「健康経営に取り組みたいが、どこから始めればいいのか分からない」「大企業の話ばかりで、中小企業には参考にならない」——こうした声は、多くの中小企業の経営者・人事担当者から聞かれます。健康経営銘柄は上場企業を対象とした制度ですが、その認定の前提となる「健康経営優良法人(ブライト500)」は中小企業でも取得可能であり、同じ評価フレームワークに基づいて取り組みを積み上げることが重要です。
本記事では、健康経営銘柄を目指す企業が実際に行っている施策を体系的に整理し、限られた予算・人員でも実践できるアプローチを解説します。まず制度の全体像を正確に把握したうえで、経営戦略への落とし込み方、体制の整備、具体的施策の実装まで、ステップを追って説明します。
健康経営銘柄と健康経営優良法人の違いを正確に理解する
混同されやすい二つの制度について、まず整理しておきます。
健康経営銘柄は、経済産業省が東京証券取引所と共同で運営する制度です。対象は上場企業(プライム・スタンダード・グロース市場)のみであり、年1回(毎年3月頃)に各業種から原則1社が選定されます。2024年度は約50社が選定されています。重要なのは、健康経営優良法人(大規模法人部門)の認定取得が選定の前提条件である点です。
一方、健康経営優良法人認定制度は厚生労働省が所管し、規模を問わず幅広い企業が対象です。従業員数301人以上の「大規模法人部門」と、300人以下の「中小規模法人部門」に分かれており、それぞれ上位認定として「ホワイト500」「ブライト500」があります。つまり、中小企業が目指すべきはブライト500の認定であり、その取り組みの積み重ねが健康経営銘柄選定企業と同じ土台の上に立つことを意味します。
評価は「健康経営度調査」と呼ばれる調査票をもとに行われます。構成は以下の4カテゴリです。
- 経営理念・方針
- 組織体制
- 制度・施策実行
- 評価・改善
定量指標(データ提出)と定性指標(取組内容の記述)の両方で評価されるため、施策の実施だけでなく、その効果を測定・改善するサイクルを回すことが求められます。近年は特に、女性の健康支援(更年期対策・婦人科検診)、メンタルヘルス対策の充実度、プレゼンティーイズム(疾病就業:体調不良を抱えながら出勤している状態)の対策、従業員エンゲージメント測定が重点項目として強化されています。
経営戦略への組み込みが出発点——「コスト」から「人的資本投資」へ
健康経営の取り組みが形骸化する最大の原因は、経営トップのコミットメントが欠如したまま人事部門だけが動いている状態です。健康経営銘柄を選定された企業に共通しているのは、健康経営を「福利厚生の充実」ではなく「人的資本への投資」として経営計画に明確に位置づけている点です。
具体的には、次のような取り組みが有効です。
- 中期経営計画への明記:健康経営の目標値(健康診断受診率・ストレスチェック高ストレス者割合・プレゼンティーイズム損失率の改善など)を数値で盛り込む
- CEOによるコミットメント宣言:社長メッセージとして社内外に発信し、ウェブサイトに掲載することで対外的な信頼性も高める
- KPIの設定と定期的なモニタリング:健康診断受診率100%、高ストレス者割合10%以下、離職率の低減などを具体的なKPIとして設定する
健康経営のROI(費用対効果)が見えにくいという悩みは多くの企業に共通しています。ただし、プレゼンティーイズム損失コストの試算ツールや、医療費・休職コストの経年比較によって、ある程度の数値化は可能です。経営陣への説明資料には、「取り組まなかった場合のコスト」を示すことが説得力を高めます。
組織体制の整備——専任担当者がいなくても仕組みは作れる
中小企業の人事担当者からよく聞かれるのが、「産業医や保健師を常時雇用するコストが捻出できない」という悩みです。しかし、健康経営の組織体制は常勤専任者がいなくても構築可能です。
CHO(最高健康責任者)の任命
CHO(Chief Health Officer:最高健康責任者)は、役員や人事部長が兼務する形で任命されます。重要なのは肩書きではなく、健康経営推進の責任の所在を明確にすることです。健康経営度調査においても、推進責任者の設置は評価項目に含まれています。
外部専門職との連携
