「派遣社員のことは派遣会社に任せておけばいい」——そう考えている経営者・人事担当者は少なくありません。しかし、この認識は大きなリスクをはらんでいます。労働者派遣法では、派遣元(派遣会社)と派遣先(自社)の双方に明確な責任が定められており、派遣先である自社が法的義務を果たさなければ、行政指導や損害賠償請求、さらには直接雇用の強制といった重大な事態を招く可能性があります。
2020年には同一労働同一賃金に関する改正が施行され、派遣先企業にも情報提供義務が課されました。しかし、改正内容を正確に把握し、適切に対応できている中小企業はまだ多くないのが実情です。本記事では、派遣社員の労務管理における責任範囲の整理から、法改正への実務対応まで、経営者・人事担当者が押さえておくべきポイントをわかりやすく解説します。
派遣社員の労務管理が複雑になる根本的な理由
派遣社員の管理が難しい最大の理由は、通常の雇用とは異なる「二重の労働関係」にあります。通常の雇用では、雇用契約を結んだ企業が直接指揮命令を行いますが、派遣の場合はこれが分離されます。
- 雇用関係:派遣元(派遣会社)が派遣社員と労働契約を結ぶ
- 指揮命令関係:派遣先(自社)が業務上の指示を出す
この二重構造によって責任が分担される仕組みになっていますが、裏を返せば「どちらの責任か曖昧になりやすい」という問題が生じます。「雇っていないから関係ない」と考える派遣先企業もありますが、労働者派遣法は派遣先に対しても多くの義務を明示的に課しており、「知らなかった」では済まされない場面が多々あります。
まずは派遣元と派遣先の責任分担を正確に理解することが、適切な労務管理の出発点となります。
派遣元と派遣先、それぞれの責任範囲を正確に把握する
派遣元(派遣会社)の主な責任
派遣元は雇用主として、次のような責任を負います。
- 労働契約の締結と賃金の支払い
- 社会保険・雇用保険への加入手続き
- 就業規則の整備
- キャリアアップ措置(教育訓練・キャリアコンサルティング)の提供
- 同一労働同一賃金に基づく待遇の決定
- 労災発生時の申請手続き
賃金の支払いや社会保険の手続きは派遣元の責任であるため、これらについては派遣先が直接管理する必要はありません。ただし、安全衛生管理や業務上の指揮命令など、それ以外の多くの事項については派遣先も責任を負う点に注意が必要です。
派遣先(自社)の主な責任
派遣先が負う主な責任は以下のとおりです。自社で直接雇用している社員と同水準の管理が求められる項目も含まれています。
- 業務上の指揮命令・業務管理:日々の業務指示や作業管理は派遣先の責任
- 安全衛生管理:作業環境・設備の整備、安全衛生教育の実施義務
- 労働時間の把握・管理:時間外労働の管理も派遣先の役割
- ハラスメント防止措置:直接雇用社員と同様の防止義務がある
- 派遣先管理台帳の作成・3年間の保存:法定帳簿として整備が必要
- 苦情処理体制の整備:派遣社員からの苦情を受け付け、適切に対処する体制の構築
特に安全衛生教育については、雇い入れ時の教育(労働安全衛生法第59条に基づくもの)を派遣先も実施する義務があります。「派遣会社がやってくれているはず」と任せきりにしていると、法令違反になる可能性があります。
2020年改正・同一労働同一賃金への対応——派遣先がすべきこと
2020年4月(中小企業は同年10月)に施行された労働者派遣法の改正により、派遣社員に対する同一労働同一賃金が本格的に義務化されました。この改正で特に重要なのが、派遣先企業に課された「情報提供義務」です。
待遇決定方式の2つのルートを理解する
同一労働同一賃金における待遇の決定方式には、大きく2種類あります。
- 均等・均衡方式:派遣先の正社員と派遣社員を比較し、不合理な待遇差を解消する方式。職務内容や配置変更範囲が同じ場合は差別的取扱いが禁止される(均等待遇)。
