「改正があったのは知っているけれど、どこまで対応できているか自信がない」——中小企業の経営者や人事担当者から、こうした声をよく耳にします。育児・介護休業法は2022年から段階的に改正が重ねられ、2025年4月にもさらなる制度拡充が施行されました。頻繁な法改正への追従は、専任の人事担当者がいない中小企業にとって特に重い負担です。
しかし、「知らなかった」では済まされないのが法律の世界です。対応が不十分な場合、行政指導や企業イメージの低下につながるリスクもあります。本記事では、中小企業の経営者・人事担当者が押さえるべき改正ポイントを整理し、実務で使える対応策をわかりやすく解説します。
2022年〜2023年の主な改正:まず土台を固める
まずは、2022年4月から段階的に施行された改正内容を振り返ります。すでに施行済みの規定でも、対応が不完全な企業が少なくないため、改めて確認しておきましょう。
個別周知・取得意向確認の義務化(2022年4月〜)
従業員またはその配偶者が妊娠・出産を申し出た際に、事業主は育児休業制度の内容・申出先・給付金・社会保険料免除について個別に周知し、取得の意向を確認することが義務となりました。これは全企業規模に適用されます。
重要なのは、口頭での案内だけでは不十分という点です。書面やメール等で記録を残すことがトラブル防止の観点から不可欠です。また、取得意向の確認は「取得してほしい」という勧奨ではなく、あくまでも「取得するかどうかを確認する」行為であり、取得を強要してはならない点にも注意が必要です。
産後パパ育休(出生時育児休業)の創設(2022年10月〜)
子の出生後8週間以内に、最大4週間(28日)を取得できる新しい制度です。通常の育児休業とは別に取得でき、2回に分割して取得することも可能です。さらに、労使協定を締結することで休業中の就業を一部認めることができます。
この制度は男性の育児参加を後押しするために設けられましたが、就業規則や労使協定の整備が追いついていない企業がまだ多い状況です。産後パパ育休に対応した社内規程の見直しは、早急に取り組むべき課題といえます。
育児休業の分割取得・取得状況の公表義務化
2022年10月からは、育児休業が2回まで分割取得できるようになりました。従来は原則1回のみだったため、就業規則の改定が必要です。産後パパ育休と組み合わせることで、より柔軟な育児参加が可能になります。
また、2023年4月からは従業員1,000人超の企業に対し、育児休業の取得状況を年1回公表することが義務化されました。中小企業は現時点で義務の対象外ですが、将来的に基準が引き下げられる可能性を念頭に置き、社内データの整備を進めておくことが望ましいでしょう。
2025年4月施行の改正:見落としが多い新ルール
2025年4月には、育児・介護に関わる制度がさらに拡充されました。対応が急務にもかかわらず、中小企業では認知度がまだ高くないケースも見受けられます。
子の看護休暇の対象拡大
これまで「小学校就学前まで」だった対象となる子の範囲が、小学校6年生まで拡大されました。また、取得できる事由も広がり、感染症にかかったときの学校等の休業対応や、入園・入学式への参加なども対象に加わりました。さらに、時間単位での取得が全企業で可能になっています。
就業規則に「小学校就学前まで」と記載している企業は規程の改定が必要です。古い表記のまま運用していると、従業員とのトラブルや労働基準監督署からの是正勧告につながる恐れがあります。
所定外労働の制限対象拡大・育児短時間勤務の柔軟化
残業を免除できる対象が、これまでの「3歳未満の子を持つ従業員」から「小学校就学前の子を持つ従業員」まで拡大されました。対象者が増えることで、シフト管理や業務配分の見直しが必要になる企業も出てくるでしょう。
育児のための短時間勤務制度については、従来の「勤務時間の短縮」一択から、フレックスタイム制度や始業・終業時刻の変更なども選択肢として提示する義務が生じました。従業員それぞれの生活スタイルに合った働き方を選べるよう、複数の選択肢を社内で整備する必要があります。
テレワーク等の措置義務化と介護離職防止の強化
3歳未満の子を持つ従業員へのテレワーク導入が、努力義務から措置義務に格上げされました(企業規模要件あり)。テレワーク環境の整備が難しい業種・職種では、代替措置を検討する必要があります。
介護の分野では、介護に直面した従業員への個別の制度周知と意向確認が義務化されました。妊娠・出産時の周知義務と同様に、介護の申し出があった際も書面等で記録を残す対応が求められます。また、介護両立支援に関する研修の実施や相談窓口の整備が努力義務として加わりました。従業員が介護を理由に離職することは、企業にとっても大きな損失です。メンタルカウンセリング(EAP)などを通じて、介護中の従業員の精神的な負担を軽減する仕組みを整えることも有効な対策の一つです。
中小企業が特につまずきやすいポイント
法律の内容を理解していても、実務への落とし込みで壁にぶつかることがあります。中小企業に特有の課題と、その対応策を整理します。
給付・社会保険料の手続きミスを防ぐ
育児休業給付金(雇用保険から支給)を受け取るには、休業開始前2年間において、賃金支払基礎日数が11日以上ある月が12か月以上あることが要件です。有期雇用労働者が育休を取得する際は、この要件を事前に確認することが重要です。
社会保険料の免除については、月末時点で育児休業中であることが原則的な要件となります。短期間の取得では免除対象外になる場合があるため、従業員から「保険料はどうなるの?」と聞かれた際に誤った情報を伝えないよう、ハローワークや年金事務所に事前確認する習慣をつけましょう。
