミーティングを定期的に実施し、業務以外の状況にも目を向ける:「最近どう?」という声かけが早期発見につながる
- 家族問題の詳細を本人の同意なく把握しようとしない:境界線を守ることで信頼関係が維持される
- 「相談を聞く」のではなく「相談先につなぐ」ことを目的とする:管理職はカウンセラーではないため、解決しようとするのではなく専門家に橋渡しする役割に徹する
- EAPの存在をさりげなく伝える:「うちにはこういう窓口があって、育児や介護のことも匿名で相談できるよ」という一言が利用を促すことがある
管理職向けのEAP活用研修を定期的に実施することで、こうした対応力を組織全体に底上げすることができます。
中小企業がEAPを導入・活用するための実践ポイント
「EAPは大企業のもの」「費用が高い」というイメージを持つ経営者・人事担当者も少なくありません。しかし近年は、業界団体を通じた共同利用型や、低コストのオンラインEAPサービスが整備されており、従業員数十人規模の中小企業でも導入しやすい環境が整いつつあります。
導入・活用にあたって押さえるべき実践ポイントを以下にまとめます。
- まず利用実態のある課題を起点に検討する:「育休取得者の復職後フォローが課題」「介護離職が出た」など、自社の具体的な問題からEAP活用のニーズを明確にする
- 社内周知を徹底する:制度があっても知られていなければ使われない。入社時オリエンテーション、社内イントラ、管理職経由の案内など複数の経路で周知する
- 「匿名・守秘」であることを繰り返し伝える:スティグマ(相談することへの恥や偏見)を払拭するために、「相談しても会社には知られない」という情報を積極的に発信する
- 利用を促進するタイミングを設ける:育休取得前後、介護休業の申請時など、家族問題が発生しやすいライフイベントに合わせてEAP利用を案内する仕組みをつくる
- 効果測定の視点を持つ:EAPの費用対効果を評価するうえでは、離職率・休職率の変化、従業員満足度調査などのデータを継続的に確認することが有効
育児・介護問題への対応は、法律の整備だけで完結するものではありません。産業医サービスやEAPを組み合わせることで、身体面・精神面・情報面の複合的なサポートを従業員に提供できます。制度と支援体制の両輪を整えることが、実質的な離職防止と職場定着につながります。
まとめ
育児・介護を抱える従業員への支援は、もはや「あれば良いもの」ではなく、人材確保・定着のために必要な経営インフラです。特に中小企業では、一人の離職が組織全体に与える影響が大きいため、早期に支援体制を整えることが重要です。
EAPは、育児不安・介護の戸惑い・復職後の不安・ヤングケアラーの問題など、幅広い家族問題に対応できる柔軟な支援ツールです。「メンタル疾患になってから使うもの」ではなく、問題が小さいうちに専門家につなぐ予防的な仕組みとして活用することで、その真価を発揮します。
法律の整備(育児・介護休業法への対応)と外部EAPの活用、そして管理職の対応力向上を組み合わせることが、今後の中小企業における人材マネジメントの基本的なアプローチとなるでしょう。
Q. EAPの相談内容は会社の人事担当者に伝わりますか?
A. 外部EAP機関を利用する場合、個人の相談内容は原則として会社に開示されません。個人情報保護法および各EAP機関の守秘義務ガイドラインに基づき、相談者の同意なしに情報が会社へ提供されることはありません。この守秘性が、従業員が安心して相談できる環境の根拠となっています。ただし、生命の危険が疑われるなど緊急性が高い場合については、例外的な対応が生じることがあります。EAPを導入・案内する際は、守秘の範囲と例外事項を事前に従業員へ明示しておくことが信頼確保につながります。
Q. 中小企業でも費用対効果が見込めますか?
A. 中小企業においてもEAPの費用対効果は十分に見込めると考えられています。育児・介護を理由とした一人の離職が発生した場合、採用費・研修費・引き継ぎコストを合算すると数十万〜数百万円規模の損失につながることがあります。一方、近年はオンライン型EAPや業界団体を通じた共同利用型サービスが普及しており、比較的低コストでの導入が可能になっています。EAPの費用対効果を評価する際は、離職率・休職率の変化、従業員エンゲージメントの推移などを継続的に把握することをお勧めします。
Q. 育児・介護休業法の2025年改正で、企業はどのような対応が必要ですか?
A. 2025年の育児・介護休業法改正では、主に介護離職防止の観点から、事業主が従業員に対して介護に関する制度の情報提供と意向確認を行うことが義務化されています。また、従業員300人超の企業については育児休業取得率の公表も2025年4月から義務となりました。企業としては、制度の周知に加えて、相談窓口の整備や復職支援プログラムの充実が求められます。EAPを活用することで、法的義務の履行と従業員の実質的なサポートを同時に進めることができます。
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