- 労使協定方式:派遣元が労働者の過半数代表との間で労使協定を締結し、国が公表する賃金統計等をもとに一定水準以上の賃金を保障する方式。派遣先の正社員との直接比較は不要。
実務上は労使協定方式が主流となっており、多くの派遣会社がこの方式を採用しています。ただし、いずれの方式であっても、派遣先には重要な義務が生じます。
派遣先の「情報提供義務」は法律上の義務
均等・均衡方式を採用する場合、派遣先は派遣元に対して「比較対象労働者の待遇に関する情報」を提供しなければなりません。具体的には、派遣社員と職務内容等が同じ正社員の賃金・福利厚生などの情報が対象となります。
この情報提供を行わずに派遣契約を締結・更新することは違法となります。労使協定方式の場合でも、教育訓練や福利厚生施設の利用等に関する情報提供は義務付けられています。
形式的な書面のやり取りだけで済ませているケースも見受けられますが、情報の正確性や更新時の再提供も求められる点を念頭に置いておく必要があります。契約更新のたびに情報を確認・提供する運用フローを社内に整備しておくことが重要です。
派遣期間の3年ルール——知らないうちに違反状態になる前に
派遣社員の受け入れには、原則として期間の上限が設けられています。この「3年ルール」の管理を怠ると、気づかないうちに法令違反の状態に陥ることがあります。
2種類の期間制限を区別して管理する
期間制限には「事業所単位」と「個人単位」の2種類があり、それぞれ異なるルールが適用されます。
- 事業所単位の期間制限:同一の事業所(支店・営業所など)への派遣は原則3年まで。延長する場合は、過半数労働組合または過半数代表者への意見聴取が必要。
- 個人単位の期間制限:同一の派遣社員が、同一の組織単位(課・グループなど)に就業できるのは3年まで。担当する組織単位を変更すれば継続可能だが、事業所単位の制限の範囲内に限られる。
なお、次のケースは期間制限の例外となります。
- 60歳以上の派遣社員
- 有期プロジェクト業務(プロジェクト終了まで)
- 日数限定業務(1か月の就業日数が通常の労働者の半分以下かつ月10日以下)
- 産前産後・育児・介護休業の代替業務
3年ルール管理の実務的な対応
複数の派遣社員を受け入れている企業では、それぞれの就業開始日・組織単位の変更履歴を一元管理できていないケースが多くあります。派遣先管理台帳(3年間の保存が義務)に就業期間を正確に記録し、定期的に期限を確認する運用ルールを設けることが欠かせません。期間満了が近づいた際には、派遣元と早めに協議するようにしましょう。
偽装請負・違法派遣のリスクと「みなし雇用」制度
労務管理上、見落とされがちながら法的リスクが高いのが、偽装請負や違法派遣の問題です。
偽装請負とはどのような状態か
偽装請負とは、形式上は業務委託(請負)契約を結んでいるにもかかわらず、実態として委託先の作業員に対して自社の担当者が直接指揮命令を行っている状態を指します。この場合、実質的には労働者派遣であるにもかかわらず、派遣の許可なしに就労させていることになり、労働者派遣法および職業安定法違反となります。
また、派遣先がさらに別の会社へ派遣社員を派遣する「二重派遣」も違法です。外注先や協力会社との契約形態を今一度確認し、実態と契約内容が一致しているかどうかを点検することが重要です。
「労働契約申込みみなし制度」の影響は深刻
2015年に施行された労働契約申込みみなし制度は、違法派遣が発覚した場合に大きな影響をもたらします。この制度では、違法派遣と認定された場合に、派遣先が当該派遣社員に対して労働契約を申し込んだものと「みなされる」とされています。派遣社員がこれを承諾すれば、直接雇用関係が成立します。
意図せず違法状態に陥っていた場合でも適用される可能性があるため、契約形態の適法性確認は定期的に行う必要があります。個別事案への対応については、社会保険労務士や弁護士などの専門家にご相談ください。
派遣社員の労務管理を適切に運用するための実践ポイント
① 派遣元との連携体制を整える