産業医・保健師は外部委託でも要件を満たすことができます。専任産業医を雇用するコストが難しい場合でも、産業医サービスを活用することで、法定義務を果たしながら健康経営の推進を専門家にサポートしてもらうことが可能です。産業医との連携は健康経営度調査の「組織体制」評価においても重要な加点要素です。
労使共同の推進委員会
「健康経営推進委員会」を労使共同で設置することで、施策が経営側の押し付けにならず、従業員の参画意識も高まります。各部門に健康経営推進担当者を配置する場合も、部門長との兼務で十分対応できます。
データ収集と課題の可視化——施策の前に「現状把握」が必要
施策を先走りしてしまい、自社の健康課題と施策の内容がかみ合っていないケースは少なくありません。健康経営の評価では「課題の把握→施策の実施→効果測定→改善」というPDCAサイクルが問われます。まず、以下のデータを整備することから始めましょう。
- 健康診断結果の集計・分析:有所見率(異常が認められた人の割合)の経年変化を部署別・年齢別に把握する
- ストレスチェックの集団分析:50人以上の事業場では義務化されているストレスチェック(労働安全衛生法第66条の10)の集団分析結果を活用し、部署ごとのリスクを可視化する
- 医療費・休職者数・離職率:健保組合や社内記録からデータを整備する。健保組合がある場合は「コラボヘルス」(事業主と健保組合が連携して従業員の健康増進を図る取り組み)を積極的に推進する
- プレゼンティーイズムの測定:WFunやSPQなど測定ツールを活用し、体調不良による業務パフォーマンス低下を数値化する
データが整うと、施策の優先順位が自然と見えてきます。例えば、有所見率が高い事業場では生活習慣病対策を優先し、高ストレス者割合が高い部署ではメンタルヘルス施策を重点化するという判断が可能になります。メンタルヘルス対策としては、メンタルカウンセリング(EAP)を外部委託で導入することで、従業員が気軽に相談できる窓口を整備しながら、健康経営度調査の評価項目にも対応できます。
コスト別の具体的施策——低予算でも始められる実践例
「健康経営は大企業のもの」という誤解を解くために、コスト帯別に実践的な施策を整理します。
低コストで実施できる施策
- ウォーキングイベントの開催:スマートフォンの歩数計アプリを活用したチーム対抗ウォーキング大会は、費用をほぼかけずに健康意識の向上と職場コミュニケーションの活性化を同時に実現できます
- 禁煙外来の費用補助:1人あたり1万円以内の補助でも、喫煙率低下の効果が期待できます。医療費削減という観点からのROIも示しやすい施策です
- 管理職向け研修の実施:「部下の健康管理」をテーマにしたラインケア研修は、現場管理職の理解促進とメンタルヘルス不調の早期発見に直結します。外部講師を招かずとも、産業医による社内研修として実施できます
- 健康情報ニュースレターの定期配信:月1回のメール配信でも、継続することで従業員の健康リテラシー(健康情報を正しく活用する能力)向上につながります
中規模投資で実施できる施策
- インフルエンザ予防接種の全額補助:従業員数にもよりますが、職域接種として実施することでコストを抑えつつ受診率を高められます
- 婦人科検診・がん検診の費用補助追加:女性の健康支援は健康経営度調査の重点項目です。子宮頸がん検診・乳がん検診の費用補助を法定健診に上乗せするだけでも大きな加点要因となります
- EAP(従業員支援プログラム)の外部委託:従業員が心身の悩みをプロのカウンセラーに相談できる窓口を設けることで、メンタルヘルス不調の早期対応と重症化予防が期待できます
- 健康経営アプリの導入:健診結果の管理や施策への参加状況をデジタルで一元管理できるツールの活用は、担当者の事務負担を減らしながらデータの蓄積・活用を可能にします
上位認定を狙う高度施策
- 従業員エンゲージメントサーベイの定期実施:健康経営と従業員エンゲージメントの相関を可視化し、経営判断に活用する取り組みは近年の評価で高く評価されます
- サプライチェーン全体への健康経営の展開:取引先への健康経営の推奨・情報提供は、健康経営銘柄の選定基準の中でも差別化要素となっています
