「健康経営銘柄に申請したいが、何から手をつければよいのかわからない」——そんな声を人事担当者や経営者からよく耳にします。健康経営という概念自体は広く知られるようになりましたが、いざ申請準備となると、制度の複雑さやリソース不足の壁に直面する企業は少なくありません。
本記事では、健康経営銘柄の申請を見据えた準備の全体像を整理し、中小企業の担当者が現実的に取り組める手順をわかりやすく解説します。まず最初に押さえておきたい重要な前提として、健康経営銘柄は東京証券取引所の上場企業を対象とした制度であり、中小企業が目指すべき認定は「健康経営優良法人(中小規模法人部門)」である点を確認しておきましょう。この違いを理解したうえで、両制度に共通する準備の本質を学ぶことが、効率的な取り組みへの近道です。
健康経営銘柄と健康経営優良法人の違いを正確に理解する
申請準備を始める前に、制度の全体像を正確に把握することが欠かせません。混同されがちな「健康経営銘柄」と「健康経営優良法人」の違いを、まず整理します。
健康経営銘柄は、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する制度です。プライム・スタンダード・グロース市場の上場企業の中から、健康経営に優れた企業を業種ごとに原則1社選定します。選定のベースとなるのが「健康経営度調査」への回答結果であり、財務パフォーマンスや情報開示の状況なども総合的に評価されます。
一方、健康経営優良法人認定制度は、大規模法人部門と中小規模法人部門に分かれており、非上場企業や中小企業も申請できます。中小規模法人部門は、従業員数や資本金の基準を満たす企業が対象で、毎年多くの企業が新規認定を受けています。
つまり、非上場の中小企業が目指すべき直近のゴールは健康経営優良法人の認定取得であり、その認定基準を満たすための取り組みを積み重ねることが、将来的に上場・銘柄選定を視野に入れた経営基盤づくりにもつながります。上場企業であれば健康経営銘柄の選定に向けた健康経営度調査への回答が主要な準備ステップとなりますが、いずれの制度においても評価軸の大枠は共通しています。
健康経営度調査の5つの評価領域を理解する
健康経営銘柄の選定基準となる健康経営度調査は、大きく5つの評価領域で構成されています。それぞれの領域が何を問うているかを把握することで、準備の優先順位が自然と見えてきます。
① 経営理念・方針
経営トップが健康経営に関する方針を明文化し、社内外に発信しているかが問われます。具体的には、経営者自身による「健康宣言」の公表や、健康課題を経営課題として位置づけた方針文書の整備が評価対象となります。形式的な宣言にとどまらず、経営会議や取締役会で健康関連の議題が定期的に審議されているかという実態も重視されます。
② 組織体制
健康管理を推進するための社内体制が整備されているかを評価します。健康経営の推進担当者が明確に任命されているか、産業医・保健師といった産業保健スタッフとの連携体制が機能しているか、安全衛生委員会が適切に運営されているかといった点が確認されます。
③ 制度・施策実行
実際にどのような健康施策を実施しているかが問われる領域です。定期健康診断の受診率向上、ストレスチェックの実施と集団分析の活用、長時間労働対策、禁煙支援、メンタルヘルス対策など、幅広い施策の実施状況が評価されます。
④ 評価・改善
実施した施策の効果を測定し、改善につなげるPDCAサイクル(計画→実行→評価→改善のサイクル)が機能しているかを評価します。「施策をやった」だけでなく、「効果を数値で測定し、翌年度の取り組みに反映した」という記録が重要です。
⑤ 法令遵守・リスクマネジメント
労働安全衛生法をはじめとする関連法令を適切に遵守しているかが確認されます。定期健康診断の実施(労働安全衛生法第66条)、50人以上の事業場でのストレスチェック実施(同法第66条の10)、産業医の選任(50人以上の事業場では嘱託選任が可能)など、法定義務の履行状況が基礎点となります。
申請準備のスケジュールと優先順位の立て方
健康経営度調査の回答期間は例年9月から11月頃に設定されています(年度により変動するため、経済産業省の公式発表を必ず確認してください)。この回答期間から逆算すると、遅くとも6月から8月には準備を開始することが理想的です。
さらに重要なのは、調査回答では「前年度の実績」が問われる点です。直前に施策を急いで実施しても評価には反映されにくく、通年を通じたデータの蓄積と記録の積み重ねが求められます。このため、初年度は「現状把握と基盤づくりの年」と位置づけ、2年目以降に本格的な申請スコアアップを目指す戦略が現実的です。
優先順位の観点では、以下の順序で取り組むことをお勧めします。
- ステップ1(今すぐ着手):法定義務(定期健診・ストレスチェック)の実施状況確認と、未実施・未管理の是正
- ステップ2(3〜6か月以内):経営トップの健康宣言の公表と、推進担当者の正式任命
- ステップ3(6か月〜1年):健康課題の特定と目標設定、施策の体系化とPDCA記録の整備
- ステップ4(1年以上):効果測定データの蓄積と改善サイクルの実績化、外部認証(健康経営優良法人)の取得
中小企業が特につまずきやすい3つの課題と対処法
課題1:産業保健スタッフが不在または非常勤のみ
50人以上の事業場では産業医の選任が法律上義務づけられていますが(労働安全衛生法施行令第5条)、中小企業では嘱託(非常勤)産業医との契約にとどまるケースが大半です。嘱託産業医であっても、健康経営度調査においては「産業医との定期的な連携体制」「産業医による職場巡視・意見書の記録」が評価されます。