派遣社員に関するトラブルや問題が生じた際に、派遣元と迅速に情報共有・対応できる体制を日頃から構築しておきましょう。派遣元の担当者との連絡窓口を明確にし、定期的な情報交換の機会を設けることが望まれます。
② 派遣先管理台帳を正確に整備する
労働者派遣法第42条に基づき、派遣先は派遣先管理台帳を作成し、3年間保存する義務があります。記載事項は法令で定められており、派遣社員ごとの就業状況、労働時間、業務の種類などを正確に記録する必要があります。台帳の記載漏れや保存期間の不備は行政指導の対象となり得ます。
③ 安全衛生教育の実施記録を残す
派遣社員への安全衛生教育は、派遣元だけでなく派遣先も実施義務を負います。実施した教育の内容・日時・対象者を記録として残しておくことが、万が一の際の証明にもなります。特に製造業や建設業など危険を伴う業種では、特別教育や技能講習の実施状況管理が不可欠です。
④ ハラスメント防止体制に派遣社員を明示的に含める
ハラスメント防止措置は、派遣社員に対しても直接雇用社員と同様の義務が課されています。相談窓口の周知、対応手順の整備において、派遣社員も対象に含まれることを明示しておきましょう。
⑤ 契約内容と実態の定期的な点検を行う
派遣契約の内容(業務の種類・就業場所・指揮命令者など)と現場での実態が乖離していないか、定期的に点検する習慣をつけましょう。業務内容が変わったにもかかわらず契約書が更新されていないケースは、偽装請負リスクの温床になりかねません。
まとめ
派遣社員の労務管理は、「派遣会社に任せておけば問題ない」という考え方では対応しきれません。労働者派遣法は派遣先企業にも多岐にわたる義務と責任を課しており、安全衛生教育の実施、派遣先管理台帳の整備、情報提供義務への対応、3年ルールの管理などは、いずれも派遣先としての自社が主体的に取り組むべき事項です。
特に2020年の法改正により、同一労働同一賃金への対応が明確に求められるようになりました。形式的な書面対応だけでなく、情報提供の内容・タイミング・更新手続きを実態に即して整備することが必要です。
また、偽装請負や違法派遣の問題は、悪意がなくても発生し得るリスクです。労働契約申込みみなし制度が適用されれば、想定外の直接雇用義務を負う可能性があることも念頭に置いておく必要があります。
派遣社員も職場を構成する重要な人材です。法令を遵守した適切な管理体制を整えることは、リスク回避にとどまらず、職場全体の信頼関係や生産性の向上にも繋がります。現状の管理体制に不安がある場合は、社会保険労務士などの専門家に相談しながら、一つひとつ改善を進めていくことをお勧めします。
よくある質問
Q1: 派遣社員の管理は派遣会社に任せておけば良いのではないでしょうか?
労働者派遣法では派遣元と派遣先の両者に明確な責任が定められており、派遣先企業も多くの法的義務を負っています。安全衛生管理や労働時間の把握、ハラスメント防止など、直接雇用社員と同水準の管理が求められるため、「雇っていないから関係ない」という認識は法令違反につながる可能性があります。
Q2: 2020年の改正で何が変わったのですか?
同一労働同一賃金が本格的に義務化され、派遣先企業に「情報提供義務」が新たに課されました。派遣社員と職務内容等が同じ正社員の賃金・福利厚生などの情報を派遣元に提供する必要があり、この対応ができていない中小企業がまだ多いのが実情です。
Q3: 派遣先が実施すべき安全衛生教育は、派遣会社がやってくれるのではないでしょうか?
雇い入れ時の安全衛生教育は、派遣先企業も実施する法的義務があります。労働安全衛生法第59条に基づいており、派遣会社に任せきりにしていると法令違反になる可能性があるため、派遣先が主体的に実施する必要があります。
労働法改正への対応や安全衛生管理体制の整備には、INTERMINDの産業医サービスが力になります。専門家による継続的なサポートで法令対応を進められます。