- オンライン産業医面談・AI問診の導入:テレワーク環境下での健康管理に対応しつつ、医療機関受診の促進にもつながります
実践上の重要ポイント——「やらされ感」を防ぐ推進のコツ
施策を整備しても参加率が上がらない、「形だけの健康経営」になってしまうという課題は多くの企業で共通しています。以下の点を意識することで、従業員の自発的な参加を促すことができます。
- 「なぜ健康経営に取り組むのか」を全員に伝える:認定取得が目的化すると施策が形骸化します。「従業員が長く活躍できる職場を作るため」というビジョンを継続的に発信することが重要です
- 小さな成功体験を積み重ねる:参加しやすい施策から始めて参加率の実績を作り、社内で取り組みの価値を実感してもらうことが継続の鍵になります
- 健康経営推進担当者の負担を分散する:特定の担当者に業務が集中しないよう、部門ごとの推進担当者を置き、役割分担を明確にすることが長続きの条件です
- 認定要件の年次変更への対応:健康経営優良法人の認定要件は毎年改訂されるため、経済産業省・厚生労働省の公表情報を定期的に確認する担当者を決め、社内展開する仕組みを作ることが必要です
まとめ
健康経営銘柄は上場企業を対象とした制度ですが、その土台となる健康経営優良法人(ブライト500)は中小企業でも十分に目指せるものです。重要なのは、経営戦略への明確な組み込み→体制の整備→データによる課題の可視化→施策の実施と効果測定というPDCAサイクルを継続することです。
すべてを一度に整備する必要はありません。まず健康診断受診率の100%達成とストレスチェックの集団分析活用から着手し、産業医との連携体制を整えることが現実的な第一歩です。外部の専門家や支援ツールを賢く活用しながら、自社の課題に合った施策を優先順位を付けて積み上げていくことが、持続可能な健康経営につながります。
健康経営は「コスト」ではなく「人への投資」です。従業員が心身ともに健康であることが、企業の生産性・採用力・離職率改善といった経営課題の解決に直結することを、ぜひ経営トップから現場管理職まで共有していただければと思います。
よくある質問(FAQ)
健康経営銘柄と健康経営優良法人の違いは何ですか?
健康経営銘柄は経済産業省と東京証券取引所が共同で運営する制度で、上場企業のみを対象に各業種から原則1社を選定します。一方、健康経営優良法人は厚生労働省が所管する認定制度で、上場・非上場を問わず、大規模法人部門(301人以上)と中小規模法人部門(300人以下)に分かれて申請できます。健康経営銘柄の選定には、健康経営優良法人(大規模法人部門)の認定取得が前提条件となっています。
中小企業でも健康経営優良法人(ブライト500)の認定は取れますか?
取得可能です。従業員数300人以下の中小規模法人を対象とした「中小規模法人部門」があり、その上位認定が「ブライト500」です。専任の産業医や保健師がいない場合でも、外部委託の産業医サービスを活用することで組織体制の要件を満たせるケースがあります。まず自社の現状を健康経営度調査の評価項目に照らし合わせて確認することを推奨します。
プレゼンティーイズムとはどのような概念で、なぜ注目されているのですか?
プレゼンティーイズムとは、体調不良や疾病を抱えながらも出勤しており、業務パフォーマンスが低下している状態を指します。欠勤(アブセンティーイズム)と対比される概念です。健康経営の研究では、プレゼンティーイズムによる生産性損失コストが欠勤コストを大きく上回ることが指摘されており、企業の損失を可視化する指標として近年の健康経営度調査でも重点項目に位置づけられています。WFunやSPQなど測定ツールを用いた定量評価が推奨されています。
健康経営の施策が従業員に「やらされ感」を与えないためにはどうすればよいですか?
まず「なぜ健康経営に取り組むのか」というビジョンを経営トップが全従業員に継続的に発信することが基本です。加えて、施策の企画段階から従業員代表が参加できる「健康経営推進委員会」を設けることで、従業員の意見が反映された施策になり参加意欲が高まります。最初は参加のハードルが低い施策(ウォーキングイベントなど)から始め、小さな成功体験を積み重ねていく進め方も有効です。