重要なのは産業医との連携の「頻度と記録」です。月1回の面談や安全衛生委員会への出席記録、産業医意見書の保管など、連携の実態を文書で残す習慣を整えましょう。産業医との契約見直しや、より充実した連携体制の構築を検討している企業は、産業医サービスを活用することで、申請評価に直結する体制整備を効率的に進めることができます。
課題2:健康データの収集・分析が属人化している
定期健診の結果管理、ストレスチェックの集団分析、有所見率の経年比較——これらのデータ管理が特定の担当者の手作業に依存している企業は非常に多く見られます。担当者が異動・退職すると過去データが失われ、前年比較ができなくなるリスクがあります。
対処としては、まずデータの保存場所と管理ルールを標準化することから始めましょう。健診結果は要配慮個人情報(個人情報保護法上、取り扱いに特段の注意が必要な情報)として厳格な管理が求められますが、集団分析の結果(個人が特定されない形式)は積極的に活用・記録することが推奨されます。
課題3:経営層のコミットメントが形式的にとどまっている
健康経営度調査では、経営トップが健康課題を自社の経営課題として認識し、実際に意思決定に関与しているかが厳しく問われます。「健康宣言を文書に載せただけ」「トップの名前だけ使っている」という形式的な関与では、評価に結びつきません。
経営層を巻き込むための実践的なアプローチとして、健康課題を「人材投資・生産性向上」の文脈で経営会議に持ち込むことが有効です。たとえば、「従業員の疾病休業によるコスト試算」「有所見率が高い部署の生産性データとの相関」など、経営指標と健康指標を結びつけた資料を作成することで、経営トップの関心を引き出しやすくなります。
実践ポイント:今日から始められる5つのアクション
申請準備の全体像を理解したうえで、以下の5つの具体的なアクションから着手することをお勧めします。
- アクション1:法定義務の充足状況チェック
定期健康診断の全員受診・結果通知・事後措置の実施状況を確認し、未履行項目をリストアップする。ストレスチェックの実施記録も合わせて確認する。 - アクション2:健康経営推進担当者の正式任命
兼務であっても構わないので、健康経営推進の責任者を公式に任命し、社内に周知する。任命書や組織図への反映が評価資料となる。 - アクション3:健康宣言の策定・公表
経営トップが署名した健康宣言を作成し、社内掲示・コーポレートサイトへの掲載・社内報への掲載などで公表する。 - アクション4:エビデンス(証拠)資料の日常的な蓄積
安全衛生委員会の議事録、産業医との連携記録、健康施策の実施記録、アンケート結果などを、担当者が変わっても参照できる形で保存・整理する体制を整える。 - アクション5:ストレスチェック集団分析の職場改善への活用
ストレスチェックの集団分析結果(部署単位の傾向)を安全衛生委員会で共有し、職場環境改善の議論と記録につなげる。この一連のプロセスが「PDCAの実施」として評価される。
メンタルヘルス対策の充実を検討している企業は、メンタルカウンセリング(EAP)の導入も選択肢の一つです。従業員が気軽に相談できる外部相談窓口の設置は、ストレスチェック高ストレス者のフォローアップ体制として評価されるほか、従業員の安心感・信頼感の向上にも寄与します。
まとめ
健康経営銘柄への申請準備(および中小企業向けの健康経営優良法人認定への取り組み)は、一朝一夕には完成しません。しかし、今日この瞬間から始められる取り組みが確実に存在します。
重要なのは、健康経営を「申請のための作業」として捉えるのではなく、従業員の健康と企業の持続的な成長を同時に実現するための経営戦略として位置づけることです。法定義務の着実な履行、データの継続的な蓄積、経営トップの本質的な関与——この3つの柱を整えることが、評価につながる取り組みの根幹です。
制度の要件は毎年改定されるため、経済産業省の公式情報や健康経営優良法人の認定基準を定期的に確認する習慣を持つことも欠かせません。外部の専門家や支援機関を積極的に活用しながら、自社の健康課題と向き合い続けることが、長期的な健康経営の実現への確かな道筋となります。
よくある質問
健康経営銘柄と健康経営優良法人は何が違いますか?
健康経営銘柄は東京証券取引所の上場企業を対象とした制度で、経済産業省と東証が共同で業種ごとに優れた企業を選定します。一方、健康経営優良法人は上場・非上場を問わず申請でき、中小規模法人部門では中小企業も対象となります。非上場の中小企業が目指すべき認定は健康経営優良法人(中小規模法人部門)であり、その基準を満たす取り組みを積み重ねることが先決です。
産業医がいない中小企業でも健康経営の申請準備はできますか?
はい、可能です。従業員50人以上の事業場では産業医の選任が法的義務ですが、嘱託(非常勤)産業医との契約でも評価の対象になります。50人未満の事業場では産業医の選任義務はありませんが、地域の医師や産業保健総合支援センターの活用が推奨されます。重要なのは、外部の専門家との連携の実態を記録として残すことです。
健康経営度調査の回答は初年度から高得点を狙うべきですか?
初回は「現状把握と基盤づくりの年」と位置づけることが現実的です。調査回答では前年度の実績データが問われるため、準備不足のまま高得点を狙っても根拠となるデータが不足します。初年度は誠実に現状を回答し、課題を整理したうえで翌年度以降に施策の実績と効果測定データを積み上げる段階的なアプローチが効果的です。
健康経営の推進に取り組む企業様には、INTERMINDの産業医サービスをご検討ください。健康経営優良法人認定の取得支援も行っています。