「一人が休むと業務が回らない」への向き合い方
中小企業が最も切実に感じるのが、人員不足の問題です。特定の従業員に業務が集中している職場では、育休取得が「現実的に難しい」と感じる雰囲気が生まれやすくなります。しかし、この状況を放置すると、優秀な人材の離職や、制度を取得しにくい職場風土として定着してしまう悪循環に陥ります。
まず取り組みたいのは、業務の「見える化」とマニュアル化です。特定の人しか知らない業務手順や取引先情報を整理しておくことで、休業中の引き継ぎが格段にスムーズになります。また、育休取得が見込まれる段階で早期に人員補充を計画することも重要です。派遣スタッフや業務委託の活用も含め、柔軟な対応策を平時から検討しておきましょう。
助成金を活用して負担を軽減する
育児・介護休業への対応は、企業にとって一定のコストを伴います。その負担を軽減するために、両立支援等助成金を積極的に活用することをお勧めします。出生時両立支援コース(男性の育休取得を支援する場合)や育児休業等支援コースは、中小企業に対して受給額や要件が優遇されているケースが多いです。
ただし、助成金の申請には取得前からの計画届や書類の整備が必要です。「取得後に申請しようと思っていたら、要件を満たしていなかった」という失敗例が少なくありません。社会保険労務士や都道府県労働局に早めに相談することが重要です。
職場風土の改革も忘れずに
制度を整えても、「職場の雰囲気的に申し出にくい」という状況では意味がありません。育児・介護休業の取得率向上には、制度整備と並行して職場文化の変革が不可欠です。
管理職への研修は特に効果的です。管理職が制度の内容を正しく理解し、部下の取得を歓迎する姿勢を示すことで、現場の雰囲気は大きく変わります。また、男性従業員の育休取得実績を社内で共有することも、取得へのハードルを下げる手段として有効です。
従業員が育児や介護と仕事の両立に不安を感じている場合、専門家への相談窓口があると安心感が増します。産業医サービスを活用することで、健康面・精神面のサポートを含めた包括的な従業員支援体制を整えることが可能です。制度と人的サポートの両輪で、従業員が安心して働ける環境をつくりましょう。
実践ポイント:今すぐ取り組むべき5つのアクション
- 就業規則・育児介護休業規程の見直し:産後パパ育休、育休の分割取得、子の看護休暇の拡充、育児短時間勤務の柔軟化に対応した規程改定を行い、変更がある場合は労働基準監督署への届出も忘れずに行う。
- 個別周知・意向確認の仕組みを整備する:妊娠・出産・介護の申し出があった際に、速やかに(目安として2週間以内)書面またはメールで制度を案内し、記録を残すフローを定型化する。
- 給付金・社会保険料の手続きフローを確認する:ハローワークや年金事務所の窓口、または顧問社会保険労務士に確認し、申請タイミングと必要書類のチェックリストを作成しておく。
- 業務の見える化・マニュアル化を進める:特定の従業員に依存している業務を洗い出し、引き継ぎ資料を整備する。育休取得の有無にかかわらず、リスク分散の観点から平時から取り組む。
- 両立支援等助成金の申請を検討する:都道府県労働局やハローワークのウェブサイトで最新の要件を確認し、取得計画の段階から社会保険労務士に相談して申請準備を進める。
まとめ
育児・介護休業法は、2022年から2025年にかけて大幅に拡充されました。個別周知・意向確認の義務化、産後パパ育休の創設、子の看護休暇の対象拡大、介護離職防止の強化——これらはいずれも、すべての規模の企業が対応を求められるものです。
「対応できていない部分がある」と気づいた今が、着手する最良のタイミングです。一度に全てを完璧に整備することは難しくても、優先度の高い規程整備と個別周知の仕組みづくりから始めることで、リスクを大きく減らすことができます。
育児や介護を抱える従業員が安心して働き続けられる職場は、採用力の向上や離職率の低下にも直結します。法的義務への対応を出発点に、従業員にとっても企業にとっても持続可能な職場環境づくりを進めていきましょう。
よくある質問(FAQ)
産後パパ育休と通常の育児休業は、どちらか一方しか取れないのですか?
いいえ、産後パパ育休(出生時育児休業)は通常の育児休業とは別に取得できる制度です。子の出生後8週間以内に最大4週間取得できる産後パパ育休を取得した後、さらに通常の育児休業(最大1年、要件によって延長可)を取得することが可能です。両方を組み合わせることで、より長期にわたって育児に参加することができます。
有期雇用(パート・契約社員)の従業員でも育児休業を取得できますか?
2022年4月の改正により、従来必要とされていた「1年以上継続雇用」の要件が原則廃止されました。現在は、子が1歳6か月になるまでの間に労働契約が満了することが明らかでない場合に取得が可能です。ただし、労使協定を締結することで、引き続き雇用された期間が1年未満の有期雇用労働者を育休取得の対象外とすることは依然として認められています。自社の就業規則と労使協定の内容を確認の上、個別の事情に応じて判断してください。
2025年4月施行の改正に対応した就業規則の改定が間に合っていません。何から始めればよいですか?
まず優先すべきは、法律の最低基準を下回る規定が就業規則に残っていないかの確認です。特に「子の看護休暇の対象を小学校就学前まで」と記載している場合は速やかに「小学校6年生まで」に改定する必要があります。次に、育児短時間勤務の選択肢(フレックスタイムや始業時刻変更等)の追加対応を進めましょう。規程改定には社会保険労務士の支援を活用することで、ミスや漏れを防ぐことができます。